変人かいちょー、知らない間にライダーマッチ? とかいうのに出てたんだって? 茂澤の会長と当たって……
「Henshin」「僕たちのは『子供騙し』の域を超えてる」
頑張ったんだけど、負けちゃったんだよね。
「……やり直したい」「君にはその道しか残されていないんだ」
ま、生徒会の方で頑張ってもらうとして……え、なんで私が知ってるのか? まぁ、その、別に……?
1月16日火曜日、開翔は真っ先に中学校に飛んでいった。月曜日が祝日だったため、定例の本部会は今日の朝である。
生徒会室を開けたのは、7時18分。まだ誰も教室にいなかった。連休の間に、どうやら自分が突き破ったガラスが直されたらしい。密かに感謝しつつ、開翔はガラスに最初の指紋をつけた。
開翔がここまで朝早く登校したのは他でもない、仮面ライダーAZのスペックを知るためである。
彼自身、今回の敗北の原因を自宅で改めて考えた。そうして浮かび上がってきたのは、自分がAZについて表面的にしか知らないことである。戦闘を通して肌で感じた操り心地に勝るものはないが、頭の方でも理解しておかなければ身体は動かせない。
加えて、恵輝が見ていた文書には、AZのフォームは10ほどあると書いてあったような。となれば、なぜ2つしか使えないのかも解き明かす必要がある。もっとも、くすんだレバーが使えない、という前提自体当てにならない。挿してみたことがないからだ。
「……あった」あの時のファイルが入ったフォルダだ。「形態一覧」のファイルを開くと、カラーの写真が貼り付けられた文書が現れた。
ジャッジメントナイツ。評議員会の力を内包した形態だ。10年前の記述によれば、基本形態として扱われているらしい。だが、開翔には1か所引っかかるところがあった。
「アルミット」。ジャッジメントナイツの腕に装備されているらしいが、「こんなのあったっけ……」怪訝な表情で画面にかじりつく。
その時、生徒会室に入ってきたのは、尾木照弥だった。扉の開く音に開翔は振り返る。
「あぁ、尾木くん。おはよう」
照弥は応えることなく、ただUSBメモリのコネクタ部分を素早くスライドさせ、開翔と向かい合った席に座った。開翔には、あえて動きにキレを持たせているように映った。
尾木照弥。彼は開翔と同じクラスである。ごく一般的な生徒だったが、ここ数か月、誰とも必要最低限の会話以外はせず、感情も一切表出しない。学年のほぼ全員が、そうなってしまった理由をある程度察している。
彼はUSBをパソコンに挿すと、一本指でキーボードを器用に打ち、何やら製作する。
「あの、尾木くんさ。生徒会計画?」
「そうだ。三山は何をしている?」開翔が勇気を振り絞って放った質問を、照弥は突き放すように答えた。彼の話し方も、ここ数か月はずっとこんな調子。前までは、もう少し無駄話もしていたのに。
そういえば、仮面ライダー、のワードに敏感に反応していたっけ。「え? その、俺がなってる仮面ライダーについて」聞いて、照弥はタイプの手を止めた。
「でさ、いきなり訊くのも変だけど」まさか、と思って訊いてみる。
「俺が使ってるベルトさ、ドアノブみたいなのを挿すんだけど。何か暗い色したやつ、っていうかその……輝いてない? っていうか。そういうのを挿しても変身できるのかな」
絶対に、突然何を訊いてくるんだこの生徒会長は、まさしく変人じゃないか、などと思われたに違いない。感情が一切読めない分、かえって怖いものだ。
だが彼の予想に反して、照弥は淀みなく答えた。
「推測に過ぎないが、恐らく不可能だ。そのような類のアイテムは、何らかの条件を満たさなければ使えない、と相場が決まっている。ゲームで考えると分かりやすい」
開翔がやり込んでいるバトルゲームでも、勝利数などの条件を達成していくにつれて、より高性能なプレイアブルキャラクターが解放されていく。納得はできる。
ということは、AZのフォームについて、ジャッジメントナイツの武装についても、同じことがいえるのではないか?
