赤月の雷霆   作:狼ルプス

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第二話

やぁ、諸君!儂は元鬼殺隊鳴柱 桑島 慈悟郎じゃ。

 

現役の時、片足を失い引退して今は“育手”として弟子を鍛えとる。

 

 

二年前、偶々通りかかった所、鬼の気配がし、急いで向かえば、一人の子供が鬼に襲いかかっておった。儂はその少年を助けた。それが、今修行をつけている桐生 燐との出会いじゃよ。鬼を斬った後、声を掛けたが、返事はなく、悲しんでおった。燐の家の中を見ると、そこには変わり果てた燐の両親の姿があった。

 

埋葬を手伝っている際、燐の瞳からは涙が出なかった。我慢やら現実を受け入れられないやらで、心を乱した状態だったのじゃろう。

 

儂は燐の頭を強引に撫でた。燐は感情が抑えられなくなったのか……やっと声を上げ大粒の涙を流し泣いた。儂は燐を抱きしめ、気が済むまで泣かせやった。

 

その悲しみが、前に進むための一歩となることを信じてな。

 

そして燐は、儂が与えた選択肢の中から迷わず鬼殺の道を選んだ。あの年でいい目をしておったのは今でも忘れはせん。

 

あれは……

 

 

 

 

 

 

 

 

決して消えない火の意志を宿した瞳じゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稽古を始めてから一年近く、燐は着実に成長しておる。

 

現役の時の儂なんて、経験さえ積めば、いずれは追い抜かされることは間違いないじゃろう。儂の言ったことをしっかりと取り組んで真面目に鍛錬をしておる。

しかし真面目が故、無理をして身体を壊すことが心配じゃわい。以前は儂が止めるまで夜中抜け出して鍛錬をしておったわ。

 

燐は努力を怠らない。そんな姿勢に儂は感心するしかなかった。今までの奴は逃げ出す者ばかりじゃったが、此奴は逆じゃった。言われた事はしっかりやる。指摘したら、話はしっかり聞き、改善していく。

 

ある時、模擬戦で燐と相手をしており、何度も何度も燐は負けるが、それでも燐は、

 

「もう一本……お願いします!」

 

何度も立ち上がりしっかり食らいついてくる。

 

その姿勢がうれしくて、儂も現役の時を思い出し、取り組んだ。久しぶりに高ぶる感情に口角が上がるのが抑えられん。じゃが、気になることが一つだけある。

 

「燐の使う雷の呼吸の色、何故蒼色なんじゃ」

 

先ほどの打ち合いで、少し切れてしまった自分の羽織をみてそう呟いてしもうた。燐の放つ雷が通常の色と違うのじゃ。

 

雷の呼吸の適性があるのは確かじゃが、不思議で仕方がない。

 

燐は独自で全集中の呼吸・常中を行なっており儂を驚かせる。本当に良い弟子を持った。

 

前は、丸太を背負いながら素振り、走り込みや腕立て伏せをしていた時は驚いた。

それだけではない、燐自身、自覚をしていないが、太刀筋が速すぎるのだ。普通の者では目視できないじゃろう。

 

 

今の燐は柱以下か柱に近い実力者以外の剣士や鬼には無傷で勝利を収めることができるだろう。元とはいえ柱の儂と打ち合える時点で実力が高いことがわかる。子の成長とは早いものじゃ。

 

 

 

 

「燐の瞳が時折赤くなっているのは気のせいじゃろうか」

 

儂は、燐が素振りをしている姿を、お茶を飲みながら眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇二年後

 

 

 

 

 

「師範、お時間よろしいでしょうか?」

 

「ん?なんじゃ、燐」

燐が改まった雰囲気を出している。

 

「お見せしたいものがあります。いつもの場所に来てもらってもよろしいでしょうか」

いつもの場所とは、いつも修行をしている場所のことだ。何やら重要なことなのは確かだった。しかし慈悟郎は、この後驚く事になる。

 

 

 

 

