貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話   作:キサラギ職員

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処女(どうてい)


3.奇妙な世界

(どういうことなのだ?)

 

 フェンは困惑していた。アリシア=カリバーと名乗った少女に案内されて、とある町にやってきた時のことである。門番の女に通るには金がいる、あとおかしなものを持っていないか検査をすると言われて全身まさぐられた。

 他にも歩いているだけで女に口説かれかけた。あろうことか裏路地に連れ込んで己に危害を加えようとしてきたものまでいた。道を行けば、じろじろと見られた。己に手をかけようとしてきた連中は皆地面の味を教えてやったが。

 

(どういうことだ?)

 

 自分の異名が知られていないのは百歩譲って全く違う国に来てしまったのだと考えれば説明がつくが、こうも、まるで己が女のように扱われると違和感を覚えてしまう。

 

(何故男の数が少ないのだ?)

 

 さらにおかしいのが男性女性の比率である。フェンのいた国では、およそ半分半分であった。大してこちらでは町を出歩くと、男というものを滅多に見かけないのだ。たまに見かけても、まるで女に守られる――妻か何かのような扱われようである。

 確立は五分五分。半分は男で、半分は女。陰陽は必ずつりあうように出来ている。そういう常識のある国の出身だっただけに、違和感があった。

 

(これが文化の違いというやつなのか?)

 

 フェンのいた国では、多様な文化が混ざり合っていた。遥か東の果てから伝わってきた文化もあれば、南方からの武器や衣服が市場に並ぶことも少なくなかった。なるほど、男が女のような国というのもあるのだろう。きっと。

 フェンという男は、つまるところ現実をすぐに受け入れられる人間であった。故に、この壮大な違いについて深くは考えなかった。

 

(おかしな国よの)

 

 故に、ただそう思い、納得したのである。

 しかし納得のいかないこともあった。若返りである。フェンは歳を取り、最期は七十を超えていた。というのに、どうだろう。現在フェンは、二十を下回る若き頃に戻っていた。効かぬ目はよく通り、聞こえぬ耳はよく聞こえ、曲がらぬ膝はよく曲がる。老齢まで弓を引き続けた経験と合わさって、千人力であることはよいことだ。しかし、若返りなど、あまりに滑稽だった。

 

(まあよい。若くなったのであれば暴れようがあるというもの。儂がここにいるということは、“あやつ”もいるのだろうか?)

 

 フェンはそこまで思考を進めると、とりあえず一杯飲んだ。

 こういうときは一杯やるのに限る。

 フェンとアリシアは、山賊狩りで得た資金で宿を取ると、その足で酒場に直行していた。フェンの懸念というか想像通りに酒場も女でごった返していた。

 

『……………』

 

 フェンが入るや否や酒場中の人間が絶句した。あるものはあんぐりと見つめ、あるものは他の人間とひそひそと語り、下品な口笛を吹くものもいた。

 

「すごい美形がきたものね……」

「声かけてきなさいよ」

「恥ずかしいからパス」

「あんたがいってよ……」

 

 ひそひそ声をよそに、フェンは勝手に席を取ると、マスターに向かって開幕の一杯を持ってくるように大声で注文した。

 

「がははははは! おいアリシア、もっと飲めぃ!」

「どうしてそんなにのめるんだ…………というか金全部使うつもりなのか!?」

「宿はとった! あとは世に廻せィ!」

 

 もちろんアリシアも道連れである。アリシアは酒はあまり飲めない性質らしく、数杯飲んだあたりで顔を真っ赤にしてしまっていた。

 一方フェンは浴びるように飲んでいた。店員(女)が運んでくる麦酒を、カパカパと空けている。肴などほとんど口にせず、ただ酒を流し込み続けている。酒を飲むと乱暴になる性質なのか、上半身をはだけさせ、両足を机に乗せて大笑いしながら飲んでいた。

 

「うぶ、む、むねが……」

「わはははは! おう、見たいかアリシアぁ!」

「は、はーっ!? 見たいわけがないだろ! いいから服を戻せ!」

 

 フェンが大笑いしながら上半身を脱ぎ始めると、アリシアが大声を上げて服を着せようとしてくる。

 

「ああ愉快愉快! 傑作よぉ! なあアリシア! なあ! 笑え!」

「何がおかしいんだ……」

 

 男の裸体は見たい、見たいが見ているところを見たくない。という初心さを隠し切れないアリシア。

 愉快だった。若返る前は男が脱いだところで誰も反応しなかったくらいだが、ここではどうやら男が肌をさらすのは言うならば女が肌をさらすようなもののことらしい。

 愉快でたまらなかった。そうなると、男女の関係性はきっと逆なのだろう。男が女で女が男で。男の癖に弓を使い女を倒す己はこの国では異端者極まりないのであろう。理解すれば理解するほどに愉快で、酒が進んでしまう。

