fortune tale   作:瑠川Abel

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サブタイトル未定③

 

 

 

「……嘘だろ。そんなことがあんのかよ」

「そんなこと? それは何を指しているのかしら」

 

 一歩、二歩とヨシノは空を見ながら歩み始める。呆然とする彰と言葉を失ったネールを前にしても、ヨシノは淡々と言葉を続ける。

 

「バグに食われること? それとも、姉がバグになったこと? バグになった姉に、妹が食われること?」

「……っ」

「そうね。いずれは知ることになるから説明しておくわ。バグがどうして人を喰らうか、わかる?」

「それは、シオンが説明してくれただろ」

 

 バグは世界から拒絶された存在だ。故に、世界に戻りたいと強く願う。それは飢餓感となってバグを襲い、一つの結論へ導く。

 世界で生きている存在を喰らえば、世界に戻れると――思い込んでしまうのだ。

 勿論、人間を喰ったバグが人間に戻れるなんて報告はこれまでに一度も無い。

 

「例えば、よ? あなたが誰かに変装するとしたら、ネールのような女の子に変装する?」

「は? そんなの無理に決まってるだろ」

「どうして?」

「どうして、って……体格も違うし、性別も違う。俺とネールちゃんに似ているところなんて一つもないんだから、合わせるだけ無理があるだろ」

「そうね。じゃあ――ネールの姉が、世界に戻るために変装するとしたら――誰を狙うのが一番効率がいい?」

「そりゃあ――――!?」

 

 そうよ、とヨシノは彰が言葉にしなかった言葉を肯定した。

 酷く悪い例え話だ。最悪の結末を嫌でも想像してしまう。さすがの彰でも、ヨシノのこの応対には悪意を感じてしまうほどだ。

 だがヨシノに悪意は一切ない。事実の全てを淡々と語っているだけだ。

 

「バグが最初に狙うのは血縁者よ。血の繋がりはどんなモノよりも重く、固い。世界に焦がれたバグは血縁者の血肉を喰らい、そしてより狂っていくわ」

 

 この時ばかりは、ネールが事情を理解していなくて本当によかったと、彰は心底思った。

 ヨシノが語った真実は今のネールには重すぎる。聞いている彰も気分が悪くなるくらいの話なのだ。

 どこまでも冷静なヨシノがいて助かっている。もしもヨシノではない誰かが感情的にこの事実を告げていたら――彰は困惑して暴走していた可能性が高い。

 

 どうにか平静を装うとする。うわずった声が出てしまったが、幸いな事にネール彰の動揺に気付いてはいない。

 

「……早く、見つけよう。止めないと」

「そうね。見境なく人を襲う可能性だってあるわけだし」

「……あの、わたし、は」

「大丈夫だよ。ネールちゃんは俺が守るから」

 

 小さなネールの手を優しく握りしめる。柔らかく小さな手は不安に怯えたままだ。

 今の彰に出来ることは、ネールの不安をかき消すくらいだ。大した武器も持っていない彰では、バグとの戦いに参加出来そうにない。

 どうしても戦いになればヨシノに任せるしかない。ならば彰は、彰にしか出来ない事をやるべきだ。

 

「お姉ちゃんを探そう。すぐに見つかって、ちゃんと、思い出すから」

 

 嘘を吐くのは心苦しい。バグとなってしまった人間は、もう戻れない――ヨシノが嘘を吐く理由もないから、それは本当のことなんだろう。

 いつか……ネールも、姉のことを忘れてしまうのだろう。そもそも未だに姉のことを覚えていることの方が珍しいのかもしれない。

 それは、悲しいことだ。寂しいことだ。誰も覚えていない別れなんて、絶対にあってはならないのに。

 

「……この先に広場があるのね。そこで迎え撃ちましょう」

「出来るのか?」

「向こうだってこっちに気付いているわよ。今の今までマーキングした相手を襲ってこないんだから、理性を失ってるくせに(さか)しい知性は残しているようね」

「……」

 

 ヨシノの物言いは不穏なモノだが、相手はバグだ。不躾な言い方になってしまうのも無理はない。

 ヨシノは相手を『人間』ではなく『バグ』として認識している。人間と戦うのではなく、バグを討つ。そのために、人として扱わないように意識しているように感じられる。

 

