貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話   作:キサラギ職員

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弓兵が近距離戦も強いあのパターン正直好き


7.城へ

 ありえない。

 マリアンヌは、次々と放たれる矢を回避するので精一杯、逸らすことで精一杯だった。

 フェンの一撃は、文字通り一撃必殺。掠めただけで鎧につけていた飾りが消し飛び、当たってもいないのに射撃時の轟音で鼓膜がおかしくなりそうになる。

 そんなこと、ありえない。

 しかも自分が全力で動いているのに、フェンとかいう男は“手を抜いている”。見ればわかるのだ、撃つ場所は決まって顔である。しかも、こちらが姿勢を崩したときには撃ってこない。防御しろといわんばかりに猶予を与えてくる。あからさまに、構えているのに撃たないことさえある。

 だが、接近さえすれば終わりだ!

 マリアンヌは、顔面目掛け放たれる一発をハルバードを犠牲に防いだ。射撃の威力の余り、ハルバードが耐え切れなくなり中ほどからねじ切れてしまったのだ。先端の部分がくるくると回転しながらアリシアをかすめて木に突き刺さる。

 

「うわぁっ!?」

 

 アリシアが腰を抜かしてへたりこんだ。

 

「うおおおおおお!!!」

 

 地を蹴り、接近する。武器がなくとも戦う術はある。ベルカ傭兵団は優れた肉弾戦法の使い手でもあるのだ。

 フェンは、ほほうと目を見開く。さてどうするか。弓で応戦してもいいが――それではつまらない。相手が肉弾戦法を選ぶならば――。

 

「来い」

 

 フェンは弓をゆっくりと地面に置いた。

 

「うらぁぁぁっ!!」

 

 振りかぶられる拳。身をそらし、紙一重、鼻の皮一枚でかわす。そして、一歩を踏み込む。くるりと背中を向けるように、移動エネルギーを体当たりという形で発現させる。ズシン、と大地に皹が走った。

 

「背なか――――」

 

 マリアンヌが見たのは、背中を押し付けるような独特な姿勢を取ったフェンの姿だった。

 

(な、なんという強さ―――)

 

 もちろん意識は一瞬で暗闇に閉ざされた。

 マリアンヌの体は安々と吹っ飛んだ。川で何度も何度も跳ねながら滑っていくと、対岸の草むらに突っ込んで消える。

 

『――――――』

 

 隠れることを忘れていたらしい女達が次から次へと出てきた。その数、水浴びのときとは比べ物にならないほどである。果し合いを始める前よりも明らかに増えていて、全員欲望に満ち溢れた生き生きとした目つきをしていた。

 ―――面倒な、全員処女散らしたろうか。

 経験がないわけではないのだ。大人数と交わるのは。やれるか。やれるだろうか?

 不穏な考えが脳裏によぎりつつも、残心をやめて元の姿勢に戻ると弓を拾って背中に戻す。

 アリシアがバタバタ走って来た。マリアンヌが飛んでいった方向と、フェンを交互に見比べている。

 

「フェェェェン! あ、あれは……こ、殺したのか? 一大事なのでは!?」

「手は抜いた。あやつ程の頑丈さがあれば、そうさね、半日と経たずに目を覚ますじゃろう」

「というかあの動きはなんなんだ!? 見たこともない! 魔術なのか!?」

「魔術ゥ? そんな大層なもんじゃないわい。見よう見まねの護身術よ」

 

 手を抜いた。護身術。その割には川を飛び越えて対岸まで吹っ飛ばしていたような。相手を吹き飛ばす護身術など、あってたまるか。

 

「お前さんも修行すれば出来るようになるぞ」

「できるか!!」

 

 アリシアは冷や汗を禁じなかった。この男、もう何があっても驚いてはいけないのだと。それから、吹っ飛ばした相手が確か傭兵団の副長だったということに対してだ。村娘、それも次女に過ぎなかった少女にとって、大のつく組織である傭兵団にたった一人で喧嘩を売りに行く男の気が知れない。

 フェンは手をパンパンと払うと、ギラギラとした盛りのついた視線を向ける女共を一瞥した。

 

「散れ」

 

『はいいいいいいいい!!』

 

 蜘蛛の子を散らすように一斉に解散。実に仲がいいことである。

 

「おにーちゃんけっこんしてー」

 

 小さい幼女が一名残ってしまったが。

 フェンは屈みこみ目線の高さを揃えると、口の端を綺麗に持ち上げて目を細めた。幼女の頭を撫でてやる。

 アリシアがその様子を、とても羨ましそうに指咥えて見ていた。

 

