Guilty Crown Bonding the Voids   作:倉部改作

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特にbond2から友達を武器に戦う、という物語を展開してきたわけですが、まさかbond3でこんなに家族のことを書くことになるとは考えてもおりませんでした。私も冴子や玄周みたいに希望を託せるような人になりたいです。


sixth

### insert haruka 1

 

 私は、十年前の家にいた。

 そして、ソファに腰掛けている。私はタブレットを脇に置いて、写真立てを手に取り、ぼんやりとみつめる。そこには、かつての家族が写っていた。けれど、みんないなくなってしまった。いまはもう、いのりちゃんだけ。その写真を撮ってくれたまなざしを、彼を思い出す。猫背で、ちょっと不健康で、でも朗らかな彼を。

 その時、誰かが帰ってきたのかドアの開く音が響いた。そしてやがて、彼女はやってくる。私に残された、最後の家族。

「いのりちゃん……」

 彼女は訊ねてくる。

「ゲノムレゾナンス通信は……」

 私はタブレットのロックを解除する。そうして映し出されたそれは、供奉院グループの手ではじまったゲノムレゾナンス通信の広がりを示している。

「涯の都市破壊の発表のあとから急速に広まって、地球規模になりつつあるわ。発電所もいくつも繋がって、新しいインフラになった。疎開先で確実に使えるものは、世界中が憎んだこれしかないから」

 私は自嘲するように言った。

「皮肉よね……」

 彼女は俯く。

「言葉と同じ。大雲さんも言ってた。便利なものにはかなわないって」

「そうね。けれどアポカリプスウイルスを私たちが失えば、この通信も失われることでしょう……」

 そのときいのりちゃんは私へ、抱えていた手帳を渡す。それを見て、私は驚いていた。彼女に訊ねていた。

「玄周さんの……だれから」

「集が、ふゅーねる経由で私に」

 そして彼女へと顔をあげる。

「なんで、私に」

 私は俯く。

「春夏さん宛だから……」

 私はいのりちゃんから託された手帳の冒頭をみつめる。そこにはこう記されていた。

『集と、真名と、永遠を取り戻そうとする君へ』

 

 

 

### diary kurosu

 

 この記録に辿り着いたということは、おそらく僕たちの見たものが終わった頃だろう。供奉院翁にそう言って、集と真名を経由して託したのだから。

 

 まもなく訪れるクリスマスイブの日、茎道によって儀式は反転される。集は王の能力を使い、真名を一度殺すことで食い止める。

 その十年後、王の能力は集が未来から帰還することで真の意味で目覚める。東京にはルーカサイトが発射されかけ、国際連合によって核攻撃が実行されかかる。しかしそのふたつは、集とトリトンによる王の能力の行使で防がれる。そして世界は国家と都市を失いかけている。世界はトリトンの怒りと恐怖で支配されつつあることだろう。

 こうして、はじまりの意志は、桜満真名は、守られてきた。

 

 なぜ全てを知っているか、これを読んだ君は驚くだろう。

 それは、僕たちダァトの牧羊犬《シェパード》の系統は、言わば未来に生まれたからだ。この結末を断片的に知りながら、現在の世界に呼び寄せられる。それは、桜満真名、つまりはじまりの意志とよく似ている。

 人間の通ることのできない世界の穴を通じて、僕たちは人のように生まれる。そして時折繋がる運命(Dooms)に基づき、選択を続ける。無垢な願いを持ったはじまりの意志を、守護するために。

 だからこれは、アインシュタインの直感した、神はサイコロを降らない、あるいはラプラスの想像した決定論的世界を証明するものとなる。

 未来は事前に記述されており、その記録を参照された上で、この世界は成り立っている。何度読み返しても変動することのできない物語と同じだ。未来は結晶の世界で決定づけられ、僕たちの抵抗はすべて世界に編纂済み。だから、この世界に僕たちが想像するような平和な永遠が訪れることは、ないのかもしれない。

 けれど、何もしない理由にはならない。僕は託されてきたのだから。

 だから君に、全てを伝えようと思う。あるふたりのダァトの話を。

 

 彼らふたりは、イントロンコードRAM仮説に基づく研究をしていたが、ある未来を夢で見たことで全てが変わった。見たのは、そう遠くない未来、一対の牧羊犬(Twin Shepherd)が人の心を武器に世界を支配する姿。複雑化しても救いのない世界を解き放つため、全ての悪意を東京に束ね、そしてヴォイドの力で編まれた武器で破壊する姿だった。

 ふたりは世界にとって絶望的なこの結末を回避するため、この力を別の方法に使うことを模索した。だがその実態はわからない。研究が必要だった。彼らは未来のイメージから、心という本来は存在しないと言われた虚無《ヴォイド》を、人を生み出す情報源《ゲノム》から探し出して編み上げるという発想に辿り着くことになる。それが、ヴォイドゲノムの原初《Inception》だった。

 だがひとりは、ある研究の前後から変わっていった。その研究は、奇しくもふたりの研究から発展したゲノムレゾナンス伝送技術だった。ゲノムレゾナンスが兵器にも使うことができると理解したそのときから、彼は変わった。ゲノムレゾナンス伝送技術を発表した妹の罪を被るように、彼は環境を変え、大量の軍事研究を積み上げていく。それが、茎道修一郎という男だった。

