「勝負よ、四宮!」
ヨシノはどこまでも柳に風といったところだ。いくらシェーンが噛みついたところで、決して彼女の挑発を受けることはない。
だがそれで引き下がるシェーンではない。勝負を挑んだシェーンを見てヒョウガが「またか」といった表情を見せるあたり、何度も繰り返されてきたことなのだろう。
「なあシェーンやめておけって。休みの四宮と違って俺たちは待機状態だ。いつ任務がくるかわからないんだから、無理はしないほうがいい」
「無理なんかしないわよ! 今日こそ勝ってその表情を悔しさに歪めてやるんだから!」
「いつも負けて体力使い果たすくせに?」
「鮮やかに勝てばいいだけじゃない!」
ヒュウガが普段どれだけ苦労しているかよくわかる言葉に、彰は思わず苦笑いを浮かべてしまう。ヒュウガもまたそんな彰を見ては苦笑し、乾いた笑いを零す。
これ以上言ってもシェーンは止まらないと判断したのか、ヒュウガはあえて口を閉ざした。それがいつものパターンなのだろう。よし、とシェーンは手を叩くと、再びヨシノを睨めつけるように指さした。
「勝負よ、四宮!」
「今日はしないわ」
しれっとヨシノは勝負の申し出を断る。ヒュウガとのやりとりを見ていながらも、それでもシェーンを相手にするつもりはないようだ。
「どう考えても受ける流れでしょう!?」
当然のことながらシェーンは憤慨してじたばたと手足を振り回す。けれどもヨシノはそんなシェーンをあからさまに無視して彰を手招きして呼び寄せる。
駆け寄ってきた彰の腕をヨシノはグイ、と引き寄せた。突然腕に感じた特別な柔らかさに彰は一瞬でゆでだこ状態になったのは言うまでもない。
「今日はアキラの修行をしているわ。そっちに集中したいから、あなたと模擬戦をする気はない。それが理由よ」
どうやらヨシノにとっては彰との訓練が最優先であるようだ。昔なじみの誘いも断って自分を優先してくれる――単純なことだが、彰はどうしようもなく嬉しくなってしまう。
シェーンが鋭い目付きで彰を睨み付ける。猛獣のような目付きに思わずたじろいでしまう彰だが、ヨシノに抱きつかれたままなので後ずさることは出来なかった。
「……勝負よ、アキラ・一ノ瀬!」
「なんで俺!?」
「私がアンタを特訓してあげるってことよ! それなら特訓も早く終わるし四宮も私の相手を出来るわよね!?」
もはやヤケクソとなったシェーンに、誰よりも速くため息をついたのはヒュウガだった。
「シェーン、さすがにそれは――」
「いい考えね」
「四宮!?」
「ヨシノ!?」
思わぬところでヨシノがシェーンの提案に乗ってきた。
「アキラ、あなたはとにかく場数を踏むのが一番よ。いつまでも私とだけ訓練しても私の癖を覚えるだけで多様性に欠けてしまうわ」
「それは……そうだけど」
ヨシノの言い分はもっともだが、彰からすれば見捨てられたようなものだ。
場数を踏んだ方がいいとヨシノは言うが、そもそも相対するシェーン自体がバグとの場数を踏んでいる歴戦の猛者なのだ。
修行、とも言えるが勝ち目はないに等しい。勝ち目のない勝負から逃げるのか、と聞かれたら悩むべき場面なのだが、彰の実力から言えば逃げる方が正しい。
とはいえ、だ。
ヨシノが「シェーンとの戦闘を体験しておいた方がいい」と言っている以上、それは紛れもなく彰のことを思っての言葉なのだ。勝たなくては駄目、負けてはいけないとは一言も言っていないのだ。
ヨシノは暗に「経験を重ねて欲しい」と言っているのだ。それもこれも全ては彰が生き残り、バグからヒトへ戻るために必要なことなのだ。
「……わかった。でも、手加減はしてくれよ?」
「当たり前じゃない。私だって初心者をいじめて気持ちよくなるような悪趣味な女じゃないわ」
いきなり彰をターゲットにしておいてか、とヒュウガが呟いたのは言うまでもない。
