S級3位“奇跡の殺戮者”キャロル・マールス・ディーンハイム 作:空飛ぶ柴犬
「だーもう、ヤダねヤダね! 夏がこんなに暑いせいでこの俺が? このス・ノーマン・パー様が、無理やり冬にしなくちゃいけないとはねぇ~」
真夏のビーチに現れたのは雪だるまの形をした怪人。彼は極度の暑がりで冷蔵庫の中に入っていたらそのまま出られなくなったせいで怪人となった男である。すべてを凍らせるビームを放つこの怪人を災害レベル“鬼”にヒーロー協会は指定。近隣に滞在するヒーローに緊急出動要請を出した。
災害レベルとは狼、虎、鬼、竜、神の5段階に設定されており、天災や怪人の及ぼす被害予想の大きさによってランク付けされる。
今回の災害レベル“鬼”とは都市全体の機能が壊滅する恐れがある緊急事態である。
「このままじゃ、海がスケートのリンクみたいになってしまう」
「かき氷が売れない!」
「早く来てくれ! ヒーロー!」
夏を謳歌する人々は恐怖に陥れられ、戦慄していた。そして、願ったヒーローの到着を……。
既に海水浴を楽しんでいた人間たちは何人か凍りついている。
「……ったく。最近はうじゃうじゃ湧いてくるな。貴様らみたいな連中が」
そんな中に赤いワンピースを身に着けた金髪の少女が現れる。怪人、ス・ノーマン・パーの上方に空中浮遊しながら……。
彼女は不機嫌そうな目つきで怪人を見下ろしていた。
「ああん! 偉そうなことを抜かすと思ったら、ガキじゃないか〜。このス・ノーマン・パー様に対してそんな口を聞いたら最後、たとえガキでも――」
「
「あぢぢぃぃぃぃっ! うぎゃああああっ!」
ス・ノーマン・パーが彼女に向かってビームを放とうとしたが、それより先に彼女の前に魔法陣が展開され、そこから強烈な炎が放たれる。この炎は彼女の得意技、“
雪で形成されたス・ノーマン・パーは一瞬で蒸発させられてしまった。
「オレはガキではない。なりだけで判断してくれるな。――って、聞こえてないか」
彼女は蒸発して残った僅かな液体に話しかける。聞こえてなどいないことを承知しながら。
そして、この顛末を見ていた善良な一般市民たちは口々に語った。
「ま、“マスター”キャロルだ。すげー一瞬で片付けちまった」
「“マスター”って、S級3位のヒーローだろ? 初めて見た。かっこいい。というか、可愛い……」
「バカ! 気安く可愛いとか言うと怒られるぞ!」
そう、怪人を打ち破った彼女はプロヒーローである。
プロヒーローとはC級〜S級までに区分されているヒーロー協会に所属しているヒーローたちのことを指す。
彼女は数多くいるプロヒーローたちの頂点であるたったの18人しかいないS級ヒーローの一人。ヒーローネーム“マスター”、本名キャロル・マールス・ディーンハイム。
プロデビューして、またたく間の内に災害レベル“鬼”や“竜”の怪人たちを単独で次々と撃破した彼女は、あっさりとS級3位まで上り詰める。
そして、今や世間に知らない人は居ないほど有名なヒーローとなり、彼女の人気は実力と共に最高クラスである。
その愛らしい容姿にファンクラブが幾つも作られているほどだ。
人々がキャロルに惜しみない賛辞を送っている頃、空中からビーチを見下ろしている彼女の更に上方から女性の声が響いた。
「ちょっと! 怪人が出たって緊急出動要請があったから来たけど……、何も居ないじゃない!」
声の主は黒服を身に着けて、緑色の髪をした少女。彼女は怪人がいないことに憤りを感じていた。
「戦慄のタツマキか……。怪人ならたった今、オレが倒した。無駄足だったな」
キャロルは声の主に気が付き、彼女に声をかける。声の主は“戦慄のタツマキ”。S級2位のヒーローであり、強大な超能力を操る。
プライドが高く尊大な口調だが、確かな戦闘力を持ち、ヒーローとしての実績は誰よりも高い。
1位のヒーローであるブラストは協会の意思でヒーロー活動を行わないので、実質彼女がヒーロー協会の最高戦力である。
「あら、キャロルじゃない。小さすぎて見えなかったわ」
「オレはこんななりだが、お前と違って性格までお子様ではないんでな。くだらない挑発には乗らん」
倒すべき怪人がいなかったイライラをタツマキはキャロルにぶつける。キャロルはそれに対して面倒くさそうな顔をして返す。
キャロルとタツマキは仲が悪い。お互いに我が強く、誰にも屈しない性格だからだ。だからよくこうして小競り合いをする。
二人とも互いが自分に拮抗する戦闘力を持っている稀有な存在であることは認識しているが、気に入らない者は気に入らないのだ。
「言うじゃない。良いのよ、生意気な口を利けなくしてあげても」