 修一郎は妹を悪意から救うべく、世界を書き換えようとしてきた。けれど全ては回り込まれていた。妹を悪意から守ろうとすればするほど、彼は同じ結末へと流し戻された。だから修一郎は、最後の可能性を追い求めていた。のちのシェパードが手にする、王の能力を。そして僕の息子、集が手にすることになる、人類の橋《BRIDGE》としての力を。

 もうひとりの男は、妹のために変わっていく彼をただ見ていることしかできなかった。それが僕、桜満玄周《ネイキッド・シェパード》だ。

 彼の気持ちは、彼が研究室を去ったあとも痛いほど理解できた。僕も彼も、世界を憎んだ。救世主を求めるばかりか、その救世主すら蹴落とす、人類の集合体、あるいは法則、神を。だからなにもできない僕は、寝る間も惜しんで研究に没頭した。世界を書き換える方法を求めて。

 けれど、あるときに研究室でひとり机に突っ伏して眠っていた僕は、妻の冴子から時計をプレゼントされた。それはスマートウォッチと呼ばれるもの。彼女は言った。

「これで、世界を救って」

 僕はメガネをかけながらそれを腕に巻きつける。そして、すぐアラームが鳴り、なんとか止めた。ふとそのアラームのアプリを開く。それにはすでにいくつものタイマーがセットされていた。

「なんでアラームがこんなに?」

「人としての時を、生きるため」

 僕は首を振った。

「僕たちには時間がないんだ。君にも、話しただろ……」

 冴子は僕の頭をがしりとつかむ。そして彼女のお腹へと頭を向けさせられる。そのお腹は、ふくらみつつあった。

「みて。あなたの赤ちゃん(BB)を」

 あ、ああ。そうなんとか答える。また頭をうごかされる。こんどは彼女の顔だった。彼女は言う。

「思い出して。なんのために未来を書き換えるのか」

「絶望的な結末を、回避するため」

「絶望的な結末って?」

「人類が、恐怖のなかに沈むこと……」

 すると彼女は僕を抱きしめる。呆然としていた。彼女は言った。

「なら、私たちと、同じ時間を一緒に生きて……」

 そう言いながら、彼女は泣き出す。彼女は言った。

「あなたをたくさんの人たちがすごいって言うかもしれない。でも違う。あなたは神を、法則を、人類を憎むばっかり。私たちを見つめない。そんなので、世界が、真名が、集が、救えるわけない」

 僕は呆然と、ごめんと言った。そして正直につぶやいていた。

「でも僕は、同じ時間を生きても世界を救えそうにないよ。無限に時間があったとしても……」

 彼女は顔をあげる。その顔には涙が伝っているけれど、決心に満ちている。

「ひとりで、世界を救おうとするからよ」

 僕はその言葉の意味が理解できて、さらに言っていた。

「君たちも進むと言うのか、この道を」

 彼女は微笑む。

「そういう家族があってもいいでしょ。私たちは、すでに運命の中にいるんだから。そしたら真名も、BBも、きっと救えるわ。だから私も進む。どんなことになったとしても」

 そして彼女と僕は、同じ時を過ごした。けれど、BBを、集を産んだそのとき、冴子は死んだと伝えられ、彼女の亡骸をみることもできなかった。橋《BRIDGE》を生み出すための代償、重度のキャンサー化が理由だった。

 だから僕は冴子から託された腕時計を、その時の思いを胸に、真名に、集に、そして未来に全てを託す準備をしたんだ。規則正しく生活をして、可能な限り彼らと同じものをみながら。

 それで一対の牧羊犬(Twin Shepherd)が成し遂げようとしていたことを、幼い彼らを見つめてようやく理解した。彼らは破壊するしかなかったんだ。未来に希望を託すために。彼らを育て、優しくしてくれた女の子が、桜満真名が、はじまりの意志が、運命から解き放たれ、優しい世界にたどり着くために。

 他ならない彼らの手で、世界の全ての道はただひとつの未来《Void》、真名が救出される世界へと繋がったんだ。

 だがその道の果てにどこに至るのかを、僕たちは結晶の世界以外知ることはできなかった。世界の未来は、突如として終わりの結晶の世界から記述が失われてしまっていたのだから。

 だからあえてここに、僕の願いを書こう。

 ヴォイドゲノムは、人類の黄昏へと直接繋がる。つまりゲノムレゾナンスは、別世界を経由して人を集め、繋げる。やがてこの世界に根付いた技術で、いや、もう一度繋がりたいと願う人の意志で、世界は虚無も含めて広がるだろう。その世界は、僕たちが見たものと、本当に同じになるのだろうか?

 僕はそうならないという、不確かな可能性に賭ける。そうして結晶の世界を越えて、未来が訪れたのだと。それを冴子と僕は信じ、橋の王(BRIDGEBOSS)となる子供《BaBy》に、集という名前を託したのだから。

 

 そして修一郎の妹である春夏、君に、この未来《posterity》を託すことにした。そのために、僕は君を家族として呼んだんだ。そして、この記録を君に託そうとしている。こんな大変な家族で、申し訳ないけれど。

 君になら、きっと僕たちふたりより、前に進むことができるはずだ。

 取り戻すべき永遠はきっと、君の手の中にある。君が作り続けてきた、その物語のなかに。

 

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