Guilty Crown Bonding the Voids   作:倉部改作

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 六本木の地下の中に、僕たちはすでに潜っていた。そこは十年間放置された区画とはとても思えないほどに整備が行き渡っていて、そこが司令室なんだと僕はわかった。そのなかで大雲と呼ばれていた大男から報告の通信が入る。通信の応答をコンソールを触るツグミが代理で実行する。

『リキッド。ゲノムレゾナンス・デコイの爆破、二機ともに完了しました』

 ほんとに爆破しちゃった、と呟いている綾瀬の横で、リキッドと呼ばれた涯は治療した僕に言われた通り、椅子に座ったまま応じる。

「よし、中破したエンドレイヴの資源有効活用はできたな。よくやった。続いてゲノムレゾナンスが大量発生した三つの陣地での迎撃《インターセプト》に移行しろ。俺たちがこの六本木を、この家を、一番知っていることを思い出せ」

 了解、そう言って通信は切断される。そして、僕は涯に訊ねる。

「君はリキッド……と呼べば良いのか」

「通信の時だけでいい。涯の名前は、これから大々的に使用する。作戦の中での邪魔にはしたくないだけだ」

 それと、と涯は続け、「お前の呼び名、道化師《clown》ではまずいだろう」

 そうかもしれない、と僕は肯く。この名前は、clownの名前はあまりに知れ渡っている。涯は何かを思案したのちに、こう言った。

「シェパード。ソリッド・シェパード、そう名乗れ」

 僕が肯いていると、ツグミが反応する。

「シェパードは、涯の名前《Tac name》じゃないの……」

 涯は笑う。「もとを正せば、こいつの名前《Tac name》だ……」

 そして涯はさらに付け加える。「集、さっきのエンドレイヴのチューニングの続きだ。綾瀬のエンドレイヴのチューニングを頼む」

 僕は肯くが、「それが終わったら、彼女と一緒にいのりの救出に向かう」

 涯は肯く。しかし綾瀬が割り込む。「涯、私はあのエンドレイヴでやれます」

 涯は静かに訊ねる。「綾瀬。まさか、また感覚共有を限界以上まで上げているんじゃないだろうな」

 綾瀬は沈黙する。ツグミを見てみると、ため息をついていた。涯は続ける。

「エンドレイヴであったとしても、人の体と同じだ。万が一裂けてしまえばその部分の神経回路は焼き切れる。そうなれば、君の足以外も……」

「私は、自分の最善を尽くしたいだけです」

 涯は沈黙する。そして、僕へと振り返る。「集、セフィラゲノミクスにいたお前の技術で、どれくらいできるようになる……」

 僕は即答する。「反応速度くらいなら、すぐに上げられるよ。リスク抜きで」

 ツグミが驚いて応じてくる。「そんな、どうやって……」

 僕は素直に答える。

「エンドレイヴのゲノムレゾナンス閾値を調整する。場合によってはソースコードを再編集するんだ」

 ツグミは目を見開いている。「思いついてもできないやつじゃん……あんたどうやって……」

 同じ苦労をしてきた相手の発言に僕は苦笑いする。

「自前のツールを作ってやってるんだ。セフィラゲノミクスでもっと大変なチューニングをやらされていて……さすがのブラックスワンさんも専門じゃないよね……こんな枯れた技……」

 え、どうしてその名前を……とツグミが驚いているので、僕は答える。

「鶫《つぐみ》、つまりスワンって呼ばれてるでしょ。てっきり筋肉ムキムキのお兄さんかと思ってたけど……君はセフィラゲノミクスでも、伝説の攻撃者《クラッカー》だ」

 涯は振り向く。「これでどうだ」

 綾瀬は、敵対する目線を僕に向けている。その時に思い出す。彼らエンドレイヴ・パイロットの気質を。「き、君のエンドレイヴであることに変わりはないんだ……感覚共有はオンとオフにできるようにする。君の判断にまかせるよ」

 彼女は涯に向き、「有能なのはわかりました。けど彼は戦場には必要ないと思います」

 僕は奥歯を噛む。その通りだ。歩兵で戦えない僕は、どこにも役にたつところがない。しかし。

「僕が彼女を医療部隊に送るきっかけをつくってしまった。僕に責任がある」

 ツグミは俯く。しかし、綾瀬はしかめっ面のままだ。

「いのりに気があるだけでしょ、このエロガキ……」

 僕は驚いてしまう。否定はできない。しかしエロガキとは。心底彼女には嫌われているらしい。

 だが、いのりのもとに行かなければならない。どうすればいい。もう使える切り札は僕にはなかった。

 コール音が再び鳴り響き、涯が端末をとる。どうしたアルゴ、涯がそういうと、

『涯。いのりの言った通りだ。十四区画の地下駐車場に、白服共と人質がいる』

 やはりか、涯がそういうと、

「ツグミ、爆弾の導火線はわかりそうか」

「ネイ、どの通信を経由してるかわかんないし……どういう爆弾なのかまではわかんないから……」

 涯は沈黙し、そしてツグミに告げる。

「ツグミ、()()()()を準備するんだ」

 ツグミは卒倒しそうになっていた。「危なすぎるよ。そんなことしたら敵はいいけど私たちも、綾瀬やそのオタクも……」

「エンドレイヴは生き残る……君が一番ここの通信を、そのためのマシンを触ってきてくれたのはわかっている。おまけに、ここに道化師《clown》もいる。だからこそ、この作戦は最終手段になるんだ」

 ツグミは俯く。けど、顔を上げて笑う。

「アイアイ、やろう、涯。その代わり、私が提案したシステムアーキテクチャ、全部採用してよね」

 涯は苦笑いした。「予算見合いでな」

 首を傾げている僕に、涯は告げる。

「俺も作戦に参加する。その最終手段を、確実なものにするために」

 綾瀬が反対しようとしたそのとき、涯は彼女に告げる。

「綾瀬、感覚共有のオンオフの件もある。すべての情報タスクをさばくツグミではなく、こいつに、ベイルアウトのスイッチを持たせる。もしもの時、ゲノムレゾナンスで伝達できる方がいいしな」

 そんな、と綾瀬はさらに反論しようとするが、涯が告げる。

「君が最後の機械天使だと俺は言った」

 涯が爆弾を投下する。

「俺は君を、失いたくない」

 僕は茫然としていた。彼女は硬直している。やはり引いているじゃないんだろうか。どうしようと右往左往としていると、

「……わかった。連れて行く」

 僕は言葉が理解できず固まるしかなかった。綾瀬にもう一度振り返る。よく見たら顔を真っ赤にしている。そして震えている。感情の発露を抑えているんだ、と僕は気がついた。ツグミへと振り向くと、彼女は「綾ねえの心拍数、絶賛上昇中……」と悪い顔で呟きながら笑っている。もしかしていつものことなんだろうか。そして僕は首を傾げる。声だろうか。いややっぱり涯の顔がいいんだろうか。そうして涯の顔をみようとしたとき、彼が告げる。「だそうだ」

 肯いた僕はその時、どうして涯がこの葬儀社をまとめることができたのか、うっすらと知ってしまったような気がした。

 

