小さな蛇は異世界でもダンボールを被るようです! 作:嫉妬憤怒強欲
『ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件』から数年後――――
世界を影で支配していた『愛国者達』と戦争経済の終焉から、米国などの先進国のみならず第三世界の国々は様々な問題を抱えていた。
戦争行為を管理・効率化するためのシステム『SOP』の廃止により今まで抑制されていた痛みや罪悪感が一気に心にのしかかる後遺症『SOP症候群』。
軍事業務を営む法人企業で、傭兵派遣、兵站・整備・物資調達、戦略・戦術アドバイザー、戦闘訓練及び教育、などの軍事業務から、軍人用の娯楽施設の経営までをこなす民間軍事請負企業 (Private Military Company)、通称『PMC』の相次ぐ倒産とそれによる失業者の続出。
何より、経済活動のひとつだった戦争経済の市場崩壊による大赤字。
世界一の軍事国家アメリカを含むPMCに依存度が高かった国々が軍事・経済的に弱体化する2010年代初の世界恐慌から未だ立ち直りきれていなかった。
そんな中、戦争経済の火の粉を浴びなかった数少ない国の一つであった日本では、世界最高クラスの能力を兼ね備える七人の高校生が世界に名を轟かせていた。
── 一人目は、中東の紛争地帯で、弱き民のため刀を振るう現代に生きる侍──
「怯むな!撃て撃て!撃ち殺せっ!」
「ダメです!速すぎて、あたりま、ぎゃあああ」
長い黒髪を靡かせた少女は風の様に戦場を駆け回り、兵士たちの戦列に斬り込むや、携えた日本刀を振るい、血の華を咲かせる。
「くそッ! ならこいつでどうだ!」
指揮官の指示と共に後方の数ブロック先から三つの巨大な影が数十メートルを跳躍し、土煙を上げながら兵士達の前に降り立った。
その三つの影は奇妙な形をした兵器だった。
全高5メートル前後。上半分は側面にブローニングM2重機関銃や対空ミサイルを装備し、堅牢な装甲で覆われた戦車に見える。だが下半分からは二本の有蹄類の脚を生やしており、時折聞こえるセミや低い牛のような鳴き声からまるで生き物のようだ。
機械とは対照的な生物的な外見を併せ持つその兵器の正体は2010年代初頭に兵器開発会社アームズ・テック・セキュリティが開発した無人二足歩行兵器。 通称"月光(げっこう)"や"ヤモリ"と呼ばれ、製品名は『IRVING(アーヴィング)』。
AIで動いており、歩兵と共働するだけでなく無人で独立行動もできる。
様々な地形の走破や、建物ごと飛び越えられるジャンプ力、車に追いすがることも出来る速度を発揮する脚力、柔軟な動きで近接戦闘に用いたり、限定的ながら室内戦にも対応可能。
その使い勝手の良さから大ヒット商品となり各PMCに爆発的に普及。2010年代に戦争経済が拡大してからは代理戦争に大量に投入され、2014年の時点で戦場での実働台数は既に旧来から存在した戦車のような兵器を上回っているなど、白兵戦や市街戦で主流な兵器となっていた。
だが世論の反発が広がり大手民間軍事会社の小規模化・倒産。それらに伴い数十機が闇市場へと横流しされ、反政府軍や払いのいい幾つもの非合法組織の手に渡り、内戦やテロ行為などに利用されているのが今の世界の現状だった。
「こいつの性能は折り紙付きだ! 殺れ!」
「「「――■■■■■■■■■!」」」
指揮官が短く命令する。
直後、月光たちが獣のように俊敏な挙動で襲いかかる。
正面からRPG等にも耐える硬い装甲を利用した体当たり。
側面からの高い跳躍力を持つ脚による回し蹴り。
そして高く跳躍して片脚を掲げてのかかと落とし。
それぞれ動きは違うが、気味が悪いほど揃ったコンビネーションで少女の命を奪おうとする。
だがそれ以上に少女の反応が速かった。
「はぁああああああああああああ―――ッ!!」
裂帛の気合いと共に、少女の四肢が爆ぜるように動いた。
一度刀を鞘に納め、左足で一歩踏み込む神速の推進力、腰骨の超速横回転、それらのベクトルの違う力をまとめ上げ、右腕へと伝える背骨のしなり。
頭上に掲げる刀の鯉口を切る。刃を鞘に滑らせる。
抜きざまに、右腕に伝えた力を使い、重力に従って、刀を真っ直ぐ、撃ち下ろす───
普通の人間の視覚では捉えることができない速度であった。
ひゅぱッ!
