fortune tale   作:瑠川Abel

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命の嵐

 

 

 

 漆黒の世界を照らす太陽――それが、彰が蒼炎に抱いたイメージだ。

 明るく、まばゆく、そして、暖かい。命の暖かさと言えばいいのだろうか。

 

 相対するハスターは忌々しげに蒼炎を睨み付けている。その敵意は彰の炎に向けていたものと同じモノで、おそらくは本能的に受け入れがたいモノなのだろう。

 

「命の炎は文字通り命を燃やし、力へと変える『変換機構』。生きる力を、生きる意志を、信念を燃やすモノ。だからお前のような世界に認められていない者には酷く気分の悪いものでしょうね」

「ええ。ええ。その通り。その通り! 私はまだ生まれたばかり。バグによって呼び出された私もまたバグと同等! それ故に、その炎は忌々しくて仕方がない!」

「そうですよ。この炎は『世界に生きている証明』。世界に存在しているが故に扱える力。だから、拒絶された者はこの炎に憧れる。拒絶をヨシとした者はこの炎を忌み嫌う。そして――」

 

 シオンが腕を振るう。蒼炎の嵐はシオンの意志に応えハスター目掛けて飛翔する。

 

 受けることすら忌避したハスターは大きく跳躍して炎をかわす。尚も憎々しげに炎を睨むハスターは、より強い敵意の眼差しをシオンに向ける。

 

「だから私はお前を殺す。その炎を持つ者は皆殺す。殺して殺して殺し尽くして、全ての世界を私のモノにする。そうだそうだそれがいい。何故なら私は――神だから!」

「そうですね。でも安心してください。ボクは、創星将は――神を討つためにいるので」

 

 ハスターは自らの体躯を泥で覆い尽くす。泥の鎧は巨人となってシオンを襲う。

 シオンは蒼炎の嵐を纏って巨人へ突貫する。降り注ぐ悪意の泥の全てを撥ね除けて、一直線にハスターを狙う。

 

 シオンの身体が泥の巨人に吸い込まれ、一瞬の静寂が訪れる。

 悲鳴を上げるは泥の巨人。

 悪意の泥は蒼炎を前に完全に機能を停止する。

 乾き乾いて全身に罅が入る。音を立てて崩れ出す泥の巨人。

 胸を貫き飛び出すは、蒼炎の嵐を纏うシオン。その右手でハスターの腹を貫きながら、蒼炎を爆発させて空を駆ける。

 

「その、炎! 炎さえ、炎さえなければ! 私は、私はお前のような存在にぃ!」

「そうですか。そうですね。負け惜しみはその程度で済ませて大丈夫ですか? もっと言い訳をして構いませんよ? ああすれば勝てたとか。こうすればよかったとか。いくらでも構いませんよ。――どっちみち、お前はここで死ぬのだから!」

「ッ――」

「アルマエーテル――抜剣!」

 

 天を目指し突き抜けていたシオンが体勢を変える。勢いを失ったハスターは当然大地を目指し落下を始める。

 中空で姿勢を整えたシオンはその手に蒼炎の剣を握る。溢れる命を燃やした炎の剣。ハスターにとってもっとも相性の悪い力。

 ハスターはもがく。もがく、もがく、もがく。

 けれど蒼炎からは逃れられない。

 決死の抵抗とばかりに、ハスターは呪詛の言葉を叫ぶ。

 

「っ、空想上(オーバーコ)――」

「――黙れ。お前の世界はここで終わる。お前の世界は存在しない。世界はお前を認めない。災厄はここで終わる。ボクが終わらせる! その為に、ボクはここにいる!」

「き、さ、まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!」

 

 最後の呪詛も言い切る前に潰される。蒼炎の剣が腹を貫き、加速度的にハスターは地上に向けて落下していく。

 それはまるで流星のように。

 それはまるで彗星のように。

 それはまるで星の最後の輝きのようで。

 

「フルブラスト・ブレイクッ!!!」

 

 蒼炎の剣がハスターごと地面を貫いて――大爆発が起こる。悲鳴を上げることすら出来ずにハスターの身体が崩壊していく。泥の体躯は乾き乾いて崩れていく。ボロボロボロボロと崩れていく。声すら出ずに炎の中に消えていく。焼失して燃え尽きて、悪意の泥は消失する。

 

 蒼炎の中でシオンは剣を一振りする。粉塵と蒼炎は一振りで薙ぎ払われ、世界は元の姿を取り戻す。

 そこにはもうハスターの姿はない。駆動音と共に兜を脱いだシオンは、倒れ伏している彰に微笑んだ。

 

「さ、もう大丈夫ですよー。みんなの治療を始めましょう」

 

 にこにこと柔らかい微笑みは、とても今の今にハスターを一方的に蹂躙していた存在とは思えない。

 

「あれ、どうかしましたか?」

「いや、その……」

 

 何を話せばいいのかわからない。

 彰は困惑している。それもそうだ。

 彰にとってシオン・トキモリという女性――少女は、あくまで医務室の女医でしかなかったのだ。回復と治療のスペシャリストで、疲れた守護者の傷を癒やしてくれる、優しいお姉さんでしかない。

 

 そのシオンに、救われた。回復と治療ではなく、彰たち守護者がするべき戦闘で。

 戦うのは得意ではないと語っていたシオンに助けられた。それも段違いの実力差を見せつけられる形で。

 

「シオン、だよな?」

「そうですよー。みんなの医務室お姉さん、シオンですよー」

「創星将、って」

「あー。まあボク的にはあまり名乗りたくはなかったんですけどね。ほらボクってこんな見た目ですから戦えるって言っても信じて貰えませんし」

「いや、まあ、そうだけど……」

「あはは。詳しい話はあとでします。今はけが人の救助を優先しましょう」

「……はい」

 

