fortune tale   作:瑠川Abel

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 邪 神 降 臨 

 

 

 

 崩れていくバグの身体から突如として溢れだした闇の濁流が全てを呑み込んだ。

 闇がかき消えた後には、ほぼ全ての守護者は意識を失い倒れていた。ミネルバですら倒れ伏し、うめき声を漏らしている。

 

 かろうじて。かろうじて、だ。

 彰とヨシノは異常の最先端にいた。誰よりも警戒し対応出来る場所にいた。だからこそカムイを取り出し闇の濁流を防ぐことが出来た。

 

 それでもダメージは防ぎきれない。身体上の傷を負ってはいないものの、気を抜けばすぐにでも倒れ意識を手放してしまうだろう。

 事実、身体を襲う正体不明のけだるさに、彰は意識を手放したくて仕方がなかった。

 けれどそれをすることは出来ない。闇が晴れた向こう側に、得体の知れない存在が屹立していたから。

 

「あー。あー、あー、あー」

 

 『それ』は喉を押さえながら何度も声を出して確認している。

 濡れたような黒髪は足下まで伸ばされており、蜂蜜色の瞳は左右別々にギョロギョロと目まぐるしく暴れ回っている。

 中性的に整った顔でにたりと嗤い首を傾げ、周囲に転がっている守護者たちを愉快げな表情で眺めている。

 

「おはヨウございマす?」

 

 『それ』は唐突に二人に視線を向けて語りかけた。

 けれど、彰もヨシノも返事をしない。『返事をしてはならない』と、本能が警鐘を鳴らしている。目の前の存在がどんなものか見当も付かない。

 でも、でも――あからさまなほどに、好ましくない存在なのは確かだ。

 言葉を聞いているだけでも不快の沼に引きずり込まれそうな感覚。

 

「あー。あー。あーあーあーあー。ワタクシ、ハスターと申します。守護者サマはご健在でショウか? 差し支えなケレばワタクシのやりタイことをしテモよろシクテ?」

 

 片言交じりの言葉は親しみが込められている。聞いている分には敵対の意志は微塵も感じられない。聞いている分には、だ。

 けれど彰もヨシノも頑なに言葉を交わさない。

 会話をするつもりがなければ会話にするつもりも毛頭ない。

 

 結果的にだが、二人の判断は正しいものであった。

 もしも言葉の応酬を始めてしまっていたら――最悪の今よりも、もっと最悪の結末に至っていたのだから。

 

 『それ』はにたり、と口角を吊り上げた。

 

「おヤオやサビしいものでス。んー、そうデスネえ。んー、んー。あーあーあーあー。――よし」

 

 『それ(ハスター)』はもう一度喉の調子を確認する。何度目かの咳払いをすると、途端に言葉のキレが調子を取り戻した。

 

「ワタクシもちろんご存じであります。あなたたちは創世の守護者。バグを討ち世界の安寧をもたらす戦士。おお! ならばあなたたちはワタクシの敵ですね!」

 

 初めて敵意が向けられる。いや、違う。

 最初からずっと敵意は向けられていた。でも、二人は気付けなかった。

 気付けなかった?

 

 ――否。

 

「っ、っ、っ……」

「……彰、落ち着いて。状況を整理して、対応出来るようにして」

「っ、なんだよ、この、息苦しさは……」

「……っ。私も、身体が重いわ。おそらくはこの敵性存在――ハスターを名乗る存在の能力か何か。私たちがするべきことは、現状の打開。仮称・ハスターを倒すか――逃げるか。いいえ、撤退の判断こそが正しいわ。すぐに逃げましょう」

「でも、ミネルバさんたちが――」

「ここで私たちまで死ねば、本当に手遅れになるわ。今ならまだギリギリ間に合うかもしれない。早く、シオンに連絡を――」

「おや? ワタクシとは会話してくださらないのに内緒話ですか? ワタクシとっっっっっても寂しいではありませんか!」

「「っ!?」」

 

 身体を襲う重圧を前に、ヨシノは冷静に撤退の判断を下した。ミネルバの安否すらわからない現状では、彰はヨシノの判断に従う他ならない。他の守護者たちも心配だが、それよりも優先すべきは目の前の敵への対応だ。

 明らかにバグとは違う異質の存在。肌で感じる恐怖はもう、守護者の域では対応出来ない――ヨシノはそう判断した。

 

 

 背後から聞こえてきた声に彰とヨシノは振り向いた。そこに立っていたのは間違いなくハスター。先ほどまでは目の前にいたというのに、いつの間にか背後を取られていた。

 

「彰、結界の展開と共にプランAtoG! 一瞬でいいから時間を稼い――」

 

 ヨシノの言葉はあらかじめ決めていた『逃走経路の確保』を表すものだ。敵性存在が言語を理解出来るのであれば、明確な言葉にしてしまえば対応されてしまう。彰もヨシノの言葉にすぐに反応し、ミラーズを取り出し対応しようとして――。

 

(おぉ)

 

(ばぁ)

 

(こぉ)

 

(とぉ)

 

 結界を展開するよりも早く、ハスターが言葉を完成させた。

 彰もヨシノも聞き慣れない言葉だった。

 

