fortune tale   作:瑠川Abel

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タイトル未定④

 

 

 

 いくらバグが速かろうと、ヨシノ・四宮という少女はそれよりも速い。

 バグの目的はネールを喰らうことなのだ。故に、ネールを守るように進路を塞げば自ずと先回りをした形になるのは当然のこと。

 

 どこからか取り出したるは二丁拳銃。ヨシノは躊躇うことなく迫るバグへ向けて銃口を向けて引き金を引く。

 放たれるは銀の弾丸。特殊な技術によって精錬された弾丸は、バグを滅ぼすために作られたモノだ。

 

 両肩に一発ずつ。怯んだバグへ向けて、ヨシノは追撃の手を緩めない。舞うように身体を回転させながら、何度も何度も引き金を引いては弾丸をバグへと撃ち込んでいく。

 

「ガ、グアアガァ!」

「遅いわ。その程度なら、これだけで十分よ!」

「ガ―――ッ!?」

 

 急所も弱点も関係為しに銃弾の雨を撃ち込む。よろめくバグはそれでも倒れず、ギラつく瞳をネールへ向ける。

 酸の涎が地面に零れ、バグはそこでにたり(・・・)と邪悪な笑みを浮かべた。まるで、無邪気な子供が悪戯でも思いついたような笑顔で――。

 

「ゲェェェ!」

「っ!」

 

 恐らく今の今まで、目の前のバグは自らの口腔に貯まっているモノが武器になるとは考えもしなかった。いや、考える思考など持ち合わせていなかった。これ(・・)はエサを食べやすくするためのもの、という認識でしかなかった。

 だが戦いの中でそれが武器になると気付いた。エサ(ヒト)を溶かせるのだから、目の前の邪魔な存在だって溶かせる――そう、考えた。

 

 かろうじて、ヨシノの立ち回りが功を奏した。つかず離れずの距離を維持していたおかげで、ヨシノが酸の唾液を回避してもネールに当たることはなかった。

 だが状況は変化してしまった。バグが飛び道具を得てしまった以上、同じ戦法を取るわけにはいかない。

 バグはいつでもネールへ酸を浴びせることが出来る。ネールの生死は直接勝敗に関係こそしないが――ネールが死ぬことが、バグに何かしらの影響を与える可能性は非常に高い。

 

 そこまで考慮して、ヨシノは次の手を打つ。二丁拳銃を放り投げると同時に、なにもない空間へ手を沈める。虚空より引き抜かれたるは一振りの剣。煌めく白銀の刀身を持つ鋼の刃。

 

「――――カムイよ目覚めろ。今、バグを討つためにッ!」

 

 彰はその剣に見覚えがあった。いや、一日も経っていないのだから忘れるわけがない。

 自分の命を奪いかけた剣が今、ヨシノの手に再び握られた。

 

 違いがあるとすれば、あの時のように銀の炎を纏っていないところだ。違和感はあるものの、彰はネールの手を握りしめ戦況の行く末を見守る事しか出来ない。

 

 銃から剣に持ち替えたヨシノは打って変わって攻勢に出る。中距離を維持しては酸を浴びせられると踏んだヨシノは、剣を握りしめて酸を振りまくには大きすぎる体躯の懐に飛び込んだ。

 刃を突き立てる。が――硬質の体毛が刃の侵入を防ぐ。

 ち、と小さく舌打ちするヨシノ。苦戦している様には見えないが、明らかに――自分たちの存在がヨシノの足枷になっている。

 

「ネールちゃん、離れよう」

「う、うん」

 

 彰に出来ることは、酸を一息で吐かれない距離を維持することだけだ。

 バグもバグでヨシノを目の前にしたまま彰たちを追い掛けることは難しい。

 だから、彰は単純に距離を取るだけでいい。その判断をヨシノは肯定し、彰たちとバグの間に強引に割って入る。

 

「ジャマヲ、スルナ!」

「喰わせないって、言ってるでしょ!」

「ジャマダ、ジャマダ、ジャマダ! 腹ガヘッタンダ。ヒトリジャ喰足リナイ!」

 

 バグの叫びに、足を止める者がいた。――ネールだ。

 振り向いたネールに向かってバグは邪悪な笑みを浮かべ、げぼ、と口から赤い布きれを吐き出した。

 

「――っ」

 