その刹那、空気が鳴り――――兵士達が気付いた時には月光たちの背後で静止。既に刀を振り下ろしていた。
そして直後に月光たちの胴体が綺麗に両断し、力なく崩れ落ちる。
「この程度の玩具、雷電殿でも容易く屠れるぞ」
「な、なんだとっ!?」
十八番であった二足歩行兵器があっさりと敗れたその光景に驚愕と共に有り得ないと叫び、喚く様に兵士たちは少女目掛け銃を乱射するが、少女には掠りもせず、弾は刀に弾かれて仲間に当たる。
指揮官を残して兵士達が絶命するのには時間はそうかからなかった。
「……ば、ばかな……。全滅だと!?銃火器で武装した中隊だけでなくあのアーヴィングまでが……、あんな刀一本しか持ってない小娘相手に……!?」
青ざめながら冷や汗を掻く指揮官に、少女は怒りに燃える双眼を向け、小さく叫ぶ。
「武器も持たぬ女子供を銃と暴力で嬲り者にする畜生ども、貴様らが如き外道を一条の剣は許しはせぬ」
「ヒ、ヒィィィ!」
「斬り捨て、御免!」
紫の基色に統一された和服を着込み、リボンで髪をポニーテールに結ぶ凛とした侍少女。
彼女の名は一条葵。
高校生にして世界最高の剣豪である。
刀一振りを手に銃弾飛び交う紛争地帯を駆け抜け、近代兵器で武装した敵を蹴散らす様は、空想の中から飛び出してきた英雄そのものだ。
──二人目は、葵の居る戦場近くのキャンプで難民の治療にあたる医者──
「いたいぃぃ!ああぁああ!しぬぅぅう!」
「痛っ!足、しっかり押さえて!」
「は、はい!」
複数の診察台の上は怪我人で埋め尽くされていた。
流れ弾に当たった者。
爆発で四肢の一部が吹き飛んだ者。
腹部から内蔵が飛び出ている者。
月光に足を踏みつぶされながらも奇跡的に生きていた者。
皆戦争の犠牲者であり、劣悪な衛生環境や絶えず響き渡る彼らの絶叫により阿鼻叫喚の地獄と成り果てていた。
近年、『愛国者達』の情報統制の解除によりサイバネティック技術が日の目を見て高性能義肢への置換へ転用されるという強化―サイボーグ化治療の話が話題になっているが、倫理上の問題がある上に手術費とメンテナンス費は決して安くない。ましてや医療品、中でも麻酔薬等は特に不足しがちな難民キャンプとならばサイボーグ化手術を行える設備なんかない。
状況は最悪であった。
だがそんな中、神懸かった手つきで絶え間なく患者の処置を行っていく女医がいた。
「うふふ。撃たれてそれだけ暴れるなら大丈夫そうですわね。ですがこのままでは処置できません。麻酔で大人しくして貰いましょう」
「先生!このキャンプにはもうモルヒネはありませんが……!?」
「必要ありませんわ」
そう言うと、白い白衣を患者の返り血で鮮やかな紅い斑模様にしている少女は針を出し、それを診察台の上でのたうち回る患者の首筋に刺し、軽く指で弾いた。
瞬間、今まで痛みに暴れまわっていた患者が恍惚の表情を浮かべ、意識を失う。
「こ、これは……っ」
「針で脳内麻薬の分泌量を操作しましたの。麻酔時間はキッカリ八時間。……銃弾の摘出と縫合は貴方たちでも処置できますね?」
「は、はいっ!」
「では軽症の患者には片っ端から針で麻酔を施していくので、後の処置はお任せします。重症患者はわたくしが処置しますわ。ああ、あと葵さんを迎えにいくついでに転がっている兵士の死体をいくつか持って帰ってきてくださいませ。輸血用の血と移植用の臓器が欲しいので」
「い、いいんですか先生。そういうのは倫理的に……その」
青ざめた顔で問いかけるNGOの職員だが、血塗れの少女は、血飛沫と悲鳴が木霊する地獄のような難民キャンプの中でも崩れない温和な笑顔で言葉を返す。
「いいに決まっているじゃないですか。倫理感や消えた『愛国者達』よりわたくしのほうがずっと多くの命を救えますもの」
腰元まであるウェーブのかかった黄緑色の髪を緑色のリボンで二つのお下げにした美麗の少女。
彼女の名は神崎桂音。
高校生にして世界最高の医者である。
