仮面ライダーAZ   作:否下

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これまでの「仮面ライダーAZ」! 執行部書記・文野璃莉がお送りしまーす!
三山かいちょー、仮面ライダーになったはいいけど筋肉痛とか、やっぱりかいちょーはかいちょーなんだな、って感じ。
『評議員会!』「変身!」
でも、私の後輩がスコーラ? になって逃げちゃったから、自転車で校庭を猛ダッシュ!
「ってぇ……!」「おぉ……」
自転車がサイになっちゃうなんて、ホントびっくりだよねー。
「はぁぁっ!」『サクシード!』
さらちゃんも無事だったし、かいちょー、割と決まってたよね、キジちゃん!『ケーン!』


#03 VS―開催・市中ライダーマッチ!

「またスコーラぁ!?」

 

「放課後にね。いってぇ……筋肉痛再発」水曜朝の本部定例会。昨日の臨時本部会に続き、初っ端に議題となったのはスコーラについてだ。

 

 昨日の一件は、限られた場所でのみ被害が出ており、梓野中の敷地外が主戦場となったため、部活中だった生徒のほとんどが知らぬ間に終結した。「だから囲ってあったんだ、社体玄関」と呟くのは真彩。彼女の所属する女子バレーボール部は、今年度新規入部者がいなかったため、部員は2年生のみだ。陸上競技部から1人、大会の際は助っ人が来てくれる。だが、それでも部員全員がコートに立たなければ回らない状況だ。冬季は活動を行わない方針のため、体育館で起きたあれこれを知らない。

 

「昨日帰るとき見たけど、また大変なことになってるね。ガラスが割れるのは聞こえた」と卓球部部長の一視。卓球部は、部活動の減少に伴ってスペースの空いた武道場を活動拠点としており、折り畳み式の卓球台をいくつも広げて白球を打ち合っている。武道場は社会体育玄関の正面にあるため、その玄関のガラスが粉々に割られる音がかなりの大音量で卓球部員を襲った。一視はスコーラの出現を疑い、テレホン応歌Lで恵輝に連絡を取りつつ、部員が外に出ぬようどうにか制止していたのだ。

 

「で……なんですけど」開翔がぼそっと切り出す。「今回の件で、昇降口にいた人たちに多分バレた……と思うんですよ」聴衆の反応は予期していた通り。こうなることはわかっていた、とでも言いたげである。

 

「まぁ知っちゃったらバラすよね」法政曰く一般論。むしろ、バラさないままいてくれている天祐や了輔、上士のような生徒の方が珍しいのだろうか。開翔は自身のことに置き換えて考えてみる。

 

 もし自分が、誰かが仮面ライダーであることを知ってしまったら? そんな荒唐無稽な話、まずは疑う。事実だと分かった暁には……確かにバラしてしまう、かもしれない。人間とは欲望に忠実な生き物だと、誰かが言っていたような。

 

 恵輝が、スコーラになった生徒の現状を璃莉に問うと、「まーるく解決っ! 何もなさそうだよ」身振りと共に、明るい返事が返ってきた。

 

 だが、「それにしても、年の初めから色々ありすぎだよな。なんで俺らばっかり……」と漏らした善渡に全員が言葉もなく賛同し、教室は瞬く間に重苦しさに包まれた。

 

 その空気を取り払ったのは他でもない、空知だ。「ごめんね、また遅くなった。……何か暗くない? みんな」

 

「――ま、まあ仮面ライダーのこと話しててもきりがないんで、次行こう、次」担任の言葉に敏感に反応した恵輝が、どうにかして話し合いを進めようとした。

 

 

 

 2時間目休み、開翔がトイレを済ませて教室に戻ると、ベニヤの前で上士が変身講座を開いている。受講生は、木曽幸夜(こうや)と播磨屋哲史(てつじ)の2人。彼らもまた、かつて仮面ライダーにはまっていた者たちだ。

 

「まず腰に手をかざす! ストップストップ、ベルト出さなきゃダメじゃん。そしたらこう、右手斜めに出して、左でベルトを覆って! ここで!」

 

「変身! でいいのか。……忘れてるな」

 