――またも、無言の時間が訪れた。授業中の発言と違って、なかなか口が動いてくれない。
でも、久しぶりに話すチャンスじゃないか。恥ずかしいとか気まずいとか、そんなことを考えるのは後だろう。
「なるほど……確かに。じゃあさ、その条件、って何だろ。どう思う?」開翔自身が、こうして話を展開できたことに驚いていた。
タイピングしながら、照弥は瞬時に返答する。「現時点では分からない。しかし、AZの各フォームが生徒会組織に対応していることは聞いた。ならば――」ドアの開閉。振り向いた開翔の視線の先、法政と流がファイルを持って立っていた。
「うーっす。お、珍しいコンビ」「そうか?
彼らがやってきたおかげで照弥の語尾は聞き取れなかったが、言わんとしていることは何となく分かる。開翔も同感だ。この後、各委員会に提案してみるか。開翔は文書のウィンドウを閉じると、次々に入室してくる役員たちを横目に見つつ立ち上がり、黒板の前の散らかった机に向かった。
2時間目休み。文芸委員長・小島美花は大急ぎで西階段を下っていた。技術室や理科室につながる階段である。ここの踊り場からは、校庭の向こうに悠然とそびえ立つ山々が美しく見える。彼女はそんな階段が、とても好きだ。
とはいえ、職員室に行くのには、反対側の東階段の方が近い。急いで生徒会計画を確認してもらわなければいけないのに、ついつい遠回りしてしまった。冬の澄んだ空気の向こう、雪をかぶった峰は雄大で、かっこいい。自然とテンションが上がる美花であった。
学活の時間に歌っている合唱曲を口ずさみながら1階まで降りてきたとき、階段のその脇から何やら話し声がする。この寒い廊下で、いったいどんな深刻な話をしているのやら。気になる気持ちが先行し、壁越しに耳を澄ます。
――好きなように、変えてしまえばいい。
それさえあれば、できる――。
普段は清掃の時間にゴミを回収している、コンテナ室前のスペース。
いけないことを聞いてしまった気がして、美花は続きを聞かずに職員室の方向へ逃げ出した。足音が立たないように、気をつけて。一応廊下は「走って」いないので、彼女の基準ではセーフである。職員室に飛び込み、暖を取りがてら印刷した紙を見せた。
その後ろ、つい先刻まで裏で話していたと思しき男が美花の後ろ姿を見つめていたことを、彼女は知らなかった。
職員室には、既に数名の生徒会役員がいた。彼らは皆、昼の放送で読む原稿――梓野中学校には放送委員会がないため、各委員会からの連絡はその委員会の正副委員長が肉声で伝えなければならない――や、明日に控えた第1回生徒会の進行計画案を顧問の教師にチェックしてもらうために来ているのだ。
美花はその奥、中庭側で、空知に何やら言われている開翔を見つけた。
ひとには言えないが、美花は密かに仮面ライダー好きである。あのようなシチュエーションといえば、人間に契約を迫って怪人化させる勢力の常套手段。法政の主張にわざと突っかかってみたものの、内心私も考えていた。どうやら開翔の話も終わったようだし、言うべきだろうか。いや、ここで仮面ライダー好きがバレてしまったらどうしよう。いつもワイワイ絡んでいる女子たちにも言えていないのに。開翔はどう思うだろう。いやいや、私はそもそも何のために職員室に来たの? 計画を見せるため。別に、開翔君に言うのは後でも間に合うような……「小島さん?」
思考のループの中、目の前にいたのは開翔だった。「はいっ!?」やってしまった。
「委員会の計画さ、その、どう?」
「えっ!? いや、別に……今見せに来たとこだし」
そっか、と開翔は職員室を後にする。
何となく、自分たち二人に視線が集中している気がして、美花の頬はほんのりと染まった。が、そんな場合ではない。結局伝える機を逃したうえ、時計が示すは10時42分。休み時間の終わりまであと3分だ。今日中に見せ終えないといけないというのに。せめて一人にでもと、美花は慌てに慌てて、職員室の左隅に駆けた。
