朝食から数時間後、俺は今、屋敷の屋根の上で瞑想をしている……けど、集中できずにいた。
「……」
「ふふ」
胡蝶(姉)が隣でじっと俺を見つめているからだ。しかもかなり距離が近い。気が散って仕方ない。
「胡蝶、用があるならなんか言ったらどうだ?」
「あらあら、さっきはあれだけ可愛い顔していたのに」
「あれのどこが可愛いんだよ?正直情けない姿を見せたんだ、俺は」
あの後、かなり気まずかった。何とか食べ終えた俺は、何ごともなかったように澄まして、その場から逃げるように離れ、今に至る。羽織は洗濯してもらっているため、乾くまで時間がかかる。白からの報告は今の所ない為、待機している状態だ。
「カァー!カァー!桐生燐!次ノ任務ガクルマデ休暇ダ!」
噂をすれば、突如相棒の白が伝令に来た……と言うか休暇?
「え?休暇って……俺、全然動けるぞ?」
「ケケケッ」
「いや、ケケケッ…って!おい待て!詳しい説明をもう少し!」
白鴉は無視して飛び去っていった。
「…………はぁー、どうしたものか」
ため息を吐き、とりあえず瞑想の続きをする。休暇と言われても、釣り以外の趣味がないから、鍛錬に当てるしかないだろう。
「あのー、もしもーし?」
「(新たな型も試みているが……中々形にならない、まぁ、新しい型はそう簡単に編み出せるもんじゃないからな。地道にやっていくしかない)」
現在、雷の呼吸の新たな型を試しているが中々形にならない。雷は速さに重きを置いているため、力強い型は少ないのも理由の一つだ。
「ムゥー……きこえてるー、燐く〜ん?無視は悲しいな〜」
「(漆ノ型の雷切りは精密な居合技だ。それに、“あの力”を使いこなさないと)」
一度任務で漆ノ型を使ったことがあるが、それは静かな居合で雷の音が後から鳴っていたと、任務に同行していた隊士に言われたことがある。
「…ふー」
「わひぁっ⁉︎」
耳に息を吹きかけられ変な声を出してしまった燐は、隣を見返す。
「なっ、一体何を⁉︎」
「あらあら、可愛い声出しちゃって〜、でも無視するのがいけないのよ」
胡蝶は悪戯が成功した子どものような笑顔を浮かべた。白の伝令で、すっかり忘れていた。
「悪かったな、鎹鴉の伝令で少し考え込んでしまってな」
「その事なんだけど、燐君……もし燐君が良ければ私としのぶに稽古をつけてくれないかしら?」
「稽古?いや、別に構わないが……俺で大丈夫か?」
「うふふ、柱と同等の実力を持ってる燐君だから問題はないわ、この屋敷、実は道場もあるのよ」
「道場まであるのか……」
「ええ、主に怪我をした隊士がある程度治ったら機能回復訓練を行うの」
「なるほどな」
治療だけでなく、治った後に万全な状態まで回復させるのも一環らしい、詳しい内容は知らないが。
「案内するから、準備ができたら「いやあああああああっ!!」あら?」
突然しのぶの叫び声が聞こえた。燐はすぐさま屋根から飛び降り走り出し、悲鳴の聞こえた方へ向かう。
「今の悲鳴、もしかしたら……燐くんには言っておけばよかったわ、しのぶが、全体に毛の生えた動物が苦手だってこと」
「おい!大丈夫か⁉︎何があった!」
怯えるしのぶを見つけた燐が、視線を先に向けるとそこには……。
「え………猫?」
燐はてっきり不審者がいるのかと思い駆けつけたのだが、彼女を見ると猫を見て怯えている様子だった。
「あ、あ、あ」
しのぶは身体を震わせて腰を抜かしている状態だった。燐は猫に近づき頭を撫でる。
「どうしたんだ、お前?何でここに?」
野良猫だが、かなり人懐っこいのかすごくおとなしい。
「ニャーン」
「迷い込んだのか……」
燐は猫の顎を撫でると、猫は気持ち良さそうな様子だ。しかししのぶは真逆でかなりの怯えようだ。
「は、早くその子を追い出してください!」
しのぶは狼狽えていた。燐はその様子が不思議で仕方なかったため彼女に問う
「どうしたんだよ?たかが猫だろ、なぁ?」
「ニャー」
「ほっ、本当に無理なんですよ、私!ここだけの話…こういう毛がボサボサな生き物が苦手なんです!」
胡蝶(妹)が涙目になりながら訴えるので、やむなく俺は猫を抱え屋敷内の外に出す。
「……これでいいか?」
「す…すみません、ありがとうございます」
胡蝶(妹)は礼を言ってくる。警戒はまだされているだろうがやはりしっかりした子だ。
「いや、大した事はしていない。苦手なのは仕方ない事だからな」
「そう言ってもらえると助かります。」
胡蝶(妹)は立ち上がり、服に付いた土を払う。
「ああ…そうだ、これから胡蝶の提案で稽古する事になったんだが、お前はどうする?」
「………はぁぁぁぁぁぁ」
は?なぜそこでため息をつく?
