「父さん…なのか?」
「おやおや、親の顔を忘れたのか?これが証拠になるかな?」
目の前で川で釣りをしていた父だが、疑問を払うように、右眼を写輪眼に変化させた。
「本当に、父さんなんだな?」
「だからそう言ってるだろ?こっちに来い。久しぶり話そう」
「あ、うん」
燐は未来に近づき隣に座り込む。
「ずいぶん大きくなったな、燐」
「もう二十一だ。そりぁ成長もするよ」
「はは、やっぱりお前の黒曜石の瞳は、母さんに似てるな」
「母さんは父さん似って言ってたけど」
「そりぁ俺の息子だからな、俺と母さんに似て当然さ……おっ、かかった!」
未来は竿を一気に上げ魚を釣り上げる。
「(妙だな、これは現実か?けど…俺は鬼殺隊の隊服を着てるし、日輪刀もある。確か車掌さんに切符を切られた途端に…)」
「燐、すまなかった。お前を一人にしてしまって、母さんを守れなくて、お前を兄ちゃんにしてやる事ができなくて…ごめんな」
父さんはいきなり謝ってきた。一人にしてしまった事にそして母さんを守れず無力だった自分に。
「謝らないでくれ父さん、確かに辛かったけど…全部が悪い方向に進んだわけじゃない。俺は今…すっごい幸せだがら」
「……燐」
「だがら父さんが謝る必要はないんだ。これも全部、元凶を産んだ鬼舞辻 無惨のせいだ」
「鬼舞辻 無惨?」
「父さん達を襲った化け物……“鬼”の始祖の名前だ」
「そうか…」
「それよりも、父さんに話したい事がたくさんあるんだ!」
「そうか、それじゃあ聞かせてくれ、あの後、お前はどの道を歩んだのかを」
「ああ、まずは俺の師匠の出会いから──」
その後、俺は父さんに命を救ってくれた桑島 慈悟郎師範のことや鬼殺隊、仲間達の事を話した。胡蝶姉妹の事も話し、その二人と結婚している事を話すと驚き、父さんは口をアングリしていた。でも父さんは涙を流しながら「おめでとう」と言ってくれた。
「それよりもっと驚く事があるんだ父さん」
「?なんだ?もうこれ以上驚く事はないだろう…?」
「カナエが妊娠してるんだ」
「なん… だとォ!?」
結婚した事を伝えた時以上に驚いてくれた。想像以上の反応に俺も笑ってしまった。
「本当だよ父さん、俺も父親になるんだ」
「本当なのか、燐?お前が父親に………ははっ、なんか父さん泣けてきたぞ、あんな小さかったお前が…父親か」
「それで父さんに聞きたい事があったんだ、父親ってどうしたら──」
『起きてください!』
その時だった。
突然、頭の中で誰かの声が聞こえた。
「父さん、なんか言った?」
「ん?いや、俺は何も言ってないが」
『早く目を覚ましてください!』
やっぱりだ。声が聞こえる。
この声は……炭治郎か?
『鬼の攻撃です!早く目を覚まさないと殺されてしまいます!早く起きてください、燐さん!』
「間違いない、これは炭治郎の声、それに鬼の攻撃?じゃあ、これは血鬼術?」
「どうやら現実はやばいみたいだな。お前を呼ぶ声が聞こえる……だが申し訳ないが、もうちょっとだけいてもらう。炭治郎とやら……」
「父さん?」
「今、お前は相手の術で作られた夢の世界にいる。だが俺は違う。万が一の事があった時、お前には幻術をかけておいた」
「幻術?いつから」
「お前が赤ん坊の時にだ」
「そんな時から⁉︎」
燐はまさか赤ん坊の時に父に幻術をかけられていた事に驚く。
「万が一俺の身に何かあった時、ある条件で発動する仕組みになってる。まさかこんな形で発動するとは思わなかったが」
「父さん…」
父さんは最後まで俺の事を守るつもりで、死んでもなお守り続けていた。
「あまり時間がないから手短に話す。お前を今から現実に戻す。これが父親として最後にしてやれる事だ」
「現実に?一体どうやって」
「俺の右眼を見ればいい、それだけだ。準備はできたか?」
「…父さん、最後に聞きたい、父親ってどうしたらいい?ちょっと不安なんだ、いい父親になれるか」
「それはお前次第、それだけだ」
「それだけ?もっといい助言はない…」
すると未来は燐の頭を撫でてきた。燐は突然の事に驚き、目を丸くする
「お前は俺の息子だ。お前ならきっといい父親になれるさ。俺も母さんも…お前を信じてる」
「…なんで、そんな自信を持って言えるんだよ?」
「子を最後まで信じるのが親ってものだ」
父さんは笑顔で言ってきたため、それ以上は何も言えなかった、父さんのこの言葉には嘘偽りもない本心だったから。
「さて、そろそろ現実に戻す。待っているんだろ?お前の仲間が。早く戻らないとな、準備はいいか?燐」
燐は日輪刀に触れ自信に満ち溢れた表情で顔を上げる。
「うん、出来てるさ」
「よし、始めるぞ」
未来は右眼を写輪眼に変え、燐の額に指を置き、燐は未来の右眼を見つめる。
「解!」
