「コノアタリニイルハズダ!」
「ありがとう、白」
一人の少年が森の中を進む。植物が多く茂っており、隠れるには最適な広さだ。まだ昼間だが、雲が覆っているため、日の光が遮られている。例え昼間でも活動をする鬼もいる。
「気配が近づいてきたな。このまま進めば奴がいる」
燐は鬼殺隊の中で、特殊な気配の感知に優れ、例え気配を消していたとしても、燐の感じる生き物がもっている特殊な気配までは消せない。
「–––––ああ?なんだテメェ?」
森の中でも多少拓けた場所に、鬼は居た。
肌は浅黒く変色し、何本もの血管が浮かびあがる。手には凡そ普通の人には備わっていないような長い爪が微かな陽の光を反射し、口から覗く歯はギザギザと肉食獣を思わせる形状をしている。
「──見つけた」
かつて人だったものであり、今は人でないもの…鬼である。
「その格好……お前、鬼狩りだな?」
「そうだ。お前のその頸…斬らせてもらう」
「アッハッハ‼︎こいつは傑作だ!まさかお前、俺を殺せると思ってるのか!」
血のついた爪を長い舌で舐め回し、燐を威圧する。しかし燐の表情に変化は見受けられなかった。燐は鬼の持っているものに目を向ける。
鬼の左手には、人の頭部が乗せられていた。口元は苦悶に歪められている。とても、人が死に際に浮かべる顔ではない。
下卑た笑みを浮かべ、口元を三日月状に歪めた鬼は、何かを思いついたようにまた嗤う。
「そうだ!もしお前がその刀を俺にくれるって言うなら、見逃してやってもいいぜ?」
そう言い、燐の腰に指差す。
「……この刀か?」
「そうさ。それをこっちに渡すなら、お前を見逃してもやってもいい」
「そうか…」
燐は柄を右手で掴み、少し前屈みになりながら抜き放つ。シャリンと音を立てながら抜かれた黒の刀身に蒼色の稲妻模様が姿を現す。
「雷の呼吸 漆ノ型」
「あぁん?なんだぁ?––––––」
風が林を抜け、揺れた木々の間から木漏れ日が刀身に反射する。身体を右側に逸らし、刀を鬼から見えないよう脇に構える。
鬼と少年の距離は凡そ五丈程度、幾ら刀を抜いた所で一息に詰められる距離ではない。
「雷切り」
音を消し、一瞬ですれ違いに抜刀し斬撃を繰り出す。それから一拍遅れて、カサカサと落ち葉の上を何かが転がる音が響く。
「──はっ?」
鬼は頸を斬られ、鮮血を噴き出していた。何が起こったのか、何故自身が斬られたのか、茫然とした表情のまま鬼が固まる。
「い、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?ガハッ!」
自身の現状に頭が追いついたのか、声を上げる。燐は刀を、開いた鬼の口の中に差し込む。
「騒ぐな……悪鬼」
その目は赤く、そして冷たく、殺意しかなかった。
「ヒィッ!何だよ!?お前は?!何なんだよ!?」
燐の瞳を見て鬼は恐怖に満ちている。
「俺が何か?お前がさっき言っただろう」
刀を鬼の口から抜く。
「鬼狩りだよ。名は桐生 燐、お前のような悪鬼を滅殺する剣士さ」
燐は鬼が灰になり消滅した後、近くにあった遺体の頭部を持ち上げる。まだ少女とも言える顔立ちだった。
「すまない」
伽藍堂になってしまった目を優しく閉じ、抱える。
燐は近くにあった遺体を火葬し、鬼による被害者を弔う。
しかし燐は自身の変化に未だに気づかないでいた。
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俺は桐生 燐、鬼殺隊・雷の呼吸使いの剣士だ。
最終選別から一年近くの月日が経った。
