貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話   作:キサラギ職員

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ストックがないので初投稿です


15.ゴブリンをスレイしない

「ここがゴブリンが潜んでいるという巣穴か」

「巣穴というか鉱山だったらしい。おびき出したほうがいいんじゃ……」

 

 フェンたち一行は、村の数少ない男が浚われたので連れ戻すという依頼を受けて、現場までやってきていた。村人の話によると、山中にぽっかりと口を空けている巣穴があるとのことで足を運んできたのだ。

 村人から詳しい話を聞いてきたらしいアリシアは、フェンが松明片手に躊躇無く進入しようとするのを手で遮った。

 

「弓使いがこんな狭いところに入ったら……」

「“跳ね返る”じゃろ? つまりそういうことだ」

「??」

「??」

「??」

 

 付いて来た三人が意味がわからないという様子で口を半開きにしていた。

 

「お前さん達がついてきてもいいが、正直邪魔なのよ。儂一人なら自分の身を守れるが、こうも狭いと間に合わないかもしれん。お前さん達はこの入り口を見張っておれ。よいな?」

「アッハイ! じゃなくて! 私も行く!」

「オイオイオイ。軽い運動でヒーヒー言ってる小童(こわっぱ)が、儂についてこられるだと? いいから待っておれ」

 

 アリシアが腰の剣を抜いて言ったが、フェンは笑いながら首を振るばかりだった。

 フェンはおもむろに靴を脱いで素足になり始めた。

 

「何をしてるんだ?」

「“よく聞こえる”じゃろ?」

「??」

「??」

「??」

 

 またもや三名には理解できず、アリシアは腕を組み、エッダは眉間に皺を寄せ、マリアンヌは理解しようとしているのか自分も靴を脱いでいた。

 

「よし、待っとれ」

 

 そしてフェンは、ぺたぺたと素足で中に入っていったのであった。

 

 中は薄暗いを通り越して闇だった。ゴブリンも完全なる闇では目が効かないらしく、あちこちに松明が設置されていた。

 弓使いが閉所にたった一人で入っていく。自殺行為にも見えるかもしれないが、この男に関しては別である。

 

「前方、三名か」

 

 フェンは松明をそっと地面に置くと、目を閉じた。

 前方は、闇。こちらは光源がある。すなわち、相手側からは見えているということだ。

 

「後ろに一人か」

 

 見てすらいないというのに断言する。

 素足で地面を撫でながら、男にしては“弱く”弓を扱う。

 ―――ヒュンッ。

 一人のゴブリンの服に的中。素肌には傷一つ残さず、壁に縫い付ける。

 

「っと」

 

 くるりと身を翻す。背後から迫ってきていたゴブリンの棍棒の一撃をするり流水の如くいなすと、弓の弦で頭を挟み込み倒す。足で器用にも番えた弓で、またも服に一発食らわして縫い付ける。

 

「ほいっと」

 

 足から手へ。頭部狙いの投石を屈んでかわし、また一発。

 その一発は、ゴブリンの棍棒を一撃の元にはじき、あろうことか壁で反射して、もう一匹の服を縫いつけた。

 

「あぐー! やめろー! あーはおまえなんかにくわれないぞー!」

「これこれ。お前さんを食いに来たのではないぞ」

 

 フェンは弓を背負うと、棍棒を弾かれ腰を抜かしていた一匹の元に歩み寄り、首根っこを掴んで持ち上げた。

 人間の子供程――十もいかない幼い外見――の体躯。くりくりとした目。ボサボサの黒髪を背中まで垂らしている。辛うじて股座と胸元が隠れてはいるが、他は丸出し同然。特徴的なのは、人間でいう犬歯が異様に発達していることだろう。ケモノにも似た強い体臭が鼻をついた。

 

「儂はな、悪さをするやつをこらしめにきたのよ。けどな、浚った人間を返すならな、許してやるぞ」

「おまえーおとこかー!? こうびさせろー!」

「おうおう、子供に言い聞かせるのはどこの国でも難しいわい」

 

 ゴブリンがじたばたと暴れるが、フェンの腕はまるで鋼のように動じなかった。

 

「おとこだー!」

「おとこかー!?」

「さらえー!」

 

 他三匹もとい三人のゴブリンが、相手が男であると気がついて暴れ始める。もっとも、杭のように深々と突き刺さった矢のせいで動けなかったが。

 

「お前さん名前は?」

「あーだぞー!」

「あーか。お前さん達の…………群れを率いてる……いや、群れで一番偉いのは誰だ?」

「あーがイチバンエライんだぞー!」

 

 えっへんと無い胸を張るゴブリン。

 フェンは子供と会話するかのような優しい声を出す。

 

「そうかそうか。で、浚ってきた男はどこにおるのだ?」

「お、おくにはいないぞ!」

 

