fortune tale   作:瑠川Abel

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サブタイトル未定②

 

 

 

「……うー、さっぶい」

「そういえば慌ててきたから何の準備もしてなかったわね」

「ヨシノはどうして寒くないんだ。俺より薄着に見えるのに……っ」

 

 今にして思えば彰は暮らしていた世界からまだ着替えてすらいない。学生服の彰と、長袖ではあるが身軽そうなヨシノではどうしても見た目以上に体感温度は違うはずだ。

 ましてやヨシノはスカートである。中身が見えるとかは置いておいて、とにかく見ているだけで寒そうだ。

 

「ミラーズを起動してみなさい」

「おう?」

「左にあるアプリを使うだけでいいわ」

 

 ヨシノに教えられた通りにミラーズを起動すると、『環境適応』というアプリが確かにあった。恐る恐る起動すると、機械音声で「適応を開始します」と告げられる。

 ジー、と画面が上下に脈打つ。バイタルサインのようにも見えるそれは、少しの時間と共にすぐに沈静化した。

 

 するとすぐに彰の身に変化が起きる。先ほどまでは震えるほど寒かったというのに、身体の内側から暖かくなってきた。暑くはなく、寒くもない。過ごしやすい快適な気温へと変化していく。

 

「お、おおおお!?」

「周囲の気温、というよりはミラーズの所有者の肉体に変化を与えるものよ。害はないから安心して使いなさい。ついでに言語翻訳機能もあるから、任務の時には使った方がいいわよ」

 

 思わず快適さを手に入れた彰はこれでもかと言わんばかりに軽やかに動いてみせる。よ、ほ、といとも簡単に逆立ちをしてさらにはそのまま歩いてみせる。

 とはいえそれだけではヨシノは驚かない。驚かないどころか冷ややかな眼差しがさらに冷え込んだ気がするくらいだ。

 

「早く行くわよ。遊んでる暇はないわ」

「……うっす」

 

 つい身構えて体育会系のノリで返事をしてしまう。だがヨシノの懸念も尤もであり、彰はもう少し緊張感を持たなければならない。

 何しろ何処にバグがいるかわからない――だけでなく、もしも、もうバグとなって人を喰らっているとしたら……これ以上、被害を出してはならない。

 

「……なあ、ヨシノ」

「何よ。いいから周囲をきちっと見張っておきなさい。私たちでないと、バグは探知出来ない」

「バグになる人って誰かわからないのか。わかるなら……先に見つけられれば、俺のように戻せたり――」

「――――――あなた、死者が蘇ると思ってるタイプのおめでたい人間なの?」

「な……!」

 

 ヨシノの冷たい物言いは、普段と似ているようでまったく違う物だった。

 普段の物言いこそ冷たく感じるが、ヨシノの言葉には所々誰かを想う気持ちが込められている。だから例え冷ややかな目で見られようと、ヨシノへの信頼が揺らぐことなど万に一つも無い。

 だが、彰の問いに答えたヨシノの言葉は冷酷と言っても過言ではなかった。

 

「だって、俺が戻れたんだ。だったら他の人だって」

「……そうね。あなたが戻る方法を見つければ、もしかしたら、他のバグも戻せるかもしれないわね」

 

 希望を抱かせるような言葉を口にするヨシノは、「でも」と言葉を続ける。

 

「だからといって、バグへと堕ちた人間を救おうと余計なことは考えないで。バグに堕ちたらもう、手遅れなのよ。命を喰らい、貪り尽くす。バグを放っておけば世界は歪み、壊れていく。あなたは、一人の人間と世界を天秤にかけられるの?」

「っ……。それ、は」

「あなたが特別だったの。あなたが異例だったの。どんな要因があろうとも、解決法が見つかるとしても――目の前のバグを逃がしてはならない。それだけは、絶対に忘れないで。私は守護者。バグを討ち、世界の安寧を求める存在よ」

 

 ヨシノの言葉は重く、冷たい。けれど現実的な言葉だった。

 情けをかけるな、と遠回しに言っているのだ。相手が元人間だったとしても、気を緩めてはならないと。

 

「わかったら急ぎましょう」

 

 ヨシノが歩くスピードを上げる。そんなヨシノに追いつこうと、彰もスピードを出そうとしたところで――視界の端に、うずくまる少女を見つけた。

 泣いている少女を見て、何かがおかしいと彰の直感が告げている。

 わかっている。今は先を急ぐべきだと。バグを見つけ、討たなければならない。

 でも、どうしてだろうか。

 

