いつもの場所で、彼と彼女らは仲睦まじく遊んでいる。   作:サンダーソード

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メタこまち「お兄ちゃんこれいつか刺されるんじゃないかなあ……小町心配だよ……」


7.「…………それ、では。お題、は、『二人は、私のこと、を……どう思っていますか?』」

 さて俺の手番が一瞬で終わったのでまた雪ノ下なのだが、見てるとなにやら挙動不審。

 俺と由比ヶ浜を交互に見ながら浅い呼吸をしてて、なのに目が合うと逸らすし、その手も隣でひっついてる由比ヶ浜とティーカップとを行きつ戻りつ忙しない。

 最終的に胸に手を当て、雪ノ下は目を閉じたまま口を開いた。

「…………それ、では。お題、は、『二人は、私のこと、を……どう思っていますか?』」

「~~~~っ!」

 ガハマさんが感動と喜悦で声も出なくなってんぞ。いや分かるが。こう、ずっとなつかなかった野生動物を飼い慣らしごめんなさいごめんなさい睨まないで。何? 何で分かるの? さとりなの?

「ゆきのん、大好き!」

 いやそれ解答になってねえから。お題ガン無視じゃねえか。

「俺から行くぞ。『二人は私のことをどう思っていますか二人は私のことをどう思っていますか二人は私のことをどう思っていますか』。どうだ?」

「……比企谷くん、クリア」

 由比ヶ浜に力一杯抱きしめられてる雪ノ下が少し苦しそうにクリア宣告。ガハマさん、もうちょっと手心ってもんをだな。いや雪ノ下も満更じゃなさそうだしいいが。

「ゆきのん、あたしも-。『二人は私のことをどう思っていますか二人は私のことをどう思っていますか二人は私のことをどう思っていますか』」

「……由比ヶ浜さん、クリア」

 雪ノ下はぷいっとそっぽを向いて、再度口を開いた。

「お題、少し簡単すぎたかしらね?」

 それを聞いた由比ヶ浜がほっぺた擦り付けてもうほんと犬だなあれ。尻尾が幻視できるレベル。つーか雪ノ下もまだお題言い張んのな。ちょっと迷走しすぎてないかこのゲーム。ねえ?

 

 

 

 × × ×

 

 

 

「んっふふー、次はあたしのお題だねー」

 目を輝かせた由比ヶ浜が満面の笑みで雪ノ下をロックオンしてる。好きすぎんだろやっぱり。まあそらね? わんこにあんな餌与えたらむべなるかな。

「うん、やっぱこれかな。『世界で一番の親友』!」

「…………もう」

 抱きついて嬉しそうに宣言する由比ヶ浜に雪ノ下がそっぽ向きつつも軽く抱きしめ返してて超眼福。

 百合っていい文化だよな。

「……それじゃあ、私から言うわね。『世界で一番の親友。世界で一番の親友。世界で一番の親友』」

「ゆきのん大好きっ!」

 いやそこはクリアかどうかじゃないのかよ。判定不要でクリアなの? クリアでいいんでしょうね見れば分かります。

「俺も行くぞー。『世界で一番の親友世界で一番の親友世界で一番の親友』。どうだ?」

 あ、駄目だこれ。完全に二人の世界入ってるわ聞こえてねえ。もしもーし?

 何だろこれ。今なら俺帰っても気付かれないんじゃないかな? でもそんな度胸ないからお紅茶飲んで睦み合う二人を眺めあそばしますわ。ああやっぱうめえなあ雪ノ下印の紅茶。うめえ。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 雪ノ下が咳払いをして空気を強引に切り替えようとする。でもそのサブレ印のひっつきオプションパーツパージしないとどう足掻いても無理だと思うの。出来ない? 知ってる。