この半年で数十の鬼と十二鬼月の下弦を二体倒した。その功績で、『お館様』にお呼びされた。『お館様』とは、鬼殺隊の最高管理者であり、産屋敷の一族の97代目当主産屋敷 耀哉様のことである。異能とも言える程の強力な人心掌握術を駆使して鬼殺隊をまとめ上げ、鬼殺隊の主要戦力であり、我もアクも強い性格の『柱』達をも心服させるお方だ。
俺はお館様にお呼びされ、その時「鳴柱に就任して欲しい」とお館様自ら言われたが、俺は一度断った。鬼殺隊としてはまだ新人だった為素直に“はい”とは言えなかった。なので俺は「返答はまた一年後でよろしいですか?」と頭を深く下げながら伝えると、お館様は「わかった。一年後……いい返事を待っているよ」と言われた。癖の強い柱がお館様に心服する理由もわかる。
現在俺の階級は甲、鬼殺隊の一番上の階級だ。とは言っても半年以内に柱となる条件を満たしていたらしいが、俺はそんなこと全く気にしていなかった為、お館様に言われて初めて自分がやってきた事に気づいたのは秘密だ。まぁ、お館様には見破られているだろうが。
そして現在
「…な、何なんだこれは………夜なのに明るい……だと!?」
任務の終わりに、鎹鴉の白に導かれてやって来たのは東京……燐の知っている集落や町とはまさに別世界だった。日は完全に落ちているというのに昼間のように明るい。
西洋風の建築物と和風の建物が混在し建物も、今まで見てきたものよりも高いものが多い。
「(こ……このままだと、あまりの人の多さで酔ってしまう。人の通りが少ない場所に移動しないと)」
燐は人混みをかき分け、なんとか移動しようとするが、中々前に進めない。仕方なく道の端に寄り、歩いていると路地裏の通り道があった。
「しょうがない、人が多いよりはマシだ。」
燐は路地裏に入り進むと、暗い中、男女が接吻をしていた。
「んなぁっ⁉︎ご…ごめんなさい‼︎」
燐はその光景に頬を少し赤くして、急いで先程の道に戻る。
「ハァー、どうしようもないなこれは、仕方ない、このまま移動するしかないな……」
しばらく人混みの中を移動しやっと人気のないところまで移動ができた。はじめての都会で洗礼を受けて既に燐はクタクタだった。
「……やっと抜け出せた。くそ、まだ目眩がする。」
はじめての都会は驚くことばかりだった。田舎育ちの俺には少しキツすぎた。何度か行けば慣れるだろうか……。
──ギュルルルルルル
「(そういえば昼から何も食べてなかったな。)んっ、あれは……」
遠くに灯りが見え、近づくと移動式の屋台があった。みるとうどんの屋台だった。
「ちょうどいい…あそこで夕食を済ませるか」
燐は屋台に近づき看板にあるうどんの種類を見る。みると、やまかけ、きつね、たぬき、天ぷらなど種類がいくつかあった。食べたいものが決まりリンは屋台の主に声をかけた。
「すいません、きつねうどん一杯ください」
「あいよ!」
店主は手際よく準備を始める。さすが都会の料理人、腕が違う。水を汲み、設置された椅子に座り燐は水を一気に飲み干す。
「ハァー(最近仕事続きで中々休めないな、師範にも手紙を書く余裕もない)」
燐はうどんが出来るまでしばらくくつろいだ。この半年で彼は数々の結果を残している。鬼の討伐は勿論、十二鬼月の下弦を二体も葬っている。しかし、未だに上弦の鬼とは遭遇した事がない。そもそも上弦の鬼は遭遇事例が少なく、遭遇したとしても、命を喪う結果になると言う。生きて帰ってきただけでも稀だと言うくらいだ。
「(だからと言って、こんなことで音をあげるわけにはいかない。師範に聞かれたら拳骨を落とされる)」
「燐くん?」
「ん?」
突然自分の名前を呼ぶ女性の声がし、振り向くとそこには蝶の髪飾りをつけた少女がいた。俺はこの少女を知っている。
それは半年前のことだ。会ったのは一度だけだが、最終選別の時に一番印象に残っているあの子…….
