「一ノ瀬彰さんですね。時守さんと四宮さんからの推薦ですねー。それじゃあこれが守護活動として必要な端末になりますので、紛失しないように気を付けてください。これがそのまま寮のIDカードとしても扱われますのでー」
「あ、はい」
「カムイはまだ受け取ってませんよね? 技術開発部に連絡しておきますので、空いた時間を使ってそちらもお願いします」
ヨシノに案内されるがままに辿り着いたのは、同じく近未来的な受付と思わしき場所だった。遠い未来ほどを感じさせないのは、浮いている物などが一切ないからだ。
動く床や彰には理解出来ないアグレッシブな彫像は置かれているが、造り自体は彰が見てすぐに理解出来るくらいには彰の世界に近い物となっている。
異なるのは、そこにいる人たちだ。
「うおおおお……ケモミミが普通にいる……!」
「そういえばあなたの世界にはいないのよね、獣人種は」
「全部ゲームとか漫画の中でしかいない……はー。異世界、って感じだ」
「あなたからすればまさに異世界よ」
「そうだった」
獣耳を生やしたヒトがいた。尻尾を生やしたヒトがいた。翼を持ったヒトがいた。ヒトよりもケモノや竜に近い見た目のヒトもいた。
普通の人間も当然いる。比率は同じくらいか、それでも普通の人間体のほうが多いくらいだろう。一概には言えないことだが、彰は多様な人種を見て『異世界』であることを実感した。
「しばらく彼は経験を積むのを兼ねて私のサポートをしてもらいます。ですので任務については私の端末に流して貰えますか?」
「はいはーい了解ですー。期待の四宮さんのパートナーですか! こりゃー噂話も盛り上がりそうですね!」
「……期待の?」
少し気になる単語が出てきたが、すぐにヨシノに「なんでもないわ」と否定されてしまっては深く聞き出せない。気まずい空気も一瞬で、すぐに話が切り替わる。相変わらず感情のわからない表情で、ヨシノは受け取った端末を渡してきた。
「見た目はあなたの世界でも見掛けることはあったでしょう?」
「そうだな、スマホとかタブレットとそっくりだ」
「見た目よりも機能重視だからそのくらいの見た目でいいのよ。取り回しもいいから」
そう言ってヨシノは彰の端末を操作し始める。彰が知っているタブレット違い、指で画面に触れると画面が空中に浮かび上がった。思わず「SFだ……!」と漏らしてしまったのは言うまでもない。
「そこら辺は未来的なんだな……」
「必要だったらこのサイズではなく腕時計とか指輪タイプもあるわよ。戦闘中に被弾して破損するリスクも高くなるけど」
「いや、慣れてるサイズだからこっちのほうがいい」
「音声認識タイプもあるけど」
「それは心惹かれるなぁっ!」
彰も男の子である。音声認識はロマンなのだ。浮かび上がった画面の操作を一通り終えると、端末を終了させて彰に手渡した。
「基本的な設定は終わったから、連絡のアプリの使い方を把握しておいて」
「ああ、わかった」
そう言われて見よう見まねで端末を起動すると、見慣れたアイコンが目に入る。緑色の円に文字が書かれていて、どうやらそれが連絡用のアプリらしい。
「L○NE?」
「
「いやあのこれ」
「気にしたら負けよ」
「……ういっす」
彰が見たことがあるどころか使ったことがある連絡用アプリ、ではないらしい。どう見てもそっくりだが。
ついでに使用感も操作感もまったく同じだった。近未来とは。
「基本的にこのミラーズで任務も連絡も全部行われるわ。……これで手続きは完了だから、次に寮の説明をして、そしてカムイを――」
と、そこで急にコール音が鳴った。ヨシノはすぐにポケットからミラーズを取り出すと手早く操作していく。
