仮面ライダーAZ   作:否下

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#01 J/H/S―俺の変身!

「――やっべ、遅れるっ!」

 

 顔に焦りを浮かべた少年が、学生鞄を背負い、曲がりくねった坂道を下っていた。

 

 1月8日月曜日、時刻は朝8時2分前。今日は始業式である。休み前に、担任がホームルームで述べたことを思い返す。8時には来ておけ、とか言っていたような。

 

 白い息を小刻みに吐きつつ走ると、比較的広い通りに出た。広いとはいえ、山間の道など広さもたかが知れている。この地域では、いくらカーブが急だろうと、道路の中央に白い点線があれば「広い道」認定が下りるのだ。少年の視線の先に、彼が通う校舎がそびえている。

 

 梓野中学校。市内では最も小規模な中学校だ。校区を見渡すと畑や田が多く、民家はまばら。それゆえ、4校ある公立中学校のうち最大の校区面積を誇るわりに、生徒は少ない。むしろ、地域の過疎化が少しずつ進行し、毎年生徒数が10人以上減少しているのだ。生徒会活動を満足に行うのも、次第に難しくなってきている。

 

 そんな中、生徒からの投票によって選ばれた、今年度生徒会長。それこそ、今まさに息を切らして2-1教室に滑り込んだ彼、三山開翔(カイト)なのである。

 

「会長! 遅いぞ~」「不信任、出そっかな?」教室に入るや否や、彼のもとにいじりの言葉が数多飛ぶ。朝8時に校内に鳴り響く放送の爽やかな音楽を背に、開斗は照れくさそうに笑うのだった。長期休業を終え、久しぶりに味わう教室の温かな雰囲気。

 

 鞄を机の上に放り投げ、始業式へ向かう列に加わる。最後の一人が出て行った教室の、その隅のロッカーの中、白銀のドアハンドルが、光を戸に遮られているにもかかわらず輝いていた。

 

 

 

 教頭の一声に、3学期がスタートした。朝のはきはきとした挨拶は、梓野中生の常識である。全校生徒の声が一つに重なり、ジェットヒーターの轟音が響く体育館が、瞬く間に快い空気に満たされた。

 

「続いて、校長先生のお話。校長先生、お願いします」司会を務める国語科教師・藤田が粛々と述べる。軽く返事をし、校長が登壇した。一般的に初老とされる年齢ではあるが、彼の足取りは確実で、ふらつきも見られない。一礼、朝の挨拶。またもきちっと声が揃った。

 

「そして、明けましておめでとうございます。3学期のスタートである今日この日に、生徒全員が一人も欠けずに、健康にこの体育館にいることはとても喜ばしい、そういう風に思います」

 

 他の学校よりも母数が少ないのだから、全員健康で学校に来るのは他より楽なのでは? そう考えた者も、暖房のそこまで効いていない体育館の中には数人いることだろう。第一に、開翔の所属する2-1、今日は家庭の都合で欠席者が1名いる。

 

「さて、昨年のことを思い出してみれば、災害に次ぐ災害、といった感じだったかと思います。特に、この地域だけでなく日本全域に大きな被害をもたらした台風は記憶に新しいでしょうか。この冬休み中にも、正月休みを中心に雪が多く降り、山と隣り合わせのこの地域では雪崩の危険もありました」

 

 このところ地球温暖化が叫ばれる中、今年の年末年始、梓野地区もとい高勾(たかぎ)市周辺は豪雪に見舞われた。例年の平均積雪量の約5倍。都会の人々よりは雪に慣れているとて、住民は対応に難儀していた。市内各所の雪捨て場はどこも満タン、近所の用水路に雪を捨てる住民も現れるなど、これまでに経験のない大雪に高勾市民の誰もが困惑していたのだ。開翔は県南部にある母の実家に帰省していたため難を逃れたが、自宅に残された父からは毎日2回以上は電話があったし、非常事態であることはわかっていた。だからこそ、降雪が収まり、天気が良くなって雪が解けるころを狙って帰ってきたのである。……帰ってきたのはつい昨日。家に置いていった宿題を徹夜で何とか終わらせる羽目になり、おかげで今朝は寝坊してしまった。ニュースの映像が、電話の向こうの父の声が、開翔の脳内を巡る。

 

「自然現象だけではありません。近頃、社会では様々な問題が起こっています。少子高齢化、いじめ問題……挙げていくときりがありませんね。去年の3年生の学年から、高校入試・前期試験の面接では、こうした社会の課題に直面した時貴方はどうするか? こういった質問がされるようになったそうです」