「君、もしかして、胡蝶……なのか?」
「そうだよ!久しぶりだね、燐くん!」
やはり胡蝶だった。胡蝶は隣に座って懐かしむような表情をし、笑顔を浮かべた。
「何でここに?」
「帰りに偶々ここを通ったら、燐くんのその羽織姿が見えて、もしかしたらと思ったの」
「そうなのか。それよりよく覚えてたな、最終選別の時以来だろう?」
「その羽織を着ている人なんて、燐くんだけだと思うわ」
……確かに、白色の羽織に黒の三角模様の羽織を着ているのは俺だけだろう。それに、胡蝶はたった1人の同期だ。あの時生き残ったのは俺たち二人だけだったんだ。
「そういえば、その荷物は?」
「これ?薬や薬品よ。色んな所から掻き集めたの。私ね、最近できた治療所の代表なの。傷ついた人を助けたいなってお館様に頼んだら、屋敷を用意してくれてね」
「(そういえば、最近村田さんから治療所ができたって聞いたな。と言うか今まで治療所とかなかったのか、鬼殺隊は)」
数週間前に、鬼殺隊の先輩にあたる村田さんに話を聞いたのを思い出した。現在階級は俺より下だが、だからと言って威張るつもりはないし、村田さんは面倒見が良い人で敬意を持っている。
「きつねうどん、一丁出来上がり」
注文したきつねうどんが出来上がり、燐に渡す。
「ありがとうございます。久しぶりのまともな食事だ。いただきます!」
割り箸を割り、うどんの麺をすする。うん、出汁が利いて美味しい。しかし、胡蝶からの視線が気になる。
「なんだよ…」
「ふふ、美味しそうに食べるなぁって」
正直食べづらい。しかし麺は汁を吸って伸びる為早めに食べないといけない。俺はなんとか食べ終えることが出来た。
「ご馳走様でした。凄くおいしかったです」
「おう、ありがとよ、毎度あり!」
器を返却し代金を払い、胡蝶と共に屋台から離れる。
なんで胡蝶まで一緒に?
「胡蝶……何故ついてくる?」
「ふふっ、なんとなくよ。それより…燐くん、あなた最近隊士の中で噂されてるわよ」
「は……噂?何のことだ?」
いきなりの事で訳がわからなかった。俺、噂されていたのか。
「あらあら、やっぱり知らないのね。燐くん、あなたは半年で十二鬼月を二体も倒したんですもの、嫌でも噂にもなるわよ。燐くんが一番昇進が早くて柱に近いって知り合いの人が言ってたわ、確か一部の隊士からは“雷の剣聖”だって噂されているわよ。」
「何だよその異名は……まぁ噂は本当だよ。実際お館様から柱に就いてくれないかってお話を受けたしな。」
「……え?」
胡蝶の表情は一変して驚いている顔に変わった。
「ちょ、ちょっと待って燐くん、それ…本当なの?」
「ああ、本当だ。ただ、柱になれるのは嬉しいが、流石に素直に“はい”とは返事できなかったな。だからこの事は一年後まで先延ばしにしてもらったんだ。お館様には申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
「そ、そうなんだ、やっぱり燐くんは凄いわね」
「俺なんて師範には遠く及ばないよ。俺は、もう、同じ悲劇を繰り返さないために剣士になったんだ。」
胡蝶は気を遣って追及はしてこなかった。すると頬に水が当たる感覚がした。
「……雨」
「そういえば、今日は雲行きがあやしかったからな。いつ降ってもおかしくないぞ、これは」
次第に雨粒は激しさを増し、雨が降り始める。
「くそ、降り始めたか!」
「燐くんこっち、このまま私の屋敷までついてきて!」
「はぁ?迷惑になるんじゃ…」
「いいの!このまま当たり続けると風邪をひいてしまうわ!私の屋敷はそう遠くはないから、それに燐くん、休む場所もないんでしょ?」
「……すまない、世話になる」
正直泊まる宿もなかったので少し離れた場所で野宿、もしくは宿を探して休むつもりだった。何で胡蝶が知っているのかわからないがとりあえず胡蝶の指示に従うことにした。
二人は急いでその場から駆け出し、屋敷へと向かう。