 綾瀬と共に作戦室から出ようとしたその時、シェパード、と僕を呼ぶ涯の声が響く。

 僕が振り返ると、そこには立ち上がろうとしている涯がいた。

「今度こそ、いのりを絶対に離すな」

 立ち上がりきると、さらに、僕へと告げる。

「絶対に、守ってみせろ」

 僕は頷き、そして綾瀬と共に向かっていく。僕が逃げてきた、本当の罪へと。

 

 

 

### insert ayase 2

 

 引き篭りだった道化師は、今も私の横を防弾チョッキを着て歩いている。銃も持つことはできないと本人は言って、ただ緊急脱出用のエンドレイヴ管理端末のAndroidOSスマートフォンだけを持っている。そして、彼が見上げてくる。

「か、体の調子はどうですか……」

 怯えるような声だった。そんなひ弱そうな彼の手でチューニングされた私は手を動かす。重さは感じない。まるで自分の手足のような感覚。いつか使っていた特別な機体とは異なる、全く優しい感じ。

「悪くない……っていうか、どうしてあのジュモウがこんなに動くのかわからないというか……」

 よかった、と彼は顔を緩め、そして前を向いて進み続ける。初めて会った時から思っていたけれど、本当に場違いな男の子だった。育ちが良さそうで、ひょろひょろで、気弱そうで。けれどこんなところで、エンドレイヴそのものな私と一緒にいる。彼はきょろきょろと周りを見渡しながら進んでいる。

 私は涯の言葉を思い出す。

『奴は……気に入らないが、()を手に入れるために必要な、最後の一人だ』

 見下ろす彼はまさにそんな男の子だ。確かに彼は()、ヴォイドゲノムを渡すために本当にここまでやってきた。だからこそ、気に入らない。私は彼を見下ろしながら告げる。

「私は連れて行くって言ったけど、あんたのことは信用してない」

 集は私を見上げる。素朴な疑問を持った表情。私は続ける。

「あんたがいのりのところに行きたい理由が、今もまったくわからないの。まったく、なんで涯もそれで送り出しているんだか……」

 結局言いくるめられてしまったけれど、疑問は変わっていない。

「あんたの言ってたヴォイドゲノムは存在しなかった。使い物にならなかった。特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》と私たちの戦いは、本当は関係ない。ならあんたの目的は達成しているはずでしょ……」

「それは……」

 そう言いながらも彼は歩みを止めない。この意地っ張りに、私はため息をつく。気に入らない彼には、もっと違うところから指摘してあげなければいけないような気がした。

「それとね、はっきり言う。あんたの力は前線向けのものじゃない」

 集は進む中で顔を俯ける。私は続ける。

「私の体を軽くしてくれても、結局戦うのは私。私といのりの帰りを待つのも、あんたたちエンジニアの仕事じゃないの……」

 だから帰りなさい、いますぐに。まだ引き返せるでしょう。

 私がそう言ったのに、彼は歩みを止めようとしない。そして、彼はおもむろに答えてきた。

「そうやって、僕は逃げてきたんだ」

 気弱そうな彼のそんな一言が、私にはどういうわけか重く感じた。彼は続ける。

「自分のできることで凝り固まり続けて、結局何もできてなかった……それしか自分にできることはないって、固執し続けてきたんだ」

 その言葉が、自分に刺さるようだった。エンドレイヴでしか、いや、エンドレイヴですら涯の期待に答えられない自分に。

「だから、いのりのくれたこの日が……僕が逃げないための、最後のチャンスなんだ」

 そう言われて、我に返る。なんだか可笑しかった。自分の気持ちに、そんなに固執するなんて。そうやって吹き出していた私に、彼は顔を上げる。

「だからあんたはソリッドってわけね……」

 彼は首を傾げる。何かを作り続けたその意固地さは、本当に場違いで、だからこそ前に進み続けられる、不可欠な資質《Right Stuff》であることを、認めるしかなかった。

 そして、私はきょとんとしてる彼を見下ろして告げる。

「なら、このチャンスを絶対に離さないで」

 それは私自身に告げられる言葉だった。

 これが失敗すれば、永遠にこの病室から抜け出せなくなる。

 私もこのチャンスを掴み続けなければならない。

 そう思いながら、私は六本木の外にたどり着いていた。空の星は雲で覆い隠されている。

 息が詰まりそうなほど、雲が近く感じる。

 しかし、そんな時に先に進んでいく彼の姿を見つめていた。私には進めなかった、涯と対立しても諦めないで説得し続けた男の子。涯とは異なる考え方をする、もう一体の牧羊犬《シェパード》。

 彼ならば、この病室みたいな狭苦しい世界から私たちを導いて、打ち破ってくれるんだろうか。

 

 

 

### insert tugumi 1

 

 あのオタクには、認めたくないけど私とは全く違うセンスがある。

 

 あのオタクは、引きこもりだった。けれど、それに裏付けられた確かなセンスを持っていた。攻撃したり、組み合わせることしかできない私を超える、純粋に人の願いを叶えるための感覚《センス》を。人の願いがわかるからこそ、道化師と自嘲していた。けれど、願いを叶えるための凄まじい努力は、間違いなく存在していたと、今も思う。

 でなきゃ、涯を説得できなかった。綾瀬……綾ねえのエンドレイヴもあんな土壇場の短い時間でチューニングできなかった。私も、最終手段を使おうとは思わなかった。

 AndroidOSに改造に改造を重ねて完成させた自分専用のドーム型オペレーションルームで表示されるモニター群。そのうちのひとつ。綾ねえの視点の映像。彼女のみる彼の背中は、きっと自分のセンスのことすら気づいていないか、気づいてもきっと自慢しなさそうな、本当に不思議な奴だった。

 通信がくる。私は応答する。涯からだ。

『ツグミ、こちらも到着した。準備は』

 私は答える。

「完璧よ。まさか、こんな日がくるなんて思ってなかったら準備に手間取っちゃった」

『いいや、この短時間でよくやった』

 この涯って男は褒めるのがうまかった。綾ねえもそうやってのせられて、今は犬呼ばわりされがちなオタクを連れていのりのところに向かっている。だから私はからかった。

「その口のうまさ、私たちだけじゃなくて、敵に存分にふるってね」

『任せておけ。今の俺にできることは、これくらいだからな』

 通信は終了する。そして、私は追跡して発見した人質たちのいる場所の映像を見つめる。

 ひしゃげたガソリンスタンド。そこから、有線でここからずっと伝ってきたオートインセクトが外の様子を眺めている。

 そこには、目を塞がれ、手も拘束された状態の人たちがたくさんいた。そしてその目の前にあるのは洞穴。

 とてもわかりやすい構図で、吐き気がした。

「やめてください!夫が何をしたっていうんですか!」

 そんな悲痛な叫びが、兵の壁の先からオートインセクトのマイクで傍受される。映像を切り替える。そこには女の人と、小さな男の子がいる。

「そのひと病気じゃありません!お願いします!」

 兵隊たちの表情は、その人と同じくらい引きつっている。

「切ない光景だね、胸が震えるよ」

 そんな声とともに現れたのは、優しそうな金髪の男の子だった。もやしみたいな細い線を、エンドレイヴ用のスーツで纏っている。その姿に女の人が気づき、

「軍人さん!」

 女の人はその金髪の手をとる。

「お願いです!助けてください!あの人は病気じゃありません!」

 金髪の男の子は驚き、そして女の人を突き放す。私は画面に食らいついていた。

「……僕に触らないでくれる」

 金髪の少年がそう語りかけると、女の人は驚いていた。そして、彼は銃を腰から引き出す。

 私は涯に叫ぼうとした。けど、そのもやし子は白服に銃を向ける。

「おいお前、そうお前だ、はやくこいつらを解放しろ」

 私は拾った音声が間違っているんじゃないかとすら思った。けれど、他の人たちも同じくらい動揺している。白服が驚いたのを見て、もやし子はため息をついて銃をしまい、彼はハンカチを取り出して腕を拭い始める。さきほど女性に触られた場所を、何度も何度も。

