「とにかく命を繋ぐことを最優先にしてください! 細かい治療はあとでボクがやります!」
忙しない怒号が飛び交う中で、彰は意識を取り戻した。視界に飛び込んでくるのは見知った少女シオンの顔であるが、像がぼやけていまいちシオンをシオンとして認識できないでいた。
「……う、あ」
「彰くん、目が覚めちゃいました? まだ一時間も経ってませんが……」
「ここ、は」
「グロリアス・シックスの集中治療室です。……まだ意識は覚醒しきってないみたいですね。ゆっくり休んでください」
「ぐろ……」
「詳しくは、元気になってからです」
「まって、くれ。ヒュウガ、は……がっ」
シオンの言葉にどうにか応えようと手を伸ばすが、胸に走る痛みがそれをさせない。針を刺した程度では生ぬるい激痛が彰を襲い、目覚めたばかりの意識を強引に奪おうとする。
おぼろげな意識の中で真っ先に思ったのは、誰よりも肉体的にも精神的にも重傷を負ったヒュウガのことだ。彼は今、どうしているのだろうか。生きているのかどうかすら、わからない。
「はい、ゆっくり呼吸してください。すー、はー、って。胸に大穴空いてたんですから、動くのもやめた方がいいですよ」
シオンが彰の胸を優しく撫でると、痛みが少しずつ引いていく。手に宿る淡い光は治癒魔法のものだが、彰は顔を起こすことも出来ないでぜー、ぜーと息を吐いている。
「ヒュウガくんも隣で寝ています。彰くんよりも重傷ですから、ね」
寂しげにシオンは隣のベッドで眠っているヒュウガに目を向ける。口元には人工呼吸器が付けられ、いくつもの機械に囲まれているヒュウガはどこからどう見ても大丈夫には見えなかった。
輸血と点滴、身体の至る所に電極が取り付けられている。ぴ、ぴ、と断続的に聞こえてくる電子音こそが、ヒュウガが生きている証拠――心臓の鼓動である。
「応急処置は済んでいます。今は治療班で代わる代わる治癒魔法による治療を行っています。ここまで重傷だとすぐに回復は出来ないんですよ」
「……はぁ、はぁ、う、ぐ……!」
「痛みますか。でもその痛みが、彰くんが生きているって証です」
「生きて……生きて、る」
「はい。彰くんは生きてます。ここにいます」
ぎゅ、とシオンが彰の手を握る。握られた感覚は薄いが、確かにシオンの温もりを感じる。いつも感じていた優しい温もりは、わずかばかりだが痛みを和らげてくれる。
「ヨシノちゃんも別室で治療を受けています。でも彰くんたちと違って命に別状はありませんので、今は自分の治療に集中してください」
「そう、か……でも、シェーン、は」
「……シェーンちゃんのことは、残念です。シェーンちゃんほどの守護者を殺せるバグであるとの情報はありませんでした。調査班の不手際です」
シオンはシオンですでに被害状況を把握していたのだろう。彰が必要以上に気負わなくていいように、優しい言い回しで話の矛先をずらす。
痛む身体をなんとか動かして、彰は腕で目を覆った。顔を見られたくない……それを悟ったシオンは、そっと治癒魔法に集中する。
「彰くん、今は眠ってください。ゆっくり眠って、身体を癒やして……難しいことを考えるのが、身体が元気になってからです」
染み渡るような優しい言葉。辛い現実から逃げ出したくなることを、シオンは否定しない。事情を全て知っているからこその対応だろう。
シオンの優しさに目尻に涙を浮かべながら、彰はそっと意識を手放そうとして――。
「元気にしているか。ココノエ、一ノ瀬!」
――やかましい声に、強引に現実に引き戻された。
叩きつけるように扉を開けたのはセレスティアだった。ズカズカとスタッフの制止を振り切って、二人のベッドの間までやってくる。
「何をしに来たんですか、セレスくんちゃん。今は絶対安静な状況で――」
「いてもたってもいられなくなってな。なあ、ココノエ!」
未だ意識を取り戻していないヒュウガにセレスティアは大声で語りかける。あまりに逸脱した行動に、さすがのシオンも怒りを隠そうともしない。
「……セレスくんちゃん。ヒュウガくんは絶対安静です。騒がずに退室してください」