彼女の医術に治せない病はなく、彼女にとって寿命という概念は限りなく希薄だ。
──三人目は、海を越えた自由の国、その象徴の前に浮遊する怪人──
PMCの台頭のきっかけとなった事件――――武装集団「サンズ・オブ・リバティ」の引き起こしたビッグ・シェル占拠事件――――の現場に近いマンハッタンのリバティ島で、シルクハットとマントを纏い、ぎらつくアイマスクで顔を隠した怪人が、布で覆い隠された自由の女神像の上空を浮遊し、ステッキを振るう。
その動きに合わせ周りのヘリコプターが布を引き上げると、……そこにあるべき女神像がなくなっていた。
この事態に、ニューヨークに集まった観衆は騒然となる。
「お、おいおい嘘だろ!?」
「オーマイガ!自由の女神が、いなくなっちまった!」
『な、なんということでしょう!米軍と新型の軍事衛星の警戒網をすり抜けて、プリンス暁、自由の女神を消し去ってしまいました!これには挑戦者オバラ大統領も茫然自失ッ!』
拡声器から響くナレーターの声に、怪人はマントを翻し、幼さの隠しきれない声音を無理に歪めた不敵な作り声で笑う。
「フーハハハ!我が魔術にはタネも仕掛けもありはしない!軍隊だろうが衛生だろうが我が魔術は止められぬ!なんならホワイトハウスも消してくれようか?」
上空から芝居のかかった高笑いと共に群衆にマジックの成功を布告した金髪のショートヘアーの小柄な少年。
彼の名はプリンス暁。
高校生にして世界最高のマジシャンである。
世界中をおいてしても隔絶されたまごうこと無きイリュージョンは誰であってもタネを暴く事は出来ない。
──四人目は、薄暗い研究室ラボに引き籠る少女──
『リンゴちゃんリンゴちゃん!」
「ん〜……なぁにクマウサ。今、生体金属の細胞分裂プログラムを最終調整しているところだから、集中させて欲しいんだけど……」
『そんなことしてる場合じゃないクマ!もう約束の日の二日前クマ?みんなを乗せる飛行機のチェックもあるからそろそろ地球に降りておかないと間に合わないクマ!』
「あ、そっか。ここだと昼も夜もないからうっかりしてた」
そう言うと少女は大きなゴーグルを外し窓の外を見る。
そこに広がるのは星の海と……大きな青い惑星、地球だ。
ここは前世紀に放置された宇宙塵(デブリ)が漂う衛生軌道上に少女が作った個人宇宙ステーションなのだ。
『しっかりして欲しいクマー。一つのことに夢中になりだすと周りが見えなくなるのはリンゴちゃんの悪い癖クマ。社会人になったサニーちゃんを見習って直した方がいいと思うクマ!』
「むー。いいじゃない。それが分かってるからマネジメントAIであるクマウサを作ったんだから。私がしっかりしたらクマウサはアンインストールだよ?」
『クマ!?そ、そそそれは困るクマ!リンゴちゃんはずっと今のままゆっくりしてていいクマ!』
「ふふ。冗談だよ。……じゃあクマウサ、日本の種子島に着港してくれる?」
『クマ!お安いご用クマ!』
AIの操縦で宇宙ステーションが大気圏突入形態に変形し、ゆっくりと動き始める。
「……司さん……元気かなぁ」
赤いベレー帽を被り、薄茶色の髪の側面を三つ編みにしている小柄な少女。
彼女の名は大星林檎。
高校生にして世界最高の発明家である。
世界数世紀先を行く頭脳を持ち、『小型核分裂炉』や『液体金属』『放射線廃棄物の完全無害化』といった、メタルギアやナノマシン、サイバネティクスなどの技術を超えるものを一人で生み出した。その頭脳の価値はもはや国家戦略レベルであり、常に各国のエージェントに身柄を狙われているため、殆どの時間を自作した宇宙ステーションの研究室で過ごしている。
──五人目は、ラスベガスの夜景を一望できるレストランで美女と会食する少年──
「ケリー。全米が夢中になっている君の微笑みを独占できるなんて、ボクは幸せ者だよ」
「本当にそう思ってる?」
「もちろんさ。君の美しさに嘘なんてつけないよ。ハニー」
「……そう思うなら電話はやめてもらえないかしら」