「すまんのぉ、まだ身を固めるつもりはないのじゃ」

「わたしがおおきくなったらけっこんしてくれる?」

「おう、十年後に来い。母君はどこじゃ。ん? あっちか。さあ帰れ。道が悪い。気ィつけてなぁ」

 

「さてと」

 

 フェンは言うと、アリシアを振り返った。

 

「なんじゃい、そのもの欲しそうな顔は」

「ななななななななんでもねーし!」

「そうか、そうか。ほんなら儂を撫でてみるか?」

「いいのか!?」

 

 ガタッ。

 身を乗り出してくるアリシア。

 フェンはほれと言うと、頭をかすかに前に傾けて見せた。

 

「はーはーはーはー……!」

 

 息をしているのかしていないのかわからない謎の呼吸方法をしつつ、アリシアが手を伸ばすとフェンの頭に触れる。さらりとした、まるで絹のような手触り。

 

「うぅぅぅ……!」

「撫でんのか? そうか」

 

 動かなくなってしまったアリシアをよそにフェンは川の対岸を見据えて腕を組んでいた。

 

 

 

 

 

「はなせぇぇぇぇぇ! はなせぇぇぇぇぇぇ! このようなことが許されると思うなよぉぉぉぉぉ! うおおおおおおお! おい、そこの小娘! 我を解放せよぉぉぉ! フェン! おろせぇぇぇぇぇ!」

「やなこった。下ろしたらお前さん、また暴れるつもりじゃろ」

 

 マリアンヌは、全身をグルグル巻きにされた上でフェンに担がれていた。芋虫状態になってもなお負けを認められないのか暴れているが、フェンが押さえ込んでいるためか、まるで抱えられている子供さながらまともに動けないでいた。

 道行く人たちは、あろうことか男が女を、しかもベルカ傭兵団の副長を肩に担いで歩いているのをみて、呆然としていた。

 

「お、おい! フェン! そいつを連れてどこにいくつもりなんだっ!」

 

 装備一式を身に纏ったアリシアが後から続く。

 フェンは町の外に続く道をすたすたと歩いていく。

 

「どこへって、送り届けてやるのよ。確か城があるといったな、マリアンヌよ。おぶっていってやるぞ、遠慮するな。尻も叩きながらいくか? 童子(こども)には丁度よいわ」

「うぐ…………くっ、殺せ! 男のくせにぃぃぃぃぃ!!」

「殺して欲しいならそうするが」

 

 マリアンヌの全身に鳥肌が立つ。己を抱えている男から発せられる無邪気なまでな殺気。凍て付く大地のような、ぞっとさせられる意思の発露。“姉”であっても、こうはできまいという強烈な力に押し黙った。

 アリシアもまた、フェンから発せられる力に表情を強張らせていた。

 

「……死にたくはなかろう? なぁ?」

「う…………………うぅぅぅぅぅ!」

「で、城はどっちじゃ?」

「あっちだ! あっちだ! 頼むから下ろせ!」

 

 マリアンヌは髪の毛を振り乱しながら懇願しはじめた。ただし、体は動かしておらず、抵抗する素振りもなかった。城があるという方角に向けて頭を振っている。

 

「暴れるじゃろ」

「暴れない!」

「えーほんとうかのぉ~?」

「ベルカの名にかけてしない! 誓う!」

「ふーむ、よかろう。ただしこうじゃな」

 

 フェンは暴れなくなったマリアンヌを下ろすと、縄を解き始めた。なるほど、誓うと言っただけあって身じろぎもしなかった。そしてフェンは、おもむろに縄をマリアンヌの首に巻きつけると、まるで首輪か何かのように繕い始めた。あれよあれよという間に、縄の首輪を巻きつけた捕虜が完成する。

 マリアンヌは、己の醜態を自覚しているのかガタガタと震えていた。涙目になっている。

 

「なんだこれは…………我を犬のように扱おうというのか!?」

「鳴け」

「はぁっ!?」

「鳴かんか」

「……………………………………………わん」

「ふ、ふはははは!」

 

 マリアンヌは、あっという間に犬に仕立て上げられてしまった。

 フェンは、いっそ殺してくれと言わんばかりに赤面して俯いたマリアンヌを鳴かせると、ふんふんと鼻歌をつむぎながら歩き始めたのだった。

 

「こないのか?」

「いくよ! 絶対に逃がさないって決めたんだからなぁっ! 女の子の意地にかけても!」

 

 アリシアが唖然として立ち止まっていると、フェンが眠たそうに振り返った。

 なんという破天荒な男だろう。なんでこんな男に惚れてしまったのだろう。もう、十人くらい産まないと“割り”に合わないぞ。アリシアはその後を慌てて追いかけていったのだった。


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