そして目の前には大岩があり燐は刀を構える。見たところ普通では斬ることは不可能な岩だった

 

そして、

 

 

 

「雷の呼吸 漆ノ型」

 

両親を鬼に殺され、身寄りのない俺を無条件で弟子にしてくれた師範への恩返しの為、いつしか師範を超えるための型……

 

 

──雷切り

 

抜刀して斬りつける剣速重視の型…その剣速は優れた精密さを誇り、音を立てずに頑丈な大岩を容易く斬りつける。燐は刀を鞘に納刀すると雷鳴がなり岩が真一文字に斬れた。

 

師範は持っていた杖を離し、信じられない表情をしていた。

 

「し、信じられん……新たな型を生み出すとは!」

 

「自分だけの型を編み出してみました。師範に恩返しをする為、師範の教えられた事の全てを、この一振りに込めました」

 

師範に隠れて編み出すのは苦労した。手は傷だらけで、最初は慣れないことをしていたため身体中筋肉痛になったが、師範はその時は修行で出来た怪我だと勘違いしていたのが幸いだった。

 

「見事じゃ、燐。よくぞここまで頑張った」

 

師範は涙を流していた。ごつごつした手が俺の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。

指導の時はいつも殴っていたその手は、あの時助けてもらった時と同じでとても温かかった。俺も嬉しさのあまり涙がこぼれた。

 

 

この日、俺は全ての修行を終えた。

 

 

 

 

最終選別前

 

最終選別の準備の際、師範から刀身に黄色い稲妻模様のある日輪刀をもらった。この刀はあの日俺を助けてくれた時に使っていた刀らしい。

 

次に師範から風呂敷を手渡され、解くと師範と同じ三角模様の羽織があった。しかし師範と同じ黄色ではなく、羽織の色は白だった。

師範に色について聞くと、なんと俺の為に頼んでおいた羽織とのことだ。

凄く嬉しかった。大切な物がまた一つ増えた、大事にしていかないと。

 

 

 

 

 

 

そして出発前

 

「準備は出来たか……燐」

 

「はい…準備は万端です、師範。後は今まで教えてもらったことの全てを出し切るだけです。」

 

師範にもらった羽織を着込み、刀を腰に差し、最終確認をする。

 

 

「お主の実力であれば生きて帰れる確率は高いだろうが、じゃが…言わせてくれ。燐、必ず……生きて帰ってこい」

 

 

そんなふうに言われたら、俺が言うのはただ一つだ。

 

「はい、行ってきます…師範!」

 

燐は笑みを浮かべて藤襲山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、藤襲山………」

 

 数時間後、燐はようやく藤襲山に辿り着き、設置されている階段を上っていた。

 

「凄い……これだけ咲いている藤の花は、はじめてだ。でも変だな……」

 

燐は幻想的な光景に目を奪われる。あたり一面凄い数の藤の花に驚きを感じる。しかしまだこの花が咲く時期は迎えていないのだ。一体、どうやって育てているのだろうかと考える。

 

「(確か藤の花は鬼除けの効果があるって師範が言ってたな。多分この量の藤の花だと、鬼にとっては牢獄になってるのか)」

 

藤の花が咲き乱れる石階段を上り切ると、そこには俺以外にも多くの人がいた。

 

歳は俺とそう変わらないぐらいの面子が、腰や背中に刀を携えている。一目で彼らも鬼殺隊への入隊志願者なのだと分かった。

 

「(それなりに鍛えているみたいだが、大丈夫なのか…こいつら?)」

 

全員を見渡し、俺はふとそんなことを考えた。

 

師範が言うには、鬼殺隊への入隊志願者は多いのだが、それでも志願者のうち大半は、この最終選別で落ちるそうだ。

 受かるのは二人か三人、酷い時は合格者が零人なんてこともあるらしい。

 

 

しかし数年前、一人の剣士を抜かし全員が生き残った異例もあったらしい。

 

 

ふと蝶みたいな髪飾りをつけた女の子が目に入る。燐の視線に気付いたのか頭を少し下げ会釈してしてくる。燐は突然のことだったが自身も会釈を返した。蝶の髪飾りをした女の子は周りとは違い強者の感じがした。