3-1の連絡黒板は、1月17日水曜日を示していた。給食の時間が終わりを告げると、皆思い思いに昼休みの時間を過ごす。残り数十日の中学校生活の一こまを、彼らなりに楽しもうとしているのだ。彼らは冷え込む廊下へと出ていく。廊下では、仮面ライダーだって、何それ嘘でしょ、と話す声がする。
だが今日は、3-1と3-2の教室の間にある空き教室・第3学習室に、3年生の約半数が集結していた。3年生を送る会の準備である。
授業中に話し合うわけにもいかず、こうして自主的に集まっている。ついこの間まで生徒会長だった男子生徒・城田を中心に、やる気のない生徒、都合の合わない生徒を除いた30人強が、がやがやと意見を出し合う。
「去年、どんな感じだったっけ? 先輩たち」
「歌っしょ、歌。練習もラクだし」
「個人的に、メッセージ的な何かを渡したい」
「それは別にあとでよくね? それこそ個人的に」
話し合いが行き詰まりつつある中、斜に構えている一人の男子生徒がいた。「四ツ谷君、どう思う?」四ツ谷、と呼ばれたその生徒は、けだるそうに答える。
「別に。歌でいいでしょ」
あまりに投げやりなその態度に業を煮やしたのは、形式上司会を務めていた城田だった。
「ちょっと四ツ谷君、ちゃんと答えてくれよ。1、2年だって準備してくれてるんだから」
「うるさいなぁ、オレは意思表示しましたっての。早いとこ解散しようぜ」
「四ツ谷!」珍しく、城田は級友を呼び捨てる。焦りを隠せない女子たち。四ツ谷は彼をひとにらみすると、下げられていた机から立ち上がった。「大体な、お前上から目線なんだよ」
心外だと言いたげな城田の表情に、さっきまで座っていた机を蹴飛ばす。
「ちょーっと頭いいからってな」『クロージャ!』「調子乗ってんじゃねぇぞ」
どこからともなく取り出したレバーを、四ツ谷は自身の胸に突き立てた。前面に現れる扉、独りでに捻られるドアノブ。その向こうに姿を現したのは、鈍色の金属光沢に身を包んだ怪人だった。無論、後輩がそうした怪人を「スコーラ」と呼称していることなど知る由もない。
その変貌と同時に、第3学習室は密室となった。
机や椅子の一部が体から突き出たスコーラ。いくら校内で最も経験豊富な3年生とはいえ、第四の壁を隔てて俯瞰してきたはずの光景を目の前にしてはパニックになるほかない。加えて外にも逃げられないときた。腰を抜かす者、戸の前でもがく者。当の四ツ谷は城田のもとへ一直線、学生服を乱暴に掴み、整然と並んだ机へと投げつける。が、慌てふためき右往左往する生徒が多かったため、彼らの身体にぶつかる形となり、城田は床に転げる。机の上に上げられた椅子の足に当たっていたら、間違いなく背骨を折っていただろう。
彼は周囲に目もくれず、明確な意思を持って城田だけを狙っていた。殴り掛かった男子生徒3人の椅子を、事も無げに受ける。
「そうだ、内線」誰かが独り言ちた。普段は生徒が内線を使用してはならないが、緊急時とあらば教師たちは見逃してくれるだろう。
だが、四ツ谷がそれを見逃さなかった。急旋回すると、黒板横の電話機に忍び寄っていた女子生徒を跳ね飛ばし、「邪魔するなぁァァア!」天井を仰いだ。扉のような、幼虫のような口の顎が左右に勢いよく開く。
スプリンクラーのように、クロージャ・スコーラは教室中にアメーバ状の飛沫をばら撒いた。そのまま彼は扉をこじ開けて廊下に出たが、力が抜けてつんのめる。廊下に怪人が出たと同時に、彼自身が開けた扉がまた音を立てて閉まった。
「うわ、きったねぇ」「何なの、あれ……」「この間昇降口に何か出たとか聞いたけど」四ツ谷の姿が戻ったことに伴って解錠された前後の扉を、口々に言葉を漏らしながら抜ける3年生たち。この1分余りの出来事は、すぐさま学年中に知れ渡ることとなる。
