いつもの場所で、彼と彼女らは仲睦まじく遊んでいる。 作:サンダーソード
じょうきょうりせっと。
ゆきのしたさんとゆいがはまさんはむかいのせきにもどりました。はちまんくんはせきについたままです。
二人の顔、見れねぇ。
いや暈けてるとか滲んでるとかそういうんじゃなくて。見れねぇ。無理だから。視界? くっきりはっきり自分の上履き映してますが何か。
同級生の女子かつ同じ部活の仲間かつこの世の誰より見栄を張りたい世界一可愛い女の子たちにボロ泣きした姿を見られて抱きしめられて泣き止むまで抱きしめられたまま頭よしよしって慰められて、どの面下げて顔合わせろと?
リセットしたのは状況だけだ。心理は残酷に継続中。
自分の心音が喧しく響く中でも、二人の息遣いや衣擦れの音はしっかりと耳が拾ってくる。
その度にびくんびくんどっくーんとしてると、由比ヶ浜がくすっと笑うのがはっきり聞こえた。
「じゃ、いくね。『みんなにとって、奉仕部は、何?』」
その問いかけに、自然と由比ヶ浜の顔を見ていた。当然、雪ノ下も視界に入る。
二人は俺の醜態を気にした様子もなく、無為な笑顔で佇んでいた。思わず肩の力が抜ける。
俺と目が合って、由比ヶ浜の笑みが照れるように深まる。
俺にとっての、奉仕部、か。
「由比ヶ浜さん」
「うん」
「『みんなにとって、奉仕部は、何? みんなにとって、奉仕部は、何? みんなにとって、奉仕部は、何?』」
「うん。クリアだね、ゆきのん」
当たり前に達成。今更間違えるはずもない。
「俺も、いいか?」
「もちろん」
「『みんなにとって、奉仕部は、何? みんなにとって、奉仕部は、何? みんなにとって、奉仕部は、何?』」
「ヒッキーもクリア。簡単すぎたかな?」
「いや……そうでもねーかもな」
「ええ……そうね」
きっちり言葉にするのは、きっとそんなに簡単じゃない。
いつだって、そうだった。
「もうすぐ……終わるわね」
雪ノ下がぽつりと零す。視線は俺の背後に向いていて、振り向き追えば壁掛け時計。文字盤は完全下校時刻まで幾許もないことを声もなく告げていた。
× × ×
由比ヶ浜の出題が終わり、一周回って俺の番。
湯飲みをとり、傾ける。適温というには些か冷めすぎた紅茶をひとすすり。認める他ない、幸福の香り。
でもそれは、この部室そのものなんかではなくて。
俺の目の前で並んで座る、この二人こそが…………。
「『何よりもなくしたくない、大切な居場所。お前らもそう思ってくれていることを願う』」
「……!」
「ひき……がや……くん」
この二人がいるからこそ、この部室はこんなにも暖かい。
二人の笑顔が、愛おしい。
「……ねえねえ、ヒッキー! あたし、聞き逃しちゃったなー! だからもう一回言って!」
「おまっ……!」
鬼の所行ですか!? あれをもう一度言えと!?
「……そうね、比企谷くん。私も、確実性を期すためにもう一度聞いておきたいわね」
「お前ら……」
くそっ! ルールを逆手に取りやがって……! いつの間にこんな小技覚えた由比ヶ浜!