 そこから先は、何が起こった何もわからなかった。わからないことの連続の中で、極めて理解出来ない事象だった。

 

 世界が、黒く塗りつぶされた。

 空も、大地も、廃墟も、なにもかも、だ。

 倒れていた守護者たちは姿を消し。

 黒塗りの世界に残されたのは、彰とヨシノと、ハスターだけ。

 

 けれどそれも刹那の間。

 世界は唐突に色彩を取り戻す。空も大地も廃墟も元の色を取り戻し、漆黒の世界はハスターの中へと収束していく。

 

「がっ……」

「なに、が……」

 

 彰とヨシノの二人共が膝を突いた。全身にが刻まれ立つこともままならない。がくがくと震える足はいくら力を込めても立ち上がってくれない。

 

 蜂蜜の瞳がねっとりと彰を見下ろす。絡みつくような視線に見つめられるだけで、こわばっていた身体が理解不能の重さを背負い、完全に身動きが取れなくなる。

 

 にたりと嗤うハスターはヨシノのほうを見向きもしない。全ての意識、視線が彰の右腕に収束されている。

 

「あなた、普通の守護者じゃありませんね?」

「……っ」

 

 彰はハスターを睨むことしか出来ない。だが逆にその態度こそがハスターに確信を抱かせてしまう。

 舌なめずりをしながらハスターが彰の右腕を踏みつける。

 

「がっ……!」

「この右腕、ワタシに近いですね。でもあなた守護者ですね? うん? うんうんうん?」

 

 グリグリと踵が彰の右腕をすりつぶす。激痛を通り越して感覚が消え失せていく。ピクピクとかろうじて反応する指がより痛々しさを感じさせる。

 

「おかしいな? うんおかしいな。ワタシを生んだ男のように、欲望の赴くままに動けば良いのに」

「でき、るかよ……」

「おや?」

 

 ハスターの言葉に彰は反論する。右腕の喪失感を堪えながらの反論は息も絶え絶えで力強さの欠片もない。

 けれど、意志だけは貫く。たとえ身体が動かなくても、認めたくない事実だけは否定しなければ、彰の今はここにないのだから。

 

「俺は、バグに、ならない。たとえ、世界に拒絶、されても……、俺は、好きな女の子の前では、格好付けていたいんだ。バグには、ならない。なって、たまるか……!」

「格好いいですねぇ! いいですねえ。いいですよぉ! それじゃあ好きな女の子に想いを告げる前に、死にましょうかぁ!」

「っ……!」

 

 ハスターが踏みつけていた足を振り上げ、彰の頭めがけて振り下ろす。頭部を完全に粉砕する一撃は、すんでの所で防がれた。

 

「アルマ・テラム……!」

「――おや?」

 

 かろうじて立ち上がったヨシノがハスターの一撃を防いだのだ。動けない彰を突き飛ばして、剣のカムイで受け止めた。

 けれど、剣のカムイはそこで役割を終えてしまった。ただ足を振り下ろした一撃なのに、カムイの刀身は砕けてしまった。

 

「っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 アルマ・テラム――バグ・シェーンの命を一度は奪ったヨシノの『切り札』。だがその一撃はヨシノの身体に必要以上の負荷を掛ける。

 ましてやダメージを負っている状態での行使となれば、その反動は想定以上のものとなる。

 彰を助けることは出来たものの、今度はヨシノがハスターの前にその身を晒してしまう。

 

「おや? お仲間を庇うなんて、とてもとても美しい愛! ワタシとても感動してしまいます! 感動の果てに涙が出てしまいます!」

「っ――。涙なんて、だしてないくせに……!」

「人間はこういうとき、心で泣いていると言うのでしょう?」

 

 ハスターは泣いていると言うが、その表情は嗤っている。ヨシノの懸命な反撃もハスターには通じなかった。カムイは折れ、ヨシノは首を掴まれ身体を持ち上げられる。

 

「がっ、っく、はっ……!」

 

 首を掴まれ宙に浮かされたヨシノは必死にもがく。けれど力の入らない一撃では拘束を振り解くことすら叶わない。

 

「では、あなたから先に殺してあげますね?」

「や、やめ……」

「……っ、彰、逃げ――――」

 

 ヨシノは最期まで、彰の安否を想っての言葉を吐こうとした。だが終ぞその言葉を言い切る前に、ヨシノの命は容易く奪われる。

 小さな身体をハスターの左腕が貫いた。一目見て致死量とわかるほどの鮮血が噴水のようにあふれ出す、鮮血を浴びながらハスターは口角を吊り上げて愉快げに嗤う。

 ごろん、とヨシノの身体が放り投げられる。目の前に転がってきたヨシノの身体を、彰はなんとかして抱き寄せた。

 

「ヨシ、ノ……?」

 

 右腕の感覚はない。左腕だけで抱き上げたヨシノの身体は、とても軽くて――とても、冷たかった。それが何を意味しているのか、彰にはいまいち理解できなくて。理解、したくなくて。

 

 初めての感覚。初めての実感。

 これまでに何度も立ち会ってきた感覚だが……彰自身がその喪失感を抱くことなど、これまでに一度もなかった。

 大切な人の死――それは彰の心に重くのしかかる。

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