画面を見てヨシノは顔をしかめた。「こんな時に……」と毒突くと、勢いよく彰の手を取った。不意を突かれた彰は思わず顔を赤くしてしまうが、ヨシノはまったく気にしていない。
「任務が入ったわ。いくわよ」
「へ?」
「あなたを他の人には任せられないわ。だから、私についてきて」
「は、はい」
なんだか後ろが騒がしい気もする彰だったが、ヨシノはまったく気にせず歩き出した。
受付はざわつく一方だが、彰にとってはそれよりも繋いだ手の柔らかさの方が気になって仕方がないようだ。
来た廊下を逆に進む。少し足早な気がするのは気のせいだろうか。シオンがいるであろう医務室を通り過ぎると、廊下の突き当たりにはエレベーターが鎮座していた。
「転移コード:2F335――ヨシノ・四宮でアクセス」
次いでヨシノがミラーズを取り出して操作を始める。音声ガイドと共にエレベーターが起動し、空気を漏らしながら重い扉が開く。
「コードを入力すればこのエレベーターは階層移動ではなく転移装置となるわ。覚えておいて」
「あ、ああ」
液晶パネルにミラーズがかざされると、階層ではなくヨシノが入力したコードが表示される。
重い空気が二人を包み込む。音を立てながらエレベーターは降下を始め、窓からは景色でも何でもない――暗転した世界が垣間見える。
まるで宇宙だと口を開こうとした彰の意志を察したのか、ヨシノが振り返りながら言葉にする。
「宇宙のようで、少し違う――あの光の全てはそれぞれの世界。星々の煌めきと似ているようで違う――それでも、宇宙と言って問題はないでしょうけど」
「全然わからん」
「……じゃあ宇宙と思っておけばいいわ。重力もなにもないし」
開き直った彰の言葉に少し呆れたヨシノは背中を向けてしまう。寂しさを感じた矢先に、ズン、と重力が二人を襲った。
到着した、と彰も肌で感じた。扉の向こうからは明らかに先ほどとは違う空気を感じる。
急な展開だが、彰にしてみれば初めての守護者としての任務となる。
鬼が出るか、邪が出るか。全てはこの扉を開けた先でわかることだ。
「……そう不安な顔をしなくていいわ。あなたは私が守るもの」
「お、おう。……情けないけど、よろしく頼む」
「何が情けないのよ。あなたはバグから戻る手掛かりを見つけなさい」
情けない、はあくまで彰個人の感情だ。好きになった女の子に守られる――戦力として見られていないのは、男として情けない、のだ。
とはいえそんなことは口が裂けても言えない。言ったら余計に女々しくて情けないからだ。男なのに女々しいのだ。
そうこうしているうちに扉が開く。解き放たれる光を一身に浴びながら、彰は最初の一歩を踏み出す。
扉の向こうに広がるは彰がいた世界とは異なる世界。ヒトが暮らし、営む世界。
そして、世界に拒絶されてしまったヒト――バグが闊歩する世界。
そこは、彰の想像している世界とはまた違う"異"世界であった。
「って寒いっ!?」
「雪と氷の街。仮定名称『
そこは雪と氷に覆われた灯火の薄暗い街。
街角では子供たちが雪合戦を繰り広げ、白い息を吐きながらスキレットを傾ける老人も見掛ける。
見たところ、彰が暮らした世界より若干過去の世界のように見て取れる――違うのは、暮らしている誰もが耳が横に尖っている。俗に言う、エルフ耳だ。
「バグを探しましょう。任務の連絡を受けた以上、もうすぐ発症するか、もう、目覚めているか」
「……ああ」
浮き足立つ彰を諫めるように、ヨシノが声のトーンを落とす。彰はすぐに表情を引き締めヨシノの後を追い掛ける。
勘違いをしてはならないのだ。これは旅行ではない。一ノ瀬彰という人間が、バグから人間へと戻るための旅であり――バグへと堕ちてしまった人間が、罪を犯すのを防ぐ戦いであるのだから。