fortune tale   作:瑠川Abel

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タイトル未定

 

 

 

 プシュー、と白い息を吐きながらエレベーターの扉が開く。見慣れた景色ではないが、これから見慣れていく景色――守護者の拠点の廊下が広がっていく。

 

 ネールを見送った彰とヨシノは任務達成ということで帰還した。

 街角の本屋を見つけると、その奥にはまた扉が存在していた。

 ヨシノがミラーズをかざしてから扉を開くと、扉の向こう側はエレベーターの内部になっていた。

 

「基本的に『扉』であれば何処でもミラーズをかざすことによって拠点へ帰還することが出来るわ」

「異世界の技術ってすげー」

「ミラーズは様々な機能が入ってるわ。空いてる時間に適当に弄るといいわ」

 

 廊下を歩きながら少しずつヨシノにミラーズの使い方を教わっていく。最初に教えて貰ったのは、この拠点の全体図だ。

 

 この拠点は、全体として見るとヘキサゴンとなっている。綺麗な六角形は、それぞれの頂点にエレベーターが設置されており、階層はなんと十階層にもなっている。

 

 その大半は守護者たちの居住区やトレーニング施設となっており、改めて守護者たちの組織がどれほど巨大化を理解させられる。

 

「任務については依頼も報告も全てミラーズでやり取りすればいいわ。窓口で自分で受けたい依頼を探してもいいけど……基本的には、自分の実力に応じた任務が割り振られるわ」

「あれか、Sランクとはそういうの!」

「階級制度はないけれど……そうね、概ねそういうものはあると思っても構わないわ」

 

 二人の目的地は、医務室だ。

 任務を達成して、バグと接触したことで彰の肉体になにか変化が起きてないか調べるためだ。

 それに、シオンが常駐している医務室は数ある医務室の中でもとりわけ施設が充実している。一から全部全ての検査をやるにはシオンの医務室が一番効率がいい、とのことだ。

 勿論彰がバグであることを知っているのはシオンだけなので、どっちみちシオンの医務室を使うしかないのだが。

 

 コンコン、とノックをすると中からどうぞ、と返事が返ってくる。

 失礼します、とヨシノに続けて彰も入室する。医務室の中では、先ほどと変わらず小柄な少女――シオンが白衣を着て試験管を手に何やら難しそうな顔を浮かべていた。

 

「戻ったわ、シオン」

「戻ったぞ。……はー、なんか、どっと疲れた」

「はい、お疲れ様です。怪我はありませんでしたか?」

「まったくないわ」

「ヨシノが強かったんでなにも問題なし!」

「ふふ、無病息災はいいことですね」

 

 早速とばかりにシオンは立ち上がると彰の検査を始める。少しくらいは休ませて欲しいものだが、よくよく考えれば彰は戦闘をこなしたわけではない。ヨシノに比べれば疲労もたいしたことがないのだ。

 それでも精神的に疲れたのは事実なのだが、ひとまずなにも言わずに立ち上がることにした。

 

「それじゃ、検査をしちゃいましょうか。症状の進行を見たいだけなので、そこまで時間は掛かりませんよ。ヨシノちゃんはどうしますか?」

「待ってるわ。アキラの症状も気になるし」

「はーい。それじゃぱぱっとやっちゃいましょうかー」

 

 検査は何の問題もなく終了した。症状の悪化はなし。改善もされていないから楽観は出来ないものの、とりあえず任務に関わっても悪化する可能性は低いとシオンは診断した。

 

 それでもヨシノが必ず同行することを念押しされる。

 彰の状態を知っている人が傍にいなければ、何かが起きた時に誤魔化しが効かないからだ。

 彰としてはいきなり一人で任務に行かされてもなにも出来ないので、シオンの念押しには感謝しかない。ましてや好きな女の子と一緒に行動出来る時間が多くなるのは喜ばしいことなのだ。

 

「異常はなし、と。うん、今日はこれくらいにしておきましょうか」

「ありがとな、シオン」

「っふふ。アキラくんが大人しく検査を受けてくれるから早く終わりましたよ」

 

 にこにこと笑うシオンは見た目もあいまって子供のようにしか見えない。綺麗で美しいヨシノとは対極のシオンだが、シオンにはシオンの可愛らしさがある。

 ほんわかとシオンの笑顔に癒されていると、そうだ、とシオンが何かを思いついたのか手を叩いた。

 

「アキラくんの歓迎会をしましょう!」

 

 シオンにとっては名案だと思ったのだろう。対する彰とヨシノの反応は薄いが。

 

「どうしたんですか。歓迎会ですよ。か・ん・げ・い・か・い」

「……守護者としての自覚がないの?」

「いや、俺はされる側だから何でもいいんだけど」

「大丈夫です。ボクの権限で今日明日は全休にしてもらいますんで!」

「職権乱用だ!?」

 

 はぁ、と小さくため息を吐くヨシノだったがそれで手打ちにしたのだろう。渋々といった表情でシオンの提案を承諾すると、シオンはこれまたにこにこと屈託のない笑顔を見せるのであった。

 

「それじゃあ食堂に行きましょう。アキラくん、たっくさん食べていいですからね。お姉さんが奢っちゃいます!」

「は、はい。ゴチになります」

 

 シオンが先頭となって歩き出すと、思い出したかのようにヨシノがミラーズを取り出した。

 スイスイと画面を操作すると、彰に見せてくる。同じように自分の端末を操作すると、起動された画面には覚えのない金額が振り込まれていた。

 

「……これ、なんだ? 不法請求?」

「違うわよ。任務達成の報酬よ」

「……ひー、ふー、みー」

「基本的に任務の完了を報告したら自動で振り込まれるわ。それ以外に月額でも一定額が貰えるし、それで日用品を買い揃えるといいわ。商業施設は五層にショッピングモールがあるから、あとで案内してあげる」

「お、おう」

 

 それにしても一介の学生が貰うにしては十分すぎる金額だった。いや、命を賭けて戦うのだから当然と言えば当然なのかもしれないが――これまでの人生の中で見たことのない金額に、思わず面食らってしまう彰であった。

 

「任務をこなしていれば不自由はしないけど、残高の管理は怠らないこと。使用する時には本人認証されるから、落としても不正利用されたりはしないから安心して」

「……一ヶ月に使える金額の設定とか出来ないのかな」

「それを守れる人間なら設定するといいわ」

「…………………………善処します」

 

 守れる自信は彰にはなかった。

 彰とヨシノのやり取りを見ているシオンは、ふふ、と微笑を浮かべている。

 辿り着いたエレベーターで四層を指定すると、三人の身体に重力がのし掛かる。

 彰はそこで知ったが、どうやら今までいたのは六層だった。

 

 四層にはすぐに到着した。エレベーターが開くと視界いっぱいに多種多様なヒト種族が飛び込んでくる。視線が向けられたわけではないが、受付の時と同じ――異世界であることを意識させられる光景に、彰はまだ慣れていない。

 

 食堂は喧騒に満ちているが、活気があるとも言える。大ジョッキを掲げて飲み比べをしている人も見掛けるくらいで、賑やかさと華やかさが混同している空間だった。

 シオンとヨシノは慣れた様子ですたすたと歩いて行ってしまう。彰はそんなヨシノの背中を追って喧騒の中へ飛び込んでいくのであった。


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