fortune tale   作:瑠川Abel

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暴れ狂うアルマ

 

 

 

 冷たくなったヨシノの身体を、彰はそっと地面に寝かせた。

 いくら語りかけても彼女はもう返事をしてくれない。表情だけは少しだけ穏やかで、恐怖に引きつった顔をしていないことだけが唯一の幸運だった。

 

「……行ってくるよ、ヨシノ」

 

 右腕の感覚はない。けれど彰は立ち上がった。激痛が全身を襲うが、知ったことかとばかりに歩き出す。

 異様な雰囲気を醸し出す彰を前に、ハスターはケラケラと嗤う。

 

 何が可笑しい、と彰は問いかける。

 いいえ何も、とハスターは返す。

 

「逃げないんですか?」

「逃げる? ……ああ、そうだな。ヨシノもそう言ってたし、逃げるべきなんだろうな」

「そうですよ。よかったら見逃しましょうか? 惨めに腰を抜かして四つん這いで這っていくなら、ワタシも愉快すぎて見逃しちゃいますよ」

「でも、やらなきゃいけないことがある」

「ほう。まさか、ワタシに復讐するとかですか?」

 

 復讐――――復讐。

 ハスターにその言葉を言われて、彰はふと自分に問いかける。

 これは本当に復讐なのか、と。

 少しの逡巡の後に、彰は首を横に振る。

 これは復讐ではない。

 

「復讐なんかするわけないさ。ヨシノは復讐を望んだりしない。彼女は最後まで俺を想ってくれていたんだから」

「ほう。ほうほう?」

 

 では? とハスターが聞き返す。

 彰は狂気を孕んだ瞳でハスターを睨み付ける。

 怨嗟の感情なんてとても込められていない。けれどその瞳には確かに狂気を宿している。

 

「頭ん中でスイッチが切り替わったみたいだ。なんだろな。どうして俺は、お前に怯えてたんだ? お前みたいなどうでもいい存在を前に、どうして足が震えてたんだ? 何も理解出来ない。出来なくてもいいか。今はただ、お前を殺せればそれでいい」

「純粋な殺意! なんととても心地よい! 神であるワタシを殺す? 殺せると? 一介の人間が? バグになりかけた程度の人間が? ワタシとても面白くて抱腹絶倒です!」

「そうだよな。お前は一介の人間風情に殺されるんだよ。調子に乗ってる神"如き"、殺せなくて何になる?」

「ほうほうほう。あははあは!」

「はははは。はははははっ!」

「――――殺すぞ、人間」

「――――殺してやるよ、神様よ」

 

 ハスターが初めて構えた。

 彰は左手にカイゼルベントを握りしめ、右腕に意識を集中させる。

 炎が灯る。金色の炎が右腕の全てを飲み込む。ハスターが驚愕に目を見開き、彰は『右腕』を振り払う。

 

 感覚もなにもなかった右腕が自由になる。痛覚も触覚も取り戻した右腕で改めてカイゼルベントを握りしめ、その刀身に炎を纏わせる。

 

 いつもよりも、激しい炎を。

 暴れ狂う炎を抑制もせず、ただただ激情に身を委ねる。

 意識は恐ろしいほどクリアなのに。

 炎は激情に応えて彰すら飲み込まんほどに膨れ上がっていく。

 

「燃えろ。燃えろ。炎よ燃えろ。俺の全てをくれてやる。だから、今だけは、あいつを殺させろ!!!」

「……その炎、見覚えはないです。ですが嗚呼、それは嫌な炎だ。心底嫌な炎だ。――貴様だけは、その炎だけは殺し尽くさなければならないとワタシは感じたぁっ!」

 

 炎を爆発させて、彰は加速する。狙いはハスターの首一直線。炎によって加速する世界を彰はねじ伏せる。

 炎を纏ったカイゼルベントが激しさを増す。

 

「速い! 速い! とても速い! でも、視えているッ!」

 

 振りかぶった高速の一撃をハスターはなんなく受け止める。上体を反らすことで勢いをいなし、身体を起こす反動で彰を投げ飛ばす――が。

 

「わかってんだよ。わかってるから、こうすんだよっ!」

 

 彰はすぐに体勢を整えた。炎によって中空で体勢を制御し、地に足を着けることなく再びハスターへ突撃する。

 正面に構えたカイゼルベントを、ハスターは再び片手で受け止める――。

 しかし、二回目は違った。

 

「な――ぎゃ、ぐぅっ!?」

「右腕、もらったぞ……!」

 

 カイゼルベントの一撃は受け止めたハスターの手のひらを貫き、勢いのままに片腕を引きちぎる。千切られた片腕は地面に不愉快な音を立てて放り投げられる。

 デロリ、と腕が泥のような液体状に変化する。見ているだけで不快な気持ちにさせられる。

 彰は泥を一瞥し、すぐにハスターに視線を戻す。

 一時は痛みに声を上げたハスターも、今はけろんとした表情をしている。

 

「お見事。お見事。でも残念。ワタシはその程度じゃ死にませんので」

 

 ズルリズルリとハスターの肩から泥が溢れ出ると、それはすぐさま失われた腕へと変化する。ハスターは二、三度手を握りしめ、開くを繰り返す。肩をぐるぐると回し、すぐに表情を邪悪に歪める。

 

「……そうか。なら死ぬまで奪い続けてやるよ」

 

 対して彰は冷静だ。いや、冷静なのかどうかは疑わしい。思考は激情に支配され、ハスターを殺し尽くすことしか考えていない。

 それが本当に『冷静』なのか。けれどそれを彰に問いかける者はこの場にはいない。

 倒れ伏している守護者たちは生死すら不明だ。救助を待っている者がいるかもしれない。

 少なくとも彰はヨシノの言葉通り、逃げることを選ぶべきだった。この場での最大戦力であるミネルバが意識を失っている以上、自分たちでは敵わぬ存在が現れたのなら――次へ繋げるために、撤退しなければならなかった。

