fortune tale   作:瑠川Abel

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背中越しに

 

 

 

 振り下ろされた木刀が受け止められる。衝突による振動は身体の芯まで響き鈍い痛みを引きずり出す。しかしそれでも身体が十分に動くことを確認すると、彰とヒュウガはお互いに笑い合って距離を取った。

 あれ(任務)から一ヶ月の時が経っていた。

 ようやく二人はシオンから身体を動かす許可が下りたので、こうして訓練と称して模擬戦を繰り返している。

 

「完治、とはいかないな。さすがに動きが鈍い。……まあ、一ヶ月もベッドの上にいればこうなるか」

「衰えてるお前にすら勝てる自信がない……」

「そこはほら、まあ年期が違うからな。具体的には二年くらい」

「具体的すぎて萎えるんだが」

「ははは。悪い悪い。いつもシェーンとか四宮にぼこられる毎日だったし、彰もそのうち俺くらいにはなれるよ」

 

 彰は一週間ばかしヒュウガより早く治療は終えていた。だが何かあっても困ると、シオンからキツめに自粛するように言われていたのだ。

 胸を貫かれた彰と、全身に傷を負っていたヒュウガ。実を言うと、彰の方がよっぽど致命傷を受けていたのだ。そのことを教えてくれたのは、治療が終わるほんの数日前のことだった。

 

「これでようやく任務を受けられる」

「……真面目だなぁ」

「俺にはそれしか残ってないからな」

 

 正直に言って、彰からすればどうしてヒュウガがまだ剣を執っているのかわからないでいた。好きな人を失い、命まで失いそうになって、それでもまだヒュウガの心は折れないでいた。

 ヒュウガは妹を失った。しかも、バグとして。拠り所であった妹を失い、自分を助けてくれたシェーンをも失ってしまった。どうして、とは聞けなかった。今のヒュウガが、立ち直っているようには見えなかったから。

 けれどヒュウガは、そんな彰の内心を見透かしたかのように言葉を繋げる。

 

「……ここで俺が折れたら、それこそシェーンは無駄死にだ。シェーンが無駄に命を落としたのなら、あのとき俺の命を救ったことこそが彼女が命を落とした原因になる。俺は、彼女が生きた証として生き続ける。立ち上がり、彼女が救った証として剣を執る。それこそが俺に出来る恩返しなんだ」

 

 ヒュウガの言葉は眩しいものだった。もし。もしも、自分が同じ境遇に立たされたら――果たして彰は、立ち上がることが出来るのだろう。

 ヨシノを失ったら、考えたくもない結末だ。きっと自分は弱いから、折れた心のままバグになり、見知らぬ守護者に討たれるだろう。

 それは、嫌だ。彰が導き出せる答えは、どうすればヨシノを守りきれるかに集約される。

 

 きっとそれは、ヒュウガとは違う結論。彰はヨシノを守れるのなら、自分の命を投げ出せる。

 そもそもヨシノに救われた命だ。ヨシノがあのまま退かなければ、自分はバグとして殺されていた。

 

「ヒュウガは強いんだな」

「そこまで強くないさ。でも、強くなるってシェーンと約束してるから。強くなって、いつか、世界を守れる創星将になるって決めてるから」

「創星将?」

「知らないのか?」

 

 聞き覚えのない単語に思わず彰は首を傾げた。名前のニュアンスからして自分たち守護者に関わりのある存在ということは予測できるが、そこから先は何も思い浮かばない。

 

「創星将ってのはな――」

「彰、ヒュウガ。ここにいたのね」

 

 ヒュウガが目を輝かせて語り出そうとしたところを、入室してきたヨシノが遮ってしまった。

 ちょうどよく言葉を遮られたヒュウガは言葉に詰まり、ヨシノはヨシノで邪魔をしてしまったのだと察したようだ。

 

「ごめんなさいね。男同士の会話に混ざるのは無粋よね」

「いやいやそういう話題じゃないから! な、ヒュウガ!」

「あ、ああ。当たり前だ!」

「あら、そうなのね。ヒュウガに伝言があったのだけど、いいかしら」

 

 どうやらヨシノの用事はヒュウガが目的だったようだ。話を再開する空気でもないヒュウガは、視線だけで彰に謝罪の意思を送る。

 彰はそれを了承して頷くと、ヒュウガは改めてヨシノに振り向いた。

 

「大丈夫だ。で、俺に用事ってのはなんなんだ?」

「セレスティアが呼んでいたわ。調整をしたいから来て欲しいって」

「お、そうなのか。ようやく完成したのか!」

 

 セレスティアが絡んでいるとなれば、当然ヒュウガの新たなカムイのことだろう。ロードバロンを改修すると息巻いていたセレスティアの新作ならば、それは期待していいものだろう。

 

「よし、じゃあ早速行くとするか!」

「お、じゃあ俺も興味あるからついて行こうかな」

「構わないさ。試運転の許可が下りればそのまま模擬戦も付き合ってくれよ!」

「おう!」

 

 新しいカムイに興味津々な彰はヒュウガについて行こうとする。だがそれをヨシノが引き留めた。

 

