「カイゼルベント、薙ぎ払えッ!!!」
「■■■■■~~~ッ!?」
彰が大振りでカイゼルベントを振り下ろす。死角からの一撃はバグを両断し、命を奪う。
崩れゆくバグの身体へ振り向くこともせず、彰は大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
お疲れ様、とそんな彰に声を掛けたのはヨシノだ。ボロボロな彰と打って変わって、ヨシノは傷一つ負ってないどころか衣服に汚れも付いていない。
それもそうだ。今回に限っては、彰一人の力でバグを討ったのだ。
最初は反対していた――少なからずバグへの同情の思いを抱えている彰は抵抗していたが、割り切るしかないとヨシノに言われれば逆らうことなど出来ないのだ。
バグを救うことは出来ない。
かろうじて彰はヒトとして踏みとどまっているだけの特例である。
それを何度も言われては、彰も反論の余地がない。
「……なぁ、ヨシノ。聞きたいことがいくつかあるんだけど」
「何かしら」
「この炎って……いったい、なんなんだ?」
体力を取り戻した彰は手のひらに金色の炎を浮かび上がらせる。
シェーン――あのバグとの戦いで、彰は感覚的に炎の出し方を覚えた。今では好きな時に炎を出すことが出来るし、ヨシノのようにカムイに炎を纏わせることも出来る。
先の戦闘でそれをしなかったのは、この炎に少なからずバグの理性を取り戻す力があると知っているからだ。
炎を浴びせれば、バグは人としての理性を取り戻す。
だがシェーンの時はもう手遅れだった。拒絶され絶望し世界を恨んでしまったバグは、理性を取り戻す程度じゃ正気に戻ることはなかった。
それに、だ。
中途半端に理性を取り戻しても、自分のしたことに後悔してしまうだろう。その結果として命を落としてしまうかもしれない。
そんな半端な優しさは掛けられない。それが、彰の決めた自分への枷だ。
バグになってしまったのなら、バグとして討つ。
人ではないと、割り切るしかないのだ。
「……そうね。貴方も使えるようになったのだから、知っておいたほうがいいわね」
ヨシノは話すのを躊躇っているようにも見て取れた。けれど、知っておいた方がいいと確かに言った。
何か深刻なデメリットがあるのかもしれない。彰は息を呑んで、ヨシノの言葉を待つ。
小さな口がゆっくりと開いていく。思わず注視してしまい、慌てて顔を逸らした。
大事な話を振ったのは自分からなのに、色ぼけしてどうするんだと自戒する。
「この炎は、『
「変化?」
「ええ。わかりやすく言うなら、私のこの
「命を!? そ、そんなことをしてたら、死んじゃうだろ!?」
「人はそんな簡単に死なないわ。それに、変化させてると言っても寿命そのものじゃないわ。生命力――まあ、体力と言った方がいいわね」
「本当に? ヨシノが死ぬとか、俺は嫌だぞ……」
「そんな捨てられた子犬のような目をしないで。大丈夫だから。私は死なないわよ」
「よかったぁ……」
彰の心の底からの安堵のため息に、ヨシノは思わず苦笑する。相変わらずヨシノを優先する彰の態度は、これまでずっと一人だったヨシノにはくすぐったい。
「それじゃあ、俺は何を変化させてるんだ?」
「そればかりは私もわからないわ。貴方自身が気付いてないのなら、まずは何を変化させているか自覚した方が良いわ」
「そうか。……出来るかなぁ」
「出来るわよ。炎に選ばれたのだから」
ヨシノの言葉に彰は首を傾げた。ヨシノ自身も炎については詳しくないと言っていた。そして続けて出てきた、『選ばれた』という言葉。
「なあヨシノ、選ばれたってどういうことなんだ?」
「……そうね。なんと言えばいいのかしら」
珍しくヨシノが言葉を濁した。何をどう言葉にすればいいのか考えているようで、顎に指を当てて思案に耽っている。思考を巡らせているヨシノもまた綺麗だな、と呆けてしまうのはもう彰の悪癖だが、こればかりはどうしようもない。
「私にこの炎を教えてくれた人がいたのよ。名前も知らない人だけど」
