赤月の雷霆   作:狼ルプス

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第五話

雨が降り続く中、走り続けること数分、ようやく胡蝶の屋敷にたどり着くことが出来た。

 

「ここで待ってて、何か拭くものを持ってくるわ」

屋敷の玄関から胡蝶は奥へ入っていき、俺の羽織を持っていった。羽織のお陰で隊服はそこまで濡れはしなかったが、頭はびしょ濡れだ。

 

「大きな屋敷だな、治療所と言うだけの事はあるか」

この様な屋敷を見たのは初めてで、ましてや師範やお館様以外の家に入る事はなかったので少し気まずく感じる。

 

 

 

 

「誰よ貴方!?人の家の中で何してるの?!」

 

「ん?」

 

 背後から随分と鋭い声が上がった。

 

 

振り向けば、そこには胡蝶とよく似た少女…しかし似つかない不機嫌そうな顔を浮かべた少女が立っていた。

 

 

 

「いや、別に俺は怪しい者じゃ……」

 

「こんな夜遅くに言っても怪しさ満載よ! 何をしにきたのかは知らないけど、早々に出ていかないと痛い目に……って、その服の文字」

 

 警戒心剥き出しの少女は、俺の身に付けている服を見て、すぐに顔色を変えた。羽織を胡蝶に預けたので背中の[滅]の文字を確認できたのだろう。

 

「もしかして、あなた、鬼殺隊の人?」

 

「ああ……俺は胡蝶 カナエの案内でここまできたんだ」

 

「そうよ、しのぶ。この人は私が連れてきたの」

 

「……姉さん」

 

 戻ってきた胡蝶が竹織(タオル)を俺に手渡してくれた。俺は濡れた頭を拭きながら状況を把握する。

 

 この胡蝶に似た少女は、胡蝶を”姉さん”と呼んでいた。つまり、この少女は胡蝶の妹なのだろう……。

 

「しのぶ、この人は前に話した同期の桐生 燐くんよ」

 

「この人が?」

“しのぶ”と呼ばれた少女は信じられない目で俺を見つめていた。

 

「改めて、桐生 燐だ。夜遅くに突然申し訳ない」

 

自己紹介がおわると、雷が落ち、外は一瞬ピカッと明るくなる光景が見えた。先程の数倍以上に荒れ狂った天気に、燐は外での野宿は無理だと諦めている。

 

「しのぶ、今夜ね、燐くんをここに一晩泊めようと思うの。放っておくと何処かで野宿しそうなのよ」

 

「………すまない、今晩だけ世話になっていいだろうか?」

 

何故胡蝶は俺が野宿しているのを知っているんだ?千里眼でも持っているのか?

まぁ、藤の花の家で泊まった時を除けば状況的に仕方ないことも多かった。

 

「………はぁぁぁぁぁぁ。この天気じゃ仕方ないわね……。一応自己紹介するけど、私は胡蝶 しのぶ。胡蝶 カナエの妹です。もし姉さんや私に手を出そうものなら、切腹は覚悟してもらいますからね。わかりましたか?」

 

「わかった」

 

深くため息を吐いた後、胡蝶(妹)は手をシュッシュッと何かを下から突き上げるような仕草をする。俺は彼女の仕草が理解できなかったが、とりあえず、切腹は嫌なので返事をするしかなかった。

 

屋敷内に入り風邪をひかないために、胡蝶(妹)に今夜寝る部屋へ案内された後、屋敷の治療所内の風呂に入り、体を洗い湯船で体を温める。

 

「ハァー……あったかい、湯に浸かるのは数週間振りだ」

俺は冷たい川の水で体を洗うことが多い。藤の花の家で泊まった時に湯船に浸かる事はあるが殆どが野宿生活だからだ。

 

「(柱にもなれば屋敷をもらえると聞いたが、胡蝶の場合、医療関係でお館様が承諾したんだろうな、それにしてもあいつ、妹がいたんだな)」

俺に対しての警戒心は強かったが、その他を見るに、しっかりした子なのだろう。

 

「(胡蝶……俺は、お前が少し羨ましいよ。帰る家もあって、待ってくれる家族がいる。俺にも弟か妹がいたら……あんな感じなんだろうか)」

燐は想像してしまうのだ、もし家族を鬼に食われず子も無事に生まれ家族四人で過ごす光景を。しかしそれは一生叶う事のない願いなのだ。

 

「(過去はもう変えられないけど、未来なら変えられる……だよな、父さん)」

 

しばらく湯船に漬かった後、脱衣場内に置かれた寝巻きに着替え移動する。すると、ふすまの隙間から明かりが見え、二人の話し声が聞こえた。

 

 

「姉さん! 本当に大丈夫なの! ?姉さんと同い年の男を一晩泊まらせて!」

胡蝶(妹)は不満を胡蝶(姉)にぶちまけていた。やはりまだ俺に対して警戒しているのだろう。

仕方のない事だ。姉が、いきなり見知らぬ男を、ましてや知らせも無しに連れてきたら警戒するのは当然だ。

 

「あらあら。でもしのぶ、彼は悪い人じゃないのよ? 私なんて、最終選別の時に、燐君に助けられたから」

 

「え……それ、本当なの?」

 

「ええ、あの時は予想外のことが起きて強い鬼がいたのよ。その鬼に殺されかけて本当にダメかと思ったわ……。もし燐君がいなかったら、私は生きて帰れなかったと思う。今の燐君はあんな感じだけど、戦いになるとすごいわよ、私の中では……鬼殺隊上位の実力者よ」

 

「嘘……あの人が」

 

「しのぶも鬼殺隊になればわかるわ。彼の太刀筋…凄かったんだから。」

 

