「総員整列!」
転移を追えた守護者たちはミネルバの一声に列を形成する。
ミネルバを含めて総勢十一名によるバグ討伐作戦。対象はおおよそ千人以上の人間を捕食したであろう『特殊固体』。
守護者たちはこれからミネルバの作戦の元、誘導班と攻撃班に分かれる。
彰とヨシノは攻撃班に配置された。
四人の守護者がバグをおびき出す誘導班として選出されている。誰もが足の速さに自信のある者たちだ。
「これからお前たちには命を賭けてもらう。必ずやバグを討ち、この世界の安寧を取り戻さなければならない。観測班からの報告によればバグはこれより十数分後にこの街を抜けるとされている。その前に仕留めるぞ!」
「「「了解!」」」」
ミネルバの号令の元に誘導班が散開する。残されたミネルバ含め七名の守護者は、緊張した面持ちでバグを待ち受ける。
「いいか、誘導班は決して無茶な攻撃は仕掛けるな。こちらに引き寄せることをとにかく優先だ。わかったな!」
『了解です!』
ミラーズを通してミネルバが指示を出し、勢いのある声が返ってくる。攻撃班は二手に分かれ、四人の狙撃班と二人の近接班に別れた。
狙撃班は誘導地点を囲むように四方に一人ずつ展開し、近接班――彰とミネルバはバグが来る方角を向いて待ち構える。
「いいか一ノ瀬。今回の任務は正直お前には厳しいかもしれん。だがお前の命は俺が守る! だから気負わずに、世界のためにその剣を振るえ!」
「……はい!」
ミネルバに背中を叩かれ、彰はバグが来るその瞬間を待ち続けた。
小さく音が聞こえたと思えば、ミラーズから怒声と轟音が流れてくる。
『彰、来たわ。……無理をしないで。ぜったいに』
「……ああ。わかってる」
「狙撃班、俺の声に合わせて集中砲撃用意ッ! 構えろ彰ァッ!」
「はいッ!」
――――誘導完了、とミラーズから誘導班の声が聞こえてきた。
聞こえるよりも速く、ミネルバは己がカムイを空間から引き抜く。
同刻。誘導班の尽力により、バグが誘導地点――広場へと駆け込んでくる。
それは異形であった。
シェーンを喰らい取り込んだバグとは違う。ルーナの父親ですらまだ人の姿を保っていた。これは――本当に、人が変化してしまったモノなのか?
およそ人であった頃の名残は首から上だけ。体躯はそう、喩えるならカマキリ。
膨らんだ腹。二対四本の両腕は生々しい鎌。
目視にて確認出来る巨体はおおよそ六メートル長。その巨躯を支える足は十二本の虫の脚部。
おびただしい量のよだれを零しながら、バグは金切り声を上げてミネルバへと襲いかかる。
ミネルバの声すらかき消されるほどの金切り声。けれど確かに狙撃班にミネルバの声は届いた。
共通式量産カムイ:アレイライフルによる四方からの集中砲火。
バグを殺すために放たれた銃火は雨のように降り注ぐ。粉塵が舞い金切り声が止まると共に、魔弾の雨はひとときの休息に入る。
「――唸るは我がカムイッ! 猛れ、グランドスラムッ!!!!!」
バグの姿は粉塵によって確認出来ない。どれほどのダメージを負ったかも、倒れたかもわからない。
「やったか?」と狙撃班の誰かが呟いた。けれどミネルバは瞬きの合間も気を緩めない。
だから、間に合うことが出来た。
「■■■■ーーーーッッッッ!」
カムイ:グランドスラム――ミネルバが持つ斧のカムイは、粉塵から飛び出してきたバグの一撃を受け止めた。
バグは健在。その肌に傷の一つもなく、狙撃による集中砲火は一切の効果がなかったことを不本意ながら証明してしまった。
僅かに魔弾によって焦げ付いた箇所は見受けられる。だが、それだけだ。
「狙撃班誘導班は一時撤退、こいつはぁ相当強力なバグだ。俺の指示があるまで各自カムイを用いて次の集中攻撃に構えておけ!」
ミネルバは四本の腕から繰り出される致死の一撃の悉くをグランドスラムで弾いていく。巨体のミネルバからは想像できない身のこなしは、彰の、守護者たちの目に焼き付いていく。
