Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
### 6
学校の休み時間。僕は隠れながら事情聴取を始めることになった。
別れ際に涯からこう言われた。
「いいか集、お前の学校にはおそらくGHQ側の内通者がいる。何とかして見つけ出せ」
僕は途方に暮れる。「でも……どうやって……」
「昨日の作戦中、俺たちを目撃していた奴がいる。フォートの住人なら対処できた。だが、お前の通う学校の学生だったようだ」
僕は戸惑う。「どうして……うちの学生が……」
「ノーマジーン」
僕は思い出す。六本木で出会ったノーマジーンの中毒者を。『……あんた最近の学生売人か』
「そうか、売りにきていた……」
「取引の時はシュガーを名乗っていたらしい。無論、偽名《ハンドルネーム》だろうが……お前といのりは、高確率でそいつに目撃されている。探し出せ」
僕は首を傾げる。「うちの学生が何人いると思ってるのさ……見つけようがないって……」
涯は笑う。「いや、ある。お前の奇妙なシステムにも地道な捜査にも頼るまでもない、心の形が見えるものがあるだろ」
僕は右手を見つめて呟く。「王の能力……」
涯は肯く。「鋏だ。それを見つけ出せ」
僕は茫然とした。「どうして形が……」
「わかるからさ。さあ帰れ。明日から仕事だ」
いのりが僕に訊ねてくる。
「集……」
「大丈夫だよ、やれるから」
「ヴォイドのルール、教えて……」
「僕の調べた結果によれば……ひとつ。ヴォイドを取り出すことが推奨される年代は、おそらく僕らの世代以下であること。理由はアポカリプスウイルスのパンデミック時に未成人だった場合、ヒトゲノムのイントロンコードに変異が発生したことと関連があるとみられる。ひとつ。ヴォイドを取り出された人間はその直前の記憶を喪失する。これはいのりが取り出されたときにそうなったって言ったことからの推定」
いのりはおもむろに肯く。
でもそれなら好都合。とにかく今は実験だ。
そして渡り廊下からやってくる祭を見つめる。
祭なら、万一失敗しても許してもらえる……ような気がする。
そこでふといのりが訊ねてくる。
「ヴォイドは心が形になるから……それって、好きとも関係ありそう?」
僕はがっくりと項垂れる。「たぶんないかな……」
そして僕は言葉を重ねる。「好きって意味は……ほかの誰かには自分と同じことをしてほしくないことなんじゃないかな……」
そう言われたいのりは、突然こう言ってきた。
「集、私以外のひとから……ヴォイドを出して欲しくない……」
僕は焦る。「いやだって……調査しなきゃ……」
「でも集は好きってそういう意味だって……」
だめだ。祭がもう近づいてきている。「いのり、ごめんっ」
そう言いながら彼女から目を背け、目をつぶり、僕は飛び出す。そして僕は祭のヴォイドを取り出す。しかし、手に握る硬質的な感じとは違う。これはそう……僕の制服と同じ。そして僕がよく洗濯してる春夏のブラジャーによく似ていて……
目を開いた。そして、僕は怯えた。僕はヴォイドを取り出してなんかいない。胸だ。相手の左胸を鷲掴みしている。しかも目の前にいるのは祭じゃない。委員長の花音。祭は花音の後ろで固まっている。
なぜだ。なぜ、こんなことに……
そして周囲には人だかりができていた。周囲の目線も痛々しい。女子からの形相は凄まじい。ですよね。そして男子からは「すっげえ……」「勇気あんな……」と蛮勇を称える声。やめてくれ。
カシャ、カシャ、スマートフォン特有のカメラアプリの音も聞こえる。
祭はふらふらと壁に手をつく。
「どうして集……言ってくれれば……私はいつでも……」
なんてこと言ってんの祭。そんななかでピロピロリンとかいう電子音すらも響いている。
いのりも呟く。
「ほかの誰かにはしてほしくないことを……集が……」
それは別の意味も帯びていないかいのり。
そして僕が右手をなんとか開いたそのとき、花音はゆっくりと数歩下がり、顔を真っ赤にして……そしてうら若き乙女の叫びを上げる。事態の深刻さを十二分に把握できた僕は全力で走り始める。逃げねば。
「待ちなさい桜満集!」
彼女の叫びが追ってくる。
僕は教室から自分の荷物をふんだくって飛び出す。
終わりだ。目立たずに三年間泳ぎ切るはずだったのに。みんな今の忘れてくれないかな。もしくは消えてくんないかな。