「彰は駄目よ。用事があるから」

「え?」

 

 彰としては初耳である。特に何かを約束した覚えはないのだが、ヨシノが言うのだから何かあるのだろう。

 チラリと目配せすると、今度はヒュウガが了承の意味で頷いた。共に生死の境を彷徨ったからか、二人はすっかり打ち解けている。

 

「よし彰、任務がなかったら連絡するから、そしたら模擬戦やろうな!」

「あ、ああ! 連絡待ってるぜ!」

 

 駆け足気味に退室するヒュウガの背中を二人で見送ると、彰は改めてヨシノに振り向いた。

 

「で、用事ってなんだったんだ? 連絡はなかったはず……だよな?」

「ええ。連絡はしてなかったわ。……あなたが回復するのを待っていたのよ」

「え?」

「ねえ彰、連れて行って欲しい場所があるの」

「デートのお誘い!?」

「そこまで前向きな貴方にしか頼めないことよ」

 

 ヨシノからの申し出に否が応でもテンションが上がってしまう彰であったが、ヨシノの態度は何処かよそよそしい。いつもより堅い雰囲気を感じ取った彰は、少しでも明るくしようと気丈に振る舞う。

 

「ヨシノの頼みだったらなんだって叶えるぜ! 俺に任せてくれ!」

「そう。じゃあ貴方の部屋に連れて行って」

「ほわい!?」

 

 ヨシノからの申し出は、予想の斜め上を突き破るものだった。何を言われたのか突然すぎて理解出来なかった彰だが、ヨシノはそんな彰を気にせずに手を取った。

 自分よりも小さく柔らかい手が触れてきて、彰は余計に緊張してしまう。ヨシノに連れられるがままに、彰は自分の部屋へと戻るのであった。

 

「……さ、さあヨシノ。ここが俺の部屋だ」

「案外片付いてるのね」

「ずっと治療で買い物とかもいけてなかったしな」

「……そうだったわね」

 

 部屋に入ってきたヨシノはキョロキョロと部屋を見回している。好きな女の子が自分のプライベート空間にいるというだけで彰の緊張はピークに達してしまう。

 

「よ、ヨシノ。お茶でも飲むか――ッ!?」

 

 場を和ませようと飲み物を用意しようとした彰の背中に、そっとヨシノが抱きついた。

 何が起こったかまたも混乱してしまった彰は身体を硬直させてしまう。それを感じ取ったヨシノは抱きしめる腕に力を込めた。

 

「よ、ヨシノ?」

「……少しだけ、背中を貸して。誰にもこんな姿を見せたくないの」

 

 そこで彰は、ヨシノが震えていることに気が付いた。誰にも見せたくない――誰にも弱いところを見せたくないというヨシノを意を汲んで、彰は背中を貸すことにした。

 すすり泣く声もかすかに聞こえてくる。ヨシノが泣く姿など想像もしていなかった彰は動揺してしまうが、決して泣いているヨシノには悟られないように平静に努めてみせた。

 

(……ああ、そうか)

 

 思えば彰が治療中の間、まともにヨシノと会話をしていなかった。彰が治療中の間もヨシノには単独の任務が振られ、ヨシノは何も告げずに任務に赴いてしまうことばかりだった。

 寂しさはもちろんあった。でも、ヨシノが彰に何も告げずにいたことには、大きな理由だあったのだ。

 

(ヨシノも……シェーンのことを、引きずってる)

 

 ヨシノとシェーンの仲については、ヒュウガから聞いた話や出会った日のことしかわからない。でも、ヒュウガは確かに言っていた。

 

"四宮は自分に追いすがろうとしているシェーンだけは認めてるんだよ。ありゃ相当な負けず嫌いだ。シェーンが頑張れば頑張るほど、四宮もそれ以上の成績を叩き出してきた。それだけ、シェーンのことを認めてるんだよ"

 

 認めている相手が、言葉にしていなくてもライバルに足る存在が、死んでしまった。それはまだ年若い彰やヨシノには重い枷となってしまっている。

 それでもヨシノは気丈に振る舞っていた。任務に没頭することで目を背けていた。

 

 もう限界だったのだろう。ヨシノは誰かに弱さを見せようとはしない少女だ。そんなヨシノが、背中越しでも彰には弱さを曝け出している。

 シェーンを失ったことは悲しいことだ。でも彰は、少しでもヨシノが自分を頼ってくれたのがたまらなく嬉しかった。

 今も背中で泣いているヨシノに、彰はそっと言葉を投げかける。

 

「ヨシノ、俺、頑張るよ。強くなって、君の隣に立って、君を守る。二人で生き残ろう。俺は、君のために剣を執る」

 

 抱きしめられていた手に自分の手を重ね、彰は固まった決意を言葉にする。

 自分にはヨシノしかいないのだ。シオンやセレスティア、ヒュウガと知り合った仲間はいるが、自分の本当の境遇を知っているのはヨシノだけなのだ。

 ヨシノの為に命を捨てる覚悟は出来ている。でもそれは決してヨシノの前に口にしない。

 

 少しだけヨシノの弱さを知った人として、彰はヨシノの為に剣を執ることを胸に刻む。

 

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