ジロリと、今全米の男性を魅了している若手女優が不機嫌さを隠さずに少年を睨む。
それもそのはず、もうオードブルが運ばれてきているというのに、少年は幾つものスマートフォンを魔の前の机の上に並べられ、耳に付けたインカムで話しているのだから。
「オゥ、ソーリー。許しておくれよケリー。今ちょうど日本の市場が勝負所でさ。目を離すことが出来ないんだ、っと失礼。……あぁ、そうだ。東レゾは買いだ。心配すんな。荒巻頭取は東レゾを見捨てられねえのさ。
義理と人情ってやつだ。稟議は必ず通る──っと、
ちょっとまて。猿飛からだ。ああ切らなくていい。つないだまま少し待ってろ。……なんだ?あ?融資が決定した!?追加百億円?ハハッ!オーケーオーケー!何もかもこっちのヨミ通りでつまらねぇくらいだ!ん?ああわかってる。この礼はちゃんと例の企画で返す。予定もちゃんと組んでるから安心しろって。じゃあな。──よう聞こえたか?な?言った通りだろ?あたりまえだ。俺を誰だと思ってる。ああとりあえず二千までは吊り上げろ。
あ?アメリカのデンバーにあるワールド・マーシャル社が共同経営をしたいだって?悪いがそことは取引はしない。PMCなんかと組んでもロクなことにならねぇよ。それに猿飛からの情報が正しければあの会社は色々ヤバい。稼げたとしてもどうせ汚い金ばっかだ。適当に理由を着けて断っておけ。
そっからは……ああ、頼りにしてるぜ。せいぜい焦らしてやるこった」
そこで少年は長い会話を終わらし、インカムを外して彼女に白く輝く歯を見せて微笑む。
「ハニーいい知らせだ。たった今キリバスの別荘が転がり込んできたんだが、どうだろう。昨年の日の出を誰よりも早く迎えてみないかい?世界の先端を行くボク達二人には相応しいシチュエーションだと思うんだが……あれ?」
そこで少年は、先程まで目の前にいた女性がいなくなっていたことに気付いた。
「おーいウェイター。ここに女神がいたと思うんだが、どこに行ったか知らないか?」
「ケリー様なら『彼は私の笑顔より電話先のユキチフクザワに夢中な尻穴野郎なのよ』と、泣きながらお帰りになられましたよ」
「……そりゃひどい話だ。今日無理矢理予定を入れたのは彼女のほうなのに」
「失礼ながらケリー様はお試しになったのでは?」
「試す?」
「ええ。わがままを言うことで真田様が、自分をどれだけ愛してくれているかを」
なるほど。そうかもしれないと少年は納得する。
「なるほど。それはそうかもしれないな。お互い仕事が忙しい者同士分かり合えると思ったんだが、そうもいかねぇか」
「ところで真田様」
「なんだ?」
「お食事は二人分お持ちしましょうか?」
「……面白い冗談だ。大阪仕込みのツッコミ鉄拳が飛ぶ前に失せろ」
黒い髪と鋭い目付きの長身の少年。
彼の名は真田勝人。
高校生にして世界最高の実業家である。
実父の死後、未曾有の世界恐慌の中、悪魔じみた先見の明で投資企業や建設業を初め数多の事業を悉く成功させ、わずか数年で死に体だった真田グループを立て直した天才。今や地球上に流れる財の約三割に、彼の息がかかっているとすら言われている財界の魔王(エコノミックエンペラー)である。
──六人目は、車を降りた途端、銃を向けられた少年政治家──
「愛と慈しみのある日本の為にィ!」
直後、乾いた音が大通りに響き、アスファルトに血と脳漿がぶちまけられる。
だが、ぶちまけたのは少年ではなく、少年に銃を向けた男のものだった。
襲撃者を撃退したのは、少年の傍らに立つ長身の男性。
所謂SPという彼は銃を懐にしまうと、淡々と周りの者に命令する。
「衆目がある。早急に片付けてくれ」
「は、はい!」
「迅速な対応ご苦労。張首席秘書官」
往来の通行人たちが悲鳴を上げる中、守られた少年は長身の男に労いの言葉をかけた。
「総理がすぐに私の後ろに避難し、射線を開けてくれたおかげです」
「優秀な教官殿の指導の賜さ」