 彰は自然と立ち上がった。気付けば身体の傷のほとんどは癒えていて、痛くも痒くもなかったのだ。感情がこみ上げてくることを自覚すると、途端に彰はヨシノに向かって駆け出した。

 

 今もなお倒れ伏しているヨシノを抱き起こす。炎の狂気に身を委ねる前となんら変わりなく、ヨシノは静かに眠っている。

 冷たい身体。真っ赤に染まっている胸元。呼吸はすでに止まっていて、心臓も動いていない。

 どう抗っても覆すことの出来ない事実。

 ヨシノ・四宮は死んだ。――守れなかった。守られて、失われてしまった。

 

「よし、の……。なぁ、目を、開けてくれよ。なぁ……」

 

 どうしてもその事実を認めたくなくて、冷たいヨシノの身体を抱きしめる。軽すぎる身体。彰と比べればどうしても劣ってしまう小柄な体躯。この小さな身体に、どれだけの物を背負っていたのか。

 

 シオンが声を張り上げて救護を始めている光景が、とても遠くに感じられる。何の声も届かない。聞こえない。

 彰はただただヨシノの身体を抱きしめて、自らの無力さに打ちひしがれる。

 

「彰くんは、ヨシノちゃんのために戦っていたんですよね」

 

 そんな彰を見かねてシオンが声を掛ける。彰と視線を合わせながら、優しい目で眠るヨシノの頭を撫でる。

 

「金色の命の炎。純粋な命の炎(アルマ)。感情を燃やして力に換える、特別なアルマ。彰くんは、ヨシノちゃんへの想いでアルマを使っていたんでしょうね」

「……わからない。考えたこともない」

 

 彰自身、命の炎の代償について考えたことはあった。でも答えは見つからなくて、ヨシノへの想いを糧としていたとは想像だにしなかった。

 

「ヨシノちゃんを失ってしまったから、受け止めてくれる人を失ってしまったから。彰くんの炎は代償として、他の感情も使い潰そうとした――彰くんの症状はそんなところです」

 

 シオンはずっと優しくヨシノの頭を撫でながら診察を続ける。きっと、少しでも近くて遠い話題を続けることで彰の心を支えようとしているのだろう。

 

「なぁ、シオン。シオンでも、助けられないのか?」

 

 縋り付く思いで彰は乞う。ヨシノを取り戻せるのであれば、どんな代償だって支払って言い。それほどまでに、彰はヨシノを求めている。

 けれどシオンは寂しげに首を横に振る。それが出来ないことを意味するのは、当然彰にもわかっている。

 

「失われた命は、何をどうしても取り戻せません。だからボクたちは必死に生きるんです。ボクたちも、バグたちも」

「……っ」

「失われた命は、背負うことしか出来ません。ヨシノちゃんだけじゃない。シェーンちゃんや先行部隊のミルイレンちゃんたち。みんなの想いを継いで、世界を守る。ボクたちに出来ることは、それだけです」

 

 冷たい言い方ではある。けれどそれはシオンにとって曲げられない信念である。医療に携わり、守護者としても医者としても死に近いところで生きている彼女だからこそ持っている固い決意だ。

 

「……ヨシノ。俺、やだよ。まだ全然、君のことを知ってない。もっともっと、君のことが知りたかったのに……っ」

 

 今は泣いた方がいい。そう判断したシオンはそっとヨシノの頭を撫でていた手で彰の頭を撫でた。シオンも既知の間柄であるヨシノの死に哀悼の感情は抱いている。けれどそれをおくびにも出さないのは、この場でもっとも冷静でなければならないのが自分だからだ。

 

 一人の守護者として。一人の将として。

 

 彰の瞳から大粒の涙が零れる。ポタポタとヨシノの頬に雨粒のように降り注ぐ。

 

 ――――トクン、と小さく何かが動いた。

 抱きしめていた彰だけが、その違和感に気付くことが出来た。

 

「……ヨシノ?」

「え……?」

 

 彰の声に釣られてシオンも驚いてヨシノに視線を向ける。すぐに胸に手を伸ばして、心臓の鼓動を確認する。

 動いている。先ほどまでは確かに止まっていた心臓が、動いている。生きるための脈動を始めている。

 

「……ご、ほっ」

「ヨシノ!?」

「ヨシノちゃん!?」

 

 咳を吐き出しながら同時に血を吐き、シオンは慌てて治癒魔法を始める。致命傷であった胸の傷へ魔法を向けるも、不思議と貫かれた胸は塞がっていた。

 

 何度目かの咳をして、閉じられていたヨシノの瞼がピクリと動く。

 彰は何度もヨシノへ声を掛ける。生の世界に呼び戻すために、何度も何度もヨシノの名前を呼び続ける。

 彰の声に反応して、ヨシノの瞼が開く。焦点の合わない瞳で、おぼつかない思考のまま、目の前に飛び込んできた彰を見て微笑んだ。

 

「あき、ら……?」

「ヨシノ! あ、ああ。そうだよ。俺だよ。彰だ!」

「わたし、は。わたしは……まだ、しねないようね……」

「当たり前だ! 俺を置いて、勝手に死ぬな……!」

「そう、ね。あなたにそんな泣かれちゃ、ゆっくり……眠れも、しないわね……」

 

 さめざめと泣く彰と、息も絶え絶えだがかろうじて呼吸を取り戻したヨシノ。二人が落ち着くまで、シオンはずっと治癒魔法をかけ続けながら見守るのであった。

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