「し……しかし……ダリル少尉……これはグエン少佐からの命令で……」

 金髪のもやし子は、ダリルと呼ばれたそいつは、ぴたりとハンカチで拭うことをやめ、先ほどの優しそうな顔とは真逆の真顔を兵士に向けた。

「お前もあの脂身と……グエンと一緒に陪審員の前に立ちたいのか」

 白服は呆然としている。

「それは……どういう……」

 もやし子は、今度は嗜虐の笑みで笑いはじめた。それはさきほどのような線の細さや、死者を思わせる表情からはにわかに想像できなかった。

「おいおい、あんた、グエンが暴走してるのに気づいてなかったのか?もう本来のシナリオとは遠く離れるくらい、僕たちは兵力を消耗している。しかも、こんな鉄火場になる前にお片づけもできず、報道されたら大問題になることしてたやつらがどうなるか、それはもっと簡単な話のはずだよね?」

 白服達は動揺している。もやし子はためいきをつき、真顔に戻ると、

「で、どうする?情状酌量をもらうか、それとも豚箱か」

 男はそれを聞き、数秒立ち止まっていたかとおもえば、すぐさま拘束されている男の元へと向かう。塞いでいた目隠しをとり、手枷を外し始める。いや、その周辺にいる者たちも、すぐさまそれを真似し始める。

 さすがに私も絶叫していた。

「え?え?えー!ちょいちょいちょい!これどういうこと!なんか内ゲバがはじまってるよ!」

 なんだと、と涯が応じてくる。そこに状況を説明していると、すでに全員の拘束が解かれている。

「申し訳ありませんでした。さあ、いまのうちに」

 手枷を外してもらった男の人はその光景に驚いていたけれど、何度も頷いたかと思えば、一目散にさきほどの女の人と、息子のところへと向かっていく。そうして喜びを分かち合うが前に逃げ飛んでいった。

「……羨ましいな、ほんと」

 もやし子はそう言って、先ほどの親子のいなくなったほうをじっとみつめていた。

 私がさっき逃げていった人たちのために大急ぎで指示を飛ばしているさなか、観察していると、白服たちは互いに銃を構えていた。もやし子側が六人、そうでないのが八人。

「はやく脂身のところにいけよ豚ども、僕は汚いのと頭が悪いのは大嫌いなんだ」

 そう言いながらハンカチでさきほど触られた場所を引き続き拭っている。何度も何度も何度も。

 そうすると、やがて背けない哀れなやつらは急いで指揮官のところへと向かった。

 そして、もやし子が周囲に告げる。「僕にも作戦がある。協力してほしい」

 白服たちは頷いている。私は状況を整理するために、必死にオペレーションを続ける。

「な……なんかよくわかんないことになったけど、人質の二拠点のうちのひとつは、住人の避難完了!敵がいい感じに集まった!リキッド!」

『作戦開始!』

 景気よく何かの発射音が、オートインセクト越しに聞こえた。このドーム状のオペレーションルームから、そこにいるオートインセクトたちの視界を借り受ける。

 飛び出してゆくのは猛烈な数のミサイル。それに対して、いくつか配置してあった特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》の迎撃用レーザ―が応戦するけれど、やがて一部は敵の車の一群に当たっていき、逃げ足を削ぐ。

 そうしてもとの視点に戻ると、もやし子は周囲に指示を出してエンドレイヴをコントロールする台座のあるトラックへと向かっていっていた。その顔は笑顔のそれだった。

「始まった……」

 私は、涯に作戦前に言われたことを思い出していく。

『いいかツグミ。まずアルファチームが遠距離攻撃後、エンドレイヴを、可能な限り敵陣から引き離す。そして設定した距離まで引き離したあと、チャーリーチームが敵を制圧するために動く』

 それらすべて、この情報の世界で成し遂げられてゆくのを把握して、告げていく。

「ポイント、レッド、ブルー、イエロー、制圧完了。白いエンドレイヴ……あれ、作戦区域から離脱していく……」

 涯が応じる。

『いのりのほうに向かった可能性がある。だが綾瀬を信じるしかない。伝えろ』

「了解」

 メッセージを送りつけて、さらにオペレーションを続ける。

「ミア、うちの子たちよろしく!』

 任せて、そう声が聴こえると、私の視点のあった場所の近くからも四足のオートインセクトが飛び出していく。そして配備が完了したことを涯に知らせると、涯が叫ぶ。

『今だ!』

 涯の号令に従い、抑止の武力が行使される。

『中止!攻撃中止!』

 傍受した特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》の無線が慌てている。

『指揮車両に対してミサイルロックオン多数!迎撃可能数を超えているだと……』

 そんな特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》の副官の声が聞こえたかところで、涯と一緒に向かった四分儀……しぶっちの声を、オープンチャンネルでお届けする。

『GHQ、特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》。第三中隊長であるグエン少佐に勧告します』

『我々は葬儀社。人質を解放し降伏しなさい。受け入れるなら、命までは取りません』

 グエンもまたおもむろにオープンチャンネルにし、

『テロリストども!我々は絶対テロには屈しない。貴様らがこれ以上抵抗するなら、地下に仕掛けた爆弾を作動させるぞ!そうされたくなければ出てこい!』

 改めて言われると、私もがっくりした。「どっちがテロリストなんだか……」

 グエンは恥知らずに続けた。『葬儀社とか言ったか、君にもリーダーがおろう?リーダーが』

 グエンの声に、ひとりの男が答える。

『リーダーは俺だ』

 そして、オートインセクト達が高速道路をスポットライトで照らす。男がはひとり、高速道路からグエンを見下ろす。その映像を、有線のオートインセクトから見つめる。

 頼んだよ、涯。

『葬儀社とはまた不吉な名だな』

 グエンの声に、涯は答える。

『世界は常に選択を迫る。適者生存。それがこの世界の理だ。俺たちは、淘汰される者に葬送の歌を送り続ける』

 私たちの味方が、グエンの拠点を、地下駐車場を囲んでいく。

『故に葬儀社。その名は俺たちが常に送る側であること、生き残り続ける存在である事を示す!』

 グエンは鼻で笑う。

『立場がわからんようだな、いま淘汰されようとしているのがいったいどちらか!』

 その時、迎撃で使われていたレーザーシステムの全てが、涯に向けられる。想定通り。互いに銃を突きつけあい、敵はすぐに人質の爆弾は起動しない。けれど、人質の解放はまだ完了していない。人員の配置も。私は歯噛みするしかない。

 けれど、有線のオートインセクトから見つめる涯は、そんななかでも笑っていた。

 

 

 

### 11

 