「そう! 左でベルトのボタン押しながら、サーっと回して、胸の前で交差、広げる! 以上!」上士の指導に熱が入る。「これが仮面ライダーRe:(アールイー)の変身! 覚えた?」

 

 覚えたところで何になるというのだろう。扉の陰からちらちらと覗く開翔。

 

「お、三山じゃん」げっ。「さては変身したくなったのかな? 仮面ライダーRe:に! そうだ、お前の――」

 

 言いかけたところで、上士は踏みとどまった。「――お前も変身してみてよ。見てたでしょ」予想こそしていたが、開翔には完全なるとばっちりである。便乗して変身を迫る2人の生徒。

 

 人前で本物の仮面ライダーになったその時点でとうに捨てたようなものだが、こうなっては仕方がない。開翔はプライドをかなぐり捨て、シャウトした。

 

「変身!」

 

 ――昼休みから、開翔のあだ名が「変人」になった。

 

 

 

「やべぇぇぇぇ……緊張してきたぁぁ」重い扉の向こうから、歓声が響く。光の差さぬ扉の奥、開翔がプレッシャーに震えていた。

 

 話を戻して1月12日金曜日の放課後、執行部三役は空知に呼び出された。話の中身は、明日のライダーマッチについてだ。

 

 高勾市内4中学校ライダーマッチ。

 

 その名の通り、高勾市の中学校4校の仮面ライダーが集結し、戦う大会である。今から25年ほど前に始まったそうだが、裏を返せばその頃から仮面ライダーAZ、及びその他中学校のライダーの変身機構が存在していたということだ。開翔たちが驚いたのはこれだけではない。

 

 戦いの結果がもたらすもの。それすなわち、「教育委員会の待遇、委員会から支給される教育関連費用」なのだ。

 

「大人ってさ、割とアホだよな」職員室を出て帰路に就くさなか、恵輝がそう発したのを開翔は覚えている。

 

 空知が言うには、高勾市は教育財源が不足しているらしく、ライダーマッチによって序列をつけ、費用の支給度合いを決定するという。さすがに言い過ぎだと思ったが、冷静に考えれば馬鹿げているのは分かりそうなものだ。教壇に長年立ち、そのポストに上り詰めた教育長ならば、なおさら。梓野中でいえば生徒会長ひとりに、今後の教育の命運を握らせるなど、常識的に考えればあり得ない。

 

 ちなみに、一昨年と去年はいずれも2位だったそう。そうして手に入れた資金を使って、梓野中では近隣中学校に先駆けてWi-Fi環境を整備し、生徒がパソコンを授業に使用できるようにしたらしい。開翔にはさらなるプレッシャーがかかった。

 

「……それなら何で生徒会室のは」生徒会室のパソコン4台は、インターネット接続を遮断している。オフラインでも遊べるゲームが一つ入っていたが、すぐに飽きられてしまった。完全に、生徒会作業用のパソコンとなっている。本来の使い方に回帰した、ともとれる。

 

 そうだ、バスケ部は? いや、休みだったか。考えてみれば当たり前だ。

 

 そういえば、今日の朝食はおいしかった。普段よりもウインナーが長時間焼かれていたからだろうか。パリッとしていた。

 

 ところで、兄貴はいつ帰ってくるんだろう? 冬休みだというのに帰ってこなかった。寮暮らしの大変さも、決してわからないわけではないが……。

 

 ――頭の中が大渋滞してきた。緊張もあり、脳味噌が思うように回ってくれない。

 

 開翔の脳内の混沌を置き去りにして、扉がゆっくりと開いた。

 

 

 

 高勾市総合体育館。市立図書館の程近くに位置するこの体育館は、郡球技大会の会場となったり、大人がバレーボールの大会会場にしたりと、高勾市民に馴染みの深い建物である。有事の際は避難所にもなる広大なスペースが、たった今、1対1で仮面ライダーが戦うためのフィールドになろうとしている。

 

「開翔君、大丈夫かな……すっごく緊張してる感じだったけど」

 

「あいつなら、まぁ……大丈夫なんじゃね? それよりも周り」

 

