貞操観念が逆転した女が強い世界で最強の弓使いが無双する話   作:キサラギ職員

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ストックががが


9.剣術士と弓使い

『俺ァ大人になったら大陸一番の弓使いになるよ』

『じゃあ、俺はこの剣を使えるようになって、お前より有名な剣術士になる!』

 

 脳裏に浮かぶのは幼き頃のこと。

 父から弓を貰い、狩りに出るようになった頃のこと。

 歳が同じの幼馴染の男がいた。男は、同じように父親から譲り受けた身の丈はあろうかという剣を使いこなそうとしていた。もちろん、使いこなすことなどできてはいなかったが。

 

『役人になるよ』

『お前がか。俺は武を極める』

『俺だってそうさ』

『役人の癖にか』

『武を民のために使いたい』

『真面目め。俺には真似できんわ』

 

 剣術士は国に仕え、弓使いはその道を選ばなかった。

 

『親父が死んだ』

『そうか。残念だ』

『出るよ、家を焼いてな』

『また会えるかな?』

『お前が国一番の剣術士で、俺が弓使い。なってれば自然と会えるだろう』

『そっか。元気でな』

 

 父親が死んだとき、フェンは天涯孤独の身になった。もはや家にいる意味もなくなった。幼馴染とも別れることにした。

 弓を使い続けた。毎日毎日とにかく射ち続けた。そうするうちに、矢は風を纏い、いつしか岩さえ砕くようになった。

 傭兵をやった。軍人の真似ごともやった。放浪をした。やがて、国一番の剣術士の話を聞くようになった。その剣術士は身の丈程もある剣を自在に操り、敵を葬り去るという。

 だが、二人は巡り合わなかった。

 剣術士は、国に仕えていた。弓使いは、一人強さを求めて戦っていた。

 剣術士は、弓使いを捕縛し、処分する立場になっていた。

 

(どうしてあの時、お前が来なかったのか………腕前がどの程度になったのか………神都とやらに行けば、答えを聞けるのか?)

 

 弓使いの最期の時、剣術士は現れなかった。どうせ死ぬのであれば、剣術士とやりあって死にたかったのだ。それなりの立場にいたあの剣術士が、弓使いの取り締まりのためになにもしなかったとは思わない。そして、国の指示に抗うことが出来たとも思えない。なぜ、最期の瞬間に、止めを刺しにこなかったのだろう。

 聞けば、身の丈もある剣を操る人物が神都に現れたらしい。偶然だろうか。赤の他人かもしれない。身の丈程もある剣を扱う剣術士が他にいないとも限らないのだ。

 

(いや、きっとお前だ。そうだろう?)

 

 しかし、弓使いは確信していた。神都に現れた剣術士は、自分の知っている剣術士であると。

 どうせ、他に目的などないのだ。強いて言うならば、武を磨くことだ。ならばアリシアを鍛えながら神都に向かってもよいだろう。

 

(“俺”は行くぜ、神都へよ―――)

 

「聞いてるの? ねえ、弓使いさん」

「ん? あぁ、すまんすまん。ついついウトウトとな」

 

 暫し考え事に耽ってしまっていたフェンは、アンナの声に我に返った。

 

「要求は二点だけだったようだから、他にはいらないみたいね。こちらとしては結構なことだけど」

「馬もいらんぞ。いらんと言ったからにはいらん」

「ひとついいかしら」

「なんじゃ」

「うちのバカな……」

「姉上ぇぇぇ!!」

 

 またも罵り文句を重ねようとするアンナへ、マリアンヌが怨嗟のこもった鳴き声をあげた。

 テイク2である。

 

「うちの妹を連れて行って貰えないかしら。旅の仲間は多いほうがいいと思うわ。荷物運びにでもしてちょうだい」

「あ、姉上、いくらなんでも」

「いいわね?」

「うぐ………ハイ」

 

 アンナが表情は笑っているが目はまったく笑っていないという芸当を披露すると、マリアンヌが大きい体を小さくしてしまった。姉には頭が上がらないらしい。

 副長から荷物運びに降格させられてしまったマリアンヌは、俯いたままになってしまった。時折、一晩中やってやる、とか、朝襲ってやる、とか、不穏なことを口走っていた。

 フェンは意気消沈してしまったマリアンヌをじろりと見遣ると、ポンポンと肩を叩いた。

 

「気を落とすでないぞ。なるようになるさ」

「フェンが言うと説得力が凄いな……」

 