なんとか大急ぎで天王洲アイルの駅にたどり着き、そして息を切らしながら事態を振り返る。失敗した理由は明白だ。いのりの突然の要求で目をつぶって、結果取り出す相手を見てすらいなかった。僕は夢の中でもがいていたのとそこまで違いはない。王の能力が突然使えなくなったのかもしれない。けどそんな都合良くはいくわけもない。そんな単純なものだったら僕も苦労してない。
とにかく、僕は当初の予定に戻ることにした。ツグミから送られてきた作戦を見つめる。
前と同じだ。仕事して忘れよう。
そう思いながら、僕は普段のルーチンに移る。席に座り、AirPodsProを取り出してつけて、いのりの歌を聞き続ける。けど、普段にはしない動作として、窓に頭を預け、項垂れていた。
モノレールは僕を地獄に運んで行っているような気がした。
### insert tugumi 1
葬儀社の作戦室でコーヒー牛乳を飲んでいた私は、ふゅーねるを抱えてタブレットでニュースを見ていた。スカイツリー爆破事件から時が経過したことを語る記事。
この事件は、誰がやったかも公表されていなかった。けれどその記者も諦めは悪かったのか、それと思しき人物の情報を書き連ねていた。彼らが見つけた目撃者によれば、その犯人と思しき人物は、年齢を多めに見積もっても青年。見た目は少年だったという。そして、その光景を見たときの喜びっぷりも、その記事は生々しく書いている。死を喜ぶ、けたけたとした骸骨のような笑い。
そう、自らの成果の報告を聞かせる、あの無線を思い出す。
そのとき、ふと通知に気づいてふゅーねるを離し、ラップトップを開く。ふゅーねるは自走して、私をじっとみつめている。天王洲第一高校の学生のSNSの検索機《クローラー》で引っかかった画像を見て、私は吹き出す。そして、ツボに入った。その画像は、さっきまで見ていた記事のことを忘れさせてくれたような気がした。そして、近くで裁縫をしていたきょとんとする綾ねえに声をかける。
「すごいよ綾ねえ、これ見て……王の能力使うのに失敗して……」
綾ねえは私のラップトップディスプレイを覗き込み……そしてため息をつく。
「まったく、あいつやっぱりエロガキじゃない……女子の胸を揉むってどういう神経してんのよ……わざと失敗したんじゃないの……」
「そうそう、生徒の言及もヤバイよ……」
そう言って綾ねえにラップトップを差し出すと、彼女は怪訝な顔をしながらSNSの情報を見つめていく。あいつばかじゃないの、と呟きながら。そして、彼女はやがてそのすべての言及の終わりまで見つめて……今度は天王洲第一高校の言及や画像をながめはじめる。そのなかには映研とかいうあの集がつまらなさそうに写真に映っているものまである。そして、突然走り高跳びの写真で彼女の手が止まる。私は訊ねる。
「綾ねえ……学校、行きたいの」
え、と彼女は言っていたその時、涯は現れる。
「ダリルは引き渡せたか、ツグミ」
即座にアイ、と私は答えて、「一時間前にね。私の子たちからのカメラで確認した」
そこにしぶっちが電話で繋いできて、あの仏頂面が出てくる。
「涯、ルーカサイトの操作権限が引き渡されました。いまツグミに管理者《root》権限のバックドアを捜査してもらっています。完全停止とまではいかずとも稼働している情報は抜き出せるようになるでしょう。取引は完了したようですね」
ああ、四分儀、と涯は答えて、「これで俺たちにあの石以外のすべてのカードが揃ったことになる」
あの石?と私が訊ねると、「いずれ作戦として伝える」とだけ涯は言って、「欠けていたエンドレイヴも揃った。集を働かせればシュタイナーも動く。君のおかげだ、綾瀬」
そ、そんなことは、と綾ねえは腕をぶんぶん振り回していた。けれど彼女は笑い、
「ようやく、これでほとんど完璧ってことね……」
私は綾ねえの言葉に、ふとこう返していた。
「どうかな……」
驚く彼女に、私は言った。「これからGHQを相手にするんでしょ。もしかしたら、またあれと戦わなきゃいけないかも……」
涯も、しぶっちも黙っていた。そのなかで、綾ねえは呟く。
「それじゃ……父さんも、母さんも……報われない……」
綾ねえは私に向いて、「ツグミが教えてくれたでしょ、あいつはGHQに寝返ったし、しかも牢獄のなかって……」
私はあいまいに肯く。
そうだ。そうであってくれなきゃ困る。二度と、あんなことがあってたまるか。
ふゅーねるは、私たちをじっと見つめている。
### insert daryl 2
僕が諸々の手続きの果てに帰ってきた二十四区のオフィスには、また僕と同い年くらいの奴が増えていた。そいつはコンピューターの前にかじりついて、ちんちくりんと突撃女、そして金髪と長身眼鏡の会議をけたけたと笑いながら見守っている。