「…………『何よりもなくしたくない、大切な居場所。お前らもそう思ってくれていることを願う』」
「もーいっかい!」
「そうね、もう一回」
「勘弁してください……」
俯いて顔を覆う。俺にもう二本腕があったらお手上げしてた。手が足りん。
「ふふ、しょうがないなぁ」
「そうね。許してあげましょう」
二人で軽く笑い合って、しかしすぐに遊んだような態度は引っ込み、真摯な笑顔がかんばせを彩る。
由比ヶ浜と雪ノ下はそっと口を開き、
「『何よりもなくしたくない、大切な居場所。あたしはそう思っているよ』」
「『何よりもなくしたくない、大切な居場所。私はそう思っているわ』」
そう、言った。
× × ×
言葉にならない感情の奔流が体内を駆け巡る。多分今俺口元とかめっちゃにやついてるわ。
「……お前らの、負けだな」
嘘だこんなの。勝った気がしねえ通り越して完っ璧に俺の負け。ルール上は勝ったのかもしれんが、どっからどう見ても譲ってもらってるし、っつーかマジで本気かこいつら? 俺が由比ヶ浜に勝ったら……。
二人の顔、とても見られん。
が、くすっと笑う透き通った声が聞こえて、半ば無意識のうちに雪ノ下を追ってしまう。
雪ノ下は長い黒髪をかき上げて、いつもの強い瞳で、笑みを含んだ口を開く。
「比企谷くんから始まったのだから、比企谷くんで終わるのは不公平でしょう。私たちにも後一度、出題の権利があるはずだわ」
なるほど公平性の点から判じれば正しかろう。まあそうでなくともこんな終わり方で俺の勝ちだぜなんて主張できるわけねえんだが。
「ん、その通りだな。妥当だ」
「どゆこと? まだ終わりじゃないの?」
ガハマさんだけが首を傾げておられるが、この子マジか……。罰ゲーム上等で負けに行ったのか。あの罰ゲームで。
「由比ヶ浜さん。今私たちのお手つきが二回、比企谷くんが一回よね。でも、出題回数は比企谷くんが十回、私たちは九回。一回分、比企谷くんが有利でしょう? だから私たちは、その一回を埋める権利がある。そうでしょう?」
「ああ。言われてみりゃ当然だな」
「ふーん。でもそれ、ヒッキーミスったら、勝ち負けどうなっちゃうの?」
由比ヶ浜が疑問を呈してくる。まあ引き分けノーゲームが順当だよな。と、思っていたのだが。
雪ノ下が人差し指を口元に、いかにも考えていますという外連味溢れる動作で口を開く。
「そうね……。引き分けって、勝ったけど負けてもいるのか、勝敗なしなのか。どちらだと思う?」
「?」
「……ご褒美と罰ゲーム、全部やるか、何もしないか。どちらだと思う?」
「! 全部やる!」
「だそうだけど……」
くすっと笑って、こっちに振ってきた。振ってきやがった。
「比企谷くん、どうかしら」
「おま、それを俺に聞くのか…………」
「あら、民主主義に則っているだけよ?」
楽しそうに追い詰めてくる雪ノ下。隣にはニコニコ顔の由比ヶ浜。
え? 何これ。罰ゲーム全部ってことは、雪ノ下と由比ヶ浜に一週間お弁当作ってもらって、次のテストまで三人だけの勉強会開いて、休日に由比ヶ浜とデートして、二人の身体を……触るの? それか罰ゲームなしで何もなしか選べって? 当人たちの前で?
ああ、そうだ。つまり雪ノ下は、こう問いかけてきているのだ。
『あなたは、どうしたい?』と。
…………こんなの回避できるわけねえだろ。する気になれるわけねえんだから。
「……………………俺も、それでいい」
「ヒッキー、どれ?」
由比ヶ浜ぁ!
「比企谷くん、由比ヶ浜さんが分からないそうよ? 指示語を使わずに希望を述べてくれないかしら」
「…………引き分けは、勝っていると同時に負けてもいる、んじゃねえの。知らんけど」
百戦錬磨の敗北者。負けることなら俺が最強。……だから、このゲームでも俺は負けるんだろう。
「だってさ、ゆきのん」
「ええ、満場一致で決定ね」
この二人に、俺はきっと一生負け続ける。
そりゃそうだ。負けても全く後悔しないんだから。
「ところで私は比企谷くんを一人勝ちさせる気は更々ないのだけれど、『比企谷くん、どう思う?』」
「…………『また、勝てなかったよ』」
「『ヒッキーも勝ってるよ!』」
「……ふふ、二人とも、お手つきね」
かっこつけてもこの様だ。
と、完全下校を知らせるチャイムが鳴り響く。今日は時間が飛ぶように過ぎるな。
鐘の余韻が響く部室にて、残すところ、最後の一問。
由比ヶ浜の顔を見る。彼女は嬉しそうな笑顔で雪ノ下に寄り添い、長机越しに俺に手を伸ばしてきた。
「『ずっと、一緒にいようね』」
「『ええ、きっとね』」
「『……ああ』」
その手をそっと握り返す。その柔らかさと暖かさが、俺たちを繋いでいてくれる気がした。