 恵輝に促されて、愛菜は体育館のスタンドを見回した。どこの中学校なのか、梓野中3つ分ほどの大団体。此方を見れば、梓野中生の観客は自分と、恵輝のみ。空知先生が横にいるから3人。……圧倒的アウェー感にさいなまれる。

 

「あの人数、黒留(くろどめ)中か」恵輝の兄は昨年度生徒会男子副会長。連れられ、彼は昨年のライダーマッチに来たことがあった。

 

 時刻は8時を回り、司会の男が開式の合図を述べる。

 

「只今より、第25回・高勾市内4中学校対抗ライダーマッチを始めます」

 

 続けて、教育長の長い長い話が始まった。何やら小難しいことを言ってはいるが、ライダーマッチの沿革についての話らしい。客席の2人は昨日空知から聞いたばかり。小声で話し始める。

 

「恵輝君、来たことあるんだよね? 他の中学校の……仮面ライダー、って、どんな風なの?」

 

 よしきた、とばかりに、恵輝はボリューム抑え目ながらも自信たっぷりに熱弁し始めた。

 

 

 

 梓野のライダーはAZじゃん? ああいうちょっと変わったベルト使ってるけど、他のとこも大概かな。

 

 ほら、そこの黒留中は、仮面ライダーブラスト。銃使うライダー。確か去年勝ったんだっけ。去年の見てたけど、マジで強かった。圧倒的。

 

 で、次は……そこ。竜室(たつむろ)中。何だっけ、仮面ライダー牙龍(ガロン)? だったかな。めっちゃアクロバティックに動くんだよね。去年は俺らに敗けたんだったな。

 

 それで、残りは――大歓声に、恵輝の言葉がかき消された。

 

茂澤(しげりさわ)中学校! 袋谷ニコラス・仮面ライダーフォレス」見れば、恵輝らの右前にまたも大集団。口々に、頑張れとかファイトとか黄色い声をあげている。

 

「――今言ってた通り。茂澤も全校来てんのかよ……」一方、左には50人ほどの人だかり。さっきまでの話からすれば、竜室中学校だろうか。ここまで来ると、梓野中生がかえって無関心すぎるだけではと疑りたくなる。

 

 向かって左の扉が音を立てて開き、中から歩み出る男子生徒。茂澤中生と思しき大集団の歓声が一層大きくなる。恵輝の目に映る、これから開翔と戦う相手の姿は、余裕に溢れているように見えた。

 

「続けて、梓野中学校! 三山開翔君・仮面ライダーAZ!」

 

「カイト来る、ほら。カイトー、ガンバー!」茂澤の圧倒的な活気に負けじと、恵輝は大声で叫んだ。合わせて愛菜もありったけの声を張る。「梓野、ファイトー!」観客席全体から、元々狭いうえに空席だらけの梓野中観戦エリアに視線が集中する。そのおかげで、緊張のあまりつまずきそうになった開翔が群衆の笑い者にされることはなかった。

 

 苦笑いさえ出来なかった開翔だが、スタンドから叫ぶ仲間たちに目をやると、何だか気持ちが楽になるような。ゆっくりと目を閉じ、そして、開眼する。「……よし」眼前に立つ相手は、不敵に微笑んでいた。

 

「では、戦うにあたっての抱負を。梓野中・三山君から」

 

 こんなことを言わされるなんて初耳なのだが。突然のことに狼狽した開翔は、

 

「は、はいっ! その……頑張ります」としか言えなかった。「カイトぉ~! ブレねぇなぁ」恵輝は褒めているのか、けなしているのか。会場の拍手はまばらだ。

 

 ニコラスはその醜態を鼻で笑い飛ばすと、一歩進み出て弁舌を振るった。

 

「皆さん、おはようございます」訓練された中学生たちは、むろん揃って挨拶を返す。……恵輝を除いては。

 

 会場の反応にアンテナを張りつつ、慎重かつ大胆に語る。

 

「私たち茂澤中はかつて、3年連続最高位と華々しい成績を収めていたことがあるそうです。このところは下位に甘んじていますが」

 

 上手いこと言えなかった後悔に襲われる開翔を、睨む鋭い眼。「今こそ、復活の時です!」茂澤の集団が絶叫した。「目指すは、champion」会場は万雷の拍手に包まれた。

 

「……ちぇ、なんだアイツ」恵輝が憤慨する。

 

 司会の合図に応え、両者はベルトを装着する。『J/H/Sドライバー!』茂澤中のベルトは巻き付く音のみ、セリフは発しない。

 

「では、変身を」

 

 開翔はレバーを手に取り、顔の前に。『評議員会!』レバー前面に刻印された天秤のシンボルが光る。

 

 ベルトにレバーを挿し込み、右手を普段より強く突き出す。手の甲を返し、

 

「変身!」返した手でレバーを180°回し、手前に押し込む。

 

 一方の袋谷ニコラスは、ベルトの脇から赤い液体の入ったボトルを外す。植物の活力剤のような細いボトルには、炎を描いたラベルが貼られている。

 

 右手でベルト上部にボトルを挿すと、両手を大きく広げて上へ回し、頭の上で交差。手のひらを内側へ返すと、クロスした手を胸の前に下ろし、翼のごとく広げた。

 

Henshin(変身)」手を解き、両手で左右からボトルを搾る。

 

『ジャッジメントナイツ!』開翔の周囲には小部屋が形成された。いつも教室のドアを開けるときのように、滑らかに扉を引く。ロッカー型の部屋は紙吹雪の如消え去った。

 

 搾られたボトルから、ベルト中央のサークルに赤い液が溜まってゆく。サークルが満たされたその時、そこから放たれたまばゆい光が、ニコラスを包んだ。

 

 始め! 審判を務める教育委員の声が飛んだ。

 

 開翔が見据えた対戦相手の姿は、赤系統のアーマーに身を包んだもの。率直に、我々のライダーの方がかっこいい。梓野の生徒たちはそう感じていた。

 

「フクロウ……?」素朴な疑問を開翔がぶつける。

 

「そう。茂澤中の校章はこのマスクの上にある、これだ」刺すような目で開翔を見る、何かの顔。

 

Motif(モチーフ)はフクロウ、森の賢者。そして」腕に折り畳まれていたシャープな爪が展開し、照明を反射する。「……生態系の頂点、猛禽でもある」言い終えるや否や、AZに迫るフォレス。

 

 両腕に装備された爪の連撃を、肘のプロテクタでガードするのが精いっぱいだ。体育館を縦断するラインを越え、前進するニコラスの前に、開翔はただただ押されるばかり。

 

 空知の車で会場入りする途中、恵輝は言った。

 

「カイト、お前は2回戦ってんだ。他のとこより有利だろ」

 

 そんなことはない。仮面ライダーの攻撃は、保たれた理性に裏打ちされている。スコーラとはわけが違う。

 

「あああああもう、押されてるじゃんか!」不本意とばかりに恵輝がわめく。その声は、図らずも開翔の耳に入った。この時ばかりは、装甲の聴覚強化が不要に感じた。

 

 分かっている。いい加減、攻勢に転じなければならないことくらい。

 

 はぁっと一声。喉の奥を起点に全身の緊張を抜き、その勢いに乗せて強引に身を当てる。会場のざわめき。ニコラスが僅かたじろいだ。

 

『セイントカリバー!』紫電一閃、朝日を浴びる刀身。胸の前に顕現した。梓野中の校舎外壁を模したオフホワイトの剣を、開翔は一心に振るう。

 

 斬撃を受け、弾かれる爪。普段は攻撃の威力を高めるその重さが仇となる。中学生の、未だ発展途上の肉体には使いこなせぬその爪は、ニコラスの体勢を崩し、開翔の逆転に一役買ってくれた。胴を裂く、鋭敏な一撃。開翔は大きな手応えを感じていた。自然に声が漏れる。

 

 その自信が導き出した次の行動は、これだ。『規則!』現時点で、フォームチェンジと呼べるのはこれだけ。攻撃力は落ちるが、こうして相手を出し抜かねば、勝利は望めない。学年2位、開翔の頭脳が出した最適解。

 

