貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話 作:キサラギ職員
フェンが用を足して厠から出て行くと、ケバケバしく黄色と赤や青で塗装された鎧を身に纏った女三人組と鉢合わせした。フェンは女三人組の横を通り抜けようとしたが、先頭の一人が腕を壁につけて道を塞いだので足を止めた。
「なんじゃい。お前さんら、女の厠はあっちじゃぞ」
「あら、お兄さん。私らのこと知らないの? ベルカ傭兵団っていうの。少し裏に行きましょ」
「ははあ、全く人によく絡む国じゃなあ…………」
フェンは、女には苦労しなかった。特に現在若返っている体の頃は女の方から寄ってくる程で、自分から声をかけることなどしなくてもよかった。しかしこの声の掛け方は、この国では内容が異なるものだった。まるでか弱い女にでも声をかけるような口ぶりで、思い通りにできると思い込んだ性質のそれである。
フェンは、女三人組をじろりと見遣った。戦場では特に目立つであろう飾られた鎧に、軽装の片刃剣を提げている。いずれも髪の毛を赤く染め上げており、白一色の服を纏うフェンとは対照的であった。正規の軍人ではなく、傭兵ならではの装備と言える。
「姉御、町で噂の男ってのはこいつで間違いないと思います」
右の女が言えば、
「いいツラしてますねぇ、これはやりがいがありますよ」
と左の女が言う。
姉御と呼ばれた女が、ぐいっとフェンに顔を近寄せた。フェンは動じることなく腕を組み、その場に佇んでいた。
「いい夢見せてあげようって言うの。裏に来てくれないかしら?」
三人組は道を譲ろうとしなかった。
「ああ、ところでお前さん達金は持っておるかね?」
フェンはコキリと首を鳴らした。
「帰ってこないな………」
一方アリシアは一人残されて寂しく酒を飲んでいた。と言っても、もう飲めないくらいには飲んでいたので、チビチビと水を飲みつつ肴を摘む程度であるが。
フェンが、厠に行くと言ったきり帰ってこないのだ。男の厠は時間がかかると聞いたことがあっても、いくらなんでも遅かった。見に行こうか。
女の自分が、男の厠を見に行く。
……………。
「いや………いやいやいやいやいや男の厠を覗きにいくなど……!」
アリシアは首をブルンブルンと振るうと、机に突っ伏した。
「アリシア、何をしておる。ひっく」
そこへ若干服を乱れさせたフェンが戻ってきた。なぜかハデな羽飾りのついた帽子を被っている。
「遅かったな。そんなに混んでたのか?」
「また絡まれてな。どうしてここまで絡んで来るのかわからぬ」
「そりゃあ……フェンが………」
美人だからじゃないかとそもそと何かを言うアリシアへ、フェンはおもむろに帽子を被せた。
アリシアは帽子を脱ぐと、じっと羽を見つめた。
「やる」
「え、なんだこれは?」
「拾った」
「嘘をつけ! その絡んで来たって連中から奪ったんじゃないのか?」
「ちと待っておれ」
フェンは困惑を隠せないアリシアをよそに、カウンター席へと移動していった。興味津々と言った様子でうかがっていた妙齢のマスター(女)の前に来ると、おもむろに席に腰掛ける。
「店主。あの帽子を被った女三人が裏で伸びておる」
「ええっ! あ、あの………」
顔を赤らめるマスターへ、フェンは特徴的過ぎる帽子を憮然とした表情で握っているアリシアを指差して見せた。
「伸びてるというのは飲みすぎたということでしょうか」
「いやな、手篭めにされかけたのでな、全員伸してやったわ」
信じられないといったように眉間に皺を寄せるマスターへ、フェンはやれやれと首を振った。
「ベルカ傭兵団と名乗っておったな、有名なのか?」
「え、お客さん知らないんですか? この近くの山を根城にしている傭兵団でして、国にも一目おかれている連中ですよ。ま、まさか手を出してしまったのですか!?」
「うむ」
「早く逃げたほうがいいですよ! 傭兵団に目をつけられた……男性は特に! あなたみたいな男性は特に! 傭兵団にとって……」
「とって?」
「さらわれるかもしれません! 男性は貴重なわけですし……」
「ふーむ?」
なにやら必死で説得にかかってくるマスターを見ても、フェンは態度を崩さなかった。むしろ聞けば聞くほど口元をにやけさせ、聞いているのか聞いていないのかわからない姿勢だった。
