赤月の雷霆   作:狼ルプス

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第九話

──チュンチュン

 

朝日が登り、スズメの囀りを目覚ましにしのぶはゆっくりと瞼を開けた。

 

「う、ぅん……ふぁぁぁ……」

 

 とても心地よい朝。陽だまりのような優しい温もりによって、しのぶは昨晩自身を苦しめた悪夢の痛みを忘れてしまうほどに快調を感じている。

 

「うふふ、姉さん。だらしない顔」 

 

隣を見れば、いつも通り姉のカナエが眠っていた。

 

 

気持ちよさそうに布団に包まりながら幸せそうな顔を浮かべて寝息を立てている。それを見てしのぶも思わず笑みを浮かべ、カナエの顔をそっと撫でた。

 

「…………あれ?」

 

 そこでしのぶは違和感に気付いた。自身を包む温もりの源、それが隣で寝ている姉のカナエのものであるとは理解した。しかし、何故か反対側からも同じような温もりが感じられた。

 

しのぶは喉を鳴らしながらギギギ……と恐る恐る振り向く。

 

 

そこには、何故か、見覚えのある人の寝顔があった。

 

 

「……………え、え、え?」

 

 状況が上手く呑み込めないしのぶは自分でも信じられない程震えている声を喉奥から漏らしてしまう。

 

「(…え?何?なんで? どうなっているの?どうして燐さんがここに?)」

 

 何も言えずに固まってしまったしのぶを他所に、隣で寝ていたカナエが目を覚ました。

 

「ふぁぁああぁあ……あら、しのぶ。もう起きたの? おはよ~う」

 

「(何が起こったの?夜の間に一体何が!?何がどうなったら燐さんが私の隣で寝てるのよ⁉︎)」

 

 寝起きