貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話 作:キサラギ職員
「………」
覚醒。知らない天井が目に入った。
思えば不思議な夢を見ていた。女が男の立場にいる国に来ていたのだ。しかも若返って。
「…………ううぅむ、夢ではなかったか……あるいは、儂は今まで夢を見ていて、目が覚めたのか……」
天井に手を翳してみると、皺のない艶やかな手先が目に入ってきた。どうやら夢ではなかったらしい。このおかしな国も、若返りも、全て現実のことらしい。
先日のことを思い出してみる。ふと気がつくと森にいて、山賊連中を蹴散らし、アリシアという少女に出会って、町まで来て……………。
「起きるとするか」
記憶が俄かに蘇ってくる。先日あれほど飲んだというのに、フェンはけろりとしていた。
ふと、自分の髪の毛がほどけていることに気がつく。手首に目をやると、髪の毛を結わく為の布が巻きつけられていた。たとえ酔って寝てしまっても、普段の習慣は忘れないらしい。布を取り、手早く髪の毛を結わく。
「そういえば、あの娘はどこへ行ったのだ?」
フェンは部屋を見回してみた。旅人が利用する安宿の一室だ。ベッドは二つ。フェンが使っているベッドと少し間隔を空けたところにあるベッドに、アリシアの姿はなかった。それどころかシーツが乱れてすらなかった。
フェンは外に出てみようとドアに歩み寄り、その時、アリシアが中に入ってきた。
「…………」
アリシアは鎧を外していた。表情は完全に死んでおり、髪の毛は乱れまくっていた。魂でも引き抜かれてしまったような有様に、フェンはぎょっとした。
「うおっ、お前さんたった一晩で何故そこまで疲れておるのだ!?」
「なぜって………眠れなかったから……というか一緒の部屋に付き合ってすらない男女が同伴はまずいだろ!」
(本当は一緒に寝たかったけど!!! 頭がおかしくなりそうだから!!! 外で寝てたんだよ!!!)
という
フェンは感心した声をあげた。
「はぁ、義理硬い奴じゃなあ…………クソ真面目と言われることはないか?」
「うわっ!?」
アリシアが突然顔を手で覆った。お約束の如く、指の隙間から向こう側を伺っている。
「男の人って………朝はそうなるのか………!?」
「ん?」
フェンは疑問符を浮かべていたが、納得したようにふふんと鼻を鳴らした。
それは、あまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして立派すぎた。
それは正に鉄塊だった。
「若返ってよかったと実感しておる」
歳を取ると“キレ”がなくなるからなとフェンは勝ち誇った顔で腕を組み言った。
アリシアが顔を真っ赤にして吼えた。
「何をわけのわからないことを言ってるんだぁぁぁぁぁ!!」
『朝っぱらからうるせぇーぞ!!!』
ドンっ!!
「ひぃ!? ごめんなさいごめんなさい!」
アリシアの大声で目が覚めてしまったらしい隣人からの熱い打撃音が室内に響いてきた。アリシアがペコペコと頭を下げて謝罪する。
そんなアリシアをよそに、フェンは外に出ようとしていた。弓『黄竜』と矢筒、そして手ぬぐいを手に持ち、とことこと歩いていく。
「どこにいくんだ?」
「どこへと? 水浴びじゃい。お前さんもくるか?」
「一緒に行けるわけがないだろ!!!」
ドンッ!!