 大通りを抜けると、目的の広場はすぐに見えてきた。雪の残る広場は、不自然と言っていいほど人が見当たらない。都合が良すぎる、とは思うものの戦うには開けた空間が絶対的に必要だ。

 丁度いいとばかりに、広場に踏み入ったヨシノはミラーズを取り出した。画面を一緒に覗き込むと、ヨシノは魔法陣が描かれたアイコンをタップしている。

 

「位相差結界を起動」

「結界……魔法みたいだなぁ」

「魔法、と認識して構わないわよ。あなたの世界の言語にするなら、魔力を用いて実行される術式、という言葉が当てはまるから」

「マジ!? 魔法って本当にあったんだ……!」

「そんなんで感動出来るなら安い物ね……」

 

 呆れたようなヨシノの言葉も今の彰には響かない。自分が生まれ育った環境では、魔法という神秘は漫画やゲームの中にしか存在しないものなのだ。

 それが今、自分の手が届く場所にある。男の子なら誰もが憧れたことはあるシチュエーションなのだ。

 

「俺も魔法とか使えるのかな!?」

「……まあ、鍛錬すれば出来るようになるとは思うわよ。私は魔法を使うよりアプリ経由で身体強化した方が効率がいいから使わないけど」

「帰ったら試してみよう!」

「そうね。さっさと倒して帰りましょう」

 

 軽口を交わしたところで、ヨシノが起動した結界が発動する。

 世界がズレた、と彰は意識した。広場の外にいたはずの人々は何処かへと消え去り、静寂が広場を包み込んだ。

 静かだ、とぼやこうとした矢先にヨシノが口を開く。結界を意識した彰に、しっかりと説明してくれるようだ。

 

「その言葉の通り、次元をズラしたのよ。バグがいる次元にズラしたことで、バグが本来の世界に影響を与える前に私たちと交戦出来るようになるわ」

「……ん? じゃあバグ、ってのはそのズレた次元にいるってことなのか?」

「そうよ。本来生きていた次元からはじき出され、戻ることを許されない。同じ場所にいるはずなのに、どう足掻いても触れることすら出来なくなる。……それが、次元のズレ。同じ場所。同じ景色。でも、次元の違う者同士はどう足掻いても干渉することは出来ない。バグは強い執着心によってそこに干渉し、獲物を引きずり込む」

「今のネールちゃんの状況が、そうなのか」

「そうよ。次元のズレに気付けるのは、その感覚に触れたことがある者だけ。私やあなたのようにね」

 

 びく、とネールは身体を竦ませた。不安に怯えるネールの頭を、ヨシノが優しく撫でる。

 あ、とか細い声でネールが声を漏らした。それが何を意味するか、ヨシノはすぐに気付いて広場の入り口に視線を投げた。

 

 嫌な感覚が全身を襲った。冷や汗がだらだらと流れだし、不快な感覚に包まれているようだった。

 広場の入り口に、誰かがいる。誰かではない。この場にいるのは、彰とヨシノの守護者か、エサとしてマーキングされたネールか、――バグ、だけだ。

 

 だが、広場の入り口にいたのは正しく『ヒト』ではなかった。

 ヒトのカタチをかろうじて保っているだけの、異形だった。

 

 これがバグなのか、と彰は目を疑った。等しく目の前の存在はヒトのカタチをしているだけの異形であり、とてもじゃないが人間だったなんてにわかには信じがたいからだ。

 ましてや、これが自分が成りかけた存在だなんて――当事者である彰からすれば、信じたくない。

 

 その全長はゆうに三メートルはある巨体だ。全身は体毛で覆われ、バランスの悪そうな長い手足をだらりと伸ばしている。人を丸呑み出来そうなほど巨大な口腔からは、酸の涎が溢れて零れている。

 

 餓えている、のは一目見て理解出来た。

 

「ミツケタ……ミツゲダァァァァァァァァァあああああッ!」

 

 欲望に目を輝かせたバグが、ネール目掛けて地面を蹴る。その体躯には見合わぬほど、――速い!

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