 

 聴衆の中学生に最もなじみが深いのは、やはりいじめに関する問題だろうか。ここ十数年で、梓野中生徒会はいじめのない学校を作るべく手を尽くしてきた。しかし、人間の本性など本人しか知り得ない。「全校の仲が良い梓野中」など、口ではいくらでも言えるし、レクリエーションなども実施していたが、ここ数年で行われなくなっていた。

 

 そんな中行われた生徒会役員選挙。会長に立候補した開翔は、「挨拶の強化」を柱の一つに掲げ、誰もが挨拶を通して心を通じ合わせられる学校を目指すとアピール。見事当選を果たした。

 

「そこで、この3学期、皆さんに意識してもらいたいのはこれです」演台に置かれたノートパソコンのキーが押され、プロジェクターで映されたスライドが移り変わる。

 

 墨で書かれた、ある有名な詩の一節。「『その時あなたならばどうする』、これが君たち中学生に課せられた課題です」校長の目は真っ直ぐに、教職員と生徒合わせて150人ほどの聴衆を見据えた。

 

 

 

 朝の時間の始業式・清掃を終え、1時間目までの休み時間10分。件の選挙で選出され、生徒会の新三役となった3人が、生徒会顧問である空知香里(かおり)に呼び出された。

 

 生徒会長・2-1、三山開翔。

 

 男子副会長・2-2、弓田恵輝(けいき)

 

 女子副会長・2-2、吉原愛菜(あいな)

 

 これから1年間、生徒会を引っ張っていく3人だ。寒い空気に満ちた廊下に、いそいそと出る。

 

 恵輝が切り出した。「空知先生、話っていうのは……」

 

「今朝校長先生がおっしゃってたこと、3人はどう考えてる?」

 

 その時あなたならばどうする。中学生に課せられた課題、という話だったが、やはり生徒を乗せたトロイカを引く3人がそれぞれに考えを持っていなければならないとのことだった。

 

「起きてみなくちゃわからない、なんて言ってられないからね? ……まぁ、すぐには出てこないだろうけど。んー、できれば2月中までには教えてほしいな。以上!」

 

 数学の授業の準備があるからと、空知は小走りで去って行った。「……廊下走っちゃダメじゃ」開翔が漏らす。

 

「でも、どうする? 訓練するっていっても、私達だけじゃできないし」と控えめに話すのは愛菜。この場に女子は愛菜だけ、加えて彼女のみ出身小学校が違うのだ。同じクラスの恵輝はともかく、今まで絡みもさほどない開翔もいる中、喋りが少々ぎこちなくなる。

 

 言われたはいいが、男2人も何か思いついているわけではなかった。10秒ほど唸るが、何も浮かばない。

 

「――しょうがない、持ち帰りってことで。明日また集まってさ、何か思いついたら出し合おう。休み時間とか考えといて」

 

 恵輝の気の利いた? 一声で、ひとまず小会合はお開きになった。

 

 

 

 2時間目が終わり、15分間の休憩に入る。体育館に赴いてスポーツに精を出す者、図書館で読書にふける者、トイレの個室にこもりきりの者、生徒数こそ少ないが梓野中の生徒はみな個性的かつ活動的だ。

 

 騒がしい声が聞こえる2-1の教室から、とぼとぼとトイレに向かう少年がいた。

 

 大森(せい)。勉強は中くらい、運動は少し苦手、人によっては「ぽっちゃり」に分類する人もいるだろう。近頃は悩みが多いらしく、クラスメイトと話す機会も減ったように感じる。

 

 トイレ前の階段で、彼は男に声をかけられた。「大森君」

 

 正は小声で応じる。人見知りの激しさゆえ、ついオドオドしてしまうのだ。

 

 男は正に近づくと、戸惑う彼の手にドアノブ型の小物を握らせた。

 

「君。もし自分が凄い力を手に入れたら、どうする?」

 

 

 

 正の席は開翔の右隣だ。3時間目の体育を終え、次は座学。開翔の視界に、どこかそわそわして落ち着かない正がどうしても映る。

 

 彼のシャイな性格は開翔もよく知っている。話しかけづらいオーラを全身から出している感じ、だろうか。とはいえ、ずっともじもじされていてはこちらの集中まで切れてしまう。開翔は教科担任にバレないよう、ひそひそと尋ねた。

 

「何かあった? 何か、その、そわそわしてるけど」

 