 ネールの動きが、止まる。吐き出された小さな布きれに見覚えでもあったのだろうか。

 記憶から失われつつある家族のモノか――それにしては、酷く小さい。ネールと同じくらいの歳の子が着る、衣服にも見えた。

 

「おねえ……ちゃん?」

「ネールちゃん、離れなきゃ!」

「お姉ちゃん! お姉ちゃんの服なの! なんで、わからないのに。わからないのに、あれは、お姉ちゃんのなの!」

「落ち着いて、とにかく、危ないからっ!」

 

 じたばたと暴れだし今にも飛び出しそうなネールを彰が抱き締める。にたにたと下卑た笑顔のバグは長い舌で舌なめずりする。

 

「そうだよ。喰いたいんだ。美味かった。あれだけ美味かった女の子が、もう一人いるんだ。だからァ」

 

 狂い怨嗟の詰まっていた声が落ち着きを取り戻す。だがその言葉は狂気に満たされた呪いの言葉。

 それは決して、そのバグが口にしてはならない言葉。

 

「……そう。思い違いをしていたのね」

 

 振り下ろされる爪を弾いたヨシノは身を翻し、ネールを守るように立ち塞がる。

 強い眼差しには軽蔑といった感情は込められていない。ただ淡々とバグを討つ決意が込められている。

 

「姉の記憶を失いかけていたのは、姉も同じ状態になっていたから――そうね。姉の名前、が認識出来なかった時点でそっちの可能性もあったわね」

「ヨシノ……?」

「父親よ。バグになったのは、ネールとその姉の――父親ってことよ」

「……え?」

 

 え、という言葉には状況を理解出来ない意味が込められていた。けれどそれは理解出来ないというより……理解したくない、という意味の方が近かった。

 『姉が妹を襲う』。血縁者だから。それでも信じたくなかったのに。

 

「父親? 父親が、娘を襲ってるのか?」

「そうみたいね」

「だって、父親って。ネールちゃんみたいな、こんな小さい子の親が……」

「バグになったらもう関係ないわ。ヒトの思考なんて消えてしまうわ。その衝動は、他ならぬあなたがよくわかっているでしょう?」

「……っ」

 

 わかっている。ヒトを喰らおうとする衝動がどれほど強いかは。

 わかっている。もしヒトを喰らって満たされたら――あの衝動が一時的にでも治まるなら、どんなことにだって手を染めるだろう。

 それほどまでにあの渇望は酷かった。あの飢餓は酷かった。餓えて、餓えて、餓えて――世界の全てだって食い尽くしたくなるほどの。

 

「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっ、おねえちゃんっ!!!」

「……ダメだネールちゃん。もう、お姉ちゃんは」

「やだぁっ! やだ、やだ!」

 

 ネールも幼心に姉がどうなってしまったかを理解してしまったのだろう。泣きじゃくり彰の腕の中で暴れ出すネールは、大声で叫んでいる。叫ぶネールを見てバグは笑い――そこで、ヨシノが動く。

 

「どうして笑えるの?」

「アァ? 美味ソウジャナイカ」

「自分の子供が?」

「シランシラン。腹ガ減ッタンダ。イイカラ喰ワセロヨ!」

 

 バグ――父親の興味はとにもかくにもネールのみに向けられている。それほどまでに血縁者の血は格別の味わいなのだろう。親子であったことすら忘れてしまうほどに。

 もうバグ(かれ)にとってネールは……娘でもなんでもない、ただのエサなのだろう。

 

「……けるな」

「ア?」

「ふざ、けんな……!」

「アキラ、落ち着きなさい」

「ふざけんなぁっ!」

 

 ヨシノの制止の声も間に合わず、彰が咆えた。掴んだその手は絶対に離さないとばかりにネールを抱き締め、右の拳をかつて父親であったバグへと向ける。

 

「アンタ、父親なんだろ。親が子を喰うってなんだよ。ネールちゃんは、アンタが守るべき存在だろ!?」

「ウルサイウルサイウルサイ! 腹ガ減ッタンダ。黙ッテクワセロヨッ!」

 

 もう声は、届かない。

 この感情に従ってはいけないと、彰は理解している。黙ってネールを守っていれば、ヨシノがバグを倒してくれる。わかっている。

 でも、いても立ってもいられなかった。

 

 自分がそう成りかけたから。

 自分のなれの果てだから。

 

 黙ってみていることなど、彰には出来なかった。

 

 ――黄金が、顕現する。

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