 初めに比べると、幾分か滑らかに着脱できる。『レギュラリーナイツ!』体育館の壁に反響したチャイム音が、最小校たる梓野の存在を改めて会場に知らしめた。複眼の上を左右に伸びる、万年筆の筆先と鍵穴を複合した角。クラッシャーの両サイドを挟む分割された筆先。ふたつの複眼の間、分かれた角のその上に、三角形を重ね合わせた校章がきらめく。

 

 放り上げられたセイントカリバーが消滅した。力強く床を踏みしめ、開翔は進む。肘の「エルボイス」からの大音量を振りかざし、鎖の収納のために出っ張っている袖状のアーマーをぶつけ、一転攻勢。フクロウらしく聴覚の発達したフォレスには、近接戦闘で突如放たれる音波は苦痛そのものだ。爪を振るうが、開翔は意に介していない様子である。次々繰り出される拳、蹴りが、ニコラスに降り注ぐ。

 

 爆音に身を引いたニコラスを見て、スピーディーに少し後退する開翔。決めに行く、と強い意志を持ち、レバーの上部を押し込んだ。『フィナーレ!』

 

 拳を突き出し、チェーンを射出。本来なら自ずと相手に巻き付き、こちらに強く引き寄せる。そのはずだったのだが。

 

 チェーンは、ニコラスの手に掴まれたのだ。

 

 まともに顔も見ていないはずのニコラスの笑みが、仮面越しでもはっきりと分かった。彼の手が真紅の炎に包まれる。開翔は必死で引っ張るも、フォレスの身体は足から根でも生えたかのように、びくともしない。

 

 次第に、チェーンを通して熱が伝わってくる。融けてもおかしくはないほどの熱さが、騒ぐ観衆にも感じ取られた。

 

「ぁ、あちっ!」強化装甲といえども、内部にまで高熱が侵入してきては持たない。レギュラリーナイツの攻撃の要たる鎖が、かえって開翔を追い詰めていた。自由に動かせない左の代わりに、右腕一本でレバーを付け替える。もう戦術は読まれているかもしれないが、こうなっては他に選択肢がない。

 

 チャイムは授業と授業の変わり目に鳴るもの。『ジャッジメントナイツ!』AZの場合は、フォームの変わり目に鳴る。

 

 掌の中で消え失せた鎖には目もくれず、ニコラスは開翔を猛禽の眼で見据えた。「……計画通りだ」不意に、ベルトからボトルを外す。

 

「梓野中の会長。君たちだけが、その子供騙しを使えると思ったかい?」

 

「え……?」お前だって子供だろ、と開翔は心の中で突っ込んだ。構わずニコラスは、腰に備えられたホルダーから、薄青のボトルを手に取る。

 

 雫のイラストが目立つボトルを上部に差し込み、片手で乱雑に搾った。

 

「あいにく、僕たちのは『子供騙し』の域を超えてる」

 

 ベルトの中央が、蒼で満たされてゆく。一杯になったその時、発せられた輝きは体育館中を覆い尽くした。

 

 光が引いたその向こうには、冷たい印象のスーツが。だが、開翔が視認するその前に、その姿は消滅していた。開翔が見渡した先は、どこも壁、壁、壁。

 

 逃げたのか? そう勘繰りたくもなった。だが、あの勝ち誇ったような態度が、変身の一瞬で翻るわけがない。審判さえも困惑している。

 

 10秒ほどの沈黙。観客席のざわめきがこだまする。

 

「ここだ」上か!警戒が遅れた。正確には斜め上。突如として再出現したフォレスが一蹴り、開翔の頭を直撃した。衝撃に吹き飛ぶ開翔。「んな……!?」「去年の2位はマグレか」爪は短くなった代わりに、起き上がらんとする開翔をより俊敏に切る。

 

「思い知れ、梓野」吐き捨て、またも仮面ライダーフォレス・タイプアクアは忽然と消えた。かと思えば背後に現れ、無防備な背中を殴りつける。

 