「それは出来んよ。なぜならオレは『今の』ココノエに問いかけねばならないのだからな!」
「スタッフ、追い出していいください!」
シオンの言葉に従って三人のスタッフがセレスティアを捕まえに動き出す。だが当の本人であるセレスティアは関係ないとばかりにヒュウガへ声を張り上げた。
「答えろココノエっ! 貴様は新型のカムイが欲しいか? それともこいつが欲しいか! 貴様の愛した女が遺した、ロードバロンが!」
セレスティアの声が部屋に響く。その手に浮かび上がったのは、ダウンサイズされたロードバロン。映像を出力しているのか、セレスティアの手のひらの上でロードバロンはふらふらと回転している。
う、あ――とうめき声が漏れた。目を見開いたヒュウガは、未だ動かぬ身体に力を込めて、セレスティアに向けて手を伸ばす。
「力が、欲しい。一体でも多くのバグを、討つ、ために。俺は、なるんだ。創星将に……っ。その為の力が、欲しい。死んでしまったシェーンのためにも……!」
「そうだろう。今の貴様は安静なんて望みたくもないだろう。失意のままに気落ちするほど柔じゃないだろう。さあ答えろ、ヒュウガ・ココノエ。オレに、開発局に何を求めるか!」
「そいつ、だ……彼女の、シェーンのカムイ。それを、オレに……オレに、寄越せ……!」
「いい返事だココノエっ! 貴様のその願い、確かにオレが叶えよう! ロードバロンを見事に改修し、新生させてやろう!」
「頼ん、だぞ……せれ、す……っ」
「ああもうもう一度眠ってください、睡眠魔法を使います!」
セレスティアの問いかけに答えたヒュウガはシオンの魔法によってすぐに眠りに入る。
騒がしさにすっかり意識が覚醒してしまった彰は、首を横に向けながらその一部始終を眺めていた。
ふははははと尚も笑い続けるセレスティアに、ヨシノの「変人」という言葉を思い出す。
(……こりゃ、確かに変人だわ)
それでもセレスティアにとっては大事な質問だったのだろう。ヒュウガの心を保たせるために、あえて挑発するかのように言い放った。ヒュウガが覚醒したのは偶然かもしれないが、結果的にセレスティアの望む答えは返ってきた。
「ではオレは早速改修作業を始めるとしよう。ブラストゲインとロードバロンのデータを統合し、新たなカムイを作らねばならんからな!」
「セ~レ~ス~くんちゃん~?」
「……っ。おやおやトキモリ女史。失礼した。これにて退散させてもらう」
「逃がすと、思ってますか?」
「退室を促していたのはトキモリ女史だが?」
「患者に無理をさせた人を、ボクが見逃すとでも?」
「ははははは!」
「ふふふふふ」
セレスティアとシオンが笑っている。だがシオンの笑顔にはまったく感情が籠もっていない。セレスティアの額に冷や汗が流れている。明らかに、緊迫した状況だ。
「…………………さらばだ!」
一瞬の虚を突いてセレスティアが脱兎の如く駆け出した。瞬く間に扉が開かれ、セレスティアは扉の向こう側へ姿を消そうとして。
「――逃がすと思ってるんですか?」
「なぁにぃ!?」
「……はっや」
セレスティアの後ろに、シオンが回り込んでいた。彰もセレスティアも何が起こったのか理解出来ないでいた。魔法なのかと疑ったが、シオンは自分で「治癒魔法と身体強化しかできない」と公言している。わざわざ彰に嘘を吐く理由はないだろう。
「さ、セレスくんちゃんはお仕置きですねー」
「ま、待ってくれ! オレはカムイの新造をしなくては――」
「どっちみちヒュウガくんが全快するまでカムイの使用は禁止です! 無茶なこと、お姉さんは許しませんからね!」
「や、やめるんだトキモリ女史。オレは戦闘部隊の守護者ではない!」
「地獄のお仕置きコースに連れて行きます!」
「やぁぁぁぁめぇぇぇぇてぇぇぇぇぇぇぇくぅぅぅぅぅれぇぇぇぇぇぇぇ……」
ずるずるとシオンに引きずられる形でセレスティアが扉の向こうへ消えていく。
何が起こったかも何が起きるのかもわからない彰は、とりあえず眠ることにした。
今の自分に出来ることは、とにかく傷を癒やすことだけだ。
「……南無南無」
見殺しにしたも同然なセレスティアに向かって、ひとまず合唱だけしておいた。