倒れた四ツ谷を起こし上げる者は、誰一人としていなかった。彼は数分後に自ら起き上がると、とぼとぼと保健室に赴いた。
「……なんで」「先輩たち」「ほとんどいないんだよ……」
2階・視聴覚室で環境副委員長・持田
「私もよく分からないけど、熱があるとかだるいとか」空知曰く、30人近くが、同様の症状を訴えて早退していったらしい。「ありえねぇ……」開翔がぼやく。昨年度執行部の先輩は、会計だった男子生徒しかいなかった。
環境委員会は、新体制初の大規模活動を今週末に控えている。「持田君、3年生には学校からのメールで回しておきます。尾木君、明日の放送の連絡、よろしく」顧問の小杉が指示を飛ばしてくれ、多少は救われた心地だ。
「待ってどうしよ……」ほとほと困り果てているのは美花である。史乃ともども、あたふたしているばかりだ。本来、この第1回生徒会では、先輩方からアドバイスをもらいつつ進行する。そのつもりで計画だってしているのだ。
第1学習室でも、法政が善渡と硬直していた。多少はアクシデントが起きてもいいように準備はしていた。だが、ここまでプランが破綻してはどうしようもあるまい。「熱、ですか?」法政が訊き返す。
一方、3-2教室の真彩は、この状況を気にすることなく、「今日、審議ないのかな……じゃあ、2月の――」1年生の頃の経験を活かして会を進めている。
会計だった彼がひとり3年生として生徒会室にいる中、気まずさすら漂い始めた室内で、璃莉はおおよそ彼女らしくない密かな声で開翔を招いた。
「直感だけどさ、もしかして……」
かくして、第1回生徒会は混乱のまま幕を閉じることとなった。通常の2倍の時間である50分間を持て余した委員会も少なくない。顧問の教員のサポートのおかげで、一応活動の連絡などは通ったようだ。
その後の清掃を終えて開翔が教室に戻ると、ちょうど法政が階下へ向かうところだった。普段の彼からは想像もつかないほどに、きりっとした表情。一瞬別人を疑った。
開翔が尋ねると、
「職員室。……まぁ、厚生委員長らしく、ってとこだな」あと数分で学活が始まろうというのに、彼は律義に歩いて階段を下っていった。
カッコつけてんじゃねーよ、とも思ったが、根はしっかりしているヤツだ。空知は、ふざけているように見える彼のどこを見て役員にしたのか。検討段階ではよくわからなかったが、今の後ろ姿を見る限りでは、空知の見立ては正しかったのだろうか。すぐに突っかかっては来るが。
校内放送を知らせるチャイムが鳴った。授業の合間に鳴るものよりテンポが速く、音も高い。
「厚生委員会から連絡します。今日、ぇー、3年生が30人ほど早退しました」2-1教室では、驚きの声が飛び交う。静かに、放送中だぞ、と諫めるのは担任の技術科教師・田仲。「気分が優れない、熱がある、という感じだそうです。そういうわけで、全校の皆さんにお願いです」
「インフルエンザや感染症の可能性もあるので、今日帰宅したら手洗い・うがいを徹底してください。また、明日から全員マスクを持ってくるようにしてください」彼の言葉は責任感に満ち、はっきりと聞き取られる。
法政ぁ、とふざけ半分に笑う声も聞かれる中、ロッカーの奥ではセイントレバーがひとつ、在りし日の如く輝きを増していた。
明朝、開翔は7時50分頃に登校した。昨日璃莉に耳打ちされたことも気になる。だが、眠気にはどうしても勝てなかったのだ。鍵を取りに行った職員室は、前日の早退ラッシュに朝から慌ただしく動いていた。
眠い目をこすりながら、生徒会室のパソコンで仮面ライダーの資料を読んでいると、
「三山君」どこかで聞いたような声。声色には、焦りも見え隠れしていた。
