「はぁ、はぁ、ひぃ……!」
彰は満身創痍だった。それもそのはず。ヨシノの太刀筋を見切れば見切るほど難易度が上がっていく訓練をひたすらこなしてきたのだ。ましてやシオンとの検査を挟んだとはいえ任務が終わって食事を終えてからすぐなのだ。
食べたものを戻さなかっただけでも立派であると自分自身を絶賛したいくらいだった。そしてヨシノは想像以上に容赦がなかった。
いや、あれでも手加減をしているのは彰もわかっている。それでも彰の限界を超えた特訓は全ての体力を奪い尽くした。
「も、げんかい……っ」
今彰は自分のために用意された寮のベッドに寝転がっている。守護者一人一人に私室があるだけでも凄いというのに、バスキッチントイレまで完備なのには驚いた。
とはいえ驚く体力も残っていなかった。
冷蔵庫には栄養ドリンクがこれでもかといわんばかりに詰め込められており、守護者の過酷さを思い知ることとなる。
栄養補給として同じく冷蔵庫に詰められていたゼリー系飲料を手に取ったところで、来訪者を告げるチャイムが鳴った。
誰だ、と思ったが今の彰を訪ねる人物など三人ほどしか思い浮かばない。シオンかセレスティアかヨシノか――まあ、シオンかヨシノだろうと彰は判断した。
ヨシノだったら嬉しいなと思いつつ、「勝手に入ってくれ……」とミラーズを通して受け答えすると来訪者はすぐに部屋に入ってきた。
「はいはーい、大丈夫ですかー?」
入ってきたのは小柄な少女、シオンだった。ヨシノではなかったことに寂しさを感じつつも、彰はなんとかして体を起こす。
が、体を起こそうとした彰に気付いたシオンがすぐに制する。ちょん、と額を突かれた彰は抵抗することも出来ずにベッドに身を投げた。
「大丈夫じゃないですねー。横になってていいですよー」
「わるい……はぁ、しんどい」
「ヨシノちゃんの特訓に付き合ったんだから当然ですよ。しっかり休むのも大事ですからね」
「ああ……そうだな」
がさがさと音がすると思って首を動かしてみると、テーブルの上にたくさんの買い物袋が置かれていた。きっとシオンが買ってきてくれたのだろう。買い物袋の中身のすべてはわからないが、食べ物なのは少し見えた。
「食べるものとか、日用品をいろいろ買ってきましたよ」
「あ、ありがと……えと、お金は」
「ふふ、気にしないでください。新人くんへのプレゼントです」
「……そか。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰う」
シオンはにこにこしながら買い物袋を広げ、買ってきた日用品を片付けていく。わざわざどこに何をしまったかを付箋を貼り付けるあたり、彼女の几帳面さがよくわかる。
片付けるシオンの小さな背中を眺めている彰は、次第に意識がぼんやりとしてくる。
(これがヨシノだったら……新婚みたいだったんだけどな……)
もちろんシオンが来たことが迷惑なわけではない。日用品の買い込みをしてきてくれて、片付けまでしてくれているのだ。助かっているどころの話ではない。感謝の言葉をいくらあげてもキリがないくらいだ。
でも、彰としてはヨシノに来て貰いたかった。恋する少年は実に面倒な心持ちだったのだ。
「ヨシノちゃんじゃなくてごめんなさいねー」
「あ、えと」
「
「……ウス」
シオンは自己紹介の時点で年上だと明言していたので、彰からすれば「女の子」ではない。年上の女性、という認識でいる。
だが確かにデリカシーに欠ける思考であったことは間違いない。
「ヨシノだったら嬉しかったなー、って思ってた。ごめん」
「っふふ。素直でよろしい」
「……撫でられるのは恥ずかしいんだが」
素直に謝罪の言葉を口にした彰に、シオンは手を伸ばして頭を撫でる。
小さな子供をあやすようなシオンの手つきはさすがに恥ずかしい。だが今の彰は身動きが取れない状態であり、されるがままだ。
「なでなでなでなで」
「なあ」
「なでりなでりなでりなでり」
「恥ずかしいって言ってるだろ!?」
「っふふ、言葉では拒否しても身体は正直ですよー」
「なにを……!」
「まだ身体、重いですか?」
「え……」
シオンに言われて、ようやく彰は自分の身に起きた変化に気付いた。
