彰とヨシノは再び訓練場を訪れていた。目的は言わずもがな、彰の特訓である。
彰からの申し出にヨシノは迷うことなく承諾し、今日もこうして刃を振るっている。
彰はといえばどうにかしてヨシノの攻撃を回避することで精一杯だ。受け止めれる一撃は受け止めてみろ、いなせるならばいなしてみろとヨシノは言うが、そこまで出来たら苦労はしない。
むしろ速くなっていくヨシノの動きについていこうとするだけでも息が上がる。彰の限界を見据えてヨシノが適時加減をするものの、それでも彰には厳しいものがある。
とはいえ、だ。
彰はなんとかしてヨシノに追いすがっている。それはヨシノの目から見ても好印象であり、十分応えている。
それが加減する理由にはならないのだが、ヨシノの目から見ても彰の動きは昨日よりも明らかにいい。無駄な硬直がなく、次の攻撃を予測し、反応している。
惜しいのは身体がまだ追いつけていないことだ。
「バグになった影響と、カムイによる身体能力の向上を加味しても、まだ使いこなせてない、と言ったところね」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息も絶え絶えな彰にヨシノは冷静な評価を突きつける。ヨシノ自身は彰を評価していても、まだまだ未熟の域を出ていないのだ。
むしろ彰を死なせないためならいくらでも厳しい言葉を選ぶことも出来る。それをしないことがせめてもの優しさなのだろう。
「今日はこのくらいにしておきましょうか」
「ま、だまだ……!」
「まずはもっと体力をつけるべきね。最優先なのはあなたが死なないための自衛力を身につけることよ。私の攻撃をさばくことではないのよ?」
「そう、だけど……!」
「……わかったわ。一時間ほど休んだら、もうワンセットやりましょう。無理しても身体を壊すだけだから、それだけよ?」
「さん、きゅ……」
彰の熱意に圧され、渋々といった形でヨシノは特訓の続きを了承した。
手渡されたタオルで汗を拭い、肌を撫でる柔らかい風の心地よさに身を委ねる。
室内なのに、この風はどこから流れてくるのだろう――と思い浮かんだが、口にはしないことにした。
なにしろ今の彰の世界には魔法が存在するのだ。不思議なことなど全て魔法で説明が付く。
だから、今はこの心地良さに浸っていよう。
少しだけ横になろうと身体の力を抜いた矢先に、扉の開閉音が聞こえてきた。
荒野は一時的に像がブレ、機械的な扉が姿を現す。誰かが訓練場を使うために入室したのだろう。
「あら、使用中の申請を出していたから普通は入ってこないのだけれど」
「そうなのか?」
「ええ。扉を開いた時点で別の空間に繋がれるわ。そうならないってことは、向こうが私たちの訓練に混ざりたいと申請を出してきたってことで――」
当然ながら彰には思い当たる節は一切ない。そもそもまだヨシノとシオン以外に知り合いと呼べる間柄はいないのだ。
ならばヨシノの知り合いなのだろうか。ヨシノを見てみても、ヨシノも不思議そうに小首をかしげていた。
「お、本当に四宮が男を連れてるじゃないか」
「だから言ったじゃない。ミルイレンはそんな嘘をつく子じゃないわよ」
「でもなぁ、意外じゃん?」
入ってきたのは少年と少女の二人の男女だ。彰と同い年くらいに見える少年はヨシノを見かけると手を振って声を掛けてくる。
「おっす四宮。久しぶりだな!」
「そうね。だいたい半年ぶりかしら」
「で、こっちが四宮がスカウトしたっていう噂の!」
「あ、ああ……」
「ヒュウガ・ココノエだ。よろしく頼む!」
少年は歯を見せながらニヒルに微笑み握手を求めて手を差し出してくる。彰は疑うことなくその手を掴み、ヒュウガと握手を交わす。