「えっ? い、いや……何にもない、よ」

 

 正の目が微かに泳ぐのを、開翔は捉えていた。だが、「はい、三山君」社会科担当・小杉の指名が飛ぶ。

 

「!? っは、はいっ」

 

 無駄に力んだ返事に、クラスメイトの間からはくすくすと笑いが漏れる。質問の中身もわからぬまま、開翔は答えた。

 

「えっと、足利氏! だと、思います……」

 

 

 

 久々の給食で腹を満たしたものの、開翔の心が晴れることはない。先の質問の答えは、「三国干渉」だったからだ。クラス中が笑いに包まれた。もちろん、教師たる小杉も例外ではない。

 

「もう絶対評価下がったわ……聞こえてなかった」

 

「フフッ、まだ笑える。足利氏って……カ・イ・ト・君、新年早々やってくれたな~!」と開翔をイジるのは、同じクラスの誉法政(のりまさ)。新生徒会では、厚生委員会の委員長に任ぜられた男だ。

 

 うるせぇ、と言いながらも、開翔の顔は少し楽になったような。これから体育館でバスケットボールをする。さっぱり汗を流せば、恥ずかしい出来事もきっと忘れられるに違いない。

 

 開翔も法政も、男子バスケットボール部所属である。郡大会まで半年を切った中、寝正月も過ぎ、こうして頻繁に体を動かす習慣をつけねばならない。来年度は3年生になる彼らが、貴重かつ重要な戦力なのだから。

 

 談笑交じりに歩く2人は、図書室突き当たりを右折し、保健室横へと階段を下る。図書室からは、ちょうど女子生徒が数人、恋愛ものの文庫本を持って出てくるところだ。

 

 体育館の目の前まで来たところで、開翔がはっとした。

 

「やっべ、生徒集会の原稿見せてねぇ! 昼までって言われてたじゃん」

 

「放送でやるとか言ってたっけ? 忙しいな、それにしても。頑張れよ」

 

 1時間目の前は、空知が廊下を走っていたことに苦言を呈していたはずの彼が、大急ぎで廊下を駆けていく。さっき下ってきた階段に全速で向かう開翔の背中に、法政は大声で追撃した。

 

「カイトー! 俺らは集会の連絡ないからなー!」

 

 

 

 2-1の教室では、正が2人の男子生徒に絡まれていた。

 

 野原天祐(てんすけ)、野分了輔(りょうすけ)。名簿番号も続きの彼らは、出身小学校の違いを感じさせないほど仲が良い。基本的には、天祐が了輔を引っ張っていく形になることが多く、了輔はそんな天祐に渋々ながら喜んでついていくのだ。

 

 2学期の中ごろから、正をイジることが彼らの日課になっていた。

 

「大森、もうちょっとやせたほうがいいんじゃね?」と了輔。

 

「それな。大森じゃなくて『大盛り』だよな」天祐が続く。正も、その性格故めったなことでは言い返さない。ここまで来ると、慣れもあるだろうか。

 

 黒板横に置かれた教師の机の前で、2人はじりじりと正に詰め寄っていく。

 

「ところでさ」天祐が切り出した。「『正』って名前? 何か古臭くね? 俳優みたいじゃん、ほらあの、年取ったさ」

 

 正の目つきが、普段と打って変わって鋭くなった。ぶつぶつと小声で何か呟く。

 

 了輔が訊く。「えっ? よく聞こえなかったんだけど、もう1回言って」

 

「……うるさいな」こもった声で正が吐き捨てる。

 

 時を同じくして、開翔が息を切らして教室に入ってきた。彼自身、今朝の光景とほぼ同じだと気づいている。廊下側から2列目の最後尾が開翔の席。引き出しを焦りながら掘り返す。

 

 その奥でまたも訊き直した天祐に、

 

「うるさい、って言ってるんだよ!」激昂する正。原稿を記したノートを手に、開翔も振り返る。

 

「『正』って名前は、父さんが、正しい大人に育つようにってつけてくれたんだよ! 侮辱しないでよ」

 

 珍しく正が声を上げた姿に、2人は笑いをこらえている。開翔の目にはそう映った。

 

 不意に、正は学ランのポケットからドアノブを取り出した。教室の隅できらめいていたものと似てはいるが、サイズが小さく、茶色がかっている。

 

 レバーの先に当たる部分にあるボタンを力強く押す。

 

『ライト!』手の中から禍々しい声が響いた。

 