「ご謙遜を。この程度の襲撃者、総理一人で撃退できたはず。……私に仕事を与えてくださったのでしょう」
「さあ。どうだろうね」
薄く笑うと、総理と呼ばれた少年は長身の男を引き連れて、車を止めたビルに入る。
「あの者は友愛党の者でしょうか?」
「だろうね。おそらく国防予算増額への抗議だろう。武器の制御を失ったこのご時世、彼らの主張、平和憲法に基づく自衛隊の即時解体と真逆の方向に私は舵を切ったからね。これから二年前の就任時以上に、こういうことが多発するだろう」
「…愚かしい話です。自分が悪意ある者に利用されている自覚はないのでしょうか」
「別に平和の為に武力を放棄しようという発想自体はそこまで的を外したものではないさ。それを我が国だけでなく、戦争経済に加担した全世界全国家に対して主張するならね。だが彼らは日本にだけそれを要求している。それでは私としても彼らの熱意に応じようがない。……私たちは国民の生命に対して責任を負っている。有事の際に彼らを守る用意がありません、では話にならない」
「仰る通りです」
「……まぁ、私が彼らに言えることは、当たり前のような今日という日の平和の値段は、彼らが考えているよりもずっと高いということだけだ。ましてや彼らが望む恒久的な平和ならなおのこと。少なくとも、ベレッタ一丁と私の命一つで買えるような代物ではないよ」
そう言うと少年は一度、自分たちが入ってきた入り口を振り返り、左右で色の違う瞳を細めた。
そんな時、少年のプライベート用の携帯電話が鳴る。着信相手は彼の数少ない友人と呼べる者だった。
「もしもし。どうしたのかねシノブ…」
白髪に右目が赤、左目が青のオッドアイ《炎氷瞳孔(ヘテロクロミア)》が特徴の白髪の少年。
少年の名は御子神司。
高校生にして総理大臣を務める天才である。
公職選挙法改正後、日本初の首相公選制選挙にて九十二パーセントという圧倒的な支持率で総理大臣に就任。未曾有の世界恐慌の中、前政権の悪政により極端に悪化した日本の福祉と治安、そして経済を僅か二年で立て直した。もっともそのめざましい実績の代償として多くの憎しみを買っている、今世界で最も多くの暗殺者に命を狙われている人間なのである。
――七人目は東京スカイツリーの頂上に立つ報道腕章をつけた少女──
彼女は常人どころか人の範疇を逸脱している視力で先程の襲撃現場を俯瞰しながら手にしたスマートフォンに語り掛けていた。通話の相手は無論の事、御子神司である。
「いやーなんか今また襲撃されてたから、大丈夫かなーって思って」
『風の音が強いな……。また勝手に登っているのかね』
「ここからだと東京全部が丸見えだからねぇ。スクープを探すには便利な訳さ、今みたいに」
『仕方のないやつだ。まぁ……優秀な秘書官のおかげで無傷だよ。君の企画に支障は出ないさ』
「にゃはは。そりゃーよかったよかった。うんそれが聞きたかったのさ!」
『相変わらずだね君は………』
「ところで、あっくんとは取れた?」
『いや、こちらから掛けても応答がなかった。ノーマッドの方に問い合わせてみると取り込み中のようだ』
「あ、そうなの」
『予定だとあと十分ぐらいで終わるだろうとのことだ』
「あっくんは相変わらずみたいだね。でもいいの?日本の総理大臣がアメリカの輸送機に直接連絡を取るなんて?」
『それに関してはキャンベル氏の計らいのおかげで問題ない。流石は元ハイテク特殊部隊の総司令官だっただけのことはある。国連安保理の職員になった今でも用意周到な上に手際が良い……もう会議場に着く。そろそろ切るぞ』
「ん。じゃあ明後日、成田空港に集合。忘れないでよね?」
『心得ている。アランへの連絡は後で君からしてくれ』
「お安い御用さ♪」
その一言を最後に司との通話を終え、少女は立ち上がるや否や、まるでプールに飛び込むような気安さで六三四メートル上空から飛び降りた。
だが、少女は首に巻いたストールをパラシュートのように広げ、それで風を掴み、空を飛び落下することは無かった。