「実は、牢屋にはもういないんだよね……」
そいつはそう呟き、笑い続けている。
僕はもう少しマシな狂人に近づいて訊ねる。
「なにこいつ……」
嘘界は答える。「城戸研二。ブラックスワンを超える、正真正銘の破壊者《クラッカー》です」
僕が首を傾げると、首吊り男《ハングマン》はニタリと笑い、
「スカイツリーを折った張本人ですよ」
流石に引いた。そんな僕の顔を見た嘘界は、「まあそんな顔をしないで」
僕は城戸研二と呼ばれた人物に聞こえないように呟く。
「どうやってここに引きずり出した、この殺人鬼……」
「茎道元局長の伝手だそうです。葬儀社という相手を倒すためには、内部の事情を知っている人物の方がよいということで」
僕はため息をつく。
「ここがアメリカだとしても司法取引が許されないんじゃないか……」
「我々ももう特殊毒液災害対策局《アンチボディズ》という看板は許されませんから。どうせ隠密行動です。今更法だのという段階でもないでしょう」
さらなるため息をついていたその時、嘘界は骸骨へ声をかける。「研二、そろそろ会議の時間です。行きましょう」
研二はへいへい、とさきほどの笑みが消えた顔で応じて、嘘界とともに会議室へ向かっていく。そして嘘界が振り返ってくる。「あなたもです、ダリル」
僕は頷くけど、「寄りたいところがあるんだ、先行ってて」
嘘界が了承したのを見て、僕は少し先の区画に足を運ぶ。
その道すがら、病院のベッドのようなものに載せられ、セフィラゲノミクスの医師たちに運ばれるエンドレイヴパイロットたちがいた。全員が失意の顔つきで、動くことがない。その医師たちが言葉を交わしている。
「この方も例の対エンドレイヴ個人兵装……王の能力と思しきものでやられた四人のうちのひとりだそうですが、首から下が動きません。エンドレイヴのテスト起動もできなくなっています」
「なんてこった、全滅じゃないか。上層部に説明つかないよ、これじゃ……」
そのとき、パイロットがすすり泣き始めたようだった。そうして、医師たちはようやく沈黙した。
僕は彼らを見送る。四人ということを考えれば、僕が命令したパイロットということになる。僕は呟く。
「王の能力、存在していたのか……けどどこから……」
僕がやがてたどり着いた先は、エンドレイヴの格納庫。整備を行う彼らの横で、僕はこれから使われる自分のエンドレイヴを見つめる。それはエンドレイヴの始祖《グル》が整備したシュタイナーではなく、量産機の可変型エンドレイヴ、ゴーチェ。
「僕の……シュタイナー……」
しかし、その機体の肩にはオーダーされていた数字が書かれていた。823。それはわずかに残された僕とパパを繋ぐものだった。
「けど王の能力が葬儀社にあるなら、こんなんじゃもうまともには戦えない……」
僕は自分で呟いたことに腹を立てて、踵を返して会議の先へ向かうことにした。
僕は会議に向かいながらどうすればいいか考える。そして、右手に手続きの中で取り上げられることを回避したあるものを取り出す。黒猫のキーホルダー。こういうセンスはおそらくあの猫耳《キャットイヤー》のちんちくりんが用意したものに違いない。何かあったらこれのボタン押して言ってね、とだけ言われていたし。
つまり、僕は葬儀社から放たれたスパイってことになる。そんな自分が、許せなかった。
「葬儀社が王の能力を持っていたとしても……僕は……パパに認められなきゃいけないんだ……パパの家に迎えてもらうために……」
その時、ふと目の前に将校の制服を着た人と、秘書が前を歩いていくのが見えた。
僕はとっさに隠れて、その様子を伺う。将校の制服。ヤン少将。パパだ。
秘書の女はパパに話している。
「いよいよですね、王の選定」
ああ、とパパは返答すると、秘書は微笑んだ。
「世界の軍事に革命を与えた、あなたが次の王です」
僕はその言葉に固まる。王。何の話だ。秘書は続ける。
「しかし……あの集という子が邪魔ですね……」
二人は無人のエレベーターに乗り込んでいった。
取り残された僕は呟いていた。
「どういうこと……」
遅れてたどり着いたその部屋には、先ほどの骸骨……城戸研二も、嘘界も、そして茎道もいる。さらに奥には、パパと秘書が控えていて、他にも将校たちが並んでいた。そして、今日はあの桜満春夏博士はいない。ふと視線に気づく。僕が入ってきた時からじっと見つめてくる同い年くらいのやつがいた。僕はそいつに向く。奇妙な白い服装。そして独特の太い眉。そいつが告げてくる。