グ、と込められた力に「ん?」と違和感を覚えるも、すぐに手は離され有耶無耶になってしまう。
何が起きたかわからないまま、ヒュウガを押しのけるように少女がヨシノに詰め寄った。
「久しぶりねヨシノ・四宮っ。私のことは当然覚えているわよね!」
「うっとうしい顔を見なくて済んだと思ったのにわざわざ突っかかってこないで欲しいわ」
「いいわその喧嘩買ってあげるわ、剣を抜きなさい!」
「あら、私の得意武器が剣ではないことを知っていて剣での勝負に持ち込むの?」
「むききききき!」
ヨシノに食ってかかった少女だがたやすくいなされてしまい逆に挑発を真に受けている。ムキになるところを隠さないあたり、少女がヨシノにライバル意識を持っていることは明白だ。
「こいつはシェーン・アルジリオ。俺の相棒で……まあ、自称四宮のライバルだ」
「自称じゃないわよ!」
「あら、私にライバルなんて存在していたの?」
「うがーーーーーーー!」
シェーンは地団駄を踏むとキッとヨシノを睨み付ける。それだけでなんとなくだが彰も二人の関係を察してしまう。
ヨシノは聡明だが、時として冷静に分析してしまう少女だ。そんな彼女の中で「ライバル」という枠組みがどうなっているのか。
実力が拮抗した者。同じ目標を競い合う者。好敵手――。
きっとヨシノの中で、シェーンはどれにも当てはまらない存在なのだろう。
「訓練校の試験でいつもトップだったあなたに唯一食いついていたのは私でしょう!?」
「そういえばそうだったわね」
「そうよ! だから私はあなたのライバルなのよ!」
「……?」
シェーンの言葉は確かにヨシノのライバルと主張してもおかしくないものだ。
だがヨシノ本人がまったく意識していない。なんで、と言わんばかりに首をかしげている。
「……えっと、ヒュウガ。ちなみにヨシノとシェーンの成績って」
「あっはっは。トリプルスコア」
「うん???」
「四宮は訓練校でも優秀すぎてな。歴代の記録保持者のスコアをほとんど上回った『天才』なんだよ」
「……ああ」
ヒュウガの説明でようやく彰は腑に落ちた。食堂であれほど衆人観衆の目が集まったこと。シオンがヨシノを買っていたこと。受付での女性の言葉。
どれもがヨシノを『特別』だと強調している扱いだった。
気にしないようにしていた彰だが、どうやらヨシノ・四宮という少女は想像以上の存在のようだ。
と、同時に――事情はあれど、そんなヨシノの傍にいることを他ならぬヨシノに認められていることが、たまらなく嬉しかった。
「それでも! バグ討伐数なら同期組の中では私とヒュウガのタッグが一番なのよ!」
「別に自慢することじゃないでしょう」
「私に抜かされたことをもっと悔しがりなさいよ!?」
「バグを討つことは守護者としての責務よ。数にこだわる理由はないわ」
「むきーーーーーーー!」
シェーンがこれでもかと自慢をしようと、ヨシノは眉一つ動かさない。
それが何よりもシェーンのプライドを踏みにじる。……とはいえ、ヨシノにとっては悪意も何もないのだからシェーンもたまったものではない。
「仲良いんだな、あの二人」
「仲良いよな。四宮もクールだけど毎回シェーンとは話はちゃんとするんだよ」
「……ちゃんと? あれが?」
吠えるシェーンと、興味のない対応をするヨシノを見ながらの一言である。
ヒュウガも苦笑するが、それでも二人の光景を見てきた断言しているのだろう。
「四宮は自分に追いすがろうとしているシェーンだけは認めてるんだよ。ありゃ相当な負けず嫌いだ。シェーンが頑張れば頑張るほど、四宮もそれ以上の成績を叩き出してきた。それだけ、シェーンのことを認めてるんだよ」
「じゃあそれを言葉にすればいいのに」
「すると思うか?」
「しないな」
それは二人にとっても共通認識だったようだ。