 僕と綾瀬のエンドレイヴは目標地点に到達し、僕らは遮蔽物に隠れて状況を伺う。その先には護送車が一台だけ止まっていて、その周囲には誰もいない。首を傾げるものの、端末が青い点を地図上に指し示している。

「ツグミ、ここにいのりが……」

 僕がそう訪ねると、葬儀社で手渡されたワイヤレスイヤホンを経由して、ツグミが応答する。

『そうね、シェパード。あそこからいのりを助けたらすべて終わりよ。他の連中、エンドレイヴと歩兵がそっちに向かってるみたい。今しかないよ』

 僕はそのとき、違和感にようやく気づいた。ツグミに伝える。

「ツグミ、リキッド、どうしていのりは人質に使われていないんだ」

 ツグミはえ、と返してくる。『相手は勝てるって思ってるからじゃないの』

 僕はいいや、と言って、「それでも人は用意する、これは変だ」

 綾瀬は叫ぶ。「危ない!」

 綾瀬の操るエンドレイヴが僕を器用につかみ、逃げ出す。僕がそのスピードに驚いているその瞬間に、爆発が起きた。

 その姿はよく見えていなかったが、その正体がわかった。

 青いエンドレイヴ。敵側の、GHQ側の遠隔操作型戦闘ロボット。それが五機追随してくる。更に、車でやってしていた特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》たちが驚き、銃を向けてくる。

「ツグミ、壁を作って!」

 アイアイ、と威勢のいい掛け声が響いて、その時更なる爆発が二段起きる。綾瀬はその時、僕を下ろしてくれる。そして語りかけてくる。

「ビルで二区画遮蔽した、一旦は大丈夫」

 僕は土埃に咳をしながら、煙の覗き込んでみると、大きな瓦礫の壁ができていた。そしてエンドレイヴすらも見えないような壁になっている。そこは一面の血の池が生まれていた。どうにか瓦礫の中から動こうとしている男がひとり。僕らへ向かって手を伸ばしてくる特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》がひとり血を吹き出し、そして絶命する。

 僕はその酸化した鉄のような匂いを嗅いで、喉の奥からこみ上げてくるものを堪える。その様子を見た綾瀬が声を降らせてくる。「しっかりしなさい!」

 そうだ。ここは戦場なんだ。その時、更にエンドレイヴの駆動音が響く。綾瀬が叫ぶ。「逃げて!」

 僕が顔をあげると、迂回してきた敵の青いエンドレイヴと綾瀬のエンドレイヴと思しきものががぶつかり合っているのがみえた。僕は急いでビルの間に逃げ込む。

「なにするのよ!」

 そんな声とともに、ミサイルが発射される。青いエンドレイヴは回避行動をしていき、ミサイルは地面に落ちて爆発していく。そして今度は青いエンドレイヴがミサイルを発射していく。綾瀬へ飛んでいく。

「やめなさい!」

 綾瀬のエンドレイヴは、フレアを炊きながらミサイルを銃弾で爆破していく。

 しかし不幸にも一発がいのりのいるはずの護送車に当たったのか、何か鋼鉄が横転する音が響く。僕はそれを聞いて飛び出しかかる。しかし、いまエンドレイヴが敵だけでも五機いる。下手に飛び出せない。そう思っていると、綾瀬のクリーム色のエンドレイヴはその四機へと射撃を行い、うち二体がひっかかり、それについてゆく。

 それを見て僕は気づいた。

「リキッド、敵の指揮系統が乱れているかもしれない」

 どういうことだシェパード、と涯は応じる。

「エンドレイヴも護送車にいのりがいることを知らない、でなきゃあんな攻撃しない」

『なるほど、人質に使うはずだと。敵は……正確にはその上層部は、エサをエサであると兵士たちに知らせていない。チャンスだ』

 その時、エンドレイヴの移動コクピット搭載トレーラーと、白い機体がエンドレイヴが通り過ぎる。白銀の機体。僕はその機体名を告げる。

「シュタイナー……」

 綾瀬が応じる。『どうしたの、シェパード』

 僕は急いで応答する。

「僕のチューニングしていた新型エンドレイヴだ!」

 綾瀬は息を呑む。それだけじゃない、と僕は告げる。「乗っているのはダリル、エースパイロットだ!」

 綾瀬の機体はその時、その白銀の機体と、トレーラーに遭遇していた。僕は通信を続ける。

「移動コクピット搭載トレーラーとエンドレイヴが一緒に来ている。ダリルはきっと、あそこにいる。あれはまだ全部をゲノムレゾナンス通信で繋ぎきっていないから、無線通信するトレーラーが近くに必要な特殊仕様だ!」

 綾瀬の機体と白銀の機体は、即座に戦い始める。僕は言った。

「シュタイナーに勝たなくていい!ほかのエンドレイヴを全滅させて、トレーラーを破壊すれば、君の勝ちだ!」

 綾瀬は逃げながら笑う。

『なんて簡単なルールなの……』

 綾瀬のジュモウは、なんとか敵の攻撃をかわしていく。

 だめだ、いかに彼女が優れていても、それだけの数じゃかなわない。綾瀬は叫ぶ。

『あんたはいのりを確保しなさい!』

 僕は駆け抜けていく大きな彼女へ叫ぶ。「君のベイルアウトは!」

 その時、綾瀬がこちらに戻ってきて、敵機を一機、エンドレイヴ内臓のブレードで討ち取る。

『あんたのチューニングがあれば、どうってことない』

 けれど、綾瀬のエンドレイヴは、必死に逃げながら戦い続ける。トレーラーの向かった先へ。白いエンドレイヴと、青いエンドレイヴが追随するなかで、ダリルの声が周囲のエンドレイヴに叫ぶ。

「イデオローグのところに行け!次に来る奴らが多分本命だ、逃すな!」

 その時自分たちの判断の誤りに気がついた。敵はいのりがいることをわかっている。いのりがいることもわかっていて、ミサイルを打ち込んでいたんだ。僕は奥歯を噛み締める。青いエンドレイヴたちがいのりの護送車の方向に走っていく。僕も、いのりのもとに向かいたかった。けれど、目の前で、綾瀬が必死に戦っている。彼女が無理をするのが、十分わかっていた。僕は、結局動けずにいる。

 

 

 

### insert ayase & tugumi

 

 集は、私の言うことも聞かずに、私の無様な戦いを見つめている。

 私を信用できないの。

 白い機体の攻撃から必死に逃げながら、私は彼を見つめる。そして、気づいた。

 彼は、何も持っていない。なのに、エンドレイヴ四機にいのりのところに向かわれてしまった。

 そうだ。私が、私がここで勝たなきゃいけないんだ。勝って、私がエンドレイヴと戦わなきゃいけないんだ。

 その時、よそ見の代償をジュモウの左腕が穿たれることで払った。強烈な痛み。敵のエンドレイヴからの距離は遠い。なのに、こんなにも正確に当ててくる。そして、白銀の機体は話しかけてきた。

「すごい動きじゃんか、いいね、僕みたいだ!」

「褒められても、うれしくない!」

 そう言いながら、私はミサイルをばらまく。絶対に当たると思った。けれど白銀の機体は、突然壁に向かって跳躍する。その動きは、私には信じられないものだった。さらにその機体は、ビルの壁を蹴り、そして私のもとに接近してくる。神に最も近い機体が織りなす、驚異の駆動能力。