 だが、まあ、アリシアが両手で顔を隠したまままともに見てくれないのは楽しくないので、服を調えると、改めて机に足を乗せた。

 

「のう、アリシアよぉ! お前さんどうしてその神都とやらに行こうと思ったのだ?」

「神都に行けば、職を貰えると思ったんだ……」

「その神都というのはなんじゃあ、首都か?」

「知らないのか。そうだ、ペガが降臨されたという都で、このペガ大陸の首都……というか、政治の中心地だ」

「ようは朝廷かね?」

「そのチョウテイが何かは知らないけど、とにかくそうだと思う」

「ああ、お前さん剣が本業じゃああるまい。あのへっぴり腰を見ればわかる。鍬と鋤を使う家系よな。どうして出てこようと思った?」

「え? だから職を……」

 

 嘘をついているな。フェンはすぐに悟った。

 事実、アリシアの目線はあらぬ方角に逸れている。

 フェンは酒を飲み干すと、店員が気を利かせてもってきた一杯を握った。

 

「ろくすっぽ剣術も使えん癖にその神都とやらで雇って貰えるはずがなかろうよ。その神都とやらで農民が入用なら別だがね、他に理由があるな、言ってみろ」

「う、うーん、だからその…………姉がいい男を捕まえて………」

「………」

「わ、わたしも神都で働ければ、………………」

「ぶっ……ぶはははははは! そうか! 男を捕まえに来たのか、面白い奴じゃ! 気に入った! 次男坊、っと、次女か、大方母君に驚かされたのだろうよ! 違うか?」

「ぐ、なぜわかるんだ………」

「お主の目が語っておるのよ! 役人には向かんな! よいよい、では儂がお前さんの男になってやろうか?」

 

 突然フェンは杯を置くと机の上に身を乗り出し、アリシアの肩を掴んで引き寄せた。アリシアのそばかすだらけの顔が赤を通り越して湯気さえ放ちそうな程に真っ赤に染まっていく。

 

「なっ…………お、男の子がそんなことを……言うもんじゃない……ぞ」

 

 アリシアが精一杯といった様子で声を絞り出す。

 フェンはにやにやと笑いながらふむんと喉を鳴らした。

 

「ははん、お主……生娘じゃな」

「は、はぁぁぁぁぁぁぁー!? 生娘じゃありませーん! ヤリまくりですから!」

 

 なぜか敬語になり突然立ち上がり始めるアリシア。

 フェンはあはははと笑うと、足を机の上から引っ込めておもむろに立ち上がった。足元がふらふらとしている。

 

「よし、アリシア少し待てぃ。行ってくるぞ」

「は? どこにいくんだ」

「厠じゃ」

 

 言うなりとことこと、ふんふんと鼻歌を歌いながら歩き始める。

 

「あいた! おぉ、そこのお主。厠はどこじゃ。なるほど、この先かね。礼を言うぞ」

 

 壁にぶつかり、それでもこけたりはせず、店員に場所を一言二言尋ねて歩き去っていく。

 

「本当になんなんだ、この男………」

 

 フェンが厠へと行った後、アリシアは自分の席に座り直し、自分の杯の中身を一口飲んだ。

 未だかつて見たことが無い程の美形であり、未だかつて会った事がない程に豪快奔放な男だった。腕前も恐ろしくいい。超人的と言えるだろう。アリシアの中では弓という武器は狙い撃つものだったが、あの男にかかると狙い撃つまでもなく跡形も無く相手を消し飛ばせるものだった。

 アリシアの目的は神都に行くことだ。というのは建前で、母親に脅かされたところが大きい。

 

『私はあんたくらいの歳にはうちのダンナを捕まえていた』

『早くいい男を捕まえてきなさい』

 

 などと言われて追い出されるようにして家を出てきたのだ。

 

「ふふふ………」

 

 自然と顔がにやけてくる。そういう意味では、フェンと巡り合えたのは幸運だったと言える。

 フェン程の美形を逃がす女がいるだろうか。いや、ない。

 

(絶対に…………捕まえてやる。お母様。アシリアは頑張っています……どうか見守っていてください……)

 

 アリシアが一人拳を固めている間、裏では問題が発生していた。

 

「なんじゃい。お前さんら、女の厠はあっちじゃぞ」

「あら、お兄さん。私らのこと知らないの? ベルカ傭兵団っていうの。少し裏に行きましょ」

 

 よっぱらいが、めんどくさそうなよっぱらいに絡まれていたのだった。


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