 音もなく消えては現れるフォレス。ジャッジメントナイツに洞察力をもたらされた開翔には、水蒸気のような何かとなって消えていることはわかっていたが、明確な対抗策は考え出せずにいた。脳を動かすよりも、放たれる攻撃に対処することが急務だったのだ。受ける体勢をとることもままならない今、開翔は一方的にタコ殴りである。

 

「マジかよ……」恵輝は既に、大声を出せるようなテンションではなくなっていた。

 

 窮した開翔の反撃を、軽々と霧散してかわすニコラス。体育館の端に現れると、ボトルをまたも片手で搾った。『AQUA・GROWING NOVA!(アクア・グローイングノヴァ!)』彼のベルトが初めて発した声。ニコラスはまたも姿をくらます。

 

 必殺技が来ることを悟った。でも、うまく受け流せれば。深手さえ負わなければ、立ち直れると思う。

 

 だが、開翔に与えられたわずかな時間は、全くもって無意味だった。「はぁっ!」その声が聞こえたときには、時既に遅し。

 

 開翔の背のど真ん中を、フォレスの脚は正確に打っていた。声にならぬ叫び。

 

 片膝をつき、ぴしっと静止するニコラスの後ろで、開翔は両膝を折って崩れ落ちた。彼を覆っていた装甲が、そこかしこへと離れてゆく。

 

 そこまで! 審判の微か裏返った声が、空気の乾いた体育館を駆けた。「勝者、茂澤中学校! 袋谷ニコラス・仮面ライダーフォレス!」会場は、天井を震わすほどの大歓声に包まれる。

 

 勝者には、1時間ほど後に次なる戦いが控える。変身を解き、控室へと去っていくニコラスの見下したような目つきを、開翔は忘れられなかった。

 

 床に倒れ込んだまま起き上がれない開翔を、副会長の二人は声もなく見つめていた。「……帰る準備しようか」開翔のもとに向かう空知が一言。

 

 私たちは、開翔君にどういう言葉をかけるのが正解なんだろう。

 

 ふたつの背中に向けられた冷笑をかいくぐりながら、彼らはスタンドを後にした。

 

 

 

 空知に連れられて開翔は、数少ない梓野中の応援と再会した。誰も言葉は発さなかった。発せなかったのだ。空知の車に乗せられ、梓野中に結果報告に赴く際も。

 

 敗北。その2文字は、開翔の心に重くのしかかった。対戦順決めの時、くじ運がなかったのもまた事実だが、仮に最下位を回避できる位置で戦いに臨めたとして、勝算は? スコーラとの戦いなど比でもないほど、茂澤のライダーは強かった。一時は攻勢をかけられたものの、全体を通して見れば圧倒的に押されていた。

 

「……やり直したい」昇降口を過ぎ、口をついて出たのは未練だった。後悔だった。でも、涙が出ないのはなぜなのだろうか。開翔自身にもわからない。

 

 空知は言う。「じゃあ、そのために頑張らないと、ね」

 

「失礼します」校長室の扉を叩く。引き戸を引くその動作さえ、開翔にとっては敗れた記憶を思い出すトリガーとなった。

 

 おかえりなさい。現実を突きつける言葉。梓野中学校長・蒼島敏機(としき)は、扉の正面、横長の机の向こうに超然と座していた。

 

 ほら、と開翔に促す空知に、蒼島は掌を向けて制止する。

 

「何も言わなくて結構」相応の年季の入った声。「ここ数年で、余るほどの金銭的支援を受けてきました。今更減ったところで、さほど困らない」

 

「しかし、三山君。生徒会組織の頂点が肩を落としているようでは、生徒たちの雰囲気まで悪くしてしまう。そうでしょう? ほら、始業式でも言ったはずだ。ここから、どう立ち直るか。普段の調子にどう戻すか。問題はそこですから」

 

 やんわりと諭され、開翔は改めて校長を正視した。視力が落ちたか、目の奥までは見えなかったが、表情が柔らかなことは確かであった。

 

「それから、近頃の怪物騒ぎ。先生たちも当然動いていますが、あの怪物と戦えるのは君だけです。仮面ライダーになって、生徒たちを守る。生徒会長の役目としては、いささか重い気もしますが」蒼島は机に手をついて立ち上がると、開翔の前に進み出て、しわの刻まれつつある手を肩に置いた。