 正はドアノブを握った右手を前に突き出すと、自分の胸に突き刺す。さすがの2人も心配ありげな表情になる中、彼の身体がさもドア板であるかのようにドアノブが回り、彼と二人の間に現れた四角い平面を突き抜けた正は、オウムの如き怪人に変貌した。

 

「なっ……?!」教室内の位置関係ではほぼ対角線上にいた開翔が驚愕する。手にしていたノートは床に落ちた。

 

 力なく叫びながら、後ずさりしようとする2人。だが、教室内に整然と並べられた机が彼らの進路を妨げる。鳥の足のような左腕が天祐の首元を掴むと、激しく放り投げた。背を清掃用具ロッカーにぶつけ、うなだれる天祐。

 

 了輔は机の並びをうまく利用し、間を縫いながら必死に這い、教室後ろの扉近くへとどうにか逃げおおせた。あたふたしている開翔に、目線を送って助けを求める。後ろには、机の並びを崩しながら「(ライト)」が近づいていた。

 

「……お前ら、何したんだよ」

 

「いや、冗談であいつの名前イジっただけなのに、えっと」

 

「……それは、お前らが悪いだろ」

 

 開翔は机の横に掛けた給食着袋を外す。「でも、これはその……やりすぎ、だと思う。リョウ、逃げて」

 

 給食着袋を、怪人の眼前で振り回した。「えっと、正! 目え覚ませよ!」言葉が多少は届いたか狼狽えはしたものの、怯む素振りは見せない「正」。

 

 体こそ動いたものの、落ち着かずとも怪人を前にすると、恐ろしい。足がガクガクと音を立てて震える。感情を持たない眼。翼と化した右腕。両手には鋭い爪。テレビで見たことがあるような、そんな化け物が今、自分の目の前にいる。

 

 取り敢えず、天祐を助け出そう。給食着袋を投げつけると、誰のものでもいい、机を力いっぱい押していき、教卓まで怪人を押し込む。不意打ちに倒れる半人半鳥の怪物。よし、と即座に後ろへ走り、気がついた天祐を了輔もいる扉の前へと引きずった。

 

 ん? なぜ、まだ了輔がいる?

 

「あ、開かない」了輔が絶望する。

 

 教室の前後にある扉に、鍵はかかっていないはずだ。そもそも鍵がついていない。締め切られるなんて。

 

 起き上がった怪人が、3人を睨む。いや、見開かれた平らな目は動かない。鋭く彼らを見据えるのみ。

 

「おおおい、どどどどどうすんだよぉ」天祐が震え交じりの声を上げる。じりじりと迫り来る怪人。

 

「――まさか」開翔の脳裏を、3週間ほど前の記憶がよぎった。

 

 

 

 12月下旬。生徒総会を終え、晴れて新年度役員として承認された、開翔率いる生徒会の面々は、視聴覚室で引き継ぎ式に臨んでいた。

 

 開翔、恵輝、愛菜の3人と、書記、会計の5人は、「執行部」に所属することと決められている。黒板に最も近い長机で、粛々と引き継ぎが行われていた。

 

「さてと、次は、と」今日をもって役を解かれる生徒会長、田城。「三山君、だね? 君にこれを引き継がないと」

 

 そう言って彼が床の上から取り上げたのは、中央に穴の開いた長方形だった。見方によっては、団地のような建物にも見える窓の意匠がある。

 

 これは、と開翔が問うと、田城ははっきりと答えた。

 

「変身ベルト、だよ」

 

 ふざけているのか、開翔はそう思わざるを得なかった。

 

「いつだったかな……まぁいいか。これは昔から受け継がれてきたモノなんだ。ほら、知らない? 年度のはじめにあそこの体育館でやるやつ。あのバトルの時に使うのがこのベルトと、これ」

 

 続けて彼が取り出して机上に並べたのは、

 

「ドアノブ……ですか?」

 

「そう。だいぶ前のカッコつけた先輩たちは、『セイント(生徒)レバー』とか呼んでたらしいけど……。使い方は後で説明するよ」

 

 6本のレバーのうち、2本を除いて表面がくすんでいる。これをベルトの穴に挿すのだろうか。

 

 田城は開翔の肩を思い切り掴むと、両手で激しくゆすぶった。

 

「バトルだけじゃない。学校をもっと楽しく、よくしていくために使ってほしい。例えば――」

 

 

 

「――非常事態、って」ならば、とるべき行動はただひとつ。

 

「2人とも。机使っちゃっていいから、正を抑え込んで。スマホゲーで慣れてるでしょ」

 

