いつもの場所で、彼と彼女らは仲睦まじく遊んでいる。 作:サンダーソード
ところで原作最終巻読んでからずっと結衣幸福成分が枯渇して飢餓状態なのでどなたかガハマさんが幸せになるお話処方してください。お願いします。処方箋書いてくれてる方は有り難うございます。読んでます。
「……引き分け、ね」
喜色を含む雪ノ下のその言葉をきっかけに、俺たちは忙しなく帰りの支度を始める。平塚先生にどやされる前に帰らんと。
程なく終えて、三人揃って昇降口から出ていく。とはいえ……。
「…………あー、その、な。もう時間も遅いし、暗いし。…………送ってく」
この季節のこの時間だ。小町がいれば女の子を夜道に放り出して送り届けないとかありえないでしょとキレ散らかすのが目に見えているので、他意なく送り届けることにする。自転車は今日は置いていこう。ほんとだよ? 他意はないよ?
「ヒッキー、優しいね」
「……ありがとう。嬉しいわ」
「ばっかお前らこれは小町に」
「ふふ、分かってる分かってる」
「そうね、大丈夫よ。ちゃんと理解しているから」
そのしみじみ笑うのをやめてくれ……。
身体が熱くなり、二人の顔が見れなくなって一歩分先に出る。
背後からは互いに笑み交わすような気配と、軽い呆れの空気。
「ねえゆきのん。ヒッキーのお弁当なんだけどさ」
「なにかしら」
「おみくじみたいにさ、勝ちと負けで半分コして、二人で作らない?」
「……そうね。そう、しましょうか」
「うんっ! やったー! 一週間ゆきのんちにお泊まりだー! 朝お弁当作るならそうなるよね! ね、ね、今日も行っていい? ヒッキーがせっかく送ってくれるんだし、帰り道いっしょの方がヒッキーも楽だし! でさ、いっしょに来週の計画しようよ! デートはあたしさわんないけど、それ以外!」
二人の会話を背に、改めてあのゲームの賞罰が夢幻じゃなかったんだなって実感する。
雪ノ下監修の由比ヶ浜共同手作り弁当。三人だけの勉強会。休日デート。…………触っていい権利。大丈夫か俺。人生の幸運全部使い果たしてないか。
やばいな多分顔真っ赤だわ。前に出てて良かった。
「ヒッキー、ヒッキーも来週の計画する?」
「いや、この時間に雪ノ下の家に上がり込むのはまずいだろ」
「え、でも来週から勉強会するんだよね? それならどっちみち……」
その言葉に思わず振り向いてしまう。
「おい待て。……雪ノ下んちでやんの?」
「違うの?」
二人で雪ノ下に視線を向け、お伺いを立てる。雪ノ下はそっぽを向きながら口を開いた。
「……そう、ね。少なくとも今までは、私の家か、由比ヶ浜さんの家でやっていたわ」
「うん、でもうちにヒッキー連れてくるとママが邪魔しに来そうだからねー……。ほんとやめてほしい……」
由比ヶ浜が大仰に溜息を吐くが待つんだそうじゃない。
「それにゆきのんが本気でちゃんとやるって言うんなら、時間も遅くなると思うし。ヒッキーも知ってるけど、ゆきのんのご飯すっごく美味しいんだよ」
「…………マジ?」
「当たり前じゃん! ていうかヒッキーゆきのんの料理食べたことあるでしょ!」
「いや料理の腕は知ってるよそこじゃねえよ」
整理しよう。お昼に手作り弁当、その後は女の子の家に上がって勉強会、夕食でも手料理を振る舞われる。
なんだこれ。幻術か?
「…………え、いいの?」
「……………………それが成績向上に必要なら、そうなるわね」
そっぽを向いたまま、雪ノ下がそう答える。え、いいの? いいのか? いいのか……。マジか……。
「おべんとつくってー、勉強会してー、デートしてー……。ね、ヒッキー」
「……何だ?」
「……触るの、いつする?」
「……………………」
「わ、と。ヒッキー?」
「っ、悪い」
ああうん、フリーズした。急に俺が止まったせいで由比ヶ浜がぶつかりかける。反射的に硬直解けて受け止めてしまったけど。
いやどう答えろっつーんだこれ。この今一瞬だけ触れた女の子の身体を、好きに触る権利。それが二人分。もう一人の方を見れば、顔を赤くして俺たちを凝視している。
この温かな日だまりのような女の子を、この無垢な新雪のような女の子を、俺の好きなように。
考えただけでくらくらしてくる。
「…………俺と雪ノ下の予定は、考慮に入れる必要、ねぇから。由比ヶ浜が、決めてくれ」
「…………そう、ね。それが、いいでしょう」
「…………うん」
由比ヶ浜は俺と雪ノ下の目を覗き込んで、受領する。
一つ、二つ、三つ。立ち止まり、目を閉じ、深く呼吸して、表れたのは弾けるような笑顔。
「じゃ、日曜のデートの後! あたしとデートした後、ゆきのんちで二人まとめて!」
「待て」
「待って」
口を揃えて俺と雪ノ下が止めに入った。この子正気?