「それで、次は比企谷くんの番だけれど」

「……おう」

 素っ気なく振る舞いながらも俺を窺う目から期待の影が見え隠れして困る。オプションパーツさんの隠す気のないわくわく感もあって攻撃力倍付けだ。

 雪ノ下をどう思っているか。……………………えー。

「『す……』」

「…………」

「す?」

「『す……すすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすす』」

「え……えー……」

 言 え る か ! ほら、あれだ。あくまでこれは早口言葉だ。ただのお題だ。だから何もまちがってねえ。由比ヶ浜の呆れたような目も雪ノ下の凍てつくような目も痛くない。痛くないからやめてお願い。

「勇気を振り絞った女の子に対する仕打ちがこれだなんて、あなた自分の良心に問うて感ずるところはないの?」

「……ただのお題だろ」

「ヒッキー……」

「……ずず」

 ああ紅茶うめえなあ。うまいはずなんだけど味がしない不思議。

「……で、解答は?」

 由比ヶ浜が飲み込んだ大量の言葉と雪ノ下の恨めしげな言外の抗議に耐えかねて、話を進めようとする。

「はあ……しょうがないなあヒッキーは」

「……いくじなし」

 ぽつりと雪ノ下がこぼした言葉が聞こえないような都合のいい耳とかどっかで売ってたりしませんかね。どろり濃厚脂汗。

「んっと、ヒッキー何回『す』って言ったの?」

「えっと…………あれ、俺何回言ってた?」

「知らないわよ……ばか……」

 やべえこれ全員がお題覚えてない場合どうすんだ? 出題やり直し? いやそれは諸事情により御免被るぞ。

「……言うわ。『すすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすす』。……最大五十文字、お題が何文字であろうと百五十言えばいいだけでしょう。解答の後なら何を言っても関係ないのだし」

「お、おう……。雪ノ下、クリア……」

 ぷいっとそっぽを向く雪ノ下。ところで胃の腑が少しばかりキリキリ言い始めてきたんで、拗ねるのそろそろやめていただくわけにはいかないでしょうか……?

「ゆきのん、頭いいなあ……。じゃ、えーっと……」

 由比ヶ浜はそこで大きく息を吸って……だからそのおっきいの無自覚に張るのどうなの? ……ここではいいけど、教室ではマジで気をつけろよお前。

「『すすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすすす』……はーっ」

 息の続く限り言ったらしく、また大きく息を吸い込む。……だからおっきいんだっての。

「どう?」

「あ、あー……由比ヶ浜、クリア」

「……ふん」

 そっぽ向いたまま胸元に手を置いてる雪ノ下のご機嫌が更に傾いで行ってるのは気のせいですかね?

 

 

 

 × × ×

 

 

 

「『ヘタレ、ボケナス、八幡』」

 雪ノ下の順番になって、開口一番そう言い放ちやがった。

「ちょっと? 貶めるのなしじゃなかったんですかね?」

「あら、あなたの名前は悪口なの?」

「その前二つ」

 雪ノ下はわざとらしくそっぽを向く。横顔にただいま不機嫌中って書かれてるわ。

「ほらー、ゆきのん機嫌直そうよー」

「ちょ……由比ヶ浜さん、やめなさい……」

 振り払おうとする手には力はないね。やっぱりガハマさんがナンバーワン! 力関係的な意味でね?

「じゃ、あたしから言うね。『ヘタレ、ボケナス、八幡、ヘタレ、ボケナス、八幡、ヘタレ、ボケナス、八幡』……。あはは、なんかヒッキーの悪口言ってるみたいで落ち着かないや」

 聞きました雪ノ下さん? 少しは見習った方がいいんじゃないかしら? でも由比ヶ浜さん、八幡は悪口じゃないのでそこ注意ね。

「……由比ヶ浜さん、クリア」

 そしてちろっと流し目を送られる。へいへいっと。

「『ヘタレ、ボケナス、八幡、ヘタレ、ボケナス、八幡、ヘタレ、ボケナス、八幡』。自分でこれ言うのもいい気はしねえな」

「……比企谷くん、クリア」

「おう」

 しかしこれで少しは溜飲が降りたのか、それともガハマさんセラピー効果か……断然後者だなこれ。雪ノ下のご機嫌も幾分かマシにはなったようだ。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