「ほう、面白い。やれるものならやってみるがいい」
平和が戻ってきたビーチの空気がガラリと変わった――。
海はうねりを上げ、砂浜からは砂嵐が幾つも発生する。人間のレベルを遥かに超えた領域にいるS級ヒーロー。その中でもこの二人はトップを争うほどの実力を有している。
そんな二人が臨戦態勢に入るのだから、周囲の環境が平穏なはずがない。
「だ、大地が揺れてる?」
「さっきの怪人より怖ぇぇっ!」
「S級2位とS級3位のヒーローが喧嘩って……」
怪人が倒されて安堵していた市民たちは再び不安な顔をする。どうしてこんなことになった、と顔を見合わせる人たちも少なくなかった。
辺り一面は怪人が現れたとき以上に緊迫した空気に包まれる。
――しかし、ある一人の勇敢な男がこの窮地を救うべく立ち上がった。
「こ、こちらです」
「い、いや……、俺はその……」
スーツ姿の男に手を引かれながら現れたのは、顔に大きな傷のある屈強な大男。彼は「ドッドッドッドッドッ」という独特の音を鳴り響かせながら、颯爽とこの修羅場に参上した。
そう、彼の名は――。
「おおーっ! キングだ! 地上最強の男が、最強の女同士の戦いに殴り込みに来たぞ!」
「キングエンジンやべぇ! あの音で二人を威嚇してる!」
「これは仲裁に来たって感じじゃないわね……」
ヒーローネーム“キング”。S級8位のヒーローにして地上最強の男と呼ばれ、全てのヒーローから一目置かれる存在である。
キングの登場によって、この緊迫した雰囲気がガラリと様相を変えた。
この喧嘩を仲裁することが出来るのは、地球上の全人類の中でこの男しかいないかもしれない。周囲の市民たちの期待の視線を背中に受けて、“地上最強の男”キングは、タツマキとキャロルに相対した。“キングエンジン”を鳴り響かせながら……。
「あら、キング。あなたにも出動要請が来てたの?」
「キングか。地上最強の男がオレたちになんの用事だ?」
タツマキとキャロルは“キングエンジン”と呼ばれる、彼から発せられる独特の音に気が付いて彼を見下ろした。
キングの数々の伝説は当然、彼女ら二人も知っており、それを決して誇ることなく淡々と作業を遂行しているという彼に一定の敬意は払っていた。
「…………S級のヒーローがつまらん喧嘩などするな。ただ、それを言いに来ただけだ」
キングは低く、そして静かに喧嘩をやめろと口にする。その口調や言葉は穏やかなものだったが、“キングエンジン”の音はより巨大になる。その音を聞いて、彼もまた臨戦態勢に入ったのだと気付かぬ愚か者はこの場に誰一人として居なかった。
「言いに来ただけ……、ねぇ」
「それにしては殺気を撒き散らしている。大方、オレたちが戦いを始めたら力づくで抑える腹積もりだな」
タツマキとキャロルはキングが口だけでなく、自分たちが戦闘を開始すると彼が実力行使に出るつもりだということに当然気付く。
地上最強の男は話し合いで解決しようと言うだけの甘ちゃんではないことくらい誰だって知っていることだが……。
「いや、俺は本当に……」
「私たち二人を相手にしながら大した自信ね。――はぁ、なんか萎えちゃったわ。あなたの思惑に嵌まるのも癪だし」
「勝手な奴だ。まぁいい。オレも暇じゃないんだ。キング、貴様の豪胆さに免じて、ここはお前の顔を立てておいてやろう」
タツマキとキャロルは彼が現れるのと同時に途端に面倒になってしまった。そもそも喧嘩の原因は些細なものだったし、キングと一戦交えてまで、こだわる理由はなかったのだ。
タツマキは空中を猛スピードで飛び去り、キャロルは“テレポートジェム”を割って魔法陣を出現させて帰っていった。このビーチの平和はキングによって守られたのだ。
「さすがはキングさんだ! S級ヒーロー同士の喧嘩を一瞬で止めてしまった!」
「やっぱり、地上最強ね」
「さ、サイン貰っても良いかな」
「…………」
人々は歓喜した。そして確信する。やはりキングは“地上最強”だと。
S級ヒーロー二人の争いを無傷で止めたのだから、それは当然の評価なのだろう……。
◇ ◆ ◇
「お疲れ様です。マスター」
ここは怪人が多発してゴーストタウン化しているZ市の一軒家。キャロルは人混みを嫌って敢えてゴーストタウンに住むことを選んでいた。
彼女に声をかけたのは、キャロルが作った
「ガリィか……、別に疲れてなどいない」
「いえいえ、悪のラスボスだったマスターが正義のヒーローを何食わぬ顔をしてやってられるのですから、心が疲れているはずですよ〜」
