fortune tale   作:瑠川Abel

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問われる覚悟

 

 

 

 最初に聞こえたのは声。そして次は、爆発音。

 それは地中から聞こえてきたものだった。音と同時に地面が爆発し、彰とシェーンの距離を物理的にこじ開ける。大地の中から飛び出してきたのは、行方不明だったヒュウガ・ココノエ。

 シェーンの前に降り立ったヒュウガは剣を正面で構える。そんなヒュウガを見てシェーンは微笑ましい笑みを浮かべると同時に、ヒュウガの行動に首を傾げた。

 

「あらヒュウガ、どこに隠れてたかと思ったら――あら?」

「一旦退くぞ、四宮、一ノ瀬!」

「……そうね。さすがに条件が悪いわ」

「でも、どこに!?」

 

 ヒュウガが選んだのは、撤退だった。現状ではシェーンを倒す術がないとばかりに、背を向けて彰とヨシノの手を取る。

 ヨシノも状況を理解していたからこそヒュウガの提案に賛成する。彰は撤退の判断にはすぐに従ったが、壊れた町の中でどこに逃げ隠れればいいのかわからず混乱している。

 

「こっちだ、よ!」

 

 彰の問いに答えたヒュウガが自分のカムイを大地に突き刺す。刺された地面が爆発を起こし、砂煙と石つぶてがシェーンを襲う。

 それが何の意味もないことはヒュウガもわかっている。いや、この場にいる誰よりも現状の過酷さを理解している。

 だからこそ、ヒュウガはそれを選択した。一瞬だけでも視界を奪うことが出来れば、逃げ込むことが出来る。

 目の前の少女はシェーンではない。自分の相棒であるシェーン・アルジリオではない――バグなのだ。

 

「位相差結界、起動!」

 

 それはヨシノが使った物と同じ、本来バグが送られてしまう次元へのアクセス。生きている次元から一つ下の次元へ移動し、本来の次元への影響を抑えて戦うための手段。

 ヒュウガが撤退場所として指定したのはその結界だ。

 

「でも、その結界だとバグに追いつかれるんじゃないか!?」

「大丈夫だ。バグはこの結界には入ってこない。入りたくないんだ!」

 

 彰の疑問はもっともである。バグはその次元から来たのだから、そこに逃げ込んだとしても容易に追いつかれてしまうのではないか、と。

 けれどヒュウガは大丈夫だと言い切った。続けての『入りたくない』には、どんな意味が込められているのか。ちらりとシェーンの方へ視線を向けると、その言葉の意味がすぐに理解出来た。

 

「……っ。忌々しい。忌々しい。私にそこへ行けと? 私が捨てられた世界に、行けと!?」

 

 シェーンは露骨に結界への侵入を嫌がっている。憎しみのこもった瞳でヒュウガの背中を睨めつけ、その場から一歩も追いかけようとしてこない。

 

「……あそこまで存在を喰らい、存在を得たバグはあの次元への侵入を拒むわ。当然よ。誰が好き好んで忘れ去られた場所へ戻ろうとするの? 戻れなかったら、また孤独の世界に逆戻り。バグはどんなものよりも拒絶の世界を嫌悪しているわ」

「そうか、そう、なのか……」

 

 怨嗟のこもったシェーンの瞳を見ると、どうしても彰の脳裏には「バグもまた世界の犠牲者」という考えが過ぎってしまう。

 右腕がざわつく。本能的に違う次元に入ることを拒んでいるのか。

 うずき出す右腕を押さえながら、彰はヨシノとヒュウガに続けて結界に飛び込んだ。

 

「……逃げられちゃった。まあいいわ。それなら私は食事を再開するだけだしぃ」

 

 ………

 ……

 …

 

 シェーンが見える。けれど、シェーンはこちらを見ているようで見ていない。視線は合っているはずなのに、シェーンはこちらを見ていない。見えていない(・・・・・・)

 これが、次元が違う世界の本質。バグがいる孤独の世界。

 シェーン、を喰らったバグがいた世界。

 

「……見えてるのに、見えないんだな」

「そうよ。これがバグの世界。拒絶の世界とも言われているわ」

「拒絶……」

 