「じゃ、あたしだね」

「おう」

「ええ」

 由比ヶ浜はそう言うと、雪ノ下をじっと見詰める。

 ん……。なんか、雰囲気が……。

「ゆ、由比ヶ浜さん?」

「…………」

 由比ヶ浜は何も言わずに、戸惑う雪ノ下と見つめ合う。

 その表情には、苦笑と、慈愛と、柔和さと……俺ごときには完全な理解なんて到底望めそうにない複雑さが見て取れた。

 暫くすると由比ヶ浜は雪ノ下から俺に視線を移す。

 心臓がどくりと跳ねる。その目には、穏やかな熱が感じられた。

「じゃ……いくね」

 静かに宣言して、軽く息を吸って、

「『理由を付けないと動けないのに頼まれると誰でも助けちゃって、自分が痛いのは分からないのに他人が痛いのはちゃんと気付いて、捻くれてるけど優しくて、優しくて……いつもあたし達を助けてくれて……』」

 並べ立てるは、誰かに向けたメッセージ。ちっぽけなプライドにしがみついたどこかのひねくれぼっちに、こうやるんだよと手取り足取り優しく教える心の開き方。

「由比ヶ浜……さん……」

「あれ? 五十文字超えちゃったかな」

「……ええ、そう、ね」

「じゃあ、お手つき一回だね」

「…………」

 言葉もない。雪ノ下も、呆然と由比ヶ浜を見ている。

「少し、短くしようかな」

 俺たちの視線を受けた由比ヶ浜はふにゃりと微笑んで。

「『かっこ悪いけどかっこいい、あたしの、ヒーロー』」

 包むように優しく、そう言った。

「っ……!」

 やめてくれ。俺はそんなんじゃない。そんなマシなもんじゃない。そう声高に主張する俺の中の化け物は、彼女の視線に射止められて黙り込む。

 頬を紅に染めてはにかむ由比ヶ浜がどこまでも愛おしく思えて、俺は何も言えなくなる。

 ここまで。

 ここまで想われていたのか。俺は。俺なんかが。世界一素敵な女の子に。

「……お題だよ? ただの」

 これを言葉通り取れるほど、俺は厚顔にはなれそうもない。

 一歩を踏み出すのは、いつだって由比ヶ浜からなんだ。

「……私から、答えましょうか」

「うん。どうぞ」

「……『格好悪いけど格好いい、あたしの、ヒーロー。格好悪いけど格好いい、あたしの、ヒーロー。格好悪いけど格好いい、あたしの、ヒーロー』」

 雪ノ下は噛み締めるように、ゆっくりと繰り返す。既に早口言葉の体すら為していない。

 由比ヶ浜は笑顔のまま、雪ノ下に

「ゆきのん、クリア」

 そう、告げる。

「そう……ね」

 雪ノ下は何を思っているのか、自らの唇に指を当て、頬に紅射しながら視線を中空に置いている。

 由比ヶ浜は視線をこちらに向け、窺うように促してくる。

「……次、ヒッキーだよ?」

「……ああ」

 ……なけなしの覚悟は決まった。答えることも。応えることも。

「行くぞ……『かっこ悪いけどかっこいい、あたしのヒーロー、かっこ悪いけどかっこいい、あたしのヒーロー、かっこ悪いけどかっこいい、あたしのヒーロー』。はぁ……どうだ?」

 この期に及んで『本気か』、と聞きそうになる口を抑えて、正誤を問う。

「うん、ヒッキークリア!」

 その嬉しそうな笑顔に、息が詰まりそうになる。

 これが由比ヶ浜の『問いかけ』ならば、俺もちゃんと、応えなくちゃならない。

 いや、違う。応えるんだ。

 義務ではなく。俺の、意思で。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 次は俺の番だ。……俺の、番だ。