 

「(あの女の子、周りとは違って相当な鍛練を積んだのだろう……気配が違う)」

 

「(なんだろう、あの人…他の人と違って不思議な感じがするわ)」

 

 

 

 

 

燐は始まるまで柱に寄りかかり目を瞑り待っていた。

 

 

「──刻限になりました。では、まずご挨拶を。皆さま、今宵は最終選別に集まっていただき心より感謝を」

 

 

凛とした声を発しながら姿を見せたのは、日本人とは思えない美しい白髪と漆のような瞳を持ち天女の様な神秘的な美しさを纏う女性だった

 

 

 「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められておりますが、外に出ることはできません。山の麓から中腹にかけて鬼が忌避する藤の花が一年中咲き乱れているからでございます」

 

 「鬼が閉じ込められている」という言葉を聞いた途端、場の空気が一段と張り詰めたものになった。この場に居る大半は、鬼の脅威を、身を以て知っている者ばかり。だからこそ、緊迫した空気を出さずにはいられない、鬼という恐怖に打ち勝つために。

 

「そして、ここから先、藤の花は咲いておりません。故に鬼共がその中を跋扈しています。この中で七日間生き抜く──それが最終選別の合格条件となります」

 

 ガチャリとそこかしこから日輪刀の鞘を握る音がする。それから一人、また一人と歩を進めはじめる。

 

「では、ご武運を」

 

燐は、胸に手を当て、ゆっくり深呼吸を行い、

 

「よし……行くか」

 

大口を開けて待っている鬼の巣窟へと歩み始めた。

 

長い夜が始まる──

 

 

 

 

 

 

鬼が徘徊する山の中に入る前、藤の花を切り取り懐に入れ、危険地帯に足を踏み入れる。俺は身を隠しながら奥へと進む。

 

ここからは、油断は一切許されない。師範が言うには今の俺の実力で生きて帰ってこられる確率は高いだろうと言っていたが、慢心も油断もするつもりはない。

 

 

「人間だァーーー!!!」

 

 

走ってると、木の影から一体の鬼が不意打ちを仕掛けるかのように唐突に飛び掛ってきた。

 

 俺は敵意のある気配を素早く察知し余裕を持ち飛び掛ってきた鬼の攻撃を避ける。

 

 「大人しくクワレロォォォォォォ‼︎人肉ゥゥゥ!!」

 

 

飢えているのか、鬼は再び燐に向かっていく。

 

ここにいる鬼は皆、こんな感じなのだろうか。

 

数年前は怯えていただけだが、今は違う。

 

 

「害があるなら……斬る」

 

そして燐は前傾の居合の構えをとる。

 

シュゥゥゥゥウウッと燐は深く全集中の呼吸をする

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

 

一瞬で鬼との間合いを詰めて、すれ違い様に一閃する。燐は既に刀を納刀した時には、鬼は頸を斬られていた。シュウウウと、灰と化していく鬼を眺めながら彼は息を吐く。

 

 今までの師範との修行は一切無駄では無かったということを実感した。修行内容を思い出すと頭が痛くなる感覚がする。師範に毎回頭を殴られる光景が浮かんだ。

 

「ははっ、思い出すだけでも頭が痛いな。鬼を倒したからと言って気は抜けない、少し移動するか」

 

燐はその場から移動を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は胡蝶 カナエ。私も今回の最終選別に参加しているけれど、

 

「……妙だわ」

 

さっきの場所よりも空気が違う。ここまで鬼を数体斬ったが、それ以降、鬼の姿を見ていない。

 

あまりに静かすぎて……

 

「(余計に気味が悪いわ)」

 

 

「ほぉ……今度は女か」

 

私は反射的に声がした方から距離を取り刀を構える。

 

 

すると現れたのは、大きな異形……肌は暗い緑色で、無数の手が頸を隠すように巻き付いているおぞましい姿をした鬼だった。

 