「全員揃いましたね。では始めましょう」
年齢も比較的高い全員が、その年も大して重ねてなさそうなカルトの男に黙って注目している。
「それでは反体制側からの王の能力誕生のため、繰り上がりの行われた救済計画の説明を始めます」
僕はその言葉に目を見開いた。どういうことだ。
「まず自己紹介を。我々はダァト。古来よりこの世界の管理をある方から代行してきた組織です」
カルトの太眉は続ける。
「十年前に実施された救済計画は、諸所の事情によって失敗に終わりました。そこで、我々は世界の管理者も失いました。さらに、技術の発達によるものか、王の能力という本来は存在し得ない技術が実際に反体制側から確認され、我々は世界秩序を失おうとしています。しかし今、道化師《clown》を終端とする我々の技術、インスタンスボディと呼ばれる技術により、再びその世界の管理者を復活させるに至りました。では真名、お願いします……」
その時、部屋のスクリーンにその世界の管理者が現れた。桜色の髪。前髪を左右に分けている。しかしその姿は、どう考えても僕の知っている人物だった。
「楪いのり……葬儀社の……イデオローグの……?」
僕がそう呟いているとき、周囲の人物も驚いていた。そう、この顔はあまりに有名だった。彼女は微笑み、語りかけてくる。
「こんにちわ、私は桜満真名。よろしくね」
桜満。あの道化師のファミリーネーム。教祖代行の太眉は彼女から説明を引継ぎ、
「桜満のファミリーネームは、彼女がこの一族からの助言を受けることを誓ったためにつけられたものです。そのファミリーネームは、幾度となく橋を作っては壊し、世界救済を再定義し続け導いてきた、血族を超えた牧羊犬《シェパード》の系統を意味します」
そして太眉は信じられない一言を放った。
「その頂点に立つ、凝集の牧羊犬《ソリッド・シェパード》、桜満集こそが次の橋……すなわち、王です」
聞き間違いかと思った。しかし、今スクリーンで映し出された写真は、セフィラゲノミクスで勤めていたあのつまらなさそうな顔の道化師であることに、間違いなかった。ピンクの髪の女は微笑んだ。
「みんな、かわいい私の王様をよろしくね?」
全員がその光景でただ茫然とするなかで、僕は初めてローワンから教えられた時から考えを改めるしかなかった。桜満集。奴は特別な存在だった。僕は誰にも聞こえないように呟いていた。
「なんだよ、なんでお前、ここにいないんだ……」
カルトの男とイデオローグに似た顔をした女が去ったあと、別の部屋でGHQのメンツは再招集されていた。そこで茎道が話し始める。
「ダァトの墓守と真名はああは言っていましたが、我々の見解は異なります」
僕は顔を上げる。茎道は続けた。
「我々は橋の生贄《Bridge Baby》でしかない桜満集ではなく、ヤン少将こそが王に適任と考えています」
あのカルトに歯向かうのか。それを当然のようにパパは肯く。そして、茎道を睨み付ける。
「それで、どうするつもりだ。このままではその生贄である元インターンにすべて手渡す羽目になるぞ」
そこで嘘界が口を開く。
「ご安心ください。我々は必ず桜満集を合法的に拘束し、約束の日まで幽閉いたします」
パパは息をつき、それでいい。と言った。そして訊ねる。
「ダァトの言っている王とはなんだ、茎道」
茎道は、パパにこう告げた。
「人間の意志という虚無を繋ぐ橋となるものを意味します」
パパは眉を潜める。「つまり人間の意志を支配すると……」
左様です、と茎道は言って、「我々はこの十年間、失敗の中でこの世界と東京を再修復してきました。そして再修復が完了した結果、再び世界は文明崩壊の危機に立たされています。もとより王を選ぶというのは、このような支配を自由に行わせていたことにあると、ダァトと真名は考えました。それは私も同感です」
茎道は続ける。
「人は間違える。混乱する。それは、従うことを疑わせるからです」
その男は、こう言った。
「だからこそ、絶対的な神からの権威を手にし、その意志を疑わせることのない……王が必要なのです」
それにパパがなるのか。
エンドレイヴとそのパイロットを擁立する、軍事武装世界の王。それが、世界を支配する。
僕にはそれがいい世界かどうか、まったくわからなかった。
### insert daryl 3
表向きの作戦と告げられて夜になって訪れたその場所は、船の停泊場だった。
そこでその男は自らの勲章を見せつけるようにポーズを決めている。