「そんな……」

「桜満集。気に入らないけど、あいつに感謝しなきゃ」

 奴はそう言いながら、銃弾をばら撒いてくる。私はすかさず逃げ続ける。逃げの手ばかりの自分に、歯噛みする。敵はしゃべっていた。

「嘘界少佐、こっちはもう終わる!」

 そして、私は認めるしかなかった。

「勝てない……」

 機体の性能だけじゃない。常識を越境する、卓越した才能《センス》、それに付随する、正確さ、何よりも、経験の豊かさが、私を阻んでいく。それはまるで、絶対に飛び越えられないバーのようにすら見えた。正しい方法で、正しく勝てない相手。そして、常に私を阻む、病室の高い壁。

 その時だった。ツグミが叫ぶ。

『最終手段を使うよ!』

 その声を聞いた私は理解した。そうだ。ここは、誰かに評価され続ける、競技場でも、病院なんかでもない。

 

 

 私はピンチな綾ねえに宣言をした時から、わくわくしていた。はじめて涯からその構想を聞かされたときは、怒りの方が大きかった。けれど今は、こんなにも楽しみだ。

 向けた武器にまったく怯えない涯に痺れを切らしたのか、ついに、グエンが吠えた。『貴様たちが盗みだした遺伝子兵器はどうした!吐け!』

 涯は、笑って答える。『……そんな安易なもの、この世にはない』

 グエンは何かを差し出す。レーザーのスイッチだ。

『十数えるまで待つ。その間に言わなければ蜂の巣だ!』

 アルゴ、急いで。そう願いながら、グエンの映るモニターを見つめた。

 カウントダウンがスタートする。人生の中で一番長いカウントダウン。そのなかで、私は全てのコマンドを人生の中で一番素早く実行し、最後のひとつだけを残す。そして、右手を銃の形にして、グエンのモニターに向ける。

『時間だ!』

 グエンが涯に向けたレーザーを放とうとしたその時、私は愛国者達の銃《Guns of The Patriots》を撃つ。

「ばーん!」

 そうして、銃の形をさせたその人差し指で、最後のコマンドを実行した。

 その時、何も起きなかった。誰の銃弾も放たれることはなかった。ただ、大量の妨害電波が展開されていくのを、情報技術の全てが破壊されていくのを、大量のアラートを見つめながら、私は知っていく。

 グエンが困惑していたその時、彼に裁きがもたらされる。何か衝撃がきて、膝立ちになり、さらに衝撃を受けて、倒れていく。

「ナイスショット、アルゴ……」

 そう言っていた瞬間に、ただひとつのモニタを除き、全てのモニタが消えていく。通信エラーと記載された大量の文字列だけが、更に周囲を満たしていく。その時、グエンの亡骸に、アンチボディズの指令エリア向かって、沢山の爆弾の雨が降り注いでいった。

 そして、全ての結果を確認した私はオペレーションルームの電源を切った。

「綾ねえ、がんばって……」

 

 

 ツグミから放たれた虚構の弾丸《Silver bullet》は、目の前の天才をわずかに狂わせた。

「おい、嘘界少佐、どうした!」

 シュタイナーと呼ばれていた白銀のエンドレイヴの動きが一瞬だけ止まる。この空間は、一人の少女の手によって、情報技術から解き放たれた。私はすぐさま移動コクピット搭載トレーラーへと、機体を飛ばす。彼の機体を抜いて、真っ直ぐ目標に走っていく。

「待て、ずんぐり!」

 敵が気付き、白銀の機体が、鬼気迫る速度で追いかけてくる。しかし、動きは見違えるほど遅くなっていた。

「くそっ、ジャミングのせいか!なんでこの距離ですら応答しないんだよ!」

 トレーラーは、エンジンを吹かせて逃げ始める。敵のエンドレイヴは、銃弾を放ってくる。私は踊るようになめらかに避ける。そして、トレーラーへと銃を向け、そして連射しながら、ジュモウを前へ、前へと跳躍していく。あの道化師が、集が合わせてくれた私の足で、何度も、何度も。

 それを道化師が合わせたシュタイナーもまた、加速する。驚いて振り向くと、ただこちらに権力疾走する姿勢に固まっていた。

「全部跳ね飛ばして追いついてやる!」

 躍り狂う機械天使達《Dancing Endlaves》は、高速に、結末へと向かっていく。そうして、私の撃ち込んだ銃弾が、トレーラーのタイヤを破裂させ、横倒しにさせる。後ろから、絶叫が聞こえた。勝てる。

 けれど、白銀の機体はそれでも銃弾を当ててきた。慢心が体に痛みが跳ね返ってくる。まだだ。まだ。そして、トレーラーに追いついた。

「その体、私にちょうだい!」

 そう言いながら、私はトレーラーへと体当たりした。トレーラーは吹っ飛ばされ、壁に激突する。

 敵から絶叫が聞こえた。そして、駆動音が消えた。私は止まっていた。

 勝った。勝ったんだ。

 そう思って、白銀の機体に振り向こうとした。そのとき、その機体の白い手から、ブレードが伸びていたのが見えた。私の体を、真っ直ぐ貫くように。

 私は集へと視線を見やる。彼の助けにならなきゃ。彼のために、エンドレイヴで戦わなきゃ。彼は端末を私の機体に向けていた。

 その時、私に訪れたのは暗闇だった。

 

 そして、私は飛び起きた。そこは、病室のような、エンドレイヴのための棺桶。浅く呼吸を繰り返している自分に気づく。その時、

「綾ねえ、どうだったの!」

 ツグミが、私のところへ走ってきている。私は、我に返る。

「大変……」

 ツグミはその深刻さに気づく。そして、私は告げた。

「まだ四機の、エンドレイヴが……」

 

 

 

### 12

 

 僕は手に持っていた端末をしまった。

 二機のエンドレイヴが、沈黙している。綾瀬のエンドレイヴから、叫びは聞こえなかった。きっと彼女は無事だ。

 けれど、もう彼女の手助けを借りることは、できない。

 僕はいのりのもとへと走っていく。瓦礫を越えて、炎を潜って。

 でも……いったい何ができるつもりなんだ。

 

 

 

### insert inori 2

 

 私は体の痛みで目を覚ます。自分にプラ製の手枷と足枷をされ、さらに目隠しをされていたことにその時気づく。周囲を見渡すと、特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》の兵士がいたが、頭から血を流して息絶えていた。そこは横倒しになった護送車の中のようだった。

 自分の身に何が起きていたのかはまったくわからなかった。けれど徐々に思い出していく。医療部隊に運ばれて治療を受けようとしたその時、爆発が起きて。気がついたらどこかに運ばれていて。そしてここ。

 私以外は誰もいなかった。つまり生け捕りにされたのは私だけで他の人は……

 考えるのはやめて、私は兵士になんとか近づき、ナイフをとる。手枷を切り、足枷を切る。目隠しを振り解く。体の自由を得た私はナイフを握って操縦席に近づくものの、そこでも兵士が永遠に動かなくなっていた。

 なんとか護送車の外に出ると、打ち捨てられ、人気がない様子からそこが六本木であることは理解できたけれど、灼熱と瓦礫で破壊され尽くしていた。葬儀社がここを守れなかったことを、守るための力を失ったことを、その景色は如実に示していた。