「ニンニン♪集まるのは中学以来だよねー。楽しみ♪」
セーラー服姿のピンクのショートヘアーの明るい少女。
彼女の名は猿飛忍。
猿飛佐助を先祖に持つ忍者の末裔にして、世界最高のジャーナリストである。
日本はもちろん世界中の政財界からご近所の噂に至るまで、彼女の諜報力に察知できぬスキャンダルはなく、暴けぬ犯罪もまた一つもない。
「あっ、あっくんの通信周波数聞いてなかった。まっ、なんとかなるか♪」
──以上、いずれも高校生レベルに止まらない才覚を持つ七人の少年少女。人々はその卓越した能力への敬意と畏怖を込めて、
彼らを《超人高校生》と呼んだ。
しかし、この七人はあくまで、表側の世界の超人高校生たちで……実は、裏側の世界にもう一人の超人がいた。
──最後の一人は、ザンジバーランド騒乱跡地にて、葵の居る中東や内乱状態にあるアフリカに二足歩行兵器を流していた元PMCの武装勢力を掃討する、兵士(ソルジャー)と諜報員(エージェント)を兼ね備えた潜入工作員――
ザンジバーランド騒乱跡地。
1990年代後半、中東のソ連、中国、中近東に隣接するそこは20世紀最強の戦士と呼ばれた伝説の英雄『ビッグボス』が築いた軍事国家『ザンジバーランド』があった。ビッグボスに忠誠を誓う多くの優秀な兵士や科学者がその傘下へと入り、やがて核搭載二足歩行戦車『メタルギア』による核武装を遂げ、後に『ザンジバーランド騒乱』と呼ばれるテロ事件を起こした。
目的はかつてのビッグボスが南アフリカ奥地にて設立した傭兵派遣会社『アウターヘブン』と同じく 米政府を影で操る存在『愛国者達』への蜂起であった。
だがそれもアウターヘブンをたったひとりで陥落させた米国ハイテク特殊部隊FOXHOUND(フォックスハウンド)の隊員により阻止され、ザンジバーランドを陥落させられることとなった。
そして現在、跡地にあった廃墟を根城にしていた武装勢力が一人の少年によって全滅していた。
――――■■■■■■■■!
巨大な恐竜のような機械が甲高い咆哮のような音を出しながら倒れる。
鋼鉄の装甲を纏いながらも流線的なフォルムをした胴体。
顎部の開口ギミックを搭載した頭部。
馬の蹄のような逆関節の二本足と長い尻尾、腕にも見える大きな翅。
それらがボロボロになっており、損傷部位から血のような赤い液体をドロドロと流していた。
その機体の名は《メタルギアRAY(レイ)》
もともとは世界中で開発されはじめたメタルギアの「亜種」、特に第三世界の国が持つメタルギアに対抗すべく、アメリカ海兵隊の下で極秘裏に開発された水陸両用型の対メタルギア兵器だったが巨大メタルギア『アーセナルギア』や『アウターヘブン』の護衛用メタルギアに再設計されたという複雑な経緯を持つ代物である。
本機は脚部を従来機の通電によって伸縮する高分子繊維を用いた人工筋肉のアクチュエータからCNT筋繊維へ、頭部口腔内に内蔵した水圧カッターからレールガンへと置き換えられるなど大幅に改良が施されていた。
「まさか………この改造型レイが………生身の子供に敗れるとは………」
レイの頭部にあるコックピットから指揮官が血を流しながら出てくる。
指揮官の視線の先には、レイを破壊したスティンガーミサイルを肩に担ぐ一人の少年が立っていた。その少年の背後には、気絶した兵士たちや月光含むその他の二足歩行兵器の残骸が多数転がっている。
「そうか………思い出したぞ」
指揮官は何かを納得したようにつぶやいた。
「裏の世界での噂で聞いたことがある………SOP廃止後、メタルギアを保有する世界中のPMCや反政府武装勢力を破壊し回っているエージェントがいると…」
「………」
「……シャドーモセスの英雄かと思っていたが、まさかこんな子供だったとはな…………しかもダンボールに隠れるとは………ふん、子供の発想だ…」
直後、パスッという小さい音が鳴る。少年の手には減音機(サプレッサー)付きのM9型ハンドガンが握られ、銃口を指揮官の頭に向けていた。