「カッコつかないだろ?着任したからには一発決めないとさ」
連合国から寄越された新しい上官はこれだった。なんなんだ。いつから連合国やGHQは変人を採用基準にするようになったんだ。
「今日付で俺の部下になったんだから……ガッツだしていこうぜ!」
拳を握りしめる体育会系にローワンは訊ねる。
「お言葉を返すようですが、イーグルマン大佐……」
「ダン!親しみを込めて、ダンと呼んでくれ!そう言っただろ!」
そう言われながら両肩を掴まれたローワンは、ずり下がった眼鏡を押し戻しながら訊ねる。
「ミスターダン、ルーカサイトの使用許諾がなぜか降りないという事情はわかります。しかしこのドラグーンは地対空ミサイルでして、洋上の艦艇を撃つようには……」
「撃てるよ!」
彼は両手の指を上にあげながら、「上に上がるなら……」
そして僕たちを指す。「横にだって飛ぶさ」
ローワンが言葉を失っていると、嘘界がガラケーを高速でキータイプしながら訊ねる。「その標的になる艦艇というのは……」
「ナイス質問だ、スカーフェイス」
「嘘界です」
「GHQに反抗的な日本人が、船上パーティをする。おそらく貿易指定外海域で取引をするつもりだろうねえ」
嘘界がキータイプしていたガラケーから顔を上げ、洋上を見つめる大佐に訊ねる。「どこからそんな情報を……」
ダンは振り返ってくる。
「善意の市民からの通報でね。ほとんどの日本人がわかってるんだよ……僕らGHQがいなきゃ、この国は回らないってこと!」
### 7
僕は今日の作戦として告げられていた豪華な客船の中で、ある人のマイクの演説を聞き取っていた。
「我が日本をGHQが管理するようになってから早十年……雌伏にはいささか長すぎる時だったようだ。我々日本人は顔を上げ、自分たちの足で立たなければならない」
供奉院グループのトップ。その翁がこの客船のパーティの主催者だという。
僕はパーティ用の服を着替えていると、涯は訊ねてくる。
「落ち込んでいるのか、集……」
僕は平静を装うため、「……なんでもないよ」
涯は笑う。「学校でのミスの影響は諦めろ。次はうまくやれ……」
そう言われた僕は言葉を失う。「そうは言っても……」
「今回のミッションで挽回しろ。やることは同じだ」
「……で、供奉院さんのヴォイドを取り出して確認するミッションはいいとして、もうひとつのミッションの変更点は」
「ない。話したい相手だ。しかしなかなか表舞台には出てこないからな……」
パーティ用の悪目立ちしないような真っ黒な服装になった僕は涯に訊ねる。
「だから強引に押しかけるところも変えないってこと……」
涯は真っ白なパーティ用の服装で、タクティカルテイクアウトした二人の男の入ったクローゼットの扉を閉める。
「そういうことだ」
### insert haruka 1
私の罪を償う時が来た。だからこそ、この人に会いに来た。
掛けさせてもらった目の前には、十年以上お世話になっている供奉院翁が座っていた。
「まさか来てくれるとは思わなかったよ。今日のこと、茎道には……」
「いえ、それに……私自身にも責任があることですから……」
翁は沈黙し、「あれは裏切りだよ。悲しい裏切りだ……」
私はおもむろに告げた。
「最近、集が真名ちゃんを家に連れてきました」
供奉院翁は目を見開いていた。「集くんの記憶は……」
私は首を横に振る。「変化はないようです。それに真名ちゃんも十年前のこと、何もかも忘れて別人のようで……」
「今は楪いのりと名乗っている、と……十年間変わらぬ若さで……」
私は肯く。供奉院翁はそれを見て何かを思慮し、「再びあの惨劇が始まるのだとしても、昔と今の我々は違う」
私は顔を俯ける。翁は続ける。「供奉院の力も完全とはもういかない。GHQによる支配体制も完成しつつある」
その通りだ。だが、と翁は言った。
「我々はあのことを知った。だからあの事故を、悪意を止めることも、できるかもしれない」
私は顔を上げた。すると、翁は訊ねてくる。
「何か我々に願うことは……桜満玄周を継ぐ伝説の開発者、道化師《clown》、桜満集君を育て、我々日本人に未曾有の病から救済《ワクチン》をもたらしてくれた、シェパードの一族……」
私は思い出す。玄周さんから言われていた言葉を。
「桜満《shepherd》。自分たちの経歴はそんな好きになれないけど、自分たちのやったことが、満開の桜みたいにみんなの心を晴れやかにできたなら、そう思ってる……」
すべての事情を知るこの供奉院に、私は告げた。