 私は理解した。

 生き残ったのは、私だけ。

 護送車の中の特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》の兵士も死に、葬儀社もきっと崩壊している。理由はなんだろう、と考えればすぐに思い至る。集という男の子が言っていた、ヴォイドゲノム。王の能力を与えてくれるというその薬物を引き金に、この状況は生まれてしまったのだろう。

 涯の言葉を思い出す。

「俺の元に届けてくれ、いのり。そうすれば、お前じゃなくて、全部俺が……」

 何度も私が守ってきた涯も、きっとヴォイドゲノムで死んでしまって、葬儀社のみんなは私みたいに奇襲を受けて、あの臆病な男の子もきっと……

 違う、セフィラゲノミクスの子だから保護されている。でも誰彼構わないこんな状況であの武器が嫌いな男の子が生きられるはずが……

 私は首を振る。なんであの男の子にこんなに気になってしまうんだろう。

 ふと思い出す。彼の言っていた言葉を。

「僕は……僕は、罪を償わなきゃいけないんだ」

 あの言葉を理解したいま、あれは私の言葉のようでもあった。

 彼のように言葉にできないけれど、それが私が歌う理由だったから。

 男の子とのことが去来してくる。

 彼の作ったアプリが綺麗だったこと。おにぎりというどこか懐かしくておいしいものをくれたこと。私の状況を鑑みて私を六本木まで送ってくれたこと。泣きながら償うためにと一緒にきてくれたこと。怖がっているのにもう傷つけたくないと守ってくれたこと。あの子は私をずっと気にしてくれていた。

 だから私も気になってしまうんだ。こんな炎の中でも。

 目の前に、エンドレイヴたちがやってくる。味方ではなく敵の。四体はまだ私には気づいていなかった。

 私は立ち上がっていた。そして彼らへと歩みを進めていく。

 その兵器としての存在で、あの子を泣かせたエンドレイヴへ。

 今はもう、涯もいない。葬儀社すらも。なら私が本当は何者であるか、隠す必要もない。

 私は知っている。私の体に似せただけのものなら、倒せるんだってことを。

 そのために、この手に握られたナイフはいらなかった。私はナイフを捨てながら、彼らへと向き合う。

 私の大きな似姿、人形《エンドレイヴ》たちは、私へと振り返る。

 もうあの子はいないかもしれない。死んでしまったかもしれない。

 だからこれが、私の復讐だった。

 エンドレイヴは銃を向けてきた。

 自分の腕の傷が疼いた。本当は怖かった。けれど、彼のためならば。

 私はあの男の子を泣かせた全部を終わらせる。それが私の償いなんだと、なぜか確信していた。

 

 

 

### 13

 

 家と研究所に引きこもりだったおかげか、僕にも冷静さだけは残っていた。接敵は避け迂回して移動し、いのりのいるはずの護送車の見える場所に僕は到着する。護送車を見つめる。

 敵は四体。全ての通信は切断された。けれど、別のメカニズム、ゲノムレゾナンスで通信し、駆動するエンドレイヴだけは生き続けている。なぜこうして無限の距離をゲノムレゾナンスは繋げられるのか。それはまだ謎のままだ。

 綾瀬にもベイルアウトしてもらった。僕にはもう、何も残されてはいない。けれど、そんな時に目についたものがあった。誰かが使っていた拳銃。

 こんなのじゃ、エンドレイヴは倒せない。

『あんたの力は前線向けのものじゃない』

 綾瀬の言っていたことを思い出す。本当にその通りだ。

 それからまもなく、誰かが護送車から出てくるのが見えた。

 いのりだ。ナイフをにぎり、先ほど完成したビルの瓦礫を踏みしめながらエンドレイヴへととぼとぼと進んでいく。

 僕は叫ぼうとしたが、声を抑える。そのさきにはエンドレイヴがいるからだ。大声を上げれば気づかれてしまう。いのりが潜むのを見守るのが先決だと、僕は思っていた。

 けれどいのりは迷いなくどんどん進んでいく。そして、瓦礫の高台へと登っていく。

 いのりは武器になるだろうナイフすらも投げ捨てている。そうして、エンドレイヴたちと向き合うのに、いのりは一切動じていない。何かを決心したかのように見えた。

 そう、まるで、彼女がエンドレイヴと戦えるかのように。

 身の危険を感じて、僕は身を潜めてしまう。

 だめだ。いのりのくれたこの日が、僕が逃げないための、最後のチャンスなんだ。僕はかけられてきた声を思い出す。

『このチャンスを絶対に離さないで』

『絶対に、守ってみせろ』

 そして、いのりの言っていた言葉を思い出す。

『桜満集は、臆病なひと?』

 僕は目の前に落ちていた銃を握って、飛び出していっていた。

「いのり!」

 そう叫びながらフェンスを乗り越える。

 桜色の髪の少女は振り返ってくる。相変わらず、場違いな綺麗さだった。けれど、彼女の顔は、恐怖で強張っていた。

 エンドレイヴに銃を構え、撃ちながら前に進んでいく。体の衝撃が恐ろしい。けれど、使うしかない。けれど、自然と、()()()()()()使()()()()()()()()

 放たれた銃弾がまぐれで敵のエンドレイヴ一機のアイカメラが破損したとき、

そして走馬灯のように思い出す。

『……私にはわかる。あなたが一番気遣ってくれていること』

 そして今度は、再び手に持っていたシリンダーを両手で差し出してきた。

『私も、これも』

 そんなこと、ないよ。

 そこから言葉が出なかった。だから、君の思いを、もっとちゃんと受け止めなきゃ、君と言葉を紡がなきゃ、いけなかったんだ。

 怖がっている君に、言わなきゃいけないことが、あるんだ。

 僕は更に銃をもう一体のエンドレイヴに向け撃ちこみながら進む。アイカメラに再び当たる。しかし、アイカメラを壊されていたはずの一機が、いのりに銃を向けていた。間に合わない。僕はそう予感し、弾切れを起こした銃すらも投げ捨てて飛び出していた。

 いのりを抱きかかえ、覆いかぶさったとき、何かが身体を吹き飛ばす。そうして体の奥の肉が痛み、おもわず血が吐き出される。わかっていたことではあったけど、防弾チョッキはエンドレイヴの武装の前では、さすがに機能しなかった。

 そのなかで、僕はいのりを見ていた。

 驚いてこそいたけれど、怪我はないのか、僕みたいに血を吐き出してはいなかった。それで安心した。

 もう大丈夫。

 僕はいのりに、そこまでしか言えなかった。

 けれど今度は守ることができた。そして、彼女に、答えることができた。あとは、彼女なら逃げ切ってくれる。満足感が、僕の中で満たされていく。最後に与えられたいのりの暖かさが、うれしかった。

 でも、それも消えてゆく。真っ白な世界が、僕に訪れてゆく。

 

 