軽く返事をして扉を開けると、四角い眼鏡の男子生徒が立っている。「……城田先輩」軽く返事をしたことを、開翔は恥じた。「昨日、大丈夫だったんですか」
「夜には熱下がったからね。ちょっと、入っていいかな」
開翔は椅子を差し出したが、大丈夫だと城田はあっさり断る。そして、開翔の顔を正面から見据えた。彼の視線の先には、ディスプレイにAZの写真が映し出されている。
「三山君。僕に協力してほしいんだ」「……え?」
開翔の肩に手を置き座らせると、昨日の昼休みに起こった一連の出来事を城田は語った。「スコ……怪人が?」
「そう。それで、昨日落ち着いてからもう1回思い出してみたんだ。昨日早退した人はみんな、そこに居合わせてた」
開翔は息をのんだ。「じゃあ、その怪人、が」
「……僕は、そう踏んでる」城田は屈み、座る開翔に視線を合わせる。
「もしこれが11月なら、僕が変身して戦ってた。でも、引き継いだ以上、そうはいかない。一生徒として、頼む」
城田の瞳は真っ直ぐ。「あの怪人を――四ツ谷君を、助けてほしい」無意識に、開翔は立ち上がっていた。
今すぐにでも生徒会室を出んとする開翔を制止し、西階段から行くよう指示する。「あいつが来るのは、いつも8時過ぎだから。ベルトを持ってきたら、ここで隠れてて」頃合いを見計らって出てゆき、戦闘に入るということ。ライダーマッチの時ほどではないが、開翔は緊張に襲われる。
昨日、璃莉は開翔の耳元でこう言った。「スコーラかな? その、先輩たちがみんな具合悪くなったの」彼女の直感は当たっていたことになる。確かに、梓野中学校は山にあるため、インフルエンザの流行も他校に比べて遅い。初めから、自分がその可能性を考えておくべきだったかもしれない。
教室に変身道具一式を取りに行くと、上士ら数人が奇妙なものを見る目でベルトを眺めてきた。「へぇー、こんなの使ってんのか」「三山だけズルいぞ」かっこいいだのダサいだの色々言ってきたが、使いたがる輩にはこの一言に尽きる。
「責任背負えるなら、あげるわ」開翔、こんな重いこと言うやつだったっけ? 興味を示した彼らは、黙らざるを得なかった。
生徒会室に戻り、クラシックの爽やかな朝の放送を聴く。普段以上に、底抜けな爽やかさ。張り詰めた冷たい空気を揺るがす。
「――来た」城田が小声で伝えた。東階段を上がってくる四ツ谷。スコーラの密室化へのささやかな抵抗として、扉に鉄製のくずかごを挟んでおく。
廊下の中央に立つ城田を視認し、四ツ谷は眼光鋭く吐き捨てた。「……チッ、来てやがったか」
「昨日のうちに立ち直ったのは僕ぐらいだ。……話がしたい」
四ツ谷の歪んだ視界には、城田の立ち姿が余裕綽々に見えて仕方がない。
「うるせぇ。その『僕は出来る奴です』ってオーラがいけ好かねぇんだよ」
「なら、ひとつだけ教えてくれ。あの時――昨日の昼休み、何で外に出ていこうとしたんだ?」
四ツ谷が失笑する。そんなことも分からないのか、とでも言うかのように、彼は城田を嘲笑った。
「それはなぁ……目的を達成したからだ。……どうやらオレの判断は間違ってたみたいだけどなァ!」『クロージャ!』「今度こそ、終わらせてやる!」
彼が胸元にアクトレバーを突き刺すのよりコンマ数秒早く、開翔は生徒会室を飛び出した。『J/H/Sドライバー!』開翔の目の前に、スクラップの寄せ集めのようなスコーラが。くずかごが挟まった扉は、それ以上閉まることはなかった。
『評議員会!』「変身!」本来より10分ほど早く、梓野中の朝の訪れを告げるチャイム。『ジャッジメントナイツ!』自身を覆った小部屋の扉を、開翔は右手で振り払った。
開翔は飛びかかると、柱にスコーラの背中を打ちつける。その隙を見て、東階段方面に城田が走り出した。生徒会室前に転がる四ツ谷。「待て!」その声の主は四ツ谷か、開翔か、その両方か。