「子供扱いするな」
だが指揮官の頭からは脳漿も血も散らばっておらず、代わりに指揮官の口から寝息のような音が漏れる。
「目覚めた後、お前らのバックにいる連中について洗いざらい吐いてもらうぞ」
指揮官を無力化したのを確認した少年は、指揮官の身体にポーチのような装着を取り付ける。すると装着の中から大きなバルーンのようなものが飛び出し、一瞬で指揮官の身体が浮かび上がる。
フルトンの気球によって急激に上昇した指揮官は、そのまま遥か彼方の上空へと飛ばされ、上空を飛んでいたMC-130E コンバット・タロンに回収された。
「………任務完了だ。ん?」
一通りの作業が終わった束の間、少年にのみビービービーという無線の音が聞こえた。
少年は銃をホルスターにしまい、ズボンの後ろポーチからトランシーバーのような形をした黒い携帯情報端末《iDROID(アイドロイド )》を取り出す。
その端末には画面の代わりに中央部にボール状のライトが付いており、本体右側のボタンを押すとライトからホログラム映像が空中投影される。
映像にはパラシュート降下をやっている最中の忍の顔が映っていた。
『やああっくん。今大丈夫?』
「………忍か、どうやってこの端末に割り込んだ?こいつのセキュリティは並のハッカーでも打ち破れない筈だが」
『そりゃ勿論、サニーちゃんに頼んでパパっと繋げて貰ったのさ!』
「………社会人になったばかりのあいつになにさせてるんだ」
『本人結構乗り気だったよ?』
「………」
最近忍の大胆さに感化されている知人の今後が心配になってきた少年は、思わず「はぁ」と溜息を吐きながらも話を進める。
「………で、今日は何の用だ?」
『あっそうそう。あっくん、明後日は大丈夫?』
「明後日?ついさっき仕事が片付いたからな。なにも情報が来なければ暇だが………」
『じゃあシノブちゃんとデート――』
「切るぞ」
『んもう冗談だよう。相変わらずそういったことに弱いからー』
「そう言うお前は相変わらず人をからかうのが好きだな」
『にゃははは、それがシノブちゃんの売りさ』
「……で、真面目に何の用なんだ?」
『いやー久しぶりに皆で集まろうと思ってね』
「同窓会の誘いか?」
『うんそんな感じ。で、ちゃんと来れる?』
「………まるで俺が行くこと前提だな」
その少年の第一印象は、野に放たれた獣だ。
茶金色の乱雑な髪。
右目を覆う眼帯のような黒い装置と残った左目の薄いブルーの眼光。
それらの要素によって形成された顔立ちは、野生と表現するに相応しい雄々しいものだった。だがそれでいて、どこか理知も感じさせる。
また、肩幅の大きいガタイのいい大柄な身体の曲面に沿って張り付く、黒いひとつなぎの服――潜入任務向けの特殊戦闘服《スニーキングスーツ》は異質さを感じさせる。
そんな複数の面を同時に感じさせる彼の名はアラン・プリスキン。コードネームは《リトル・スネーク》
七人の超人高校生たちとは中学時代の同期であり、現在スネークのコードネームを唯一継ぐ世界最高の潜入工作員である。
世界中に拡散しているメタルギアの破壊やテロ活動に加担するPMCの排除することを専門とし、表には決して出せないような数々の重大事件を解決している。
ただし、その功績を知る者は数少ない友人を含めて極わずかである。
ちなみに潜入時はダンボールをかぶって身を隠すことを好む。
それぞれの道を進む七人の超人高校生と一人の小さな蛇。
戦争経済が終わりを告げた世界は、超人的な能力を持つ彼らが活躍する新たな時代を迎えた。
だが、彼らが再び揃ったある日、彼ら八人が乗り合わせた飛行機が、太平洋上で消息を絶った。
必死の捜索も虚しく、飛行機の残骸一つ見つからない。彼らは……海の水底深くへ消えてしまったのか。
否、そうではなかった。
この時既に、一つの物語が動き出していたのだ。
遠く、太平洋の水底よりも遠く離れた場所で・・・・・・・・・・・・