貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話 作:キサラギ職員
A.男を浚いに行く集団と化している
「ふぎゃっ」
「お? アシリアどうしたのだ?」
歩いている最中に、突然アリシアが崩れ落ちた。しかも前のめりで、腕で衝撃を緩和しようとすらしない。
マリアンヌが怪訝そうな表情を浮かべて屈みこみ、様子を伺ってみる。泡をブクブクと吹きながら痙攣しており、とてもまともな状態ではない。そこで気がついてしまった。首筋になにやら針のようなものが―――。
「くっ、敵襲!?」
気がついた時には既に遅い。背後から放たれた針が首筋に突き刺さり、あっという間に意識が持っていかれてしまう。最後に見たのは、とがった耳をした薄着の集団がどこからともなく現れたことだ。
「ほっほっほっ…………やりおるな。で、お前さん達は何者じゃい」
両腕を頭に置いたリラックスポーズで歩いていたフェンは、これまたのんびりと振り返った。
気がついてはいたのだが、果たしてアリシアとマリアンヌが対応できるのかを見ていたのだ。対応できなかったようだが。
「眠ってもらう」
「そうか、できるものならな」
―――ヒュンッ!
フェンの背後の草むらに潜んでいたエルフが放った麻酔針はしかし、フェンがそれを振り返らず指で掴み取り、投擲し直したことで不発どころか自爆に終わった。草むらからエルフが一人バタンと倒れながら出てきた。
「これだけの人数のエルフに囲まれているのに、抵抗できるとでも?」
弓を構えた金色の三つ編みの乙女が頭上の木から飛び下りて来ると、構えを解くことなくフェンの正面に陣取った。
エルフ。フェンには聞き覚えのない単語だったが、相手の口ぶりからは“やれる”種族か、人種か、組織らしい。
「耳尖りの人種など聞いたことがないわい………“えるふ”というのは、強い種なのかね。そいつァ面白い………わざわざ眠らせてるということは、連れて帰る気か」
エルフ達の包囲網が狭まってきた。あるものは弓を、あるものは剣を、あるものは二人を眠らせた吹き矢を。人数にすれば十人といったところだろうか。
フェンはしかし慌てていなかった。弓を構えてすらいない。
「………………貴方だけ連れて帰るだけ。この二人は置いていく」
「ふふ、興が乗った。えるふ、とやら。条件をつける。儂を連れて行くなら、二人も一緒じゃい。約束を守るなら眠るなりなんなりしてやろう」
「…………………なぜ飲まないといけないの?」
三つ編みの乙女の疑問はもっともだった。口に出して、理解した。
この男、どこにも隙がない。自然体にしているだけというのに、己が弓を放とうとすれば、たちまち死ぬであろうビジョンしか思い浮かばない。対峙しているだけというのに、弓を握り締める手には大量の汗が浮いていた。
「えるふ、というのは地面の味が好きな種族なのかね?」
いつのまにか、弓を構える手が震え始めた。まるで巨大な竜を相手にしているようだった。
三つ編みは震える手を誤魔化す為に一度下ろすと、頷いた。
「わかった。約束は守る。やって」
一人のエルフが、吹き矢を放った。それはフェンの首に突き刺さり、フェンはごろりと倒れこんだ。
「やりましたね隊長。こんないい男を捕まえるなんて大手柄ですよ!」
「そう」
「この二人はどうしますか。置いていくほうがいいと思いますが」
「約束をしてしまった」
隊長と呼ばれた乙女は、未だ震えの止まらない手をさすっていた。釈然としない気持ちだった。強い男などお目にかかったことがないが、この男に全員がかかって果たして倒せただろうか。
勝てるイメージが浮かばない。対峙しただけで、手が震えるほどの殺気を放つ人物相手にどれだけ持ちこたえられるかということくらいしか、わからない。
「ありえない」
強い男など、ありえないのだ。今まではそう思っていた。
隊長と呼ばれた乙女は、地面に転がっているフェンの体をひっくり返した。
この男の強さは、とある町の川岸でよくわかった。里に迎えるに相応しい血の持ち主であろうことは、言うまでもない。
「うっ………」
むっとするような男の体臭が鼻をくすぐった。
美しい男だった。銀細工のように整った寝姿を、無防備に晒している。すらりと伸びた肢体に無駄はなく、死に装束を彷彿とさせる白い布服がよく似合っていた。
『…………』