 僕は、なぜか眩しさを感じていた。そして、なぜか暖かさを感じていた。

 ここが死後の世界のはずなのに。

 それとも、あの魂の国のように、死者の世界は明るいのだろうか。

 理由がわからず、目をゆっくりと開ける。そこにあったのは、僕の知っている天国に似て非なる何かだった。

 真っ白な世界に幾千もの数式とコードが羅列している。それが特定の回路に組み込まれたかのように、球状に描かれていて、それが僕を包んでいる。

「これは……」

 そうつぶやいたとき、僕は身体の暖かさの理由に気づく。いのりだ。彼女は僕に抱えられ、この真っ白な世界を見わたしている。彼女もこれがなんなのかわからないらしい。

 そして、僕は疑問を抱いて背中をさする。すると、背中の防弾チョッキはクレーターは風穴が開いていて、しかもそのまわりにはべとべとした何かがついている。きっと血だ。

 だというのに、僕の身体には、痛みがなかった。そうして、さっきまで傷んでいた場所へと、そっと手を触れる。人の皮膚の感触がある。

 いや、銃で穿たれたはずの風穴が、ない。

 僕は混乱していた。

 それじゃまるで、現人神の体(インスタンスボディ)みたいじゃないか。

 

 そんなとき、ふいに聞き覚えもない男の声が響く。

『ようやくたどり着いたか……その力は、くれてやる』

 そのとき、白金の螺旋が僕の腕に絡んでくる。

 痛い。そう思ったかと思えば、すぐにその痛みが消えている。その右手をみていると、その手の甲に、奇妙な刻印が刻まれている。

 これは一体、何の意味を持つのだろうか。

『さあ、あなたの黄金を取り立ててみせて』

 そう、少女の声がどこからか聞こえる。こちらも聞き覚えはまるでない。 そのとき、抱えていたいのりが何かを悟ったかのようだった。そうして、両手を胸へと置く。

 すると、いのりの周囲に赤い螺旋が現れ、そしていのりの胸は青白く光っていた。

 僕はそれで気づいた。そうして右手の甲を見つめる。外なる王の力を示す、その鍵たる紋章を。そう、全てをやり直せる、タイムマシンを。

 まさか。ありえない。

 けれど、僕は知っている。僕はこの力を身体で知っている。そう、かつて僕はこの力で大切な人を……

 けれどいのりは全てを悟ったかのように、その胸を差し出してくる。

「集。お願い……私を、使って……」

 そのとき、いのりを囲む赤い螺旋が、いのりの差し出すヴォイドゲノムをフラッシュバックさせる。そして見えるのは、あやとりを差し出すいのりに似た人。

 君は、そう思っていると、更に映像は流れてゆく。

 黒い結晶。燃える教会。落ちゆく十字架。燃えるクリスマスツリー、幼いころの僕。金髪の物静かそうな少年。壊れた橋。手に載せられた錠剤。

 そして、結晶に包まれた世界、魂の国。

 そこで、人々は笑っている。

 そしてその中にいる、青い目をしたいのりが笑ったのが見えた。彼女はあやとりを差し出し、語りかけてくる。

『取りなさい、集。今度こそ。これは力。人の心を紡いで形を成す、()()()()

 

 白の世界は爆散し、夜の世界が姿を現す。

 僕は、いのりの胸へと鍵の右手を突き入れる。いのりはそれに喘ぐ。

 そうして、僕はいのりを抱きかかえ、未来までの人の心の道を橋のように紡ぎながら、虚無の扉から引きずり出してゆく。それは、黄金とは呼べなかった。輝く白金のような、結晶の塊だ。

 そうして巨大な白金を引き出しきり、天に突き刺す。すると結晶の塊の外壁が急速に収束し、破片が散らばる。その収束のせいで力は柱のように天に広がる雲すらも穿ち、空を解放するように押し広げていきながら、その真の姿を現す。

 この世の全てを両断してみせようと喧伝するかのような、巨大な白金の刀身。

 それは白金の螺旋、ヴォイドエフェクトをまとい、螺旋は天に向かうごとに六芒星をわずかになぞるように広がってゆく。近くで見つめている僕には、それは僕の育てていたオオアマナを思いださせた。

 いや、これだけの大きさとなってしまえば、もはや花とは呼びがたい。

 地上に咲き誇る、ベツレヘムの星。

 神の子の誕生の時に輝いたとされる、天にあるはずの、はじまり(βios)の星の輝きだ。

 その輝きは純白さをたたえていながらも、余り有る武器としての意味が、畏怖以外の何物の感情も許さない。

 そして、そこからいのりの歌声が聞こえてくるかのようだった。

 だがらこそ、僕は呆然としていた。この星の輝きこそが、心という虚無の真の姿なのかと。

 けれど、僕は、僕自身の手でこの輝きを引きずり出しているというのに、こんな言葉しか出てこない。

「なんだ、これ……」

 神の似姿をしたエンドレイヴが叫んだ。

「王の能力……嘘だ!」

後退しながらミサイルを四発打ち込んでくる。僕はそれに対してなぜか剣を水平に構えてしまう。

 すると、その剣先には白の紋章が現れ、ミサイルを弾き飛ばしている。ミサイルは逸れて僕といのりの後ろに飛んでいき、爆発する。

 敵のエンドレイヴはつぶやく。

「人間が、エンドレイヴに敵うはずがない……」

 エンドレイヴは僕へと特攻してくる。格納されていたブレードを引き出す。

「敵うはず、ないんだ!」

 そう叫ぶエンドレイヴへ、僕も、雄叫びにも近いような声を上げながら、踏み出していく。その高台を飛び出して行き、そしてエンドレイヴに肉薄した時、僕はその大剣を振り下ろす。そこには手応えはあった。だが、鋼鉄を切り裂くときの手応えとしてはあまりに軽すぎた。エンドレイヴは内部にあったフレームが、燃料電池が、ニューロサーキットが、なめらかな断面で切り裂かれ、僕が飛び去っていった後に爆発する。

 残ったエンドレイヴ一機はそれを見て、叫びながら僕に銃弾を撃ちこんでくる。僕はそれが、目視でゆっくりに見えていた。

 銃弾を切り裂いて接近していく。銃を打ち続けた敵のエンドレイヴは呆然としていた。

「まさかこれが、本物の現人神の体(インスタンスボディ)……」

 僕はエンドレイヴへと突っ込む。エンドレイヴは一刀両断され、爆散する。

 僕は爆発の中に巻き込まれ、吹っ飛ばされる。

 そうだ、僕自身は結局は生身でしかない。力を振り回せても、無敵なわけじゃない。

 どうにか立ち上がる僕を前に、二体のエンドレイヴたちは、僕から逃げながらも横たわるいのりへと銃を向けていた。

「くそ、せめてこいつだけでも……」

 させない。

 そうして二体のエンドレイヴに大剣を構え、跳躍する。

 そして瞬時に接敵した。

 エンドレイヴを消し去る。いのりのために。

 なめらかに進むごくわずかな時間のなか。剣を振り下ろす。銃を切り裂き、ブレードを折り、この地に二度と立てぬよう足を切り裂く。そして世界を見下ろす目も、世界を握り潰してきた腕も、何もかも。