「そんなこと言ったって、なぁ!? これリアルだぞ?」ごねる天祐の背中を叩く。「いいから!」

 

 ふてくされながらも、彼らは教室内を駆け、机を、椅子を、怪物のもとに押していく。複雑に込み合えば、軽い机とて足止め程度にはなろう。

 

 開翔は清掃用具ロッカーの脇へ。扉付きの棚に、学校所有の辞書と共にしまわれている。

 

 あった。これが、田城先輩から、もっと前の先輩方から受け継いだ、会長専用のベルト。

 

 こっちだ! 開翔が声を張り上げる。怪人から離れるよう、2人に目線で合図を送る。アイコンタクトが届くかは別として。

 

 直方体を胸の前に掲げ、開翔は学ランの上から腰にかざした。『J/H/S(ジェイス)ドライバー!』若い男の声、バックルの横から飛び出てひとりでに巻きつくベルト。

 

 左手に握ったレバーを、正へと掲げる。「こう、だったっけ?」彼と同じように、開翔はレバーのボタンを押し込んだ。

 

『評議員会!』

 

 ドアについているのと同じように、ベルトの穴にレバーを挿す。J/H/Sドライバーから、梓野中学校校歌のワンフレーズが響いた。

 

 左手を引くと、パンチをイメージして右手を前に突き出す。手首を180°回して、

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 回したまま上を向いた手のひらを使い、レバーを半周回してぐっと押し込む。怪人側から見れば左回り、開翔の側から見れば、毎日眺めている教室の時計と同じ方向に回っている。

 

 聞き慣れたチャイムの音。『ジャッジメントナイツ!』もう一度響くチャイム。

 

 ひとつめのチャイムが鳴ると、どこからともなく形成されたロッカーの小部屋が開翔を覆った。戸惑う開翔の声が聞こえる。正面の戸には、正三角形を重ね合わせた校章が描かれていたが、ふたつめのチャイムが鳴ると、校章はレバーに描かれたのと同じ、天秤を模したマークに移り変わった。

 

 開翔は引き戸をゆっくりと開ける。瞬く間に、部屋は虚空に離散した。

 

「おぉ……」変身者の開翔が、正を押さえつけていた天祐が、了輔が、同時に同一の驚嘆を漏らした。

 

 さて、改めて怪人の方へ向き直る。これは勝ちフラグだ。ゲームでもそう。アニメでもそう。新しい何かを手に入れたときにはたいていこちら側が勝利する。

 

 ならばそのフラグを折らぬよう、勝ちに行くのみ。時刻は1時25分を回ったところだ。

 

 ひとまず机のバリケードを飛び越えよう。適当に編み出したシュート練習と同じ感覚で……ゴチン!「いってぇ!」

 

 天井の蛍光管に頭突きする羽目にならなくてよかった。どうやら思った以上に身体能力が強化されているらしい。

 

 作戦を変える。目の前の机をご丁寧にどけると、机は大きく後ろへ滑っていき、音を立てて横転した。

 

 障害物はなくなった。「ごめん、正」怪人の腹部に拳を一発打ち込む。まともに食らった正はうめくが、すかさず開翔に反撃した。翼で打つ攻撃、爪での引っ掻き。普段の正からは想像できないほどのスピードだった。もう正の意思ではない。彼らは確信した。

 

 そうだとすれば、怪人を倒して正を助け出さなければならない。とはいえ、戦いを始めて1分も経たぬうちに開翔は、ここ2-1教室での戦闘に限界を感じていた。狭すぎる。これだけ身のこなしが軽くなった今、この室内では満足に力を出せないのだ。多少のキックにワンツー、応戦こそしてはいるが開翔も次第に押される方向に転じてきている。いくら装甲を纏ったとて、爪の衝撃は普通に感じる。

 

 開翔は一蹴りして怪人を引き離すと、一瞬だけだが冷静になれる時間を得た。辺りをさっと見回す。「……行けるか?」

 

 鞄のしまわれたロッカーの前は常にスペースが開いている。ここに誘い込めたのはラッキーだ。向かってきた正を馬跳びの要領で器用に越えると、背中側から抱える。

 

「責任取るから……ごめん! 先生!」気合十分、ベランダへと、出せる限りの速度で走る。

 

 窓ガラスに2つの身体がぶつかり、勢い良く割れた。

 

「出てはいけない」とのお達しの柵のないベランダを越え、その先の中庭に飛び込む。空中で、開翔は怪人の身体を押し離した。

 