「そうだったんだ。私、あの人に酷いことを……」

 

 

「(……胡蝶、俺は、お前が思っているほどに強くはない)」

燐は既にその場から離れ寝床に向かう。燐の一日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「ここは……(俺が小さい時よく釣りに来てた川)?」

眠りについた燐は、どうやら夢を見ているようだ。

 

『ねぇ、父さんはなんでそんな簡単に魚を釣れるの?』

声をした方へ振り向くとそこにはまだ小さい頃の俺が釣竿を持って、父さんと釣りをしていた。

 

 

『はは…燐、これにはコツがあるんだ。いいか、まずは目を瞑るんだ、心を落ち着かせ、水の音に耳を澄ますんだ』

小さい燐は父の言う通りに目を瞑り水の音に耳を澄ませる。

 

『そのうち水の中を泳ぐ魚の動きがわかる様になる。今一匹が燐の竿に近づいてきた。餌に食いつこうか今迷っているんだ。』

 

「(懐かしいな、この時は、父さんだけがよく釣れて不思議で仕方なかったんだ)」

そして幼き燐は魚が食いつくのをじっくり待つ。  

 

『まだだ…いいか燐、魚が食いついた瞬間に竿を引き上げるんだ』

そして魚が食いついた感覚がして、幼き燐は一気に竿を上げる。先には魚が見事に餌に食いついていた。

 

『やったぁ!父さん!俺にも釣れたよ!』

 

『凄いじゃないか、燐!父さんはこれが出来るまで時間がかかったのに、もしかすると、燐には才能があるのかもな』

 

『ふへへっ』

幼い燐は父さんに頭を撫でられ嬉しそうに笑う。今となってこれが鬼殺隊として気配を探る技に繋がるとは思わなかった。

 

「そう言えば……父さんのご先祖様って何者なんだ?他にも教えてもらった技はあるが、よく考えれば、殆どが鬼狩りに戦闘に役立つものばかりだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇翌朝 

 

 

 チュンチュン

 

 

スズメの囀りを目覚ましに燐はゆっくりと瞼を開け目覚める。

 

「(朝……しかし、随分と懐かしい夢を見たな)」

 

 

閉じていた瞼を見開けば、見慣れない木製の天井が目に入る。思考を巡らせ状況を整理した。

 

「(そう言えば、そうだった……)」

 

俺は、胡蝶(姉)の気遣いで一晩この屋敷に泊まったことを思い出す。

 

燐は、立ち上がり、近くに畳んで置いていた隊服に着替える。脱いだ寝衣と布団を畳み終え、日輪刀を携え、目元を擦りながら、屋敷内を歩く。昨日は暗い中だったが、胡蝶(妹)の案内で大体の道は覚えている。

 

燐は外に出て、井戸を発見し、水を汲んで、顔を洗う。ぼんやりとした視界ははっきりと見え始めた後、日輪刀を抜く。刀身は漆黒に、その中には蒼色の稲妻の模様が映っている。燐は剣を構え素振りをはじめる。

 

これは慈悟郎との修行を終えた後でも燐の日課となっている。自身の木刀を持っていないため、毎朝、日輪刀で毎日素振りをしている。日が完全に昇るまで木刀を振り続けた。

 

「よし、素振りはこんなものか。次は……」

燐は辺りを見渡し、何かを探し始める。探すと枝が落ちていたので、燐は枝を拾うと、枝を高く投げ上げる。そして燐は目を瞑り刀の柄を握る。

 

燐は構え、目を瞑ったままその場から動かない。抜刀し、枝の真ん中を斬り、納刀する。燐にとっては普通の居合だが周りから見るとかなり早い太刀筋だ。枝は綺麗に真っ二つに斬れて地面に落ちる。

 

「太刀筋には異常無し」

燐は毎朝自身の太刀筋を確認している。少しでもズレがあれば歪んでいる証拠になるからだ。

 

「ね、ねぇ」

 

「ん?」

声のした方へ視線を向けると胡蝶(妹)が立っていた。

 

「すまない、起こしてしまったか?」

 

「い、いや、そう言うわけじゃないけど……あなた、いつから鍛錬をやってたの?」

 

「日が昇る前からだな。師範との修行で俺の日課になってる」

 

「そう……、朝ごはん…すぐに作るから、汗はちゃんと流しておいてください」

 

「わかった」

燐は汗を水で流し体を拭く。洗い終わると屋敷内に入り、ふすまの開いた部屋に入る。暫く待っていると、お盆に朝食を乗せた二人が姿を現した。

 

 目の前に置かれたのは、白米、鰊の塩焼き、味噌汁、漬物など、朝食ながらもしっかりとした料理だった。

 

「すまない、朝食まで用意してもらって」

 

「気にしないでください、一人だけ食べさせないわけにもいかないので」

 

「ふふっ、二人とも、挨拶しましょう」

 

 

「「「いただきます」」」

 

両手を合わせて一礼、俺は味噌汁を一口すする。

 

「………」

 

「これは全部しのぶが一人で作ったのよ~。凄いでしょう? しのぶは昔から器用で、人に教えるのも上手な………えっ?り、燐君……どうしたの?」

 

「桐生さん、なんで……泣いているんですか?」

 

「え?」

燐は自身の顔に手を当てると涙を流していた。それを見ていた胡蝶姉妹は動揺していた。

 

「……あ、れ……?俺によくもわからない。けど、この料理の味、母さんの作った料理と………同じ味だ。」

ポタポタと涙が落ち、燐は袖で涙を拭う。しかし涙は止まらず流れ続けていた。すると胡蝶(姉)は燐に近づき、背中を手でポン、ポンと、撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と味わうこともなかった料理に、燐は涙を流し続けた。

 

 

 

 

 


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