一同がごくりと生唾を飲む中、三つ編みの乙女が手を叩いた。
「動いて」
覚醒。靄がかかった頭。二日酔いのような不快感の中で、フェンは目覚めた。
「ここは……」
どこかの部屋の一室のようだったが、壁一面が木、それも成形された木材などではない自然ならではの木であった。それどころか、床と天井までも自然ならではのものである。窓ガラスは嵌められておらず、木を削ったところに格子を嵌めて作られていた。
手首足首には縄。通常ならばそれは、身動きを封じるに相応しいものであろう。
「ふん!」
それを、一息で千切ってしまう。
「鉄製ならともかく、これしきなんの、舐めるでないわ」
フェンは手首を擦りつつ、辺りを見回した。
「面妖な作りをしておるな……木の形をした家なのか? オイ、壁越しに聞いているやつ。お前さん……連れてくるだけ連れてきて、説明もなしか。早く説明せえ」
「…………なんでわかったの」
「気配じゃ」
「気配…………」
フェンは、扉の向こう側に潜んでいる相手に向かって声を投げかけた。気配がしたのだ。不信感、あるいは好奇心。隠し切れない意識が垣間見えたのだ。
すると、扉の向こう側にいる相手が、扉についている小さい窓をスライドさせた。
青い瞳。人形のような整った顔立ちの乙女の顔が覗いた。
「血が欲しい」
「ああん?」
「私たちの一族は、男が足りない」
「あのな、お前さんよいか、説明というのだな、きちんと順序立てて必要なことを言葉にすることを言うのだ」
「先生みたいなこと言うの嫌い」
「はよ説明せえ」
どうやら乙女は、話すことが苦手なようだった。血が欲しいと言われても、フェンは自分自身の血を抜いて差し上げるなど考えるまでもなく嫌だった。
窓がスライドして閉まると、カチャリと音がして鍵が開けられた。扉が開いていく。
金色の髪の毛を後ろで三つ編みにした美しい乙女が佇んでいた。もはや驚くまでもないが、股座まで見えてしまいそうな短いスカートのワンピースに似た装束を身に纏っており、瑞々しい太ももが丸見えになっている。胸元に至っては半分以上が露出してしまっている。
「名前」
「こういうときは自分で先にだな………まあよい。フェンじゃ、ただのフェン。家名はない」
「エッダ。エッダ=リーン」
「説明はどうした、説明は」
「説明はわたくしのほうからさせていただきますわ」
「アイリーン……」
その時、エッダの背後から似たような格好の、眼鏡をかけたエルフが姿を見せた。片腕を組み、片腕で眼鏡のつるを押さえている。名前はどうやらアイリーンと言うらしい。
「わたくしたちの里―――
「で、儂が連れてこられたと」
「エッダ。どうしてこの男は首輪も腕輪もしていないのですか?」
「え。どうしてって………してたはずなんだけど」
不穏な空気が漂う。
アイリーンがあらかじめ腰につけていた縄を両手に握ると、悪党そのものの邪悪な表情を浮かべ始めた。涎まで垂らす姿はまさしくケダモノである。
「拘束させていただきますわ! 少しくらい“味見”しても誰にも文句は言われませんよねぇ!? えへへへへ!」
「ほう、そうくるかい」
アイリーンがフェンの首に縄をかけた瞬間、いきなり足を押さえて蹲った。
「あいたたたたたた!!」
「味見じゃと? どいつもこいつも盛りおって」
エッダは思わず足元に目線を移していた。フェンがやったことは極めて単純で、靴のつま先を相手の足に食い込ませているだけである。
そのわずかな隙を逃すはずもない。
「ほいっと」
「~~~~~っ!?」
両手で、両耳の辺りを叩く。平衡感覚が狂ってしまったアイリーンは、酔っ払いのようにふらふらと数歩進み、仰向けに倒れた。なんとも幸せそうな表情で痙攣しながら。
「男ぉぉぉ………」
「そこで眠っておれ。それで?」
「なんの騒ぎだ! あっ、男ッ!?」
「例の男だ! 縄がついてないってことは………」
「脱走!? ちょっとくらい痛めつけても!」
「あの人以外の男を見たの何年ぶりだろう!!」
「本物だ!」
「ついにやったのね!」
どやどやと室内にエルフ達が入ってきた。いずれも女で、男は一人も見当たらない。
「言っておくが争う気はないぞ」
「捕まえろ!」
フェンは妙に殺気立っている―――もとい、欲望丸出しで息を荒くしているエルフを見て、ため息を吐いた。服の裾を正し、首を軽く捻る。
「手は抜いてやる」
ストックが死にました!!