「私に何かあったら、あの子たち、集と真名ちゃん……いのりちゃんを、守ってあげてほしいんです。そしてあの子たちの願いを、手助けしてあげてください……」
翁は肯いた。「構わんよ。だが、君も含めてだ」
私は驚いていた。翁はわずかに微笑む。そして、後ろで控えていた女性へと手を向ける。
「何かあれば、倉知に伝えなさい。彼女が助けになる」
私はありがとうございます、と言っていた。その時、涙がこぼれ落ちた。
### 8
涯とともに招かれた客のフリをして話し相手のところへ向かおうとした時、客船の階段の上で、春夏がいた。そして、涯が話そうとしていた供奉院翁と話している。そして、その翁が、僕へと目を向けた。驚いたと同時に、なぜか笑っている。僕を知っているのか。混乱しながら僕は涯を置いて逃げる。
「春夏の言っていたパーティってこれのことだったのか……」
そのとき、女性にぶつかってしまう、すみません、と言った時、彼女は振り返ってきた。供奉院亞里沙。服装も何もかもを完璧に整えていたので、ぱっと見ただけではほぼ同い年とは思えないくらい大人びていた。彼女は驚いて、「桜満君……どうしてこんなところに……」
まずい、いま会ってはならない人だ。いや、と言いながら、逃げる。待ちなさい、と後ろから声が聞こえる。
また女性に追いかけられてる。僕はいつからダメ男代表になってしまったんだろう。
そして、頼り甲斐のありそうな白くてでかくて金髪の男がいた。彼に託すしかない。
「涯、あとはまかせた」
そういってハイタッチして僕は逃げ仰ることにした。
### insert arisa 2
裏稼業を生徒にみられた。しかも、桜満君に。パーティ会場を不躾にも走りながら私は犬のように尻尾を巻いて逃げる黒服の学生を追いかける。
「桜満集!お待ちなさい!」
すると、背の高い白い服装の男に行く先を阻まれた。私はその金髪の、不動だにしない大型犬のような男を睨み付ける。
「あなた……一体どういうおつもり……」
するとその男は顔を突き出し、じっと私の顔を覗き込んでくる。その目に驚く。灰色の目。その中で結晶ができていて、輝いている。そして、男はやがて引っ込め、隙のある姿勢で微笑みながら話し始めた。
「失礼。知り合いに似ていたもので……」
「お知り合い……」
「ええ、キャサリンと言って……昔飼っていた、アルマジロです」
不躾な言葉に私は手を上げる。しかしその手は素早く受け止められている。さきほどの姿勢からは信じられない反射神経。そして男は告げてくる。
「本当に似ていたんですよ。自分を守ろうと、必死で体を丸めているところが……」
図星を刺されて、私は言葉を失っていた。
### insert daryl 4
僕とローワンは嘘界のように逃げ切ることはできず、スポーツマンとプレイボールの準備をさせられていた。
量産機のゴーチェでなんとか地対空ミサイルのドラグーンを横倒しにする。何度も何度も同じことを繰り返し、これが最後だった。ローワンがスポーツマンに告げている。
「水平射撃の準備、完了しました」
「よーし、ナイスガッツだ!やればできるじゃないか!」
じょおだんじゃないよ。
目標は、と訊ねてくる大佐にローワンは冷静に告げる。市民からの通報通り、と。
僕はふと嘘界に繋ぐ。
「逃げやがって、なにやってんの……」
嘘界は告げる。
「内職です。久々の捜査ですよ」
ロクでもない内職なんだろうことはよくわかった。
「桜満集を吊し上げる……」
「いいえ。彼はいずれあなたと共に戦うことになりますよ」
「は?そんなわけないだろ……」
「真の王が誰なのか、本当はよくわかっているんじゃないですか……だから、あなたが偽王《マクベス》を討つ」
そんな時、あの体育会系が叫ぶ。
「それじゃあいってみようか!目標、R14!ドラグーン、撃て!」
嘘界からの通信も切れ、所在のない僕はエンドレイヴで体育座りをしながら様子を見ることにした。
「こりゃ木っ端微塵だろうな……」
### 9
春夏がパーティで供奉院翁の側近と思しき女性と話しているのを見ていた時、葬儀社から持たされていたAndroidOSスマートフォンが通知のバイブレーションをする。通話。ツグミから。出てみるとツグミが焦って告げてくる。
「集、涯に伝えて、ドラグーンがその船を狙っている!」
ドラグーン、と訊ねるとツグミは教えてくれる。
「戦術ミサイル。商用船なんかイチコロの!」
緊急事態と理解できた僕は春夏をもう一度見つめる。ツグミは続ける。
「早くその船から逃げて!連絡用のボートがあるから、涯と一緒に……」