燐はおかしなことを言っただろうかと心配になる。しかししのぶが思ったのはそんな事ではない。
「ねぇ……桐生さん、”胡蝶”だと少し紛らわしくありませんか?」
「……え、何か問題が…」
「胡蝶って呼称だと、姉の方と区別がつかないでしょ? だから、名前の方で呼んでくれても構いません」
「いや、昨日知り合って間もない人を下の名前で呼ぶのは……」
「私が良いって言ってるんです!姉さんと一緒にいる時、どっちを呼ばれているかわからないんですからね」
俺は少し考え込んだが、結局彼女の言葉に従うことにした。
「わかった、”しのぶ”……これでいいか?」
「よろしい」
しのぶは満足したような顔をして頷く。
「俺は鴉からの伝令が来るまで休暇になったんだ。羽織が乾いたら出ていくつもりだったが、胡蝶が、しのぶや俺と一緒に鍛錬をしたいそうだ。」
「……姉さんが?」
「ああ……どの道暇になったから、胡蝶が提案してきたんだ。お前もやるか?」
「やります。鬼殺隊、しかも……『雷の剣聖』に稽古をつけてもらえるなんて滅多にありませんから」
この様子だと、しのぶにまで俺の噂は知れ渡っているみたいだ、おそらくは胡蝶がしのぶに語ったのだろうが。
「そんな大層な剣士じゃないんだがな……それは置いとくとして、道場まで案内してくれないか?胡蝶は気配からして既に移動しているしな」
「構いませんけど、気配…ですか?」
しのぶは訳がわからないと言う表情をしていた。いきなりそんな事を言われても理解は難しい。
「ああ、簡単に言えば気配を感知出来るんだ、俺。気配には人によって特徴もあるから、顔さえわかれば誰の気配かすぐにわかるからな」
「それは……鬼も感じとることが出来るんですか?」
「ああ、鬼は主に邪気を感じるからすぐにわかる。だから仮に鬼が人に紛れて変装していたとしてもすぐにわかる。まっ……これは父さんから教えられた技なんだけどな」
「桐生さんのお父さんに……ですか?」
「ああ…」
「その、桐生さんのお父さんは……」
「いないよ……俺の両親は、鬼に殺された。」
しのぶは顔を俯かせる。この反応だと、胡蝶姉妹も両親を喪ったのだろう。鬼殺隊は、鬼に大切なものを奪われた者が多い。先輩の村田さんもそうだ。
「とりあえずこの話は終わりだ。道場まで案内を頼む」
「はい、わかりました。道場は屋敷内とつながっているのでついてきてください」
「…了解」
しのぶに道場まで案内されると、胡蝶が木刀を持って鍛錬をしていた。道場に入り、向き合って正座をする。
「今日はよろしくね、燐君」
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。始める前にいくつか質問をする。まずはしのぶ、お前……全集中の呼吸は出来るか?」
始める前に幾つか確認しないと鍛錬は始められない。いきなりきつい内容だったら話にならないからだ。しのぶはまだ正規の鬼殺隊ではないため、確認しないといけない。
「はい、一応それなりには、まだ呼吸剣技はイマイチですが」
「ありがとう。これなら教えられそうだな、二人に質問する。二人は……全集中を維持したままどのくらい保てる?」
「「え?/は?」」
胡蝶としのぶは目を丸くした。まぁ、普通ならそういう反応になるよな。俺の場合独学だったし。
「ちょ、ちょっと待って燐君、今……なんて?」
「ん?全集中をどのくらい維持できるかって」
「ちょっと待ってください!ただでさえ全集中の呼吸を行うだけでもきついのに、それを維持⁉︎冗談にも程がありますよ!」
「冗談で言っている訳じゃない。全集中を維持する状態を全集中・常中と言う。」
「……全集中・常中」
「この呼吸は、柱や階級の高い者の殆どが会得してる。覚えておいて損はないはずだ」
常中について説明すると、二人は納得するよう頷く。
「その前に、二人にはこれを使ってもらう」
燐はどこから出したのか瓢箪を姉妹に見せる。
「瓢箪?」
「普通の瓢箪ね。これをどうするのかしら、燐君?」
「その瓢箪を破裂させるんだ」
「「えっ……破裂?」」
流石姉妹、息ぴったりだ。
「ああ、破裂させるんだ。息を吹いて…」
「えっ!この硬い瓢箪を破裂させるんですか⁉︎」
「さ、流石に無理があるんじゃあ」
「こうでもしないと常中を会得できたかわからないからな。ただ…この瓢箪は普通の瓢箪より硬いからな、なんなら手本を見せるよ」
燐は二人が持っていた瓢箪を手に取り息を吹きかける。瓢箪はいとも簡単に破裂した。
「「…………」」
「こんな風に破裂させる事ができるんだ。今の俺くらいになると、これより倍の大きさの瓢箪を破裂させる事ができる。」
姉妹は呆然としている状態だ。目の前で常識外れな事をやれば無理もない。しかしこの二人ものちに常識離れをする事になる。
「とりあえず、まずは全集中を維持するためには肺を鍛えないといけない、そのため先ずは俺とお前達で鬼ごっこをする。俺が逃げる方で二人が俺を捕まえる方だ。」
「えっ?流石にそれは私達の方が有利なんじゃ…」
「安心しろ……今のお前達には絶対に捕まらない自信がある」
「舐めた事言って…、姉さんやろう!桐生さんに一泡吹かせてやりましょう!」
「あらあら、珍しくしのぶもやる気が出てるわね。」
こうして胡蝶姉妹の修行が始まった。
この時点で胡蝶姉妹の強化が始まります。しのぶは鬼殺隊に入る前には常中を会得しています。