『うるせー死ね!!』
「ひぃぃぃっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」
「素人め」
水浴びに出かけたフェンは、早速気がついてしまった。
「………」
そう、アリシアである。本人はうまくできていると思っているらしいが、バレバレな尾行をしてきている。変装のつもりなのか頭に布を巻いているが、怪しすぎる。道を行く人もアリシアのことを不審そうな目で見ており、なるほど、どうやらアリシアには斥候や密偵としての才能がないのだろうことがわかった。
「まるで盛りのついたガキじゃな………今晩にでも抱いてやれば落ち着くか」
フェンはさらりと言ってのける。
男と女の関係性が逆転しているということは、アリシアは年頃の男そのものなのだろう。フェンのような若い男(女)が水浴びをしにいった。見たくなるのも道理。見せてやるのも別にいいと思っているが、あからさま過ぎる尾行をされてると気が失せてしまう。
―――とっとと処女散らせてやろうか。
不穏な考えを浮かべながらも、フェンは唐突に走り始めた。その速度たるや、
「あっ……!? 速いッ……!」
その動きは当然、アリシアにもわかった。
急にフェンが走り始めたかと思いきや、建物を一瞬にして飛び越した。道行く人たちは、その異常さに気がついていない。人が急に飛び上がるなど、想定しているはずがないからだ。鳥が飛んだくらいにしか思っていないのだろう。
「追いかけなくては……!」
無駄に必死な顔でアリシアが走る。顔の布を取ると、フェンが消えた方角へ速度を上げた。
「ふう。傭兵連中はいつ仕掛けてくるか……」
フェンは川岸にいた。愛用の弓と矢筒を持ってきていたのは、いつ傭兵団が押しかけてきてもいいようにである。弓と矢さえあれば、たとえ国にだって喧嘩を売ってみせる。そういう生き方をしてきたのだ、逆に言えば弓と矢さえあれば、あとは何もいらない。そういう男である。
フェンは褌一枚となり、鍛え抜かれた裸体を晒していた。無駄がなく、彫刻のように整えられた体は、川の冷たさに反応してうっすらと赤みを帯びていた。
フェンは、水浴びを終え、いつもの鍛錬をしようとしていた。
黄竜に矢を番え、川の対岸を狙う。狙うは、川岸に生える木の枝の葉っぱ、一枚。
鉄のように硬い弦を引き、止め、狙う。放つ。残心。
「………」
一射。威力は控えめに、しかし、水面を舐める勢いで水を盛大に跳ね上げつつ、矢は葉っぱの中ほどを射抜き、幹にめり込んで止まった。
例え、海上に揺れる船の上の扇とて射ち抜くことができようという精度。弓翁と称された戦士にとって、この程度の距離を狙撃することは実に容易かった。
「またか……」
誰かが己のことをじっと見ている。
なんとめんどくさい国なのだろうと思う。男が少なすぎて女共がケモノと化しているのではないかと。陰陽の中立を保ち、中庸であるように働きかける天も、この国にはないらしい。天がないなら、己が罰を与えるしかない。
フェンはおもむろに石を拾うと、草むらに投げつけた。
「あいたーっ!?」
ごろんとアリシアが転がり出てきた。鳩尾を押さえて身悶えている。
フェンは呆れた顔でアリシアを見下ろす。
「何をしておるのだ………お前さん、アレか、色狂いか……?」
「ち、ちがっ………ぶぼっ!?」
フェンは褌一枚だった。
アリシアは鼻から血を吹いた。鼻からダラダラと血を流しつつ、その場に綺麗に正座をしながら弁明する。
「わ、私がそんなヒキョウな真似をするわけがないだろ……ッ! これは、そう、たまたまだ! たまたま! 買い物に出かけたら! こんな場所に出てしまった! いやー実は方向音痴で!!」
「お主らも出てきたらどうだ」
フェンは、草むらに向かって声を張り上げた。するとどうだろう、出るわ出るわ年頃の娘から中年まで女共がぞろぞろと出てきたのだった。
「お兄さんの裸体……ウッ!」
「ハァハァハァ……筋肉……」
「おっきいぃぃぃ………」
「素敵……」
「犯す」
「食う」
「目に焼き付けなきゃ………」
「なんでお前さん達前かがみなんじゃい………」
前かがみ、あるいはお腹の辺りを撫でている少女から中年までの女共を前に、流石の弓翁もドン引きであった。
白い布服をしゅるりと体にかけると、手早く着込んでいく。
その様子を女達は固唾を呑んで見守っていた。
「………散れ、いつまで見ておる。見世物ではないわ!」
一喝。
わっと撤収していく女達。
「そうだぞ! 散れ! 散れ! ……まったく……」
「お前もじゃい!」
一人残ろうとしたアリシアの頭を、フェンがぶっ叩いた。アリシアは顔面から地面に打ち付けられた。
「オラァァァッ! フェンとか言う男がいるのはここかぁぁぁっ!!」
宿に戻ってみると、何やらとんでもないことになっていた。