“手鬼”……そう言った方が正しいだろう。

 

 

 

明らかに人を食べた数が二人、三人じゃすまない。十以上は食べているのは確実と思える個体だ。 

 

「(この鬼はもう……話して仲良くできるような鬼じゃないみたいね。油断すればこちらがやられる)」

 

異形の鬼からその頸に巻き付いている手の数本が私に向けて射出された。

 

「(花の呼吸 伍ノ型・徒の芍薬)」

 

伸びた腕を斬りはらうが、向かってくる腕の数はどんどん増えてくる。私は迫った腕を回避して距離を取った。

 

 

「(腕の数が多すぎる……それに、再生速度が他の鬼と比じゃない。長期戦は避けた方がいいわね)」

 

 

「お前、やるなぁ。さっき一人食ったが、大したことなかったのになぁ」

 

「(落ち着け、鬼の腕はそこまで硬くはない。距離をとって伸びた腕を回避し続けると体力を消耗する)」

 あの手鬼の腕を掻い潜り、頸を直接斬りに行くのが得策だろう。

 

 

「女は肉が柔らかいからなぁ、楽しみだ。」

 

「(呼吸を乱してはダメ。奴の言葉に乗って取り乱せばこの鬼の思うつぼ)」

 

「鱗滝の弟子の姿がないからなぁ。今回も狐面の狩りを楽しみにしてたのに残念だぁ」

 

「(鱗滝?……おそらくこの鬼は、鱗滝という剣士にこの山へ閉じ込められた。そして鬼の言っていた『狐面』はその人の弟子、この鬼はそれを目印に今までその人の弟子を殺してきたの)」

 

流石の私も頭に来たけど、その感情を無理矢理抑え込む。そして全集中の呼吸を行った。

 

 

「(全集中・花の呼吸 陸ノ型・渦桃)」

 

踏み込むと、やはり手鬼は無数の手を私に向かって放ってきた。まず、私はその手を斬り裂く。

 

手鬼は大きいため、頸を狙って跳躍する。そして、空中で限られた中、体をひねりながら鬼の手を斬り落とす。

 

私は手鬼の腕を足場に利用し、遂に頸まで接近した。

しかし、私を捕まえようと更に他の腕を伸ばしてくる。

 

 

「(花の呼吸 弐ノ型・御影梅)」

 

自分を中心とした周囲に向けて、無数の連撃を放ち、数多の腕を斬り裂いた。

 

そして飛び上がり、鬼の眼前まで接近できた。

 

「(捉えた!)」

 

全集中

 

一花の呼吸 肆ノ型・紅花衣

 

 

 

完全に頸を斬れると思った刹那、私は別方向へ吹っ飛ばされてしまう。

 

「カハッ!?」

 

突然脇腹に衝撃が走る。衝撃の走った方を見ると、手鬼の手が地面から突き出ていた。

 

「(地面から腕を!?あの腕は地面すら移動出来たの!?)」

 

私は地面に落ち山の斜面を滑る。意識はあるけど、先程の一撃はかなり効いた。

 

 

「ゴホッ!ゴホッ!」

先程の衝撃でむせてしまう。その為呼吸が疎かになってしまった。

 

 

「(落ちつけ、呼吸を整えろ!刀は離していない。生きて……しのぶの元に絶対に帰るんだ!)」

 

「しぶといなぁ〜、だったらこれはどうだァ?」

 

「ッ!しまっ……」

 

いつの間にか伸びた腕が私の足をつかんでいた。

 

「それ、飛んでけ」

 

「…グッ!」

 

痛い。殴られた脇腹も、投げられて打ち付けた背中も痛い。

 

打ち所が悪かったのか、意識が朦朧とし始めた。

 

「う……ううっ」

 

身体が上手く動かせず、再び私の体が持ちあげられた。腕に力が入らず、刀を手放してしまう。地面を離れ、使うことすら適わない。

 

 

「頭を潰した後、腕と足を引きちぎって、少しずつ食べよう。」

 

