「それでは、ボクたちの新しい仲間に――乾杯!」
「乾杯」
「あ、ありがとう」
乾杯の音頭をシオンが取り、食欲をそそる光景を前にしても彰は恐縮してしまっていた。
目の前には多種多様な料理がずらりと並び、どれも美味しそうなのだが――問題は目の前の料理ではなく、周囲にあった。
見られている。大勢の人に。それもただの人ではない、彰からしてみれば所謂『亜人』――獣人やエルフといった漫画やゲームの中にしかいないと思っていた人たちが、彰たちのテーブルを凝視している。
視線が刺さるとはよく言ったものだ。あまりの居心地の悪さに、せっかくの料理も冷めてしまいそうだ。
もっぱら衆人観衆の興味は彰とヨシノに向けられている。
「どうかしたのかしら、アキラ。はやく食べないと冷めるわよ?」
「お、おう……そうだよな、ヨシノ」
――――ざわ。
彰の勘違いでなければ、確かに周囲の人たちがざわついた。それもヨシノの言葉と、彰の言葉両方に。
とりあえず料理を口に運ぶ彰だが、味を感じる余裕がない。美味いはずなのに、全然美味さが伝わってこない。それほどまでに緊張している。
「あむ、んむ、んぐ……んぐんぐ。あー、やっぱ食堂のご飯は美味しいですね!」
「ええ。四層の食堂は全体的にレベルが高くて嬉しいわ」
(……周囲の目が痛い!)
シオンもヨシノもまったく視線を気にしていないようだ。シオンはシオンで目の前の料理を飲み込むように食べている。その小さな身体にどう入っていくのか不思議なのだが、今の彰には考える余裕はない。
……深く考えるだけ無駄なのかもしれないが、彰にとってはこれだけの視線に晒されることなど全くなかったのでいかんともしがたい。
ああ、とヨシノが何かに気付いたようで彰の方へ視線を向ける。
「アキラ」
「どうしたんだ、ヨシ――」
「ご飯粒が付いてるわ」
「――――」
頬を赤らめる間もなく思考が停止した。頬に付いているご飯粒を、ヨシノが手を伸ばして取ったのだ。唐突に好きな人に、しかも頬に触れられては彰が持つわけがなかった。
再び周囲がざわついた。そこで彰はようやく、自分以上にヨシノが視線を集めていたことに気付いた。
「ヨシノ、その……」
「あら、なにかしら」
「い、言ってくれれば自分で取るから」
「そう。わかったわ」
顔を真っ赤にした彰がそう言うと、ヨシノは素直に応じてくれた。すんなりと応じたことに少しだけ戸惑う彰であったが、背中越しのざわめきが少しだが静かになるのを感じて安堵のため息を吐く。
「私のことが好きとか言ったわりには純情なのね」
「ぶっ―――――!?」
とにかく落ち着こうとお茶を一口飲んだ矢先のヨシノの言葉である。思いっきり噴き出してしまった彰はゴホゴホと咳き込み、同時に背中越しのざわめきがざわめきを超えて動揺の声へと変化していく。
「あ、あの、四宮さん!」
「あら、ミルイレン。どうかしたの?」
意を決したようにヨシノに声を掛けてきたのは、エルフ耳の少女だった。ヨシノは彰の背中を擦りながらミルイレンの方へ視線を向けた。
おずおずと臆病な顔をしているミルイレンは、ふるふると首を振ると表情を引き締める。
「その方は、四宮さんの恋人ですか!?」
「違うわよ」
「あ、違うんですか。……よかったぁ」
「そうね。…………恋人候補にはなるのかしら?」
「え――」
「告白されてまだ返事をしていないもの。そうなるわよね、アキラ?」
「俺に同意を求めないでくれ……!」
なんだこれは、と彰は予想外の羞恥プレイに悶えることとなってしまった。確かに彰はヨシノに一目惚れし、告白をした。ヨシノは許諾もしていないし拒絶もしていないのだから、言葉通り曖昧な立ち位置ではあるのだが。
それにしてもヨシノの即答には肩透かしというか物悲しい思いを抱いてしまうのは恋する男子として寂しいものである。そんなクールで動じないヨシノのことが好きなのだが。
ヨシノの言葉に衆人はざわつきと安堵のため息に二極化する。周囲の反応だけで如何にヨシノが衆目を浴びやすいのか、人気なのかが見てわかるほどだ。
「あむ、んぐ。ぷはーっ」
「シオンはよく気楽に食べ続けられるよな……」
会話の中でもシオンはひたすら黙々と料理を食べ続けていた。小柄なシオンの身体が隠れるほどの皿の山を積み重ねつつも、それでもまだ次の皿に手を伸ばしている。
「美味しい物はいくらでも食べれます!」
「いやそういう意味じゃなくて」
「そもそもヨシノちゃんとアキラくんの話なので、ボクに関係ないですしねー」
「……それもそうか」
「ボクはアキラくんの歓迎会という建前で美味しい物をひたすら食べれるのでなにも問題ないですしね!」
どうやらシオンにとってこの歓迎会は彰を迎えることと自分の欲求を満たすこと、両方を兼ねていたようだ。口の周りをソースでべとべとにしながらガツガツと食べていく様は見ていて気持ちがいいものだ。
ヨシノはヨシノで淡々と綺麗な動作で食事を続けている。一挙手一投足全てが芸術品のように見えるのは、好きな人というフィルターが掛かっているからだろうか。
いや、それだけならこれほど衆人観衆を集めたりはしない。
「ヨシノは随分綺麗に食べるんだな」
「養母の教えが厳しかったからよ。それに、ガツガツ食べるのは性に合わないわ」
「ヨシノちゃんは燃費良いですしねー」
「シオンが悪すぎるだけよ」
「ボクは悪くないですー。ボクのカムイが悪いんですー」
そう言いながらもシオンは食事の手を止めない。次から次へ皿を綺麗にしては重ねていく。ヨシノと比べると非常に対照的な姿に彰は思わず笑みを零した。
「……で、カムイってなんなんだ?」
これまで散々会話の中で出てきたものに、ようやく踏み込むことが出来た。いや、ヨシノが使用する度に口上を述べているのだから、どんなものかの予想はついているのだが。
あ、とシオンが思い出したかのような声を上げると、ヨシノは我関せずと言ったばかりに紅茶を飲み始めている。
「ヨシノちゃん、まだ渡してなかったんですか?」
「事務局から言われてはいたわ。でも任務に直行した後に歓迎会だから、行く機会がなかったわね」
「説明くらいはしてますよね?」
「技術開発部に行くのだから、私がする必要はないと判断しているわ」
「それもそうですが……まあ、いいでしょう。それじゃあ食べ終わったら二人で行ってきてください」
面倒見が良いのか悪いのか、時々ヨシノの性格が掴みにくい。シオンはムシャムシャと大口でパスタを平らげると、次にパスタを手に取った。飲み込むようにパスタを平らげると、次に取ったのはまたパスタだった。
「……なあ、ヨシノ」
「言わなくてもわかるわ。シオンにとってパスタは飲み物よ」
「凄いよなぁ。山盛りのパスタがするすると飲み込まれていく……」
思わず突っ込みそうになった彰だったが、幸せそうに食べているシオンを見ては毒気を抜かれてしまうのであった。