フェンはおもむろに懐から布袋を取り出すと、マスターに握らせた。
「とにかく裏で伸びておるのは事実じゃ。とっておけ、迷惑代じゃ。で、いいか本題なのだが、やっこさん達が目を覚ましたら、弓使いのフェンがやったと伝えよ。下町の宿でしばし滞在しておることも伝えよ。よいな」
「え? でもそんなことしたら傭兵団の仲間を引き連れてきちゃいますけど……」
「よいぞ。とにかく伝えたからな」
フェンは言うなりマスターの肩を強くバンバンと叩き、おもむろにカウンターから酒瓶を取ると、ラッパ飲みしながらアリシアの元に戻ってきた。
「聞いていたけど、なんで問題を抱え込もうとするんだ!?」
アリシアが顔面蒼白になっている。あれよあれよという間に傭兵団に喧嘩を売る羽目になってしまった。フェンが男としてはかなり強いというのは十分わかっているが、いくらなんでも傭兵団相手に戦うなど正気の沙汰ではない。
「どうすれば……」
頭を抱えてしまったアリシアの肩をフェンが撫でる。
「安心せい。フェンがやったとだけ伝えておるのだ、お主は逃げればよかろう」
「男の子一人をほったらかしにして逃げられるわけがないだろ!」
「慣れぬなあ、どうにもなぁ………まるで
フェンは頭をボリボリとかくと、席に腰掛けて酒瓶の中身を一気に胃袋に収めた。
この国では、男はとても貴重で、元の国とは関係性がまるで正反対である。
頭でわかっていても、慣れない。
いっそ女のように振舞ったほうが気が楽なのではないか。フェンは、変装をすることがあった。女装もしたことがあるが、では日常から女装できるのかと言えば答えは否だ。骨の髄から男として生きてきたのだ、今更変えられるはずがない。
「ふわあああ………眠い。飲みすぎたな」
フェンは空になった酒瓶を机に置くと、上半身をもたれかけさせた。あくびを手で遮るなどという上品な素振りはもちろんせず、盛大に口を開けて酸素を吸い込む。
「やっこさん達が起きるのは明日じゃ。それまでは何事もなかろう………」
「やっぱり逃げるべきだ! フェン!」
「…………」
「フェン?」
フェンが俯いたまま動かない。アリシアは不思議そうに小首をかしげていたが、ゆっくりと顔を近寄せていく。
「すー、すー…………」
規則正しい呼吸音。つまり……。
「寝たのか! 起きろ!」
「……すー、すー」
肩を揺らしたが、起きない。頬を叩いてみたが、起きない。どうやっても起きない。
「あのおお客さんお勘定は………」
「払います!」
「そちらのお客さん………連れて帰って頂いてもよろしいですか?」
マスターがやってくると、すっかり寝入ってしまったフェンを尻目にメモを渡してくる。勘定らしい。もちろん払うだけの金額は持ち合わせている。しかし、払うことが出来ても、起きぬフェンをどうにかすることはできない。
アリシアは頭を抱え、額を机に叩き付けた。
「連れて帰るしかないのか………!」
はたから見れば、うら若い
アリシアは酒場中の白い目を受けながらも、歯を食いしばりながらフェンを担いで宿を目指すことになったのだった。
「い、いいにおいがする………!」
「すー、すー……」
完全に潰れてしまったフェンを、アリシアは担いでいた。無理矢理背中に担いで、えっちらおっちらと歩いていた。宿までの道のりはそう遠くないのだが……。
「………頼む、そんな目で私を見ないでくれ……」
生ぬるい視線で道行く人が二人を見てくるのだ。その視線は嫉妬や、同情、あるいは欲望に塗れたもので、一介の村娘でしかなかったアリシアにとっては辛いものだ。
おまけに、フェンの男性特有の体臭が漂ってくるわ、筋肉質な体の感触が伝わってくるわ、
「んっ…………ふふふ」
しかも、フェンが寝言をなにやら呟くたびに吐息がかかってくるのだ。
「興奮するな……興奮するな……抑えろ……抑えろ……」
アリシアは呪文を唱えながらひたすら歩いていった。
「泊まりの………カリバー様と………なぜ寝ているのですか? ま、まさか!?」
「違います! 勝手に酔いつぶれたんです! 何もしてないんです! 本当です!!」
というやり取りが宿であったとか、なかったとか。