 コンクリートの大地に、轟音と共に半人半鳥の異形が落下した。刹那遅れて、ジャッジメントナイツも地に激突する。

 

 2,3度転げ、いててと嘆くが、身に着けた鎧のおかげで大した傷もなさそうだ。すぐさま立ち上がることができた。幸い、厳しい寒さに、中庭には誰も出ていなかった。

 

 一方の怪人は、まだ痛みが残っているようだ。少しの辛抱だ。そう無言で語りかけると、昼休みの終了を告げるチャイムを背に、正目がけて駆けていった。

 

 突然中庭に何か落ちてきたとなれば、中学生でなくとも気になるはず。職員室の教師が、1年生が、大声でわめき始める。つられて階上の2年生も。

 

 体育館帰りの法政や恵輝も、怪物と戦う戦士を窓越しに目撃した。「おいおい、あれって……」「あいつ!」恵輝が声をあげる。

 

 図書館を去るところだったとある男子生徒も、廊下のせり出した窓から姿をとらえた。「っマジか」彼は階段を下へと疾走した。

 

 1年生の教室から、興奮交じりに声が飛ぶ。「何あの鳥みたいなの」「組み合ってねぇ?」「もしかして、仮面ライダー!?」

 

 テレビの中で、悪と戦う正義のヒーロー。その名を呼ぶ声は開翔の耳にも入った。

 

 田城の言葉を思い出す。

 

「そう、梓野中の仮面ライダー、AZ(エーゼット)だ!」脳内で再生された彼の言葉と、口をついて出た開翔の言葉が完全に一致した。

 

 葉の全て落ちた大樹の下。仮面ライダーと怪人、絵空事だと思っていたビジョンが、中学生たちの前で実現した。

 

 パンチの一発一発が、作りもの以上に正確に怪人の身を打つ。窮した怪人は、翼を大きく振り、鋭利な羽根を数本、開翔に向けて発射した。「ぅおっ!? 痛っ」

 

 昇降口と中庭を直接結ぶ大きな扉の前で観戦していた体育館組の前に、羽根が1本飛んでくる。ぴしっ。戸のガラスにひびが入り、羽根が刺さった。「あっぶね!」「……見るなら上からだろ」誰かの独り言に、場の全員が階段を駆け上がる。

 

 飛び道具とは厄介だ。こちらも何か特色のある武器があればいいのだが……「そうだ、こっちは?」輝きを帯びたもう1本のレバーを、開翔は力強く握る。変身時と逆の流れで「評議員会」のレバーを外すと、レバーは消滅、左腰のホルダーに入った。

 

『規則!』レバーが叫ぶ。レバー前面には、拡声器のモチーフをバツ印で封じたような紋章。

 

 さっきの流れをなぞるようにレバーを挿し、半周回す。チャイムの音に呼ばれて現れたロッカーは扉を持たず、完成するや否や開翔を収めて高速回転。

 

『レギュラリーナイツ!』2度目のチャイムは、回り回る小部屋を何処へ消したのだろう。

 

 姿が変わったといえども、細かいところが多少変化したくらいだろうか。今しがたまで何もなかった袖ははっきりと砲口のような形に固定され、肘には半分になったスピーカー。胸に浮かび上がっていた天秤のマークは、レバーに描かれた拡声器に変わった。レバーが定位置にはまったバックルは、中央に塔を持った、ステレオタイプの校舎にも見える。

 

 よし。気合入れにその場で右拳を前に突き出すと、袖から何やら長く連なったものが飛び出した。

 

「……鎖? よし、これで!」こちらに走ってきていた怪人に、鎖の鞭を思い切りぶつける。鎖はまるで自立した意識でも持つかのように怪人の身体に巻き付き、袖にするすると収納されていく。巻き付かれた怪人との距離が急速に詰まった。今だとばかりに左で突く。鎖が出ないよう意識した成果か、こちらは袖の奥で鎖が鳴るだけだった。

 

「おぉっ」すごい。出るな、出るな、集中して、着実に打撃を与えていく。だが、そちらに気を取られているからか、はたまた疲れか、一撃一撃の威力は落ちているような気もしていた。

 

 先刻まで男子の団体が観客席としていた扉の前には、階段を駆け下って息を切らした男子生徒がひとり立っている。彼の眼は光り輝き、仮面ライダーが目の前で繰り広げる戦いを熱心に見つめる。

 