「オマ、オママママ。シッテル。ミネ、ミネルバ。クッタ。クッタガキガ、シッテル!」
「喰った、か……ったく、若い命を犠牲にしちまった。情けねえなぁ俺はよぉ!!!」
「ギ?」
ミネルバが攻勢に出る。バグが繰り出す縦横無尽の鋭利な一撃を振り払い巨体を削り出す。
しかしバグも譲らない。接近戦がダメならと一回の跳躍で数メートル後ろに跳び、大口を開けて口腔に魔力を集中させる。
「そんな手はなぁ! わかってんだよッ!」
ミネルバはその行動を読んでいた。
躊躇うことなく
同時――全てを見透かしていたかのように、ミネルバの指令によって散開していた八人の守護者たちによる一斉掃射。バグの視界を粉塵が奪い尽くす。
バグはそれが脅威にならないことは理解している。だから、ミネルバだけを警戒した。
武器を放り投げたのなら、必ず拾う。拾い、すぐさま切り付けてくる。
ないし、別の武器を用いる。どちらにしても接近してくる。
そこを、
鎌に過剰に魔力を込める。多くの人を喰らい魔力を操る術を覚えた鎌は、もはや生物ではなく限りなくカムイに近くなっている。
喰らった。喰らった。喰らい尽くした。守護者すらも喰らった。落としたカムイも喰らった。だからこそここまで
さぁ来いと、ミネルバを待ち受ける。今度こそ完全に仕留めるために、四本の鎌の全てがミネルバを待ちわびる。
その時は来た。
粉塵を突っ切って現れるミネルバは、その手に何も握らずに突貫してきた。
にたりとバグは笑う。ミネルバに何かしらの手段があろうと、この距離では間に合わない。この時間では間に合わない。ミネルバが何かをする刹那の際に斬殺出来る。
勝ちを確信し鎌を振り下ろし――――ミネルバの身体は綺麗に両断された。肉を裂く感触の心地良さに酔いしれながら、次の獲物を求めて周囲を見定めて。
「――油断はいけねえなぁ?」
「――――!?」
背けていた顔を戻す。目の前に、ミネルバの顔がある。
ミネルバを認識した時にはもう、バグの視界は真っ二つになっていた。
何が起こったかも理解出来ないままバグの身体は両断されて地面に崩れ落ちる。
「一丁上がりぃっ!」
血にまみれたグランドスラムを担ぎながら、ミネルバが勝利の声を上げる。
完全に沈黙したのを確認するまでミネルバは距離を取る。何が起こっても不思議ではないのが対バグ戦闘だ。最後の最後まで気を抜かない。
彰は呆気にとられていた。何が起こったかはかろうじて目で追えていたが――あまりにも自分では出来ない戦いに、思わず呆けてしまっていた。
あの瞬間、ミネルバは確かに切られた。けれどそれは、ミネルバであってミネルバではなかった。
彰が見えたのは、バグの足下に転がっていたグランドスラムからミネルバが飛び出たことだ。
バグめがけて突貫したミネルバと、グランドスラムから飛び出したミネルバ。
あの時あの瞬間、確かに二人のミネルバがいた。どちらも肉を持っており、残像の類ではなかった。
カムイ:グランドスラム。
その能力は単純にして複雑。名とはかけ離れた二つ能力を持つ、ミネルバ・バーバリオンのカムイ。
一つは『生成』。膨大な魔力を消費して、限りなく所有者の身体を再現した肉塊を生み出す能力。
もう一つは『生成』を補助するために作られた機構。グランドスラムの内部に一時的に『収納』できる能力。
ミネルバはこの二つの能力によってバグを混乱させ、一撃を決めた。
自分はグランドスラムの中に潜み、複製体に投擲させる。それがバグの足下に転がるのを予期して。
複製体を突撃させ、囮にする。限りなくミネルバを模した肉体は、バグの思考から一瞬だけでもミネルバを消失させる。
後は、ミネルバの手のひらの上だ。気を抜いたバグの前に飛び出し、グランドスラムを振り下ろす。
ミネルバもバグもお互いが必殺の一撃だ。決まれば勝つ。決まらなければ負ける。それだけの結末。
「……魔力反応消失、バグの崩壊が始まりました!」
「よぉっし、俺たちの勝利だッ!!!!!」
――――ワァッ!