 腹をくくれ。ちゃんと、伝えろ。

 この、誰より大事な二人に。

 気付けば、部室は茜色に染まっていた。視線を上げると、二人の背にする窓から沈みゆく夕日が見えた。

 ……もうそんな時間なのか。ちょっとしたゲームだったのが、随分大袈裟になって長引いたもんだ。

「……ちょっといいか」

「?」

「……何かしら」

「場所を移りたい」

 言って、席を立つ。椅子を持って、長机の真正面。黒板を背にして座る。

 紅茶の香りがしなくなった、夕日の差し込む部室。二人に伝えるなら、あの時の構図がいいと、なんとなく思った。

 俺の様子から察してくれたのだろうか。二人も場所を移し、長机を横に挟んで俺の正面に並んでくれた。いつもの距離よりずっと近くに二人がいる。

 深呼吸を一つ。

 由比ヶ浜は羞恥と緊張に潰されそうになる俺を、一片の期待の色が混じった穏やかな笑顔で見守っている。

 雪ノ下は不安と昂揚を綯い交ぜにした視線を寄越し、縋るように由比ヶ浜の手を握っている。

 目を閉じる。思い出す。

 思い出す。この一年を。

 ……口を、開く。

「『暇を潰しあった赤いバラ』」

 雪ノ下を想う。

 このそれなりに長く、しかし本当にあっという間の一年。

 お互いにすれ違い、傷つけ合い、しかし大切な何かを残した、まちがっている青春の日々。

「『飼い慣らしあった野のキツネ』」

 由比ヶ浜を想う。

 ああ、あの物語の言うとおりだ。

一緒にいたから。一緒に居続けたからこそ、俺たちは世界でたった一つの、かけがえのないものになれたんだろう。

 大切な者は目に見えない。だからこそ。

「『……心で見るべき人たち』」

 ……俺の求めた本物、と続けるには恐らく文字数が足りないってことにしとこう。これ以上は勘弁してほしい。固めた覚悟もこの辺が限界だ。

 顔が熱い。顔だけじゃねーわ全身あっついわ今何月だよ。暖房なかったはずだよなこの部屋? っつーか閉じた目を開くのが怖いんですけど。

 限界まで高まった内圧を、熱せられた体温と共に大きく吐き出す。再度息を吸いながら勢い付けて目を開けると、二人は。

 呆然と、はらはらと、声もなく落涙していた。

 握りあっていた手だけを繋いだまま、驚いたような、惚けたような表情で固まり、俺を見て、どんな宝石より美しい涙を流し続けていた。

「……………………ッ!」

 俺の身体は止まっていた呼吸を思い出し、同時に身体が跳ねて椅子から転げ落ちそうになる。寝てもいねえのにジャーキングかよ。

 二人を目の当たりにして数秒、本当に何も考えられなかった。

 ……魅入られていた。言葉も出ないほど。魂の底から惹かれるほど。

 神話に出てくる石化する瞳というのは、こうしたものだったのだろうか。

「あっ……」

「あ……」

 俺の道化のような醜態に、二人も意識を取り戻す。反射的に二人の手が俺に伸びるが、それを手で制し、座り直す。

「……? ゆ、ゆきのん!? ど、どしたの急に泣いたりして!?」

「あなたこそ……! え、あ……私も……?」

 二人は自分の頬に手を当て、我知らず流していた涙を認識する。

「えっ、あれ、な、なんで……悲しくないのに……すっご……うれし……のに……う……ああぁぁぁ……」

「どうして泣くのよ……。私は……あなたまで……く……ふ……ぅぅ……」

 二人は抱きしめあって声を殺し、泣き続ける。

 何で。何が。

 一体何がこうまで雪ノ下の、由比ヶ浜の心を爪弾いたというのか。

 まさか。

 まさか、本当に俺の言葉で。

 俺なんかの、言葉で。

 それが信じられなくて、俺はただ呆然としていることしかできなかった。

 二人分の押し殺したすすり泣きの響く部室。

 沈んでいく夕日の中で、頑是無く涙する二人は、この上なく神聖なものに感ぜられた。

 

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