手鬼はおぞましい笑みを浮かべる。鬼になる前は私達と同じ人間だったはずなのにどうしてこうなってしまったのだろう。

 

鬼と仲良くしたい……そんな考えを持っている私は鬼殺隊にふさわしくない人間なのだろう。

 

しのぶから怒られちゃうんだろうな、「もう、姉さんはいつも甘いんだから!」って。

 

 

「(しのぶ……ごめん。姉さん、約束守れなかった。ごめんね)」

 

 

私は死を覚悟した。

 

 

 

でも、

 

 

 

 

 

ドゴーン‼︎

 

 

雷が轟く音が辺りに鳴り響いた。

 

次の瞬間、青色の稲妻が迸り、私の腕を掴む鬼の手は一瞬にして斬り払われた。すると誰かから抱えられる感覚がした。

 

その手は安心するくらい温かかった。

 

「良かった……何とか間に合ったみたいだ」

 

目を開け、私を抱えた人物を見ると、安堵した表情で男の子が見つめていた。

 

この男の子は試験前に顔を合わせた、あの不思議な感じがした男の子だった。

 

近くで見ると、綺麗な黒曜石のような瞳だった。

 

 

そして彼は、私が無事なのを確認するとゆっくり降ろした。

 

「本当に異形の鬼みたいだな」

 

よく見るとこの人、汚れと傷がない。私でも一日で傷や汚れがあるのに、この男の子からはそれが一切ない。

 

「わざわざそっちから食われにくるとはなぁ……馬鹿な奴だ。お前も食えば少しは腹も膨れるか」

 

「お前にやられるつもりはない。この山から抜け出せずに、『主』を気取って慢心しているただの馬鹿にはな」

 

この状況で彼はあの鬼を馬鹿呼ばわりしている事に驚きを隠せなかった。

 

「はぁ!?殺す!!絶対に殺すぅぅぅぅ‼︎」

 

鬼の逆鱗に触れたのか、先ほどのように視界を埋め尽くすほどの手を彼に差し向ける。

 

私はすぐ落ちた刀を拾いを構えるが、

 

「お前は下がっていろ。後は俺に任せてくれ」

 

不思議と彼の言葉に安心する感覚がした。その場から距離を取り、遠くから見ていたが、彼の背を見ていると、何だが安心できた。

 

わからないけど、彼には、私を安心させる何かがあった。

 

 

すると、視界を覆うほどの無数の腕は一瞬の稲妻によりすべて斬り払われていた。

 

「えっ!?」

 

私は彼が何をしたのかわからなかったのだ。

 

彼を見ると、納刀された刀の柄を握っていた。

 

「(まさか、一瞬にして斬ったの⁉︎)」

 

 

「………」

 

シィィィィィィ

 

彼から、呼吸音が漏れ出る。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

 

「何なんだぁ、その赤い眼はぁぁぁ……決めた!お前はじっくり痛ぶってバラバラにして喰い殺してや……………る?」

 

赤い眼?彼の瞳は黒の筈。

 

前傾の居合の構えをし、瞬きをした瞬間、彼は私の目の前から姿を消した。

 

 

「霹靂一閃・神速」

 

 

声が鬼の背後から聞こえた。それと同時に、パチン!と納刀する音が聞こえゴトリと鬼の頸が落ちた。

 

「…………」

 

目を疑った。何が起こったかもわからなかった。一瞬にして姿を消し、鬼の頸を斬り落とした。速すぎて、彼の姿を視認することすらできなかった。

 

 

頸を斬られた手鬼は消滅し始める。

 

「な、何故だァッ⁉︎いつの間に俺の頸をォォ⁉︎俺の頸は無数の腕で防いでいた筈だ⁉︎」

 

 

頸を斬られた鬼は、体を灰にしながら嘆いていた。しばらく嘆いていると、静かになり、鬼は突然、彼に手を伸ばす。

 

彼は、鬼に近づき鬼の手を握った。握った彼の表情はとても優しくて、温かさを持っていた。

 