懐かしむようにヨシノが口を開く。一言一句を思い出すように、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。
『その炎に選ばれたのなら、君はいつか世界に関わるだろう。けれどその炎は秘密にしておいたほうが良い。それを利用しようとする悪もまた、世界にいるのだから。いいかい、
ヨシノの瞳は何処か遠くを見ている。懐かしさに思いを馳せている――そんな黄昏れたような横顔が、たまらないほど美しかった。けれど同時に胸に湧くのは嫉妬の感情。
わかっている。これはどうしようもない"ヤキモチ"だと。好きな人が自分以外の人を思い浮かべて感情を表に出しているのが、この上なく辛いことを自覚する。
そもそも自分はまだヨシノの恋人ですらないのだ。ヨシノ曰く『恋人候補』だから、他の守護者よりかは相当恵まれている方だが――近くて遠い、もどかしい距離感である。
「そんなヤキモチ焼いてますって顔しないの」
「……してない」
「してるわよ。まったく、こういう時も子供っぽいんだから」
呆れたような物言いのヨシノだが、声色は少し弾んでいる。彰をからかって楽しんでいる――というより、あからさまに不機嫌な彰を見て微笑ましさを感じているのだろう。
これが大人と子供の関係だったら頭を撫でれば解決するものだが、彰はヨシノに頭を撫でられたくらいじゃ満足しない。
どうしようか――と考えたところで、鳴り響いた電子音が思考を中断させた。
何かあったのかとヨシノも彰もミラーズを取り出した。鳴っている電子音はヨシノのミラーズから聞こえている。
「おかしいわね。任務達成の連絡はしたわ。後は帰還するだけ……だから普通、こんなタイミングで連絡は来ないわ」
「なにかあったのか?」
「……ミラーズ。文面を表示して」
音声入力によってミラーズが操作され、ヨシノの端末に届けられたデータが表示される。
『緊急招集連絡』
その文字を見て、ヨシノの表情が険しくなった。何が起こったかわからない彰は首を傾げているが、ヨシノの表情からただならぬ事態であることだけは理解出来た。
「急いで帰還しましょう。ミーティングに遅れるわ」
「ミーティングって、何が始まるんだ?」
「緊急招集――特殊事態が発生したことによる、守護者の合同任務への招集命令よ。細かいことも書かれていたけど、ミーティングで全部説明されるわ」
地面を蹴ったヨシノに慌てて彰も追従する。帰還用の扉を見つけ、二人は飛び込んだ。
すっかり見慣れた転移用エレベーターの室内で、ヨシノはもう一度ミラーズに送られてきたデータを見直している。
「特殊事態。……正直、あなたには早すぎると思うわ」
「そ、そうなのか? でも、俺だってバグを一人で倒せるようになったんだし――」
「驕らないで。あなたが倒したバグは人を大して喰ってもいない、バグとして未完成の存在よ。……この短期間にそこまで成長しただけでも凄いのに。だからって、こんな」
「……そんなに、やばい事態なのか?」
「端的に言うわ。放っておけば、世界が滅ぶ。世界の全てを喰らい尽くすほどの危険性がある、と判断されたバグよ」
ヨシノの言葉で彰が思い出したのは、シェーンを喰らい力を増したバグだった。
百人以上を喰らったバグは、シェーンの力と知識を利用して明らかに普通のバグとは一線を画した強さを手に入れていた。
ヒュウガは死にかけ、彰自身も致命傷を負わされたほどだ。
彰に改めて、バグと戦う守護者の過酷さを突きつけてきた存在ともいえる。
「守護者十名以上を動員させた掃討作戦。それが特殊事態……いえ、特殊任務への招集命令よ」
それがどれほど緊迫した状況なのかは、ヨシノの表情で察せられた。
不安が心臓を鷲掴む。癒えた傷が幻痛を訴えてくる。
それでも、と彰はヨシノに改めて向き合った。
「ヨシノの命は、俺が守る。何をしても絶対に。だからヨシノ、一緒にバグを討とう。世界を、守ろう」
意を決して伝えた彰の言葉に、ヨシノは微笑を浮かべた。
「ありがとう」
その言葉はこれまでに受け取ってきた報酬の何よりも嬉しいものだった。