「ちくしょうちくしょうチクショォォォォォ!!」
尋常ではない速さで疾走する男がいた。何かから逃げる者は人ではなく、人を食らう悪鬼だ。人間の血肉を食料としてしか見なさない異形の化け物だ。それにも関わらず先ほどから汗を流しながら何かに全力で逃げ続けている。
「聞いていないぞ!なんで俺がこんな目に!よりによって…なんで奴がここにいるんだよ!」
チチチチ!
鳥のさえずりのような雷が辺りに鳴り響き、青色の稲妻が迸る。
全力で逃げ続けた鬼の頸が鮮血と共に舞う。
そして鬼が最後に見たのは、白色の羽織を身に纏い、暗闇に光る赤い瞳で見つめる男だった。
「赤、月の………雷霆!」
鬼の頸は地面に落ち消滅していく。
「ふぅ…」
青年は刀についた血を払い、鞘に納める。
「今回も、話し合いできる様な鬼じゃなかったな」
青年は赤い瞳を元の瞳に戻す。周囲を見渡し、鬼がいないのを確認した後、気を楽にする。
「カァー!カァー!ゴ苦労ダ燐!任務ハコレニテ終了!帰還シテモ良シ!」
白色の羽な特徴な鴉が青年…燐の肩に乗り報告する。
「そうか…とりあえずひと段落はついたな」
この青年は桐生 燐、鬼殺隊“鳴柱”である。
あの日から一年半の月日がたった、燐は背も伸び大人びた雰囲気が増していた。
一年半前に、燐は鳴柱に就任し屋敷を持つ様なり、担当警備区の見回りが主な仕事になった。
鬼からは鬼狩りの雷霆から赤月の雷霆と恐れられる様になった。
燐の持つ赤い瞳…写輪眼を見てそうつけられた。ただ何故赤月なのかは知り合いからは不思議がられることもあった。
写輪眼を知っているのは胡蝶姉妹と、お館様、村田と一部の隊士のみだ。
カナエも半年前には花柱に就任し、しのぶは鬼殺隊に無事入隊した。鬼を絶命させる毒を完成させ、順調に鬼を倒していくが、蝶屋敷での鬼殺隊の医師として活動していることが多いため、任務に行く事は少ない。
胡蝶姉妹との関係は変わらず仲は良好である。
柱になり、業務は多忙な為、中々会える機会も少なくなっている。会えたら会えたで、カナエは凄く甘えてくる。
しのぶは言葉には出さないが、燐がやる事には嫌がる様子はなかった。
そしてある日の事
「で?燐さんよぉ、お前あの二人とは接吻はもう済ませたのか?」
「ブフゥーッ⁉︎ゲホッ!ゲホッ!」
燐は口に含んでいたお茶を吹き出す。燐は帰る際、音柱である天元と会い茶屋へ訪れていた。
天元の突然の発言により燐は吹き出した後、むせるのであった。
「い…いきなりなんだよ天元」
「その反応、お前まさか…一年以上も付き合って接吻ですらしていないのか⁉︎」
図星である。
「地味な奴だな!そこは派手に接吻すればいいじゃねぇかよ!」
「派手に出来るわけがないだろ!ましてや見せつけてるお前とは違ってな!」
燐は天元の屋敷を訪問した際、三人の妻…須磨,まきを,雛鶴を紹介された。三人も天元と同じ女忍者(クノイチ)で、燐は話しているうちに天元のことを慕っているのを気配で感じ取れた。
三人とも個性的な女性で見て飽きなかった。
しかも天元は燐の前で須磨に接吻をかました、しかも舌を絡めさせながら。燐はその光景で、天元の屋敷から一瞬にして逃げ出した。
燐はいつかはカナエとしのぶともするかもしれないと想像力を膨らませてしまい、一週間の間、カナエとしのぶの顔をまともに見ることができなかったとか。
「だいたいな…他人の前で接吻なんてするなんてどうかしてるだろ。お前のせいでしばらくカナエとしのぶをまともに見れなかったんだからな。」
「ほほぉ、その言い方だと妄想したんだな…燐さんよぉ」
天元はニヤニヤしながら燐を揶揄っている。
「うるさい……ほっといてくれ、俺は帰るからな、後はよろしく」
燐は席を立ち茶屋から離れる。
因みに代金は天元に払わせるつもりだ。結構甘味も食べた為、
茶屋から離れた後、遠くから何か言っていたが無視する。
「数ヶ月ぶりだな…会うの(カナエとしのぶ、いるといいな)」
燐は少し上機嫌に、鼻歌を交えながら土産の甘味を買い、蝶屋敷に向かったのである。
燐にとって二人は「陽」のような存在である。
燐は自身の屋敷を持っているが任務がない日は蝶屋敷に滞在していることが多い。一年前までは“お邪魔します”だったが、ある日を境に、蝶屋敷に寄る時は“ただいま”と言っている。
「ここは燐くんが帰る場所でもあるのよ。だから余所余所しくしないで良いのよ…燐くん」
その言葉が俺は嬉しかった。“ただいま”、これが言える事がどれだけ嬉しいか大切なものを失ってしまったからこそわかる。
「ただいま」
蝶屋敷につき、屋敷に入るが返事はない。いないと思ったが気配で二人がいるのははっきりわかる。