「大丈夫、君のお兄ちゃんは向こうで待っていてくれているはずだ。だから……だからもう怖がることはない、大丈夫だ」

 

 

消える寸前、手鬼の目からは涙がこぼれていた。そして、

 

「あ…りが……と…う……お兄ちゃん」

 

彼に感謝する様に、そう言ったのだ。この鬼も、きっと辛い過去があったのだと思うと、心が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

鬼が消滅するのを見届けた後、彼を見ると…黒曜石のような瞳から、涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇燐視点

 

俺は鬼を斬りながら移動していた。正直言って拍子抜けもいいところだ、師範との修行がまだ辛いと思うくらいに……いけない、その気の緩みが危険なんだ。もっと気を引き締めないと。

 

すると周りから三体の鬼が襲いかかって来た。

 

「雷の呼吸 陸ノ型・電轟雷轟」

 

周囲にギザギザした青色の雷が無数の斬撃を繰り出す。鬼は斬られ灰となり消滅する。

 

刀を鞘に納め、周りの気配を探るが鬼の気配はしない。

 

 

すると、目の前に1人の参加者が絶望に陥ったような表情で走っていた。

 

「何で大型の異形がいるんだよ!!聞いてない、こんなの!!」

 

「大型の異形?おいお前、大丈夫か。何があったんだ?」

 

「こ……この先に大型の鬼がいるんだ! 距離はそう遠くないはず、お前も早く逃げたほうがいい!食い殺される!」

 

俺は他の参加者の指さす方向へと何も言わずに疾走した。高速で森の中を駆け巡る。

景色が高速で後方へと吸い込まれ続け、そして走り続けその景色は、見えた。

 

今にも異形の鬼に握りつぶされそうな、蝶の髪飾りをした少女の姿が、その少女が涙を流していた姿がはっきりと、見えた。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃」

 

──八連

 

俺は一瞬にして異形の鬼に接近し、無数の手を斬り裂き、少女を抱え地面に着地する。

 

「良かった……何とか間に合ったみたいだ」

 

少女は俺を見つめていた。正直言うと、綺麗な子だなと思った。

 

あちらこちら傷だらけだったがかすり傷程度で済んでいる。俺は無事なのを確認すると蝶の髪飾りの少女をおろす。そして目の前にいる異形の鬼に目を向ける。

 

「本当に異形の鬼みたいだな」

 

不思議と頭はすごく冷静だった、おぞましい姿をしているのに恐怖は感じない。

 

「わざわざそっちから食われにくるとはなぁ……馬鹿な奴だ。お前も食えば少しは腹も膨れるか」

完全に舐められた言い方をされた。挑発のつもりだろうが、気配で何を考えているか丸分かりだ。

おそらく煽りに乗った拍子に呼吸を乱すつもりだろう。

 

それなら……

 

「お前にやられるつもりはない。この山から抜け出せずに、『主』を気取って慢心しているただの馬鹿にはな」

 

 

 

 

 

「はぁ!?殺す!!絶対に殺すぅぅぅぅ‼︎」

 

やはり煽られるのには弱かったようだ。異形の鬼は視界を埋め尽くすほどの手を俺達に差し向ける。蝶の髪飾の女の子は落ちた刀を拾い構えるが、

 

「お前は下がっていろ、後は俺に任せてくれ」

 

そう言うと、蝶の髪飾りの女の子は素直に指示を聞いてくれた。

 

「(……奴の腕の動きが正確に見える。どうやら手を自在に動かせるみたいだな。だが、対処できないほどではない)」

 

視界を覆うほどの無数の鬼の腕を俺は刀を抜刀しすべて斬り払って納刀した。

 

 

 

 

「お主の太刀筋は普通の者より速すぎるのじゃ。おそらく柱やそれに近いの実力者でしか目視は難しいじゃろう」と師範のお墨付きだ。

俺は無言で鬼を睨みつけながら全集中の呼吸を行う。

 

しかし異形の鬼は何故か俺の目が気に入らないのか怒っている様子だ。

 