 フェンが口元に微笑を湛えて問いかけると、あーという名前のゴブリンは首をぶるんぶるんとふるって奥を指差した。知能は外見相応らしい。

 

「奥だな」

「いないぞー! いないんだぞー!」

 

 フェンは猫か何かを持つように首根っこを掴んだまま、奥へと歩き始めた。

 

「あーがつかまってるー! ばーかばーか!」

「おとこがいるー! すっごくいい! かっこいー!」

「かこめ、かこめ!」

 

 奥に進むと、いるわいるわ大勢のゴブリン達が出迎えてくれた。広い空間ができあがっていて、どこからか盗んできたと思われる家具が並べられている。その奥の壁際には、ぐったりとした一人の男が倒れこんでいた。ゴブリンが上に圧し掛かって貪っている。

 

「だ、だれか……助けて……」

「もっとだー! もっとー!」

 

 フェンは、あーを手放すと堂々たる歩調で空間の中央へと歩いていった。

 

「聞け! 儂の名はフェン。ただのフェンじゃ! そこにいる男を返して貰いにやってきたぞ!」

「おとこだー!」

 

 ゴブリンが背後から突進をかけたが、フェンは掻き消えていた。

 

「………? どこにいった?」

「ここじゃよ」

 

 フェンはあろうことか、ゴブリンの頭の上に足一本つま先立ちをしていた。ゴブリンは、男が一人乗っているというのに重さを感じていない様子であった。

 ―――軽功(けいこう)。端的に言えば、身を軽くする技術の一つ。フェンは弓が本業であり、拳法と同じように真の使い手ではないが、使うことは出来たのだ。

 

「がうー! どけー!」

「ほいっと。よいか、話を聞け」

 

 フェンは怒声を上げるゴブリンの頭から、ひょいと飛び降りた。

 ゴブリン達が殺気立った目でフェンを取り囲む。つい今しがた村から浚われた男を犯していたゴブリンも混じっていた。

 

「………………かかってくるかい?」

 

 フェンが笑った。

 ゴブリン達は、まるで足に釘を刺されたかのように身動きがとれなくなった。

 

「………!」

 

 リーダーであるというあーも同様だった。フェンは立っているだけであるというのに、その威圧感の凄まじさと来たら、人間どもの集団が襲い掛かって来たときとは比べ物にもならない。

 一人、また一人と力が抜けて座り込んでいく。最後に残ったのは、リーダーとしての矜持があるあーだった。もっとも、数秒と立たずに腰が抜けてしまったが。

 

「あわわわわ………」

 

 両腿をくっつけたまま座り込んでいるあーから、生臭い香りが漂っていく。どうやら恐怖で催してしまったらしい。

 フェンはやれやれと首を振ると、あーの前で屈みこんだ。

 

「殺しをしたくて来たのではない。男を帰せばそれでよい」

「うー、でもー男いないからー浚ってこないとー」

「お前さんたちな、この調子で悪さをしてみぃ、ヒトが大勢やってきて殺されちまうぞぉ。儂が手を下さなくてもな。約束する、儂がよそのゴブリンの群れから男を捜してきてやる」

 

 ゴブリンからしてもフェンは絶世の美人もとい美男子に見えるらしい。あーはフェンの方を見て、うっとりとしていた。

 

「あーはねーフェンがいいーフェンのあかちゃんほしー」

「んー…………それなら人間みたいに綺麗に身支度整えろ、そうしたら抱いてやる。悪さはするな、いいな」

「………うん」

 

 大人しくなったあーを置いて、フェンは全裸に剥かれている男に歩み寄った。縛られている腕を解くと、横に投げ捨ててあった服を着せて腕を取り立ち上がらせる。

 

「あなたは一体……」

「しがない弓使いよ。ザインとかいったな、帰れるぞ」

 

 ゴブリン達は、攻撃の意思を失っていた。フェンがザインを担いで歩いていくのを、じっと見守っている。

 

「やくそくやぶったらーゆるさないぞー!」

 

 胸元を押さえて顔を真っ赤にしたあーが後ろからついてきた。広間に入る通路に差し掛かったところで足を止めて、ぶんぶんと手を振りながらぴょんぴょんと跳ねていた。

 

「弓使いさん、大丈夫です………歩けますから……」

「そうか」

 

 ザインはよろめきながらフェンの腕から離れた。

 

「どうして、あの場の全員を倒してしまわなかったんですか? 僕に弓はわかりませんけど、弓使いさんが強いというのはわかります。できたんじゃないですか?」

「本気を出すには狭いからな、ここは。それに」

 

 ザインが疑問を投げかけた。

 フェンは苦々しい表情を見せた。

 

「やる気を失った子供を殺すのは、儂の義に反する」

「全員大人の個体でしたよ」

「わかっておるさ。だがどうしてもな、見た目がな……子供ではな……」

 

 二人は外に向かって歩みを進めていった。




ゴブリンスレイヤーいたとしたら女だと思う。

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