僕は即座に答える。「ダメだ!僕らが逃げたら、この船の人たちはどうなるんだ……」
「そんなこと言ったって……」
その時、通話に突然聞き覚えのある声が響いた。
「じゃあ……集はどうするの……」
いのりの声だった。今日の失敗が頭をよぎった。そうして僕はふと思い出す。計画を書き直せばいいんだ。僕は静かに告げる。
「僕と涯で……なんとかする……」
すぐ通話を切って涯を探す。今、日本の未来を供奉院翁に売りに向かったはずだ。そして見つける。そして彼を呼ぶ。
そして下りてきた涯に事情を伝えた。
「GHQのミサイルがこの船を狙っているってツグミが……」
「船ごとやる気なのか……」
そこで涯に訊ねる。
「教えてくれ、涯。この船を救うには、供奉院さんのヴォイドは使えるのか……」
涯は驚いていた。「どうしてそう思った」
僕は単刀直入に答える。「見えるんでしょ、涯には人のヴォイドが……」
涯は頷き、おもむろに「後部甲板で待て、5分で連れて行く」
僕はわかった、と急いで目標の場所へ向かう。
### insert arisa 3
先ほどの男にあんなことを言われ、私の心はどこか遠くへ行ってしまった。誰かと踊るのももう嫌で、話すのも嫌で、会場の端の椅子に座り込む。すると、男二人が訊ねてきていた。そして手を差し出している。
「亞里沙さん、次のワルツは私と……」
「いえ、僕とお願いします……」
二人ともに実力者なことはわかっていた。顔を売らなければならないこともわかっていた。けれど椅子から立ち上がる気力がない。さあ、御手を……と言われて、手を胸で握りしめる。
そのとき、その手を取る男がいた。
周囲の男も驚いていた。おい、なんだ君は……そう言われていたのは、先ほどの不敬な男だった。男は結んでいた髪を解いてこう言った。
「悪いな。こっちは反乱《ロック》なんでね……」
白いスーツの男に連れて行かれた先は、パーティの中心ではなく、後部の甲板だった。いよいよわからなくなって、離しなさい、と手を解く。
「あなたのような無礼な男は初めてです!」
光栄です、と慇懃無礼にその男は礼をする。「あなたのはじめてになれて……」
そう言われて胸の鼓動が激しくなったような気がした。そんな感情を取り繕うために私は叫ぶ。
「ふざけないで、私は……」
その時目の前に男の指が差し出された。
「目をつぶって。これから君に、魔法をかける。本当の君になれる魔法だ」
「本当の……」
私はおうむかえしすることしかできない。
「そう、本当の君だ」
私は強がるしか、自分の殻に閉じこもることしかできない。わかっています。わかっています。それしか、言えることがなかった。そんな強がりな自分を、気障な彼が認めてくれるなら。
私は目をつぶる。
「三つ数えたら目を開けて」
さん、に、いち、ゼロ。
目を開けたその時、いたのは別の男の子だった。
「桜満君……」
すみません、そう言われてから、私の胸に、桜満君が手を差し込んでくる。貫かれたような、けれど痛みとも違う優しくて不思議な感覚。その手は胸を突き抜けたと思えば、何かを引きずりだしていく。そして、彼の手にもたらされたのは、奇妙な白金の輝きを放つ、球体のようだった。そして、遠くからミサイルがやってくるのが見える。危ない。そのとき、桜満君がその球体に手をかざすと、私から引きずり出されたものは、どんどん大きくなって船を覆ったかと思えば、ミサイルとぶつかる。と同時に、覆いからは大きな風とともに、花火のようなものが溢れていた。
それを見て、私は呟いていた。
「綺麗……」
そこで意識はふっと消えた。
### 10
咄嗟に供奉院さんから引き出したヴォイドを、僕は展開した。そして驚いた。ミサイルが消え去っていた。
しかしツグミから連絡が入ってくる。
「ドラグーン続けて発射!1,2,3……そんなに!」
涯からは、集、と呼ばれる。わかっている、と僕はすかさず止め続ける。しかし二撃目で僕の体は吹っ飛ぶ。爆風の全てが消え去るわけじゃない。
それでも、僕はヴォイドを使い続ける。いのりとはまたちがう、魂のささやきが聞こえる気がする。けれど同じだった。僕が意志を込めると、そのヴォイドはより大きくなり、広がって行く。そしてミサイルと弾き、花火へと変えていく。
供奉院さんを抱き上げた涯は呟く。
「弱い自分を鎧う、臆病者の盾。それが供奉院亞里沙。君のヴォイドだ」
そして、すべてのミサイルが巨大な花火へと変わったのをみて、僕は微笑んだ。終わったんだ。そして涯に振り向く。彼も満足げに笑っている。