 

「雷の呼吸 壱ノ型」

 

 

 

「決めた!お前はじっくり痛ぶってバラバラにして喰い殺してや……………る?」

 

 

 

「霹靂一閃・神速」

 

鬼の頸を斬り、納刀すると、鬼の頸に巻きついていた腕ごと落ちた。

 

 

 

 

「な、何故だァッ⁉︎いつの間に俺の頸をォォ⁉︎俺の頸は無数の腕で防いでいた筈だ⁉︎」

 

鬼は体が灰になるのが認められないのか嘆いている。頸を斬ってなお動いている。しばらく嘆いていたが、すると驚くほど静かになり、鬼は何かを思い出したかのような目をし、俺に手を伸ばしてくる。

 

今の異形の鬼からは邪悪な気配は感じられなかった。とても悲しくて、寂しそうな、兄を求めて泣きじゃくる子供のような気配だった。

 

「(そうだよな、鬼だって…元は人間だったんだ。この鬼もきっと、悲しい思いをしたんだろな…………いくら人に害をなす存在いえ、俺は……人を斬ったことには変わりはない、俺がこの鬼にできるのは)」

 

刀を納刀し、俺は鬼に近づき鬼の手を握った。握った鬼の手は、不思議と温かかった。

 

 

「大丈夫、君のお兄ちゃんは向こうで待っていてくれているはずだ。だから……だからもう怖がることはない、大丈夫だ」

 

 

俺がかけてやれる言葉はこれくらいしかなかった。目を開け消える寸前の鬼の目からは涙がこぼれていた。そして

 

「あ…りが……と…う……お兄ちゃん」

 

「ありがとう」と、言ったのだ。きっとこの鬼も、望まぬ形で鬼にされたのだろう。

 

お兄ちゃん……か

 

鬼は消滅し異形の鬼との戦いは終わった。しかし複雑な気持ちだった。

 

「あの……大丈夫?あなた…泣いてるよ」

 

「……え?」

 

すると蝶の髪飾りの少女が近づいて来た。俺は、瞳から涙が流れていることを少女に指摘されて気付き、袖で拭う。

 

「すまない、みっともない所を見せた。それよりお前は大丈夫なのか?」

 

「うん…私は大丈夫。私は胡蝶カナエ、さっきは助けてくれてありがとう」

 

「俺は桐生燐、呼び方は好きな方で構わない。俺は他の参加者からさっきの鬼の事を聞いてここまで来たんだ」

 

胡蝶を見ると何やら脇腹を押さえ込んでいて痛みを堪えていた。

 

「まさか脇腹をやられたのか、一旦移動する。動けるか?」

胡蝶が頷いてくれたので、少し移動し、応急処置を始める。

 

「他の女性の参加者がいれば良かったんだけどな……すまない」

 

「ううん……平気よ、ありがとう」

俺は目に見える傷がある場所に、師範からもらった傷薬を塗り、包帯を巻く。

 

「よし、とりあえず傷の処置はこんなものだろ…後は自分でやってくれ、それと…腕は動かせるか?」

胡蝶は腕を動かすが、少しキツそうだった。

 

「おそらく脇腹は打撲しているな……呼吸で何とかすれば問題はないが、余り長時間激しく動くのは無理そうだな」

 

「平気よ……打撲なんて修行していたときなんかよりはマシよ。このくらい一人で乗り越えなきゃ」

 

「そうか、だったからこれ……渡しておく。おそらく他の鬼には狙われないはずだ」

 

危険地帯に入る前に手折って懐に入れておいた藤の花を胡蝶に持たせる。

藤の花を持ち込む事は今回の選別で反則にはなるとは言っていなかったので持ち込んだのだ。これも生き残るための戦術だ。

 

「ありがとう…燐くん」

 

「おそらくお前なら、その状態でも生き残る事は出来るはずだ。辺りには鬼の気配はないが、一箇所に固まると鬼がその内集まってくる。俺はこの場から離れる。生きてたらまた会おう」

 