美術室1の前を、その複雑なボディに見合わぬ快足でスコーラが駆ける。振り払われた開翔が慌てて追う。
開翔は一瞬で追い付いた。
仮面ライダーへの変身が、彼に都道府県大会の100m走上位選手並みの走力を与えたのだ。スコーラの背中から出た、マスクの紐を掴む。走るのはそこそこの開翔は驚愕した。「すげぇ……」
書記・璃莉の達筆で書かれた「ニューイヤー 気を引き締めて いざ進め」の目標。その脇で、彼らは組み合う。
不意に、スコーラの口がガバッと開いた。間もなく、奥から汚らわしい飛沫がAZの顔面に降りかかる。視界を奪ったその間に、急ぎつつも不自由そうにスコーラは階段を下ってゆく。
「待てっ!」追って駆け下りようとした。だが、この身体能力ならば……?「――よし!」
正方形に螺旋した階段。柵に足を掛けると、意を決して開翔は対角線に跳んだ。
不意を打たれたスコーラが狼狽える。無事開翔は着地、踊り場の端に先回りする形となった。斜め上での戦闘に、登校してきた冬天が「……ぅおっ」静かに驚く。
ごつごつと突き出た金属部位を利用して殴り掛かるスコーラだが、フォレスのヘビーな爪を受けてきた開翔には対策など容易であった。プロテクタを活かしていなしつつ、懐に入り込む。ずんぐりとした体躯こそ、クロージャ・スコーラ最大の欠点であり、AZとの差であった。じりじりと階段の縁に追い詰めてゆく。
ついに、スコーラが地続きと勘違いして虚空を踏みつけた。たちまち体制は崩れ、叫び声をあげながら階段を一気に転げ落ちる。
「よっし!」タイミングができた。数分前から気になっていたことを確認する隙が生まれたのだ。
ベルトを持ってくるときに、くすんだレバーが1本減り、その代わりに置かれていたのがこのレバーである。ここで開翔は、照弥との会話を思い返した。
――そのような類のアイテムは、何らかの条件を満たさなければ使えない。
つまり、「条件達成、ってことか」開翔がボタンを押し込んだ。
『厚生!』
思い当たることがないわけではない。昨日の下校前、厚生委員長・法政の放送を聴いた。あれが、何らかの条件、とやらを満たしたということか?
だが、今は目の前に集中。レバーを挿し換えて、勢いよく半回転させる。あとで考えるのがベストだ。
チャイムが鳴り響いた。『ハイジェニックナイツ!』チャイムの音と同時に、四方の壁は消え去った。
飛沫がへばりついたマスクは綺麗さっぱり入れ替わり、胸には十字の手前で合掌する手のモチーフがきらめく。
スコーラは1階に降りようとしていた。いけない! 再び階段を斜めに――今度は蹴る強さを調整しながら横方向に跳び、下らんとしていた背中を捕らえて逆方向に向けた。「頭上注意」の張り紙を背に、「いこいの広場」側へとスコーラを押し戻す。
開翔はどういうわけか、このフォームに変身してから節々の痛みが消えた気がしていた。おかげで、実力通りの力が出せる。
振り下ろされた腕を左腕でしのぎ、素早くターンして蹴りを入れる。出力的には、レギュラリーとさほど変わりはないだろうか。
「はっ!」下腹部にクリーンヒット。拳に打たれたスコーラは、広場のど真ん中でまたも顎を左右に開き、天井を仰ぎ見て飛沫を放射した。いこいの広場中に降り注ぐ汚染は、AZの鎧にもまとわりつく。
だが、表面に触れた瞬間に、汚らしい粘りは浄化された。視界を奪われるのでは、と身構えた開翔だったが、複眼でも同様に浄化作用が働き、影響はほぼゼロ。ひるむことなく開翔は次々に攻撃する。
唸りながら応戦する四ツ谷であったが、どこまでいっても疲労する気もしない開翔に恐ろしさすら覚えていた。今彼を動かしているのは、城田への醜い憎しみのみ。しかしながら、憎しみに由来するパワーがポジティブな力に及ばないことなど、誰が見ても明らかだった。