 ほんのわずかな時間で全てを切り尽くしたあと、ようやく崩れていく敵の絶叫が耳に入った。

「助けてくれ!体がどこも動かないんだ!目も……」

 涯が綾瀬に言っていた言葉を思い出す。

「エンドレイヴであったとしても、人の体と同じだ。万が一裂けてしまえばその部分の神経回路は焼き切れる。そうなれば、君の足以外も……」

 そして、燃料電池が爆発する寸前の光を放っていた。

 僕はいのりのもとへと宙返りをするかのように思考している。それはやがて、異常な身体能力が成し遂げ、いのりのもとへとたどりつく。すると、バラバラになってしまったエンドレイヴは痛みの嘆きとともに、跡形もなく爆散した。

 

 通信も壊され、戦力が霧散した中で、僕はいのりを左腕で抱き起こした。

 左腕に抱えるいのりはすやすやと眠っていた。とても安らかに、心地よく。それも羨ましいほどに。

 そして、右手に抱える、大剣を見つめる。そこから、戦いを終えてなお、いのりの歌声のような何かを感じる。

 これこそが、本物のヴォイドと呼ばれる、人の心が武器へと変わった姿。形相を獲得した真の姿《イデア》。それは美しい。けれど、根本的な部分で、畏怖にしか変えられないような絶対的な力を有していた。

 僕はそんな武器をみてつぶやいていた。

「……君も怖かったんだね、いのり」

 突然白金の大剣がいくつもの螺旋に変わり始める。そうして眺めているとやがてそれは大剣のかたちから崩れて白金の線となり、いのりの胸へと帰ってゆく。

 僕の心は、脳裏に響き続ける怨嗟の声で、押しつぶされていく。

 

 

 

### insert inori 3

 

 私は緩やかに目覚める。

「おはよう、いのり」

 そう声をかられて私は男の子に気づく。

「……おはよう」

 そして、彼はふと、こう言った。

「もう大丈夫。もう、君が怖がるものは……ないんだ……」

 私は茫然と彼を見つめる。彼は突然泣き出してしまう。そうして気づいて、周囲を見渡す。大量の残骸。それも、エンドレイヴの。

「これは……」

「僕が……やったんだ」

 私は驚いていた。こんな怖がりな子が、本当にやったというのか。

 けれど思い出す。私から何かを取り出していたことを。

 彼は続けた。

「いのりの心を武器にして、やってしまったんだ。あの人たちはもう……歩けない。もしかしたら、殺しちゃったかも……」

 人を、傷つけちゃったんだ。自分の人生をかけて、否定したかったのに。彼は、そう言っていた。

 私は茫然としていた。けれど私は彼の頬をなでる。大人びてはいるけれど、どこか柔らかい頬。どうして、自分たちを殺そうとした相手にまでそんな優しさを向けられるんだろう。彼はなんとか言葉を絞り出す。

「情けなくて、ごめん……」

 彼がそういうので、私は首をふる。

「あなたは夢で、いつも泣いていた。だから、言わせて……」

 そのとき、夜明けの光が差し込んだ。私は、集の涙を拭う。

「あなたは、臆病な人。そして、優しい人」

 男の子は嗚咽を止めきれないまま、ありがとう。そう言っていた。そして、気づけば私は抱きしめられていた。私も抱きしめる。暖かくて優しいその感覚に、目を閉じる。

 遠くから誰かが私たちを呼ぶ声がした。そこには、車椅子に大きなロケット砲を載せた綾瀬と、手榴弾を持ったツグミ。そして、狙撃銃を持ったアルゴに、ミニガンを持って走ってくる大雲がいた。

 私は男の子をみやる。

「みんな、生きてるの……」

「うん。涯もね……」

 驚いていると、自慢げでもない彼は私も抱き抱えて立ち上がる。

 臆病で線が細くて、なのになんで息も切らさずにやりきってしまうんだろう。

 王の能力。そして、それを抱き続けられる体という意味。

 ふと、あのターコイズグリーンの結晶世界を思い出す。

 まさか、彼こそが……

 男の子は、集は言った。

「さあ行こう。みんなのいるところへ」

 私はなんとか合意した。

 私は抱えられたまま、集はみんなのもとへ、特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》の拠点だとされた場所へと向かっていった。

 何もかもを成し遂げてしまった臆病な男の子の腕の中で、私はもう一度あの神様の暖かさを感じていた。

 

 

 

### 14

 

 いのりを下ろし、かがんだその場所は、無茶苦茶に吹き飛んだ雲から、夜明けの光が差し込む。

 強く日が差し込み、無数の火薬と銃弾で破壊されたアスファルトや装甲車、エンドレイヴや死体を照らし出していた。

 これが、僕の加わってやったことなんだ。動かなくなってしまったグエンの頭を遠くから見つめ、そう思った。

 涯が僕のところにやってきたことに気づいた。だから、僕は訊ねた。

「目的のために同じ人間を殺す。相手が悪いから殺す。君たちは……いや、僕は、いつまでこんなことを続けなければいけないんだ」

 少しの間のあと、涯は語ってくれる。

「武力の絶対性が変わる、その時までだ」

 一生無理そうだね、破壊を目に焼き付けながらそう返事をすると、静かに、寂しそうに笑う涯の声が聞こえた。

「だからこそ、俺たちは彼らの死を見送り続けて、彼らの無念を、彼らの憎しみを、彼らの願いを、抱いていかなければならないんだ」

 僕らふたりのもとへとやってきた葬儀社のメンバーたちは、焼き払われたその大地に向かい、あるいはそれと同じ方角にある、天へ登りつつある太陽に向かい、それぞれに祈りを捧げ始めた。

 ある者は両手を握りしめ、ある者は手を合わせ、ある者はただ目を閉じる。

 僕もまた、自らの右手に宿った紋章を見つめる。

 そうだ、僕も償わなければならない。終わらせなければならないことがある。

 その時、近くにふゅーねるがやってくる。そして、僕に制服のジャケットを渡してくる。僕は防弾チョッキを脱ぐ。そして、そのジャケットに袖を通した。そうしてかつての姿に戻った時、僕は決心した。

「行かなきゃ」

 そう言って、僕は立ち上がる。涯は止めることはない。いのりは驚いたように訊ねる。「どこに」

「どこか。この星の抑止力になるために。そして、王の能力を……人を傷つけて、殺したかもしれない罪を、償って、封印するために」

 いのりは立ち上がる。「行っちゃうの……」

 僕は肯く。「特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》は壊滅した。この国は、エンドレイヴで支配された世界は、君たちの手によって解放される。僕の、道化師《clown》の役目は、終わったんだ」

 そうして、僕は彼女へと背を向ける。

「君の歌、楽しみにしているよ」

 彼女は、僕の袖を握っていた。そして、必死そうな表情で、僕を見ている。

「行かないで」

 僕は彼女の言葉に、笑っていた。そして、あの廃校舎で答えそびれていたことを、答える。

「それが、好きって意味だよ」

 いのりはその言葉に目を見開く。僕は、その袖を握った手をゆっくりと握り、そして離させる。そして、僕は告げた。

「ありがとう。さよなら」

 僕は背を向け、進んでいく。六本木から、いのりから、遠く、遠く。全てを終わらせるために。

 そうして歩いている時、どこからか、いのりの鎮魂歌《レクイエム》が聞こえてきたような気がした。その声には、悲しみの感情があふれている。

 彼女はきっと、歌によってはじめて心を解放するのだろう、聞き入りながらぼんやりとそう思った。

 アカペラの鎮魂歌の響く六本木には、眩しい夜明けの斜陽が差し込んでいる。

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