胡蝶姉妹に全集中・常中を教えて数週間経ったが、白からの伝令は無い。
正直言って、かなりの期間の休暇だ。結局一晩だけではなく数週間も胡蝶姉妹の屋敷に世話になってしまった。その代わり、稽古をつけた胡蝶姉妹の成長を見ることができたとも言える。
まずはしのぶ…木刀を使った稽古をした時に分かったことだが、しのぶはどうやら腕力が無く鬼の頸を斬れないようだった。
何か体に打ち込むような太刀筋だったので、気になった俺は聞き辛くも、しのぶに話を訊いてみた。どうやら目利きのよい育手も、鬼殺隊の道を諦める方向で……しのぶの心を折るつもりで指導していたみたいだ。
しかし、しのぶは鬼殺隊の道を諦めていない。そんな俺はしのぶの姿に正直尊敬した。カナエの話によるとしのぶは、鬼の嫌う藤の花を使った毒を作っているらしい。周りは「毒で殺せるわけがない」と馬鹿にされていたらしいが、正直俺は驚いた。
これが実現できれば鬼の頸を断たずして殺す事が可能だ。
それはある日のことだった。
「あの、桐生さん、どうして……どうしてそんなに真剣に私の事を指導してくれるんですか?」
「なんでって……急にどうした、しのぶ?」
「私、言いましたよね、鬼の頸を斬れないってことを。どれだけ研鑽しようと、どれだけ努力を重ねようと、私が鬼の頸を斬れる日は来ない。藤の花を使った毒だって、みんなから馬鹿にされた……!桐生さんも内心そう思っているんでしょ?毒で鬼を殺せるわけがないって……」
「……俺はそうは思わないな」
「……え?」
「正直、鬼を毒殺するなんて考えた事がなかったからな、でも、確かに鬼は日輪刀を使わないと殺せない訳じゃない……俺の父さんが言ってたよ、常識はいつか書き換わるものだって、固定観念に囚われたらいけないんだって。何度も失敗したっていい、けど、諦めるな、『失敗は成功のもと』って言うしな」
「………」
「それに、しのぶは俺やカナエには持っていないものを持ってる。お前が納得いくまで付き合ってやるさ。俺は、今しのぶのやっている事を素直に凄いと思うし、尊敬する」
俺は思っていた事をしのぶに伝える。この言葉に嘘偽りもない。しのぶはしのぶのやり方で前に進んでいる。
「っ、ぅ、ぅうぅぅうっ……」
すると、しのぶの目から涙が流れ、嗚咽を漏らし出した。
「………え、ちょっと⁉︎」
まさか泣かれるとは思わなかった。何か悪いことを言ってしまっただろうか?
俺は、自然としのぶの頭に手を置き、撫でていた。
「……っ…?」
「………」
無言のまま、しのぶの頭を優しく撫でる。
「………ふふっ、急にどうしたんですか?“燐”さん」
「いや…俺が何か不味いこと言ったかとおもってな、と言うかお前、今、名前で」
「だめでしたか?嬉しかったんです。あんな風に言われたのは初めてで」
この時、しのぶは気付いていなかったが、背後に隠れながら微笑ましく見守っていたカナエの姿があった。俺は特殊な気配を感知できるから、たとえ気配を消せたとしてもバレバレだ。
俺はこの日からしのぶを指導していた育手を後悔させてやろうと思った。稽古をしていく内にしのぶは自分だけの呼吸剣技を完成させた。
「蟲の呼吸 蝶ノ舞・戯れ」
しのぶの呼吸は蟲の呼吸……“水の呼吸”の派生から更に自身に適した形へと派生させた。鍛錬して気づいたが、しのぶは振る筋力が弱い反面、押す・突くといった筋力がずば抜けている。今ではその威力は岩を貫通する程である。
形になってきたものの、毒がまだ試作段階の為、検証の必要もあるが……。
次にカナエ、さっきからなぜ彼女を名で呼んでいるか気になっている方もおられるだろう。カナエが少し拗ねた様子で「しのぶだけ名前で呼んで不公平だ」と言ってきて、名前呼びを強要されたのだ。
「ほら、しのぶのように! ね? り・ぃ・ん君」
「い、いや…それは」
俺は最初同い年故か、カナエの事を呼び捨てする事に抵抗感があった。
上目遣いでカナエに見つめられる……精神的にも詰め出したカナエの突然の行動に俺は戸惑いを隠せなかった。