先ほどよりも身体が軽い。勘違いでも何でもなく、本当に身体が軽いのだ。
試しに上半身を起こしてみると、先ほどまで感じていた倦怠感はまったく感じられなかった。まだ怠さは残っているものの、動けないほどではない。
「ボクがきた本当の理由はですね、くたびれたアキラくんの体力を回復させるためなんですよー」
「……治癒系の魔法?」
「そうですよー。魔法文明のない世界からきたにしては、アキラくんが博識で助かります」
「漫画とかゲームの知識だけどな……」
「何から情報を得たかは関係ないですよ。大事なのは、得た情報をどうやってかみ砕いて自分の中に取り込むかです」
身体を起こした彰に見せつけるように、ベッドに腰掛けたシオンは掬うように両手を胸の前まであげる。
ぽわぁ、と淡い光の球体が浮かび上がる。初めて見る幻想的な光景に、彰は思わず喉を鳴らした。
「魔法とは、アキラくんが知っている通り魔力を消費することで使えます。人それぞれ、世界それぞれと文明の差で出来ることは変わりますが――まあ、魔力と術式があればどんなことでも基本的にはできます。ボクたち守護者の技術体系の根本は、こういった魔法文明が基本となっています」
「あー……じゃあ、カムイもか」
「そうですね。カムイを所有していると身体能力が上がったりするのも魔法ですし、ヨシノちゃんのように何もないところからカムイを出し入れするのも魔法です」
「便利すぎる……!」
「でも、個人の魔力に依存する部分もあるので便利すぎる、わけではないんですけどね」
それでも彰からすれば便利の一言に尽きる。自然と彰の興味は魔法に向けられるのだが、シオンは少しばかし困ったような笑顔を見せた。
「とはいえ、ボクが使えるのはこういった治癒系の魔法だけなんですけどね」
「そうなのか? 話を聞いている限りは魔力と術式があればなんでも出来ると思えるんだが」
「使えますよ。使えますが、適正はありますから。残念なことにボクは身体強化と治癒系の魔法にしか適性がないので、ほかの魔法を使ってもたいした効果は期待出来ないんですよ」
「そういうもんなのか……」
「そういうもん、ですよ。だからまずは、自分に出来ることを精一杯やるだけです」
それでもシオンの表情は悲観しているわけではない。自分に出来ることを精一杯するだけです、と付け加えられた言葉は本心から来たものなのだろう。
「俺も魔法を覚えられるのか?」
「出来ますよー。魔力ってのはどんな存在にも内包されてますから。……まあ、けっこう勉強しないといけませんが」
「うへぇ。それは厳しいな」
「別に自分で魔法を使う必要はないんですよ。ヨシノちゃんやボクが使えるんですから、アキラくんは目の前の出来事に全力で取り組んでいけばいいんですよ」
「でも……ほら、男だし?」
「ははーん。ヨシノちゃんにはかっこいいところを見せたいわけですね」
「そういうことです」
素直な彰の物言いにシオンの笑顔が輝きを増す。子供の成長を見守る親のような表情に、彰も自然と打ち解けていく。それはシオンの物腰の柔らかさからくるものであり、彰はヨシノと過ごす時間とは別の心地安さを実感する。
「それじゃあまずは、ヨシノちゃんの特訓にしっかり付いていくことが一番ですよー」
「うっ。そうだよな……」
かろうじてヨシノの太刀筋を見切ることは出来ても、まだ全然ヨシノの全力を引き出しているわけではないことくらい、彰もわかっている。
せめて、せめて――と逸る気持ちもヨシノに見透かされ、体力の限界を迎えたところで特訓は終了してしまった。
歯がゆさと悔しさと情けなさがぐちゃぐちゃに混ざり合った感情の渦の中でも、彰の心は一つだった。
ヨシノのために。
ヨシノに振り向いて貰うために。
まるで自分の存在理由の全てなのではないかと思ってしまうほど、彰はヨシノに夢中だった。
「ヨシノちゃんの特訓にしっかり付き合って、ヨシノちゃんの傍にいてあげる。それが一番ヨシノちゃんのためになりますから」
「……ああ」
「頑張ってください、男の子」
どこまでもシオンは年上の
応援してくれる人がいる。それを知れただけで、彰の心はほんの少し軽くなった。