 こちらから一方的にシェーンを観測できることは僥倖だった。シェーンの行動をつぶさに監視出来るこの状況は、次の手を考えるのに打って付けだ。

 しかし逆に言えばお互いに干渉できない。シェーンが虐殺を始めれば、止めることが出来ない。

 

「お喋りしている余裕はない。応急処置と作戦の立案を急ぐぞ」

 

 よく見ればこの場の誰よりもヒュウガはボロボロだった。立って歩いていることさえ不思議に見えるほど満身創痍な彼は、かろうじて剣を杖代わりにして立っている。

 

「時間を掛ければ掛けるほどバグは人を喰らって存在を得ていく。喰えば喰うほど生命力を増し、手に負えなくなる」

「さっき一回殺したけど、全然余裕そうに見えたわ」

「すでに俺が三度殺しているが、全然足りない……違うな。シェーンを喰らい取り込んだことで、力の使い方を理解してしまった感じだな」

「百人以上なら基本的に十回ほどよね。なら……単純計算でもあと六回ね」

 

 ヨシノとヒュウガは冷静に状況の分析を行う。バグの特性を把握し、対策と手段を検討していく。

 彰は作戦を聞くことしか出来ない。まだ知識も何もない以上、彰に出来るの場を乱さないことだ。

 

 とにかく、時間がない。

 

「っ……あと二回なら俺が出来る。ブラストゲインも保つ」

「それであと四回ね。なら、私がやるわ」

「……出来るのか? 詳しくはわからないが、さっきのあれ(・・)は乱発出来るものじゃないんだろう?」

「ええ。乱発は出来ないしあれはそもそももう使えないわ。使えば私は動けなくなるし、そうなったら次は私が喰われるわ」

「それは駄目だ! ヨシノが喰われるくらいなら、俺が囮になったほうがいい!」

「急に入ってきて叫ばないの。喰われるつもりはないわ」

 

 仮定の話とはいえ、ヨシノの口から死を連想される言葉が出てくるのは心臓に悪い。

 しかし二人の話を纏めても、シェーンを倒しきる算段が付いているようには思えない。

 

「俺は……どうすればいい?」

「今のバグはさすがに彰の手に余るわ。無理はしないで」

「でも……」

「そもそもあなたはまだ整理が出来ていないでしょう? シェーンの見た目をしているバグを殺すことに、抵抗があるわ」

「それは……っ」

 

 ヨシノの言葉通りだった。相対して、バグであるとはわかっているが――それでも、姿形はシェーンなのだ。少ししか言葉を交わしていないが、それでも彼女の人となりはある程度理解しているつもりだ。

 あれは、間違いなくシェーンだ。間違えようがないほどに、先日話したシェーンその人なのだ。

 

 ……瓜二つの他人ならば、よかったのに。

 

「一ノ瀬、無理ならこのままここに残っててもいいんだ。バグは俺と四宮で討つ。守護者の先輩として、な」

「……それは、違うだろ。今この場で一番辛いのは、ヒュウガじゃないのか!?」

 

 彰だって二人のやりとりを見ていたからこそわかるものがある。

 ヒュウガにとって大切なパートナー。そして、シェーンにとってもヒュウガは大切なパートナーだった。お互いがお互いを尊重し、欠けることを許さなかった、まさに理想のコンビ。

 二人の間に流れている空気だけでもそれがわかったんだ。ならば自分よりも付き合いの長いヨシノや、ましてや本人であるヒュウガなら、その気持ちは痛いほどわかるはずだ。

 

「一ノ瀬。……いや、彰」

 

 ヒュウガは目を細めて、彰に微笑みを向ける。それは感謝の気持ちが込められたものだ。思いを汲み取ってくれた彰へ向けた、ヒュウガなりの礼だ。

 

「バグは討つ。あれはシェーンじゃない。シェーンの姿をしているだけの、世界の敵だ。声も、顔も、仕草も。何もかもがシェーンであっても――俺は、彼女を殺す。だって俺は、守護者だから」

 

 それはまるで呪詛のように、自らに言い聞かせるように、ヒュウガは冷酷な瞳で断言した。

 

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