広場の太い柱にひびを入れ、貼り付けられたポスターを引き裂き、時に組み合いながら力の応酬を繰り広げる。後ろの廊下や階段を通り過ぎる生徒たちの戸惑い、恐怖、怯え。痺れを切らしたのは、怒りに満ちたスコーラの方だった。壁に掛かった振り子時計が、8時10分ごろを示している。
彼は胸から突き出たレバーを、己の身へと押し込んだ。ドブ川のような音。痛みに悶える中、彼の拳に何処からか湧き出した穢れが纏われてゆく。
ゲームでよくある演出。そう感じた開翔は何やら強力な技が来ることを悟った。となれば、『フィナーレ!』自分も決め技で応戦するのみ。
クロージャ・スコーラの汚染された巨大な拳が、開翔の拳と正面からぶつかり合った。
細い腕は穢れた一撃を真っ向から受け止め、もう一方の拳を見舞う力を授ける。開翔は身をひねり、強烈なパンチをがら空きの腹に直撃させた。
沈黙が訪れる。後ろによろめき、スコーラは爆散した。辺りに飛沫を撒き散らして。
変身を解除した開翔が立つその先には、砕け散ったアクトレバーと、右手を伸ばして横たわる四ツ谷、その後方、図書館側の階段から近づく城田の姿。ふつうなら、四ツ谷君、などと叫びながら駆け寄ってきてもよさそうなものだが、前年度生徒会長は無言で歩んできた。
「先輩」
「――ありがとう。こいつは……僕が責任もって連れてくよ」
礼を言われるのはうれしいし、この状況で言われるのは正しいだろう。しかし、「よかった」その一言で片づけていいのだろうか。開翔は「……はい」としか、言えなかった。
汚れた粘液が散り散りの広場。廊下へと戻ってゆく開翔もまた、その穢れに蝕まれる。広場が憩いを取り戻すまでには、2時間ほどを費やした。
その日の放課後。明朝行われる「清掃登校」に向けて照弥と椿希は、同じく環境委員の哲史、前
その後ろ、昇降口脇の職員玄関で、普段から親の送迎で登校している天祐が照弥を待っていた。つい「明日、めんどいな」と漏らすとそこには、
「――面倒だから、何?」スーツ姿の男。
「面倒だ、といっているだけでは何も変わりはしない。私だったら――」天祐の手にレバーを握らせる。正が持っていたのと同じ。嫌だ。俺はあんなバケモンにはなりたくない。でも、手放すことをなぜか拒む自分がいた。
「二度と開けないように、木っ端微塵に破壊する、だろうね」
・ホイール・スコーラ(#02)
1年生の女子生徒・さらが、梓野中学校で毎年行っている、近隣の老人ホームへの「車イス進呈」を記録したアクトレバーを使用して変貌したスコーラ。
車イスを直立させたような姿をしており、腰や膝の関節は90°以上曲がることで車イス型への変形も可能にする。脚部には小型、胴体中央には巨大な車輪が備えられているほか、両腕の武装「レストンファー」による打撃は20枚の段ボールを一撃でへし折る。
・クロージャ・スコーラ(#04)
3年生の男子生徒・四ツ谷が、「学級閉鎖」を記録したアクトレバーを使用して変貌したスコーラ。
机や椅子を寄せ集めた身体は頑健。教室の扉を模した顎を開き、口から未知の病原体「オメガクラス」を含んだ飛沫を放射する。病原体のヒト―ヒト感染の可能性はほぼゼロだが、飛散後数時間は生存し、周辺に汚染を発生させる。
・仮面ライダーAZ ハイジェニックナイツ(不完全体)
身長:168.5㎝
体重:64.3㎏
パンチ力:0.8t
通常キック力:0.8t
ジャンプ力:ひと跳び6m
走力:100mを11.8秒
必殺技:ハイジェニックフィナーレ(キック力・パンチ力変動)
厚生委員会の力を内包した形態。
変身者の肉体疲労や外傷の治癒を早める機構が搭載されており、長時間の戦闘を可能としている。体表は、強化光触媒の作用によって細菌・ウイルスを寄せ付けないが、効果は不完全。必殺技は、相手の攻撃による衝撃を装甲で緩和・吸収し、相手に反射するカウンター攻撃である。