 なかば呆れた口調でアリシアが言った。

 

 

 

 

 

 

「うぐぉぉぉぉ! なんで私がぁぁぁぁっ!! 荷物持ちはマリアンヌじゃないのかぁぁぁ!」

「がんばれ、修行の一環じゃ」

 

 荷物持ちのマリアンヌが加わった! はずが、なぜか荷物を持たされているアリシアがいた。三人分の食料、水、テント、日用品、着替えなどを詰めた樽を顔を真っ赤にして背負って歩いていた。

 

「フェン………様? 殿?」

 

 戟―――ハルバードを担いだマリアンヌがおずおずとフェンに声をかけた。

 

「フェンでよい。ああ、家名はもう捨てたも同然じゃ。言いにくいなら弓使いとでも呼べ」

「ではフェンで。アリシアは一体どんな関係なのだ……? きょうだいには見えないし、親子にしては歳が近すぎる」

「ああ、あやつは弟子じゃ」

「なぜ連れているのだ? どうにも、フェン程の腕のおんな………男が取るには、弱いにも程があるように思えるのだが」

「あやつはな―――力は弱いし腰抜けで剣もまともに使えん村娘じゃがな」

 

 アリシアが遅れているのをいいことに、フェンはリンゴをムシャムシャと齧りながら言いたい放題である。

 

「あと生娘の癖に粋がっておってな」

「誰が処女だぁぁぁぁぁぁ! ぐべぇっ!?」

 

 荷物の重さに耐え切れず崩れ落ちるアリシア。

 

「体力もないのだがな」

「う、うむ…………なおさらなんで連れているのかわからん。親戚かなにかか」

「“ここ”には血縁はおらんよ。弄っていて楽しいのよ。見ていて楽しいから連れておる。いやぁ、女を知らぬ男のような反応の女がいるなど腹を抱えて笑いたいくらいだわい! おお、こっちの国ではこうか。男を知らぬ女のような女か?」

「えぇ………」

 

 やはりこの男はどこかがおかしい。マリアンヌは、崩れ落ちた姿勢から起き上がれないアリシアをよそにトコトコ歩いていくフェンを見て戸惑った。

 

「助けないのか? アリシアが動けないようだ」

「ん? おーい、アリシア。早くしないと置いてゆくぞ~」

 

 フェンは、速度を全く緩めようとすらしなかった。困惑を隠せないマリアンヌはどうしていいのかわからず、二人を交互に見て足を止めてしまっていた。

 

「うおおおおおおお!! おかあさぁぁん!!」

 

 アリシアが再起動すると、えっちらおっちら走り始めた。

 

「仕方がない。アリシアといったな、我も手伝うぞ!! というより元より姉上にそう命令されてきているのだからな!!」

 

 見ていられないとマリアンヌがアリシアに寄ると、手を差し伸べた。

 アリシアは首を振ると、フェンの後を追いかけ始めた。

 

「…………いらない!」

「なんて?」

「フェンにいいところを見せるんだよ! わかるだろ!」

「い、いや、フェンは面白いからしてるのであって………」

「うぉぉぉ!! 根性!!」

 

 アリシアは下心のみで動いているといっても過言ではない。マリアンヌももちろん下心があると言えばあるが、姉上からの圧力のほうが比重としては大きい。今のところは。

 アリシアは下心で動いている。それを読みきった上であえて旅に同行させるフェンという男の思考が読めなかった。

 

「うぅ………我はどうなってしまうのだ………」

「お前さん達、おいていくぞ~」

「待ってくれ!」

 

 

 

 

 

 

「……………信じられない」

 

 大木の枝の上に、薄緑と土色の布服を身に纏った少女がいた。金色の髪の毛を腰までうなじで一本に編みこんだ髪型。眠たげな青い瞳。服の布地が悲鳴を上げるほどの豊かな胸元。白い肌に一点の曇りもない。特徴的なのは、その耳であろう。先端がとがっていた。

 少女の傍には数名のエルフが控えていた。皆各々の武器を携えている。

 

「あんな男がいるなんて………」

「隊長。いつでも動けます」

 

 隊長と呼ばれた少女は頷くと、その三人組が森の中をのんびりと歩いていくのをじっと観察していた。

 

「全員捕まえて。男を連れ帰る」

 

 エルフの集団が能天気に歩いている三人組に襲い掛かった。


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