そして僕はため息をついた。
「やっとヴォイドを出せて、ちゃんと誰かを守れたけど……僕一人じゃ無理だった……供奉院さんの力を借りて、涯の力を借りて、ようやくだ……」
そんなもんだろ、と誇るわけでもなく、涯は言う。そんな涯に、僕はこう言った。
「誰かが王になるなら、僕なんかより涯がずっといいかも……この王の能力だって、本当は君みたいな人が使うのに向いている……」
「買い被り過ぎだ。アルゴに組み伏せられても歯向かっていたお前はどこにいった……」
そんなこともあったっけ。そう言いながら、僕はふと告げる。
「僕はね、王の能力は、誰かを殺すために使うものだとずっと思ってたから……エンドレイヴを殺したり……そう、彼女を、殺すために……」
そう言いながら、僕は驚いていた。そして、同じように驚く涯に、僕は訊ねる。
「ねえ、どうして僕は彼女を……殺したんだろう……
トリトンと呼ばれた涯は、沈黙し、そして答えた。
「それが、聖夜喪失《ロスト・クリスマス》の規模まで被害を押さえ込むための、たったひとつの冴えたやりかただったからさ……」
それ以上、僕は何かを思い出すことも、聞き出すことも、できなかった。
### insert tugumi 2
葬儀社に入ってきた通話を、しぶっちに私はバイパスしていた。供奉院のおじいちゃんはこう言っていた。
「君たちに第二次聖夜喪失《セカンドロスト》を防ぐ手立てがあることは理解した。目の前で見せられれば、信じる気にもなる……取引は成立だ」
しぶっちは笑う。「ありがとうございます。そのように涯に伝えます」
その時、おじいちゃんはこう言ってきた。
「しかし桜満集君、彼はどんどん運命に近づいていっているようじゃないか……」
私は首を傾げた。道化師を名乗る人間の運命。それは……
「全て、彼が作り上げつつある
しぶっちはそう言って通話を切り、周囲に告げる。
「いいニュースだ。国内ルートは供奉院グループが協力してくれることになった」
私が首を傾げたままの中、みんな喜んでいる。「シュタイナーが動かせるわ!」
そして、私はすべてわからないなかで、ふと訊ねていた。
「でもGHQはどうして船上パーティのことがわかったんだろ……」
「善意の市民が、通報したからです」
そういうしぶっちは微笑んでいた。
### insert arisa 4
目覚めた時、自分がソファで横になっていることに気づいた。
そして目の前には、あの金髪の男がいた。
「甲板でいきなり気絶したんだ。どこまで覚えている……」
私は全てを思い出す。
「桜満君が……私から何かを取り出して……それでミサイルを……」
「なるほど、やはり記憶は失われてないな。そうなると集の持っている力は限りなく現存の理論とはかけ離れていることになる……やはり似て非なる力だったというわけか……」
なにを言っているかよくわからず私は茫然としていると、
「集を学校の日常に戻してくれたことは感謝している。供奉院グループの君は間違いなくGHQの関係者ではないだろう」
だが、とその男は言って、
「君のおじいさまと取引をした。だから集のことも、俺のことも、さっき起きたことも、絶対に口外するな。そうおじいさまからも言われることだろう」
私はそれで理解した。これまでのことがなんなのかはわからないけれど、少なくとも取引のためのデモンストレーションだった。それにまんまと私は引っ掛かり、そしてこの気障ったらしい男に一瞬でも心を許して……そう思うと体全体が熱くなった。恥ずかしくて、私はこの場を離れるために立ち上がる。
「とにかく、運んでいただいたことには礼を言います……」
そうして背を向けて出ようとした時、ふと男が語りかけてくる。
「寝言いってたぞ」
私は振り向いてしまう。「盗み聞き……なんて趣味の悪い……」
男はゆっくりと歩いて近づいてくる。
「下手くそなんだよ、君は……」
私は壁に押しやられて行く。私は強がる。
「何がです。私は学業もスポーツも礼儀作法も、全て完璧に……」
そして男がゆっくりと手を上げてくる。怖くて私は目を瞑る。
そのとき、頭に優しく手があてられたことにようやく気づいた。優しくて、心地良くて、私はまぶたをあげる。そこにはあの男がいて、笑いかけてくる。
「甘えるのが下手だ」
それが私の、彼との出会いだった。後に彼は、テロリスト、葬儀社の恙神涯、そして彼を正しく示す本当の名前を、流転の牧羊犬《リキッド・シェパード》と呼ばれていることを、私は知ることになる。