 

 それが守護者の戦いだ。失われた者たちの想いを繋ぐ、死地へ赴く戦士の在り方だ。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」

 

 激情と激情がぶつかり合う。片や金色の炎。片や漆黒の泥。

 炎と泥のせめぎ合いは炎が上回る。着実にハスターの身を焼き四肢を奪っていく。

 それでも泥は全てを形成していく。ほんのひとかけらでも身体が残る限り無尽蔵に泥は溢れだしハスターの身体を作り上げていく。

 

「壊れろ、壊れろ、壊れてしまえ!」

「あはは。あはは。あははははは!」

 

 激情を叫び続ける彰とは対照的にハスターは嗤い声をあげる。それが何を意図しているかは彰には想像もつかない。考えたくもない。

 今はただ、目の前のこいつを殺したい――――真っ黒な感情に支配される思考は、彰の視野を極端に狭くする。

 けれど今はそれが功を奏している。

 極限まで狭まれた思考は他の要素を悉く排除し、ただただ目の前の敵を殺すことだけに集中される。

 戦士としてはまだ未熟な彰だが、それを補ってあまりある集中力だ。ハスターから繰り出される一撃一撃はまともに食らえば骨が折れる程度では済まない致死の一撃。

 けれど金色の炎が彰を守る。炎によって一撃を防ぎ、炎によってハスターを焼き尽くす。攻防一体の命の炎(アルマ)を駆使し、彰はハスターを確実に追い込んでいく。

 

 ――何が可笑しい?

 

 研ぎ澄まされた思考の中で、彰はハスターの嘲笑について考えていた。

 怒りは湧いてこなかった。先ほどまではあれほど激情に支配されていたというのに。激情に突き動かされていたというのに。攻防の中で彰はずっとハスターの邪悪な笑みについて考えていた。

 

 ――何か奥の手があったとしても、この炎なら蹂躙できる。

 

 ハスターの攻撃は炎を貫けない。彰の攻撃はハスターの泥を貫いている。

 どこからどう見ても彰が優勢な現状に、ハスターは焦るわけでも戸惑うわけでもなく嗤っている。

 

 理解出来ない嘲笑。終わりの見えない攻防。けれど不思議と疲労は感じなかった。

 

 ふと、――ふと、頭の隅を過ぎる言葉。

 それはヨシノが説明してくれた、命の炎の代償。

 

『私のこの銀の炎(アルマシルバリオ)は、私の命を高純度の魔力へ変化させているわ』

 

 ヨシノの炎は、命を燃やし力に換えていると言っていた。

 それじゃあ、彰自身の炎は何を燃やして力にしている?

 命ではない――それは、ヨシノが炎を使った時と彰が炎を使った時の差でわかることだった。

 

 ヨシノは自分で見つけなさい、と言っていた。見つける暇もなくこの炎を多用している現況こそ、非常に不味い事態ではないのだろうか。

 

「…………」

 

 知ったことか、と彰は思考を切り捨てる。この思考はいらないと。目の前のハスターを殺し尽くすのに余分な思考だと切り捨てた。

 

 "次は。次は。次は。次は。――どうやって殺そうか"

 "だってこいつは、大切な人の命を奪ったのだから"

 "そうだ。だから俺は怒っていて――――"

 

 そんなことを考えていたら。

 彰の思考が、急速に停止する。

 

 もう一歩。もう一回。次で。次で。次で次で次で――――――――こいつを、殺せたのに。

 

「……っ!?」

 

 頭の中が真っ白になる。何を、どうすれば、いいかも、わからなくなる。

 ハスターがぐにゃりと表情を笑顔に歪めた。その時を待ちわびたとばかりに、一転してハスターが攻勢に出る。

 

 彰はすぐに炎で防御に徹しようとして腕を振りかざす。けれど炎は彰の意志に応えない。

 ゆらりゆらりと炎は揺れて、うなだれるように消失した。

 

 え、と彰が違和感を口にしようとして、ハスターの一撃が彰の顎を砕いた。

 

「――――っ?!」

「アハハ。アハハアハ。待っていました。待っていましたよ。この時を!」

 

 崩れた彰にハスターが追い打ちを掛ける。肩を貫き腿を貫き脇を抉り肩を抉りつま先を穿つ。倒れることも許さず拳を打ち込み、彰は大量の血を吐きだしようやく地に伏した。

 息をするのにも痛みを伴い、喋ることすら出来ない。

 ハスターは敢えて力を込めず踵で彰の頭を踏みつける。

 

「その力、明らかに異質。先ほどまで震えていたお前がワタシを傷つけるほどまでに勇ましくなる。心意気だけではない。その炎。力には代償が必要。桁外れの力ならば余計に。だからワタシは待てばいい。お前がガス欠になるのを。そして今、その時が来た。お前はガス切れ。ワタシは死ななかった。だからお前はこれから死ぬ! あは。あははあははははは!」

 

 ――心が燃えない。

 ハスターの狙いを聞かされて、いとも容易くそこをつけいられ、こうして頭を踏みにじられ言葉で詰られている。

 それなのに、悔しいという気持ちは確かに感じているのに。それを冷めた目で見てしまっている。

 

 頭がぼんやりとする。何も感情がわき上がってこない。身体を突き動かす衝動が消え去っている。

 

「それじゃあ、さようなら」

 

 ハスターが足を振り上げて、彰の頭を粉砕する力を込めて振り下ろす。

 振り下ろされた足を、彰は必死の形相で睨めつけて――――。

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