 開翔が抱いた不安は的中したようだ。戦いへの慣れだろうか、怪人の動きも次第に滑らかになり、拳も蹴りも通じなくなってきたような。天祐と同じように、首元をその犀利な爪で掴まれた。

 

 変身したとはいえ、元々大して背も高くない開翔。足が地を剥がれ、やがて離れていく。必死に足掻くが、掴んだ手が緩むことはない。天祐がそうされたように、投げ飛ばされるのか。その瞬間。

 

 肘部のスピーカーが、爆音を発した。

 

 凄まじい音量だったが、どうやら影響を受けたのは怪人だけのようだ。この頭部装甲には耳の保護機能もあるのか? 随分と贅沢だ、と開翔。

 

 豆鉄砲でも食ったかのような鳥の怪人に、年末の番組で見た強烈なタックルを食らわせた。頭部の角が突き刺さり、悶える怪人。教室ふたつ分は遠ざけた。

 

 戦い続けるのはお互いの身体のために良くないだろう。そろそろピリオドを打たなければならない。

 

 もう一度、『評議員会!』フォームを戻す。高速回転する壁が四方を囲み、消滅する。

 

 やるしかない。「行くぞ、正!」レバーのボタンを押す。『フィナーレ!』

 

 高くジャンプすべく、助走をつけようと思った矢先、彼の足元に皿の姿が。巨大な天秤の一部だった。対極にある皿に何が載ったわけでもないのに、開翔を載せた皿は大きく上昇する。空中で、崩れた姿勢をどうにか立て直し、開翔は周囲に視線を向けた。

 

 天秤は既に失せていた。彼の視線は、3階と同じ位置。少し遠くに、割れた窓から顔をのぞかせる了輔が見える。

 

 目線を向かわせるはただひとつ、たった今立ち上がってこちらに目を向けた怪人のみ。

 

「はあああぁああああぁぁっ!」

 

 開翔渾身の蹴りが斜め一直線に、怪人の中央に刺さったドアノブをとらえた。タックルよりも遠く、理科室の前まで吹き飛んだ怪人は、膝をつき、爆発四散したのである。

 

 キックの姿勢から着地するのはコツがいるのか、開翔はひとたび地面を転がった。爆発の奥に、横たわる人影。正だ。

 

 1階の教室から、歓声が悲鳴が開翔の耳にこだまする。確かに、彼らにとって怪人は怪人、正体など知るよしもない。素直に喜んでよいものなのか……。開翔には決められるはずもなく、変身した姿のまま制を抱きかかえ、誰にもばれぬように校舎裏から校内へ帰還した。

 

 昇降口の男子は、追っかける気こそ満々だったが、壁掛けの振り子時計に目をやると大慌て。階段を2段飛ばしで上がった。

 

 

 

 正を保健室に送り届けた開翔は、続く5時間目の時間に当然遅れた。保健室での言い訳には苦労した。だが彼を問いただすよりも前に、クラスメートは教室の惨状を愁えていた。

 

 脚の折れた机。大きく凹んだ教卓。何やら刺さった跡のある天井。何より、大きく割れたガラス。

 

 教室にいたのは天祐と了輔だけだったことから、彼らが皆からの怒号を一身に受けることになった。先の怪人と仮面ライダーのような存在がここで争っていたなどとは誰も思うまい。

 

 5時間目は国語。少しばかり遅れて入室した担当の藤田が言う。

 

「皆さん静かに! まずは授業、です。教室内の色々は、私たち教師が責任をもって処理します」

 

 責められ続け、目に涙を浮かべていた2人は、救世主でも来たかのように彼を見つめる。開翔も胸をなでおろしたが、それだけで済む問題ではないような気がしていた。絶対にそうだ。真実を伝えるべきなのか、葛藤する開翔であった。

 

 

 

 始業式の今日は5時間授業、放課後に居残れる時間はゼロ。鞄の用意ができたらすぐに下校しなければならない。「なんか鞄傷ついてね?」「マジじゃん。絶対あれでしょ、ほら」教室の中で起こった混乱を知る者は、わずか3人。クラスの10分の1だ。だが、中庭での戦闘を見た者は、全校生徒の半数を優に超えるだろう。隠していても、いずれ公になるに違いない。きっとそうだ、開翔は何も言わなかった。

 

 教室に戻るとき、ベルトは学ランの下に隠してどうにかやり過ごした。今日の清掃は始業式の後にずれたため、着替えの必要もなかった。クラスの大半が帰った後に、元の棚にそっと変身アイテムを一式置く。

 

