ヒリついた空気の中で唯一笑みを浮かべるのは金色の少女シェーン。それは人の笑みとは思えないとても邪悪なもので、否が応でもヨシノの言葉が現実味を帯びてしまう。
「ヒュウガはどこに行ったのかしら。それとも、あなたが食べた?」
「ひゅうが……? ああ、シェーンの思い人のこと! さあ?」
説明してる暇などない状況で、ヨシノはまずバグとの意思疎通を図った。もちろんそれは戦わない為の手段では無く、同じく任務に携わった同士の安否を気にしてのことだった。
いや、正確には少し違う。
ヨシノが気にしているのはヒュウガの安否では無い。目の前のシェーンがシェーンではないように――ヒュウガもまた、ヒュウガではない可能性がある。
可能性を潰しておきたいのだろう。目の前の敵性存在が、どれほどの知恵が回るのかも判断材料になる。
つまるところ、ヨシノがしていることは全て等しく――バグを討つことへと繋がっているのだ。
もっとも、彰はそんなことを知る由もない。
事態を飲み込めていない彰は、今でも目の前の光景を信じられないでいる。それでもシェーンという少女が、敵意を持って自分たちと相対している現実だけは理解していた。
けれど。『けれど』だ。
敵である。自分たち守護者の敵であるということは――バグである。
バグ。そう、バグだ。彰の頭の中をヨシノの言葉がぐるぐる回り続けている。
“シェーン・アルジリオはバグに喰われた。そして、バグにその存在を奪われたのよ”
ヨシノに聞ける状況ではない。だから、そのままの意味で飲み込むしかない。
食われた。バグに。あの時の、ネールの姉と同じように。
それは、死んだということだ。
『死んだ』のだ。
「……っ」
覚悟は出来ているはずだった。見知った人が死ぬことは、ヨシノからも警告を受けていた。
なのに、なのに――どうしても足が動かない。口が動かない。カラカラに口は渇き、激しくなる動悸が不安を煽る。
言葉に出来ない。態度に出してはいけない。今この緊迫した状況で、彰が絶対にしてはならない行動は、取り乱すことだ。
バグは討たなければならない。シェーンの仇を取るべきだ。その為にヨシノの援護をするべきだ。でもヒュウガはどこに。ヨシノはどうしてヒュウガのことを聞いているのか。シェーンが握っている弓はどうすればいい。
巡る思考は混戦し解答を導き出せないでいる。それでもなんとか平静を保てているのだから、それなりに彰も守護者としての自覚は出来ているのだろう。
「知らないわ。
「……つまり、あなたは食べていないということね」
「ええ! これまでに十人くらいは食べてきてわかったの。男は不味い。私が欲しいのは女の子だって。ええ、ええ、ええ! だからこの子も綺麗に食べたわ。骨も残さず食べたわ。全部私の血肉として生きてくれてるわ!」
シェーン/バグは恍惚とした表情でその場でくるくると踊り出す。あからさますぎる隙を見せられては、ヨシノは思い切って攻めることを封じられてしまう。
「ああ、ああ、ああ! 凄い、私今満たされている! 私は世界にいる。私はここにいる。私はもうあんな寂しくて苦しい思いをしなくていい。しなくていいの! だって私は、シェーン・アルジリオなんだから!」
「違うわ。……違うわ。あなたはシェーンではない。あなたはシェーンにはなれない」
その声は、ヨシノの言葉とは思えなかった。熱を、感情を確かに感じた。
冷たい表情のままで言葉に命が灯る。それは激昂と決意。激情の炎とそれを強引に押し止める氷の意思が混ざり合った二律背反。
ヨシノ・四宮が剣を抜く。シェーン・アルジリオはケラケラと道化の笑みで矢を番えた。
「どうしてそんなことを言うの。私はこんなにもあなたのことが大好きなのに、ねえ、ヨシノ!」
「っ――。その顔で、その声で、その言葉を吐かない方がいいわ」
「あら?」
「私が手を緩めると思ってるなら大間違いよ」
それは一瞬の出来事。瞬きをする間にヨシノはシェーンの懐へ潜り込んでいた。剣を下段から上段へ、ひと思いに振り切る。
逆袈裟に両断する為に振り上げた一撃は、しかして虚空を切るだけだった。
「――っ!」
「ええ。わかっているわ。ヨシノ・四宮なら同志が敵になっても手を抜かないことくらい、“シェーン・アルジリオ”は理解しているわ。だから!」
「がっ……」
「ヨシノ!」
シェーンはヨシノの行動を読んでいた。シェーン・アルジリオの記憶からヨシノがどんな行動を選択するかを理解していた。もちろん全てを理解出来ているわけではない。そんな未来予知めいたことは出来やしない。
けれど、ヨシノ・四宮という少女が少なからず同胞を手にかける行為に動揺することは理解出来ていた。
だからこそ、自分自身を囮に出来る。迫ってきたヨシノの速度はシェーン・アルジリオの記憶にあったのだから、後は反応できるかだけ。
反応できた。反応できる自信しかなかった。賭けでもないなんでもない、今の自分自身のスペックを理解しているから。剣を回避し、カウンターで拳を入れることくらい造作もない。
それだけシェーンは、シェーン・アルジリオよりも身体能力が優れているということを自覚している。
「こ、の……!」
「私が欲しかったのはあなたのその一瞬よ。動揺して、いつもより剣筋が鈍る。だってあなたのカムイは完成してないもの。でも私を殺すなら剣のカムイを使うしかない。瞬きの間に近づいて、不意を突くように切るのがあなたの基本。でも残念。私にはその知識がある。それなら対策くらいは容易でしょう? だってほら、私はシェーンなのだから、あなたと何度も訓練をしたシェーンなのだから!」
「ヨシノ、下がってくれ。俺が時間を稼ぐから!」
拳の一撃を受けた腹部を押さえながら、ヨシノは彰と並ぶように後方へ跳んだ。
彰はヨシノを庇うように前に躍り出る。ようやく手に馴染んできたばかりのカムイを握りしめ、震える手足を歯を食いしばって押さえ込む。
前に出た彰を見て、シェーンはピタリと動きを止める。まるで観察するかのように、不気味な無表情で彰を捉える。
足、腰、腹、胸、首、肩、腕と視線をギョロギョロ動かして、首をかしげながら口角を吊り上げる。
「あら。あらあら。あなた、あなたも同類なのね! わかるわわかるわ。でもどうして『そちら』にいるの?」
「俺は……俺はバグじゃない。俺は人間だ。人間で、守護者新米の、一ノ瀬彰だ!」
「えー……バグのくせにぃー?」
「俺は人を喰ったりしない!」
シェーンの話口調は先ほどとは明らかに違う。舌っ足らずな喋り方は、おそらくバグ本体の喋り方なのだろう。
少しでもヨシノが調子を取り戻す時間を稼ごうと問答を繰り返すも、シェーンはそれはさせないとばかりに弓を構える。
「ま、いいわ。とりあえずあなたたちを殺して、世界の全部を食べようと思うわ。だってそうでもしないと私が物足りないもの。もっともっと、私は満たされたいの。世界を私で満たしたいの!」
狂気にも似た――いや、狂気そのものの言葉がシェーンの口から紡がれる。シェーン・アルジリオのカムイを握りしめ、シェーンはケタケタと狂気に笑みを浮かべて弦を引く。
「呼応しなさいロードカムイ。私はシェーンなのだから!」
放たれた弓が、流星となって降り注ぐ。光の奔流が彰とヨシノを覆い尽くすように襲いかかる――!