そう言った途端、あたりの景色は薄く消えかかり、互いの姿も消え始める。
「母さんには色々と伝えておく!だからお前は、自分で決めた道を…立ち止まらずに進め…覚悟を超えた先に、希望はある!」
「父さん……ありがとう、行ってきます!」
瞳に涙を流しながら、燐に別れを告げる。
◇
「燐さん!」
「炭治郎…か?そうか、戻ってこれたのか…俺は。お前も目を覚ましたんだな」
「はい!でも、煉獄さんたちがまだ………!」
炭治郎に言われ、杏寿郎たちを見ると、三人ともまだ眠っていた。
「俺達だけか、目が覚めたのか……」
「はい、後は禰豆子のお陰です」
「禰豆子の?」
「禰豆子の血鬼術で、俺の縄が焼かれてるんです」
見ると、俺の腕に結ばれていた縄があった。
恐らく、炭治郎の言った通り、禰豆子が炭治郎の縄を燃やし、その後なんらかの方法で目を覚ましたのだろう
「(父さん…ありがとう)」
燐は胸に手を当て未来に礼を言う。二人は座席の下に隠しておいた日輪刀を取り出し、腰に差す。
「この縄、斬ったらダメな気がする……」
「斬ってどうにかなるんだったら、苦労しないしな。恐らく、斬ったらヤバいだろう」
「禰豆子!三人の縄も燃やしてくれ!」
炭治郎に言われ、禰豆子は頷き三人の縄も燃やした。
「杏寿郎、起きろ!いつまで寝てるつもりだ!」
「善逸!伊之助も!起きろ!」
三人の体を揺するも、三人はまだ眠っていた。
「ダメだ、全然起きる気配がない」
「こうなったら、俺と炭治郎、禰豆子の三人で鬼を探して…っ!炭治郎!危ない!」
俺は咄嗟に、炭治郎の腕を掴み引き寄せる。
同時に、杏寿郎と繋がっていた女性が錐で炭治郎に襲い掛かった。
「何てことしてくれるのよ!あんたたちのせいで、夢を見せてもらえないじゃない!」
「(この気配、鬼に操られている風にも、鬼に脅されている風にも見えない。まさかこいつら、自分の意思で鬼に従っているのか?)」
すると他の人達も起き、それぞれの錐を持ち、俺達に近寄ってくる。
そんな中、やせ細った男の人と、涙を流して呆然としていた少女はただ黙って、立っていた。
「(他の二人には敵意がない、何かあったのか?)」
「アンタたちも!起きたなら加勢しなさいよ!結核だとか、死んだ家族に会いたいとか知らないけど、ちゃんと働かないなら、あの人に言って夢、見せてもらえないようにするからね!」
人の弱みや心に付け込んで、やらせていたのか。自分は手を汚さず、他人に汚いことをやらせる。
「夢の世界に、幸せも何もないんだよ」
そう言い、俺は、炭治郎と俺が繋がっていた二人を除いた他の三人を殴り、気絶させた。
「悪く思うな、暫く眠っててくれ」
全員を席に横にして、残りの二人を見る。
この二人からは殺気が感じられなかった。
だから、俺も炭治郎もこの二人だけは傷つける様な真似はしなかった。
「聞きたいことがあるんだ。彼女が言ってたあの人ってのは、鬼だな?」
そう聞くと、少女はこくりと頷いた。
「そうか……君の苦しみを俺は知らない。でも、その苦しみはいつか晴れる。だから、それまで生きるべきだ。勝手だろけど、生きてくれ」
少女にそう言って、俺は外に出ようとする。
「あの!」
すると少女が声を掛けてきた。
「私たちに、貴方たちの精神の核を壊せって言ってきた鬼は、汽車の上に居ます。先頭の車両です。それと、左目に、下壱って文字もありました」
「………そうか、ありがとう。後は俺たちに任せて隠れていてくれ。炭治郎!」
「はい!分かってます!禰豆子、この人たちを頼む!」
「ムー!」
「待ってください!」
俺と繋がっていた少女が俺を引き止めてきた。
「ありがとう。あなたと無意識領域で会った赤目の女の人、あなた達のおかげで私も前を向ける。」
「カグラ様が…」
カグラ様…。貴女が俺の精神の核を守っていてくれたのか。それに、目の前の少女を前に進むためのきっかけを作ってくれた。
「気を付けてね」
「ふっ、いい目をするようになったではないか…小娘」
「……え?」
燐の声は女性の声に変わり、少女が見た燐の瞳は、六芒星の形をした瞳に変わっていた。
燐はそのまま車両を駆け出し、鬼を探し始めた。
「(カグラ様…目覚めたのですね)」
『まぁの、起きてみれば周りの景色は変わるわ知らぬ小娘がいるわ…少しだけ話したら大変じゃったぞ』
「(そうですか、ありがとうございます…あの娘にきっかけを与えてくれて)」
『ふん、少しお灸を添えただけじゃ。それよりも、あの小僧達に任せてもいいのか?』
「(炭治郎は今伊之助と二人で本体の鬼を探しています。俺は乗客を守る事に専念する。今回は人質をとられてるとみてもいい、列車全体から鬼の気配を感じますしね」
カグラ様と会話を終えた俺は、後方へと向かう。