「嫌味か! 仕方あるまい。この世界には“シンフォギア”など居ないのだからな。放っておけば面倒なことになる」
ガリィはニヤニヤしながらキャロルの心を抉るようなことを口にする。彼女は性根が腐っているとよくキャロルに揶揄される。そして、キャロルは彼女の人格は自分の人格に由来するものだということを知っているので二重にショックを受けるのだ。
実はキャロルは以前、別の世界にいた。そして、数々の死闘を繰り広げた後に消え去った――はずだった。
だが、そうはならなかった。キャロルが気付いたとき、彼女は別世界に居た。それが何故なのか、何者かの意思なのかは、彼女の明晰な頭脳をもってしてもわからない。
分かったことは、この世界にかつて彼女が世界を壊そうとしたときに戦った“シンフォギア”というものは存在しないということ。そして、“ノイズ”と呼ばれるような特異災害は存在しなかったが、“怪人”と呼ばれる災害が存在しているということだ。
キャロルとしてはどうでもいいことだったのかもしれない。しかし、彼女の中に少しだけ残っている“もう一人の彼女”はそれを見過ごすことが出来なかった。
だから、キャロルは戦う。世界の平穏のために錬金術を駆使して。幸いなことに、彼女は倒した怪人から錬金術の力の源である“想い出の力”の抽出を可能にした。
それゆえ、キャロルは唯一の弱点だった燃費の悪さを克服することが出来たのだ。
そして、ガリィもそのエネルギーを使って活動している。
彼女は怪人とキスすることを断固拒否したので、キャロルは別のエネルギーの補給方法を編み出す羽目になったが……。
「しかし、わざわざヒーロー協会などという組織に入らなくても良かったのでは?」
「ファラ、お前の言うとおり勝手に動いても良かったのだがな。オレの研究は何かと金が掛かる。レイアとミカを目覚めさせるのにも。タダ働きするより、報酬が貰えたほうがいいだろう」
ガリィと同じく
キャロルがプロヒーローになった理由は単純で“お金”のためである。オーバーテクノロジーを提供すれば大金を稼げたかもしれないが、それは自分の身を危険に晒す可能性もある。
だから、彼女は戦って報酬を得る道を選んだのだ。もっとも、そのせいで彼女は世界的に有名になり、アイドル並みの人気者になってしまったが……。
「つまり、マスターは金欠ってことですね〜。キャハハハハ!」
「うるさいな! 当たり前だろ! このなりで身一つで知らない世界に飛ばされたのだぞ!」
創造主を嘲るように笑う性根の腐ったガリィに対してキャロルはこの世界に来て直ぐに苦労しまくったことを思い出して怒鳴り散らす。
食べていく為にいろいろと苦労しながら彼女は今に至っているのだ。
「しかし、ヒーローネームまで“マスター”とは……」
「ああ、それか。協会の連中に得意なことを聞かれたんでな。“研究”と答えておいたからだろう。――ちっ、また呼び出しか。面倒だ」
「人気者は辛いですね〜。マスター」
「やかましい! 直ぐに戻る……」
オートスコアラーたちとの雑談もそこそこにキャロルは再びヒーロー協会からの呼び出しに応じる。呼び出し場所はZ市のヒーロー協会の支部である。
「はぁ? 巨大隕石だと?」
「ほっほっ、また無理難題を押し付けてくるのぉ」
支部に着いて直ぐにキャロルは空から隕石が降ってくるから何とかしてくれと協会員に泣きつかれる。
共に話を聞いていたのはS級4位のヒーロー“シルバーファング”、本名はバングという武術家である。
「おい、どこへ行く? まさか、オレたちに話すだけ話して逃げる気か? 待て!」
「無駄じゃよ、キャロルちゃん。あやつらだってわかっておるんじゃ。人の力じゃどーにも出来んことがな」
任務を言うだけ言って早々に立ち去ろうとする協会員をキャロルは止めようとしたが、バングは首を横に降った。そんなことをしても無駄だというように。
「バング……。お前はどうするんだ?」
「ワシか? ワシは――」
「協会に呼ばれてきた。なぜ誰もいない?」
そして、キャロルがバングの身の振り方を尋ねたとき、一人のサイボーグが姿を現した。
彼の名はジェノス。ヒーロー試験を優秀な成績でクリアしていきなりS級ヒーローとなったサイボーグであり、期待の新人である。
ここに3人のS級ヒーローが揃った。果たして彼らは巨大隕石の落下からZ市を守ることが出来るのだろうか?
キャロルは燃費不足が解消されていますので、原作よりも長時間戦えますし、記憶を失ったりはしません。それでも、高出力の技を連発することは出来ませんが……。その辺はバランスよく調整します。
ヒーローネームをさすがに“奇跡の殺戮者”には出来なかった……。