「…気配が一つ多い、お客さんでもいるのか?」
「姉さん…この子全然ダメだわ!」
「(しのぶは何を怒鳴ってるんだ?声の方からして……)」
燐は屋敷に上がり、声のした縁側へと向かう。
「食事もそうよ、“食べなさい”って言わないとずっと食べない。ずっとお腹鳴らして」
「あらあら」
「こんなんでこの子どうするの?」
「まぁまぁそんなこと言わずに、姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなぁ」
「今それは関係ないでしょ!自分の頭で行動できない子はダメよ…危ない!」
「まぁ…そうなんだけどね」
「一人じゃ何もできない、決められないのよ」
「じゃあ一人の時は…この硬貨を投げて決めれば良いわよ、ねぇーカナヲ」
カナエはカナヲと呼ばれた少女に裏,表と書かれた硬貨を手渡す。それでも少女は無表情だ。
「姉さん!」
「そんなに重く考えなくてもいいんじゃない?カナヲは可愛いもの〜!」
「理屈になってない!」
「きっかけさえあれば、人の心は花開くから大丈夫よ。カナヲも私達みたいに好きな男の子でもできたら変わるから大丈夫よ、ねっ…しのぶ」
「……それ言われると何も言えないじゃない」
カナエの言葉は近い将来、一人の日輪の少年により、現実となる。
「二人とも、入るぞ」
燐が縁側にやって来た瞬間、動きがピタリと止まってしまう。そしてカナエとしのぶと同じ髪飾りを付けた少女がポツンと座っていた。
「えっと、どう言う状況だこれは?」
燐に興味があるのかないのかどちらなのか分からず、キョトンとしたその視線と目が合う。
「あ!お帰りなさい、燐くん!」
カナエは燐に抱きついてくる。燐はカナエを受け止め、ギュッと抱きしめ返す。
「ただいま、カナエ。まず聞きたいんだが…その子は?」
「紹介するわ。この子はカナヲ、今日からここで一緒に暮らす事になったの。カナヲ、この人は私としのぶの恋人の桐生 燐くん。みんなで仲良くしましょう」
「いや…どう言う経緯でそうなった?」
燐は状況を理解できていない様子だった。いきなりカナエとしのぶと一緒に暮らす事になるのか分からないのも無理もない。カナヲは無表情だが、燐をジーッと見つめていた。
「はぁぁぁ、姉さん、いきなりそんなこと言っても分からないわよ。燐さん、私が事情を説明します。」
しのぶは燐がいない間の事情を説明した。見た時は、汚れや傷がひどく痣などもいくつかあったらしい、どうやら頻繁に大人に暴力を受けていたと見られた。
人買いに連れ歩かれているところを二人は保護したみたいだ。
当初は、ご飯を出してもらっても「食べなさい」と言われるまで行動できなかった。しのぶも手こずっていた様でカナエに不満を言っていたみたいだ。
「成る程な、本当にいるんだな…そんなクソな奴が」
燐は怒りが込み上がってくるが、やり場のない怒りを覚えても仕方ないため抑える。
「燐さんも姉さんに言ってよ、カナヲの事!」
「……そうだな」
燐はカナヲに近づき、姿勢を低くしてカナヲの頭に手を置く。カナヲは燐をじーと見つめ、目を合わせながら言う。
「しのぶ、こればかりは仕方ないとしか言えない。保護してまだ日は経っていないから、この子にとって初めての事だらけなんだ。物心がついた時から色々あったんなら、当たり前の事がすぐに出来るわけじゃない」
「燐さんまで」
しのぶは燐が味方だと思っていたが、言っていることも納得出来る言い方だった為強く言えなかった。
「だからさ、俺達がカナヲを導いていけばいい、カナヲが笑っていられるくらいの思い出をこれから作っていく。その内に普通のことも出来る様になる、未来に希望があれば、人は笑顔になれる。俺はそう信じてる」
全てがそうなるわけではないのは百も承知だ。だけど今は、この小さな少女に希望と言う光を与えていきたい。
「とりあえずカナヲについてはここまでだ。お土産買ってきたんだ、みんなで食べないか?」
「え! これって洋菓子、しかも結構高級なやつ!?いいんですか?」
「ああ。お金に関しては問題ないからな。使い道もそんなにないし」
燐は菓子入りの包みをしのぶに手渡した。
燐はお金はあまり使うこともなく溜まる一方で使い道がない状態だ。
基本的に食事や、二人と一緒に出掛けた時以外に使う事がない。
カナエも中身を見て大層驚くも、二人が笑顔を浮かべると、燐の顔も緩んでいった。
「よし、カナヲも一緒食べよう、こう言うのはみんなで食べたほうが美味しいって言うからな」
カナヲは無表情だが、燐は少しだけカナヲの気配が揺らいだのを感じ取れた。
近い未来、燐はカナヲから”兄さん“と呼ばれるようになるのを、まだ知らなかった。