「えー? でもあたしが決めていいんでしょー?」
「確かに言ったが。いやしかしな」
「学校じゃまずいでしょ?」
「そうね……。例え部室であってもリスクしかないけれど……」
一色が突然やって来るとかノックなしでアラサー襲来とか洒落にならんな。
「あたしの家もヒッキーんちも、家族いるし」
「まあ、見られる恐れはあるわな……」
小町やガハママさんに見られたらって考えると後が怖すぎる。
「お外でなんて、あたしやだよ?」
「勿論私も願い下げだけれど……」
「論外だ」
この二人のそういう姿を余人に見られる可能性がある時点で死んでも認めん。カラオケボックスとか満喫とかの閉鎖空間? 監視カメラの存在もそうだし、硝子張りの扉越しに覗かれるとか店員入ってくる可能性を考えれば、学校以上に有り得ない選択肢だ。ホテルや旅館とかの宿泊施設? 高校生の男一人女二人で外泊とか頭沸いてんのか。
「じゃ、他になくない?」
「……………………そう、ね」
「……………………確かに、そう、だが」
並べ立てられれば納得せざるを得ない。由比ヶ浜に論理だった説明で俺と雪ノ下が真正面から論破されるとは……。なんだコレ天変地異? いや今の俺たちの状況がまさに破天荒だけど。でも待とう?
「あー……、その、何だ……。雪ノ下の家だと外界から隔離された密室だから、いざって時のストッパーがないっつーか……。もし、二人の意に沿わぬ事態になっちまったらっつーか…………」
俺も男なんだよ? 分かってるの? 待って何でそこで顔赤くして目を逸らすの、ねえ。
「だ、だいじょーぶだよ! どうなっても後悔しないから!」
だから待って。その答えが不安すぎるんだけど。ノーガードもいいとこじゃねえか。
「……そう、ね。デートが終わる前なら、賞罰の履行期間にもギリギリ抵触せずに済むかしら」
取り決めの上では、由比ヶ浜のデートまで。不足している単語を恣意的に補えば、確かに成立しないこともない。
家に帰るまでがデートです。つまり俺と由比ヶ浜のデートの最中、雪ノ下の家に寄り道して、他に誰もいない密室で、由比ヶ浜と雪ノ下の身体を自由に触れていい権利を行使するわけです。オブラートに包んで言うけど馬鹿じゃねえの?
抵抗しろよ雪ノ下も。そう思って、雪ノ下を睨め付ける。
雪ノ下は俺の視線にたじろぎ、我が身を抱いて後ずさる。その頬は、薄暗い電灯のみが照らす夜陰の中でも分かるほどに紅く映えていた。
「…………劣情の篭もった瞳。身の危険を感じるわ」
しかし、そう口にする表情に嫌悪は見えず。
「私たちの身体の、どこ、でも……。服の上からでも…………下から、でも…………指でも、手でも、腕でも……唇、でも……舌……でも…………その、それ、以外……でも…………。比企谷くんの……好きな、ように…………触られて…………しまう、のね」
雪ノ下は身をよじりながらうわごとのような呟きを、熱の篭もった呼気と共に寒空に溶かしていく。
おい由比ヶ浜このぽんこつのんどうにかしてくれと視線を移せば、
「まっ、まだ今日はダメだかんね!? いきなりこんななるって思ってなかったから下着可愛くないし……。いっ、いつもはもっとちゃんとしてんだから! 今日はたまたま! たまたまだからね!」
こっちも駄目になってるというこの惨状。
やめろよお前らの台詞生々しすぎて想像しちゃうんだよしちゃったよ。くそっ、この状況で前屈みになったらモロバレじゃねえか。
これから一週間、二人の手料理を食べて。密室の中、近い距離で勉強して。一切の言い訳も勘違いも挟む余地のないデートをして。挙句の果て、嫌がる素振りのない二人に、自由に触る。…………耐えられる要素がまるでないんだけど。
あれだな。今日はもう脳がやられてるな。二人の魅力に。違うか。俺が認めなかっただけで、ずっとこうだったか。
…………………………………………覚悟決めよう。死ぬ気で。
どんな覚悟が決まるかは…………夜の俺に任せよう。