 

「今、君にはその道しか残されていないんだ。私たちも策は講じている。それまで、頑張ってほしい」

 

 

 

 しょげていたって、何もならないことはわかっている。

 

「――つってもなぁ……」校長先生の言うことも、理解はできる。だが1日経った今では、彼の台詞がリフレインされては消えてゆくだけ。開翔の心に響いた、というわけではないようである。

 

 生徒会の用で出かけたのに、なぜここまで怪我しているのか? 母に問われてとっさに誤魔化したが、そろそろ誤魔化しきれなくなる。開翔はそう踏んでいた。生徒たちにばれたであろう今、子が親へ、親が親へと話がつながり、仮面ライダーやスコーラの件が明るみに出る日が来るかもしれない。

 

 しかし、今すべきは生徒会のあれこれだ。世に出たら出たで、その時に考えるしかなかろう。仮面ライダーとしての活動も、広義の生徒会活動には含まれる、はずだし。

 

 息でも抜こうかと何となくテレビをつけると、画面に映し出されたふりかけのコマーシャルが明けるところだった。

 

『はぁぁぁっ!』

 

「……仮面ライダーか」こうして視聴するのは、一体何年ぶりだろう。

 

 仮面ライダー世音(ゼノン)。仮面ライダーRe:から再始動した、所謂「ライダー新世代」の第20作である。個々人の音楽性によって序列づけられた世界において、主人公の青年は「サウンズチップ」なるSDカード型のアイテムを使用し、音楽家の力を借りて戦う。番組表の説明欄にはそう記されていた。

 

 この際だ、開翔は最後まで見てしまうことにした。

 

 話数としては20話の少し前、転換期を迎えてもおかしくない時期だ。

 

『……波長が出ている。何が君をそこまで奮い立てるんだ? 当ててあげよう。あの仮面ライダー、だな?』

 

『違う! 確かにあのライダー……レグロスが行く先々で出てきて邪魔する。でもアイツと闘うからって――』

 

 実験室のような部屋で、主人公は自身と対話しているらしい。バトルのシミュレーションのような場面もみられた。

 

 こうして観ていると、幼かったころとは異なる視点で観ていることに気付く。

 

 あの頃は……戦っているその姿が格好良くて、痺れていたんだっけ。

 

 今では、ドラマのパートも見ることでストーリーも理解できる。戦闘シーンが続いているばかりでは飽きてしまう。子どもの頃は、それでもよかった気もするが。

 

 この年にもなって仮面ライダーを観ている自分が、何だか可笑しいようにも思えた。

 

 だが、彼の目は澄んでいて、幼いころと全く同じ、真っ直ぐな目だった。




・仮面ライダーフォレス タイプフレア
身長:173.8㎝
体重:67.3㎏
パンチ力:2.7t
通常キック力:2t
ジャンプ力:ひと跳び20m
走力:100mを9.9秒
必殺技:フレア・グローイングノヴァ(キック力18t)
茂澤中学校生徒会長・袋谷ニコラスが、フォレスドライバーとレッドグロウスボトルを用いて変身した、仮面ライダーフォレスの基本形態。
攻撃的な形態であり、腕部に装備された爪型武装「サイタロン」は鋭く、全フォームのうち最も長い。生命活動に伴って発生する可燃性ガスをスーツで吸収、掌のブースターで燃焼して攻撃に使用する。
・仮面ライダーフォレス タイプアクア
身長:173.8㎝
体重:67.3㎏
パンチ力:2t
通常キック力:1.5t
ジャンプ力:ひと跳び22m
走力:100mを10.0秒
必殺技:アクア・グローイングノヴァ(キック力15t)
ブルーグロウスボトルを用いて変身した形態。
スペックはその他フォームと比較して控えめだが、特筆すべき能力としては、変身者を含め装甲の全てを水分子に変換できることが挙げられる。未知のテクノロジーによって、水蒸気として肉体を空気中に離散、及び即座に結合、再構築することが可能である。


#01のライダー紹介に一部加筆・修正を加えました。
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