「ねぇねぇ、ほらほら。名前を呼ぶだけなんだから」
「………………カナエ」
「もっと大きな声で!」
「……カナエ」
「もう一声!」
「“カナエ”!」
「うふふ、うんうん。カナエ大満足~♪」
カナエは俺の頭を撫でて来た。内心心地良かったのは言葉にせず、俺はカナエの手を退ける。その後、満面の笑みでカナエは俺の両手を握って上下にぶんぶんと振った。俺は結局カナエに押し負けたのだ。
カナエは常中も会得し技の精度も上がってきた。今なら通常の鬼だったら問題なく倒せるだろう。
しかしカナエは鬼と仲良くしたいと言うのだ。正直耳を疑ったが、カナエの言っていることも理解できる。
鬼も元は人間だ。加害者であると同時に被害者でもある。鬼の祖たる鬼舞辻無惨という全ての元凶によって作り上げられている。
人食いの因果に囚われた者……しかし、その所業は決して許されるわけではない。鬼の中には自ら望んで餓鬼道に堕ちた同情もできない畜生にも劣る屑共もいる。俺はそんな鬼を何体も見て頸を斬ってきた。
俺は悪鬼には容赦しない。カナエの夢に賛同するが彼女みたいに出来そうにない。
俺はせめて、悲劇を繰り返させないためにも鬼を斬る。それが、今の俺にできる唯一の手向けだ……。
◇
話は変わるが、数週間滞在している内に、屋敷に名前がついた。この屋敷は蝶がよく飛んでいたので“蝶屋敷”と命名したみたいだ。
「はっ!」
ここは蝶屋敷の道場だ。カナエとしのぶが同時に駆け出す。今の二人は木刀を持ち、俺を追いかけ回している。俺は腰辺りに鈴を二つ身に付けており木刀を逆手に持ちながら二人の攻撃を受け流す。今回は少しやり方を変え、鈴取りをしながら連携を取る訓練だ。二人の内一人が鈴を奪う事が出来たら二人の勝ちとなる。
「蟲の呼吸 蜂牙の舞い・真靡き!」
「花の呼吸 肆ノ型・紅花衣!」
二人が同時に斬りかかる。しかしその速さではまだ俺に攻撃は通らない。
「雷の呼吸 弐ノ型・稲魂」
俺は二人の攻撃を受け流し斬り伏せる。動きはだいぶ良くなったが、まだまだ足りない。
「そこまで!」
「はぁ…はぁ…はぁ」
「はぁ…はぁ、燐さん、私達はまだやれます」
「いや、そんな状態じゃいつまで経っても俺から鈴は取れない。二人ともだいぶ連携もとれて動きも良くなったが、まだまだ遅い。それじゃあ目利きのいい鬼には簡単に動きを捉えられてしまう。」
二人は肩で息をあげながら疲れ果てていた。長時間の間、鈴取りをしながら燐と相手にしていたが、型を使っても全て彼の速い太刀筋や抜刀術により封殺され攻撃すら当てられない状態だ。今の二人の実力は柱とまではまだ及ばないがそれでも強くなっている。
「今回はここまでだ。二人とも体を休めろ。休む事も修行の一環だからな」
最初の俺だったら他人の事を言えなかったろうな……この言葉は師範からの受け売りだ。休む時はしっかり休んで寝る時は寝る。俺は道場から出て屋敷内の縁側に腰を下ろす。
「フゥー……(あの二人、この短期間でかなり成長したな。始めた頃とは大違いだ)」
はじめは鬼ごっこからだったが、服にすらかすりもせずバテてしまっていた。しかし、常中を会得してからはどんどん動きも良くなっていき手加減した状態でやっと俺を捕まえられるようになった。
瓢箪も今では見事に破裂させることもでき、大きさも徐々に倍にしている。難易度を上げ木刀を使いながら二人を相手にしたが、まだまだ動きは俺から見ると遅いほうだ。
しかしそこらの隊士に二人は難なく勝てるだろう。今の二人が勝てない相手は柱くらいか。カナエも柱になり得る実力を持っているが、まだ条件を満たしていないのでしばらくは無理だろう。
「師範もこんな気持ちだったのかな……鍛えている相手が成長する姿がうれしく思う気持ちって」
師範は褒める時は褒めるし駄目だった時ははっきり言う人だった。
「まだ夕方までまだ時間があるな、…少し眠るか」
燐は目を瞑り仮眠をとる。すぐに寝息を立て眠りに入ったのだ。
大正こそこそ話
燐は小さい頃から擽られるのが苦手で、笑いすぎて酸欠を起こしたらしい。