fortune tale   作:瑠川Abel

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プロローグ3

 

 

 

 検査はつつがなく終了した。レントゲン検査や心電図、MRIと彰が知ってる現代機器によって行われた検査は、待機時間も含めて半日以上の時間を費やした。

 全ての検査を終えた彰はシオンの診察を最後に受けている。

 レントゲン写真を見比べながら、シオンはどうしたものかと首を傾げている。

 

「……右腕だけが、バグ化していますね」

「そういや散々言われてたけど……バグってなんなんだ?」

「ああ、その話がまだでしたね」

 

 白衣のポケットに手を突っ込んだシオンは、その中からマジックペンを取り出した。ホワイトボードを引っ張り出してくると、大きな円を描き始める。

 

「えーと、一ノ瀬くんの世界で説明するなら……まず始めに、バグって単語に聞き覚えはありますか?」

「ゲームとかのシステムミス、くらいですかね」

「それで十分です。そのプログラムミス……バグがあると、ゲームが正常に動かない。それは理解出来ますよね?」

「はい」

 

 ふむふむとシオンは何度も頷きながら、描いた円の中に点をいれていく。少々雑な書き方だがシオン本人は気にしていないようだ。

 

「要約すると、一ノ瀬くんは『世界にとって』、『バグ』と認識されてしまったんです」

「……?」

 

 いまいち要領を掴めなかった彰は首を傾げると、シオンは警告するかのようにずい、と顔を近づける。琥珀色の瞳が彰を見据え、その気迫に彰はごくりと喉を鳴らした。

 

「あなたは世界に存在するだけでも、悪影響を与えてしまう。だから世界は、あなたという存在を消去した。あなたという存在は世界から消え去り、誰の記憶からも失われてしまった」

「それって――」

「はい。あなたの今朝の状況ですね。症状の進行が始まったばかりだったのであなた個人を『知らない人間』として認識は出来ていたようですが、『一ノ瀬彰』という人間については、誰の記憶からも消え去っていました」

 

 思い出すだけでも背筋が凍る。昨日まで和気藹々と話していたクラスメイトたちから向けられた奇異の目。自分の居場所がない絶対の孤独。寂しく薄暗い絶望の感覚。

 

「……、……、……っ」

「どうして、と聞きたいとは思うでしょう。ですがまずはボクの説明を聞いて貰えますか?」

 

 混乱する彰をなだめたシオンは、説明を続ける。

 それは彰の身に起こった症状全ての説明であり、今の彰にしてみれば信じられないものばかりであった。

 

「世界から拒絶された存在は、強烈な飢餓感に襲われます。世界に自分が存在していない孤独が餓えとなり、その餓えは食事をしても満たされることのない状態です。この飢餓感から逃れるために、拒絶存在(バグ)は『世界に生きている存在』へ強い執着を得てしまいます」

 

 シオンの説明によって脳裏を過ぎったのは、声を掛けてくれた小さな女の子だった。

 倒れた自分を気遣ってくれたというのに、あの時の自分が何をしようとしたか。何を感じたか。

 猛烈な空腹と、女の子を食べれば満たされる――そんな、自分でも理解出来ない感覚に納得していた。

 

「世界にいる存在を喰らえば、自分は世界に戻れる。その捕食衝動に支配されると、まずは理性を失います。とにもかくにも人の存在を喰らい、満たされたくなり暴れ狂います」

 

 女の子を喰らおうとして、駆けつけたヨシノがその事態をどうにか回避してくれた。

 だが次いでヨシノへ敵意を向けた彰は、常人離れした動きでヨシノと渡り合った。

 記憶はある。だが、あれほどまでに自分が動けるとは考えたこともない。

 

「それが、バグ。世界から拒絶され、世界を、そこに生きる全てを恨み喰らおうとするケモノ」

 

 そして、とシオンは彰の後ろに立っていたヨシノに視線を流す。

 

「ボクたちは、そんなバグを排除し、世界の均衡を守る存在です。便宜上は『守護者』と名乗っています」

「私があの場に来たのも、発生するバグ――あなた――を討伐するためだったのよ」

「……そうなのか」

 

 理解が追いつかない状態ではあるが、彰はとにかく簡潔に今の自分を整理することにした。

 まず、自分は世界から拒絶された。誰の記憶からも忘れられ、一ノ瀬彰という少年の痕跡は世界中の何処からも抹消されてしまった。

 そして、彰は飢餓感に襲われ女の子を喰らおうとした。

 ヨシノの介入がなければ、今ごろあの女の子は――そこまで考えて、彰はぶんぶんと強く頭を振って思い浮かべた最悪の光景を振り払った。

 

「俺は……死んだ方が、いいんでしょうか」

 

 口から零れたのは、そんな言葉だった。シオンの説明を聞く限り、自分にはもう生きる意味がないと告げられたようなものだ。居場所も帰る場所も失い、存在するだけで世界に悪影響を及ぼしてしまうのなら――いっそのこと。

 

「正直、わかりません」

「え?」

「診察の最初に言いましたが、一ノ瀬くんのバグ化の症状は右腕だけで完全に治まっているんです。本来なら理性が戻ることも有り得ないのですが」

「どういうこと……ですか?」

「私たちの中でも異例の事態ってことなのよ」

 

 シオンの言葉をヨシノが引き継ぐ。相変わらず感情の薄い表情だが、その目には確かに困惑の色が浮かべられていた。

 

「本来バグになってしまった存在が理性を取り戻すのは有り得ない。これまでにそんな症例は見たことがないのよ」

「そうなんですよねぇ。だからといってこれを上層部に説明したらしたで、珍しい症例だからって理由で研究室送りでしょうし」

「じ、人体実験……とか?」

「それ以上よ。殺されて養液に突っ込まれるのが一番マシなくらいじゃない?」

「おう……」

 

 事態は思った以上に深刻で複雑なようだ。でも、と彰はふと思い浮かんだ疑問を言葉にする。

 

「四宮と……時守さんは、報告しないんですか」

 

 話の流れの中で、ヨシノもシオンも彰を殺しもしなければ上層部への報告もしない――そんな風な物言いをしている。

 世界を守る守護者、であるはずの二人ならば、当然バグとなった彰は殺すべき対象のはずなのに。

 

「あなたは確かにバグになった。でもまだ人を喰らってはいないし、こうして人としての尊厳を取り戻した。それならばまだ殺す必要はない、と私は判断したのよ」

「ボクとしては人命優先なので。一応こうして医務室勤務してるくらいですし」

「……ありがとうございます」

 

 二人はそれぞれの主義主張によって彰の命を見逃してくれたということだ。それに関しては感謝以上の思いが浮かばない。出会ったのが二人だったおかげで、彰は死ななくて済んだのだから。

 だが事態はなにも好転したわけではない。

 

「俺は……どうすればいいんですか」

 

 バグ化した、と言われている右手の拳を強く握りしめる。違和感はまったく感じられない右手を見て、複雑な思いに駆られる。

 

「ハッキリ言うなら、道は一つしかありません。

 一ノ瀬彰くん。元の人間に戻る方法を探すために、ボクたちと一緒に戦いませんか?」

 

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