 帰らんと鞄を背負うと、手ぶらの少年が話しかけてきた。

 

「三山。何だよ、アレ」

 

「え、アレって何」

 

「は? アレだよアレ。変身してただろ!」

 

 宝塚上士(じょうじ)。生粋の仮面ライダーオタク……だった男だ。

 

 20年前に再始動した仮面ライダーシリーズ。その15作目までの変身アイテムは全て持っていたが、ある時飽きて売り払ってしまったという。それ以降は陰謀論に傾倒し、この世界に潜む闇について著しては、国語の時間に藤田を困らせている。

 

「……ばれてた?」なぜばれたのか、開翔には想像がつかなかった。ベルトをしまったとき、彼は外に出ていたはずだ。……鞄を置いて。しまった。

 

 上士の言葉が熱を帯び、どんどん早口になっていく。「ちょっとアレ貸せよ。ッ久しぶりにライダー魂が蘇ってきた感じ! 変身、してみたかったんだよ!」

 

「いや、会長が受け継いでるんだってさ、アレ。僕も昔のしか見てないけど、『変身する資格』みたいなのがあるんじゃねぇ?」

 

「ちぇっ。まー、言われてみればそうかも。……何かわかったら教えてくれよ。じゃーな!」

 

 上士の足音が廊下に響き渡る。明らかに走っているスピードだ。

 

 気づけば、教室は自分きりになっていた。「仮面ライダー、か」そのワードを聞くのはいつ以来だろう。今も放送しているのだろうか。改めて考えると、ベルトを巻き、スーツを纏って怪物と戦う。今日の1日自分がしていたことは、まさしくテレビの中の仮面ライダーだった。

 

 帰ろう。廊下をゆっくりと歩く。完全下校まで5分もあるというのに、校内は静まり返っている。

 

 空き教室の脇を通った時、

 

「カイト、ちょっと」

 

 中から招く声がした。そこにいたのは、恵輝だ。

 

「お前、何があった? 何で戦ってたんだ?」

 

 生徒会三役の間ならと、開翔は簡潔に事の顛末を話した。聞いて恵輝は、机に手を置く。「なるほどね」

 

「――で、だ。戦っててどう? 見てたぞ、戸惑ってなかったか」

 

 ぎくり。痛いところを突いてくる。確かに、右も左もわからぬまま、被害も大きな戦いではあった。

 

「2-1もあんなだし。……カイト、明日の朝、臨時で本部会やろう。先生には許可取った。朝、早く来て。あそこのパソコンにデータが残ってれば参考にできる。で、今日のこともまるっと話そう」

 

「わかった。でもどうやって知らせる?」

 

「心配すんな。2組の人らに頼んで、ZONEとか電話で言ってもらうよ」

 

 頼れる副会長だ。この僅か1分程度の会話で、開翔はそう確信した。教室を出ようとすると、恵輝はもう一言付け加える。

 

「――いい初陣だったんじゃね? 多分今週末アレだぞ」

 

 夕日の差し込む廊下で、開翔は首をかしげた。

 

「『アレ』……?」




・仮面ライダーAZ ジャッジメントナイツ(不完全体)
身長:168.5㎝
体重:63.5㎏
パンチ力:1.2t
通常キック力:1t
ジャンプ力:ひと跳び9m
走力:100mを11.3秒
必殺技:ジャッジメントフィナーレ(キック力8t)
評議員会の力を内包した、AZの基本形態。
攻撃はもちろん、肘・膝の「スケイル・プロテクタ」による防御も可能としたバランスの良い姿。脚部装甲「アームドスリッパー」がキック時の衝撃を大幅に低減するなど、変身者の足を守る。頭部は外気を取り込んで変身者の頭脳を冷却し、いつ何時においても冷静かつ的確な判断を可能にする。
・仮面ライダーAZ レギュラリーナイツ(不完全体)
身長:168.5㎝
体重:66.2㎏
パンチ力:1t
通常キック力:0.9t
ジャンプ力:ひと跳び7m
走力:100mを11.7秒
必殺技:レギュラリーフィナーレ(キック力7t、パンチ力10t)
規則委員会の力を内包した形態。
袖に格納された鎖「シバッチェイン」は変身者の意思に従って射出され、変身者の意思、及び鎖自身の自立した意思に基づいて捕縛、格納等を行う。
150㏈の音波を収束して放つ、肘部のスピーカー「エルボイス」に対応するほか、周囲が騒々しくても校内放送を注意深く聞き取れるよう、聴覚機能が一層保護されている。
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