彰がカムイを構え、シェーンは数メートル離れたところに立つ。手に何も持たないのは、ヨシノと同じく空間からカムイを呼び出せるのだろう。
「さあ、特訓を始めるわよ!」
シェーンの魔力が高まっていく――ビリビリと肌を刺す感覚が彰にも伝わってくる。それが魔力の高ぶりであることが彰にも明確に理解できるほど強烈な感覚だ。
気を抜けば肌を焼かれてしまうのではないかと錯覚させてしまうほどの怖気は、ヨシノからは一切感じたことのない恐怖でしかなかった。
「呼び覚ますは我がカムイ、ロード――」
シェーンがカムイの名を叫ぼうとしたところで、その名前をかき消すように電子音が鳴り響いた。電子音の鳴る方向へ、彰とヨシノ、そしてシェーンの三人の視線が集中する。
あちゃー、と気まずそうな表情をしているのはヒュウガだ。ミラーズを取り出して操作をすると、苦々しい表情で画面をシェーンに向けた。
その画面を見てシェーンも苦い表情をする。それだけで、なんとなくだが画面に表示されている内容に見当がついてしまう。
「任務が入った。特訓は中止にしよう」
「っく……これで勝ったと思わないことね!」
「始まってすらいないんだが!?」
悔しげなシェーンとは対照的にヒュウガは申し訳なさそうな顔をしている。
「……なあシェーン、俺が先行しておくからお前は一ノ瀬との模擬戦を終わらせてからでもいいぞ?」
「それは駄目よ。私たちはコンビなんだから、いつ如何なる時でも単独で任務に赴くことはあり得ないわ」
「うーん……でも、今回の任務の危険度はそこまで高くないみたいだ。前回の三体同時討伐に比べれば俺一人でも――」
「駄目よ。あなたを一人で行かせないわ。もう二度と、あなたを一人にしない――それが私たちの約束でしょう?」
「……そうだな、わかったよ」
ヒュウガとシェーンは手を握りしめ見つめ合う。二人の間にただならぬ絆を感じとった彰は口を挟むことも忘れその光景に見入っている。
ヒュウガにとって、シェーンにとって、お互いを尊重している。いや、きっとそれ以上の思いを感じさせるやりとりだ。
「早く行ったらどうなの?」
二人の世界に入ってしまったヒュウガとシェーンに、飽き飽きとした表情のヨシノが割って入る。どうやらヨシノにとってはこの光景は見慣れたもののようで、はぁ、と小さくため息をついたのを彰は見逃さなかった。
ヨシノの言葉で正気に戻ったヒュウガは改めてシェーンの手を取る。あまりにも自然に行われた動作に改めて二人の仲を思い知らされる。
「っとと、そうだったな。行こうシェーン」
「四宮、一ノ瀬……さっさと終わらせて帰ってくるから、首を洗って待ってなさい!」
「じゃあな二人とも、また今度!」
お決まりとも言える捨て台詞と共にヒュウガたちは訓練場を後にする。忙しない二人を見送ると、ヨシノはもう一度息を吐いて彰に向き直った。
「それじゃあ休憩も終わったことだし、続きをしましょうか」
「いや、もっとこう……無事を祈ってる、とかはないのか?」
「心配する理由がないわ」
ヨシノの言葉にはシェーンたちへの気遣いが一切感じられないものだった。冷たく、突き放すような物言いは、自分に向けられたものでないとわかっていても心の底から感情が冷え込んでいきそうなほどだ。
「シェーンとヒュウガが負けるわけがないわ。あの二人の連携は私以上だもの。心配するだけ無駄なのよ」
その言葉は、確かにシェーンを認めている言葉だ。珍しくヨシノの言葉に感情が込められていて、彰は思わずクスリと笑い声を漏らしてしまう。
「それ、本人の前で言ってあげた方がよかったんじゃないか?」
「絶対に嫌よ。シェーンは調子に乗るわ」
「乗るな、絶対に」
ヨシノとシェーンの関係を少し理解することが出来た彰であった。そしてまた、ヨシノの普段とは違う一面を知れた。好きな女の子の新しい