俺はその場から離れるが、内心かなり安堵もしていた。。一歩遅ければ彼女は死んでいたからだ。

 

「まだ始まって初日だ。油断せずに行こう」

 

しばらく走っていると数体の鬼が現れた。

 

「雷の呼吸 弐ノ型・稲魂」

 

一瞬で五連の斬撃を繰り出し鬼を斬り、そのまま止まらず走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……七日間

俺は無事に七日間生き残り、開始地点に戻る、そこには胡蝶と俺の二人だけしか集まっていなかった。おそらく他の参加者は鬼にやられたのだろう。俺に気がついたのか胡蝶が近づいてきた。

 

「燐くん!無事でよかった。あの時は本当にありがとう」

頭を下げて胡蝶がお礼を行ってきた。

 

「気にしないでくれ。胡蝶も無事で何よりだ。」

 

「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」

 

 俺たちの到着を待っていた白髪の女性が説明を始める。

 

「まずは隊服支給の為、体の寸法を測らせていただきます。その後は階級を刻む『藤花彫り』を──階級についてですが、十段階ございます。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸……今現在の御二人は、一番下の癸でございます。それから、御二人の為に鎹鴉を……」

 

女性が手を叩くと、上空から二羽の鴉が下りて来て、胡蝶と俺の肩に留まる。

 

「鎹鴉は、主に連絡用の鴉でございます。任務の際は、鎹鴉でご連絡致します」

 

 

胡蝶の鴉は普通なのだが何故か俺の鴉は白色だ。

 

「あの、これは鴉……ですよね?何で俺だけ白なの?」

 

「では、こちらをご覧ください」

 

俺の質問は無視された。その後、鉱石の並べられた机に案内され、一列に並ぶ。鴉のことは一旦忘れておこう。

 

「こちらから刀を創る玉鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し、己の身を護る刀の鋼は、ご自身で選ぶのです」

 

胡蝶と俺は長台の前まで移動し、鋼を見つめる。

 

 

「(どういう基準で選べばいいんだ?)」

 

俺はとりあえず勘で選んだ。

 

その後、胡蝶も玉鋼を選び、隊服を受け取って、最終選別は終わりを迎えた。

 

「(長いような、短いような七日だったな。師範との修行の成果を発揮できた。これからも精進しないとな)」

 

 

師範の家に帰るため来た道を歩こうとしたが、突如、羽織りの袖を胡蝶が掴んできた。

 

 

「?どうした……胡蝶?」

 

「燐くん……あの、また……会える?」

 

「まぁ……この先お互い生きていたならな」

 

そして胡蝶は嬉しそうに笑みを浮かべて「うん!」と返事をし、掴んでいた袖を離した。帰り際に胡蝶が振り向き「燐くん、またね!」と言ってきた。俺は「ああ、またな」と言い師範の家がある方向に歩き出す。

 

「(胡蝶 カナエ…か、何だが母さんに少し似ていたな)」

 

俺は師範のいる家まで、今回の選別の際の反省点を考えながら来た道を歩いていく。

 

「(あの時、異形の鬼は俺を見て“赤い目”と言っていた。まさかな……)」

 

 

そして師範の家に帰り着くと、師範が涙を流しながら抱きついてきた。

 

「よくぞ帰ってきた……燐!」

 

と言ってきた。俺も大きな声で

 

「ただいま!師範!」

 

と答え、俺も涙を流した。俺の最終選別は本当の意味で終わりを告げた。




燐の鎹鴉の色は白にしました。善逸がスズメだったのでちょっとオリジナルを加えました。

雷切りは八葉一刀流の紅葉切りを雷のバージョンにしてみました

ここで大正こそこそ噂話

燐は修行がない日、慈悟郎と会話をしていた時に、慈悟郎の事をうっかりお爺ちゃんと読んだことがあり、慈悟郎は「お爺ちゃんではない、師範じゃ」と指摘したが、慈悟郎は内心満更でもなかったらしい

師弟関係だが、燐にとっては祖父のような存在になっている。

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