「ヨシノ、待ってくれ。あの女の子……なんか、違和感がある。なんか、こう……"誰にも声を掛けて貰えない"気がする」

「……え?」

 

 泣いている子に手を差し伸べたい――そんな優しさから来るものではなかった。

 漠然とした行き場のない感情。言葉に出来ないあやふやな感覚。

 少女に声をかけろと彰の本能が訴えてくる。

 

 自然と口から出た言葉は彰の予想もしなかった言葉だ。それが何を意味するかは、ヨシノ以上に彰は理解している。わずか半日程前の、自分の症状と酷似している。

 つまりは、あの少女がバグに――?

 

「なあ、どうしたんだい」

「え……」

 

 彰が声を掛けると、びくり、と身体を震わせながら少女が顔を上げた。クリスタルを思わせる蒼い瞳が彰を見つめ、大粒の涙を溢れさせた。

 

「おにーちゃん、わたしが、わかるの?」

「ああ、わかる。そこのお姉ちゃんも見えてるぞ?」

「……ええ。見えているわ。安心しなさい」

 

 ヨシノは警戒している。少女に悟られまいと殺気をひた隠しにしながら、いつでも銃口を向けられるように身構えている。

 彰もヨシノの対応をわかっているからこそ、言葉の交流を続ける。会話が出来る。そして――少女はどこからどう見ても、理性を失っているようには見えなかったからだ。

 

「名前は?」

「……ネール」

「そっか。ネールちゃんは、どうして泣いてるんだい?」

 

 優しい声色で話しかけると、ネールもおずおずと応え出す。しゃがんで目線を合わせているからか、ネールは救われたような表情をして彰を見つめている。

 ぽろぽろと零れる涙を拭おうとしないのは、感極まっているからだろう。彰はそっとポケットからハンカチを取り出すと、ネールの涙を優しく拭った。

 

「お姉ちゃんを探してて、お姉ちゃん、いきなり家を飛び出して……探してたら、いつの間にか、みんな、みんな私を無視して……ずっとずっと、お姉ちゃんを探してってお願いしてるのに。みんな、みんな……~~っ」

「そっか。大変だったんだな。……大丈夫だよ。ネールちゃんのお姉ちゃんは、俺たちが探してあげるから」

 

 泣きじゃくるネールをあやしながら彰はヨシノに振り返る。ヨシノは彰の意図を察した頷いた。

 

「……この子からは反応がないわ。つまり、この子はバグじゃない」

「バグじゃないのに、世界から拒絶されるのか?」

「バグに"エサ"としてマーキングされた存在も似たような状態になるのよ。例えば――あなたが食おうとした、あの子もね」

「怖いこと言わないでくれ」

「大丈夫よ。あの子は逃げたし、あなたは人に戻ったからその力も失われているわ」

 

 ヨシノの言葉にほっとため息を吐く彰だが、肝心の話がまだである。ひっく、ひっくと涙を必死に拭うネールの頭をぽんぽんと撫でると、ネールは不思議そうな表情をしながら顔を上げた。

 

「ど、どうかしたのか?」

「……ううん。違うの。なんか、へんな感じがして……」

「変? どこか痛いとかか?」

 

 違うの、と首を弱々しく横に振るネールの態度に何かを察したのか、ヨシノが浮かんだ疑問を言葉にする。

 

「ねえネール。あなたのお姉さんは、なんて名前なの?」

「え、と…………?」

 

 そこでネールも違和感に気付いたのだろう。何かが変、という違和感が形になる。

 なってしまった。気付かなければ、まだ幸せだったのかもしれないのに。

 どんどんネールの表情が青ざめていく。は、は、はと呼吸は荒くなり、今にも倒れそうだ。

 

「ネールちゃん? 体調が悪いなら、無理しなくても」

「わか、らない」

「え?」

「わからないの。お姉ちゃんは? お姉ちゃんってだれ? 違うの。お姉ちゃんを探してるの。でも、でも……お姉ちゃんって、誰(・・・・・・・・・)!?」

 

 表情を絶望に染めていくネールを見下ろしていたヨシノは、冷めた瞳で空を見上げた。雪を降らせる灰色の空は、どこまでも冷たく世界を見下している。

 

「……あなたの姉が、バグになったのね」

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