ミネルバの声を皮切りに守護者たちが歓声をあげる。隠れていた守護者たちはミネルバの元に集っていく。
彰はただただミネルバの戦いを見ていることしか出来なかった。守られることすらなく、ミネルバは華麗にバグを倒してみせた。
あまりにも桁違いの実力を感じつつも、彰の身体は畏怖とは別の感情で震えていた。
「……凄い。ミネルバさん、凄い……!」
「彰、お疲れ様。……感動しているところ悪いけど、私たちも合流しましょう」
彰は憧れの感情をミネルバに向けていた。それはおよそミネルバを賞賛しているこの場の守護者の誰よりも強い感情。
ヨシノはそんな彰を見てため息を吐いていた。そこに含まれる感情は些か複雑なものだが、彰の気持ちもわからなくはない。だからこそ、特に何も言わないでいた。
何の気なしに、ヨシノは崩れていくバグへ視線を向けた。釣られて彰も視線を向ける。
どんな事情があろうとも、世界から拒絶されバグとなってしまった時点でもう救うことは出来ない。人を喰らった時点でもう殺すしかなかった。
同情してはならないと思いつつも、それでも彰はもの悲しい目でバグを見つめ――そして、違和感に気付いた。
「なぁ、ヨシノ。バグの腕が……」
――動いている。
それはヨシノも気付いた。何かがおかしいことを察したヨシノは、すぐにカムイを引き抜き駆け出した。
二人が動き出したことに気付けたのは他ならぬミネルバだけだった。
だが遅い。遅かった。手遅れだった。
何が起きているのかも、ミネルバにとって未知の出来事だった。
崩壊が始まっているバグが動き出す。そのバグが何をするか。
加速するミネルバの思考は一つの結論に至る。そして、それをさせてはならないと神速の反射が答えを喉から押し出した。
「そのバグを、止めろォッ!!!!!」
だが遅い。遅かった。手遅れだった。
果たしてこれを止める手立てはあったのだろうか。
あったかもしれない。けれどそれは、とてもじゃないが一介の守護者には出来ないこと。
なぜならば。
これは。
ミネルバ・バーバリオンですら体験したことのない『最悪』だったから。
「いあ、いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあ。いあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいああああああ」
声が聞こえた。闇よりもなお昏き深淵の声。恐怖すら通り越した怨嗟を感じさせない呪詛の声。
嗤い声。嗤い声。嗤い声。
ヨシノも彰も間に合わない。どんな速さを持ってしても、間に合わない。
何故なら。
バグはもう、戦う前に終えていたから。バグとなってからも見失わなかった己の目的を。喰らった守護者たちから得た知識と魔力で。最後の最後に必要だったのは、切っ掛け。
捧げればいい。捧げるとはなんだ。生け贄だ。喰らって喰らって喰らい尽くした多くの命。命。そうだ、命だ。
何が呼び出されるのか。何を、呼び出そうとしているのか。
『彼』は熱心な崇拝者だった。それが偶像であることを知りつつも、熱狂し、のめり込み、妄想を膨らませていた。
それは執念。バグとなり空腹感に駆られながらも見失うことのなかった指針。
『彼』は切望していた。この世界に神はいない。神は心の中にいる。
他ならぬ『彼』自身の中に。彼の世界の中にいる。
それは得てして世界から拒絶されたバグが、自分の世界を持っていたこと。
だからこそ。
だからこそ。
だからこそ、『彼』は至った。
願いなんて当然無い。
だって、『彼』にとって。
「…………………はぁすたぁ」
神がいれば、それだけでいいのだから。
破滅でも救済でもない『彼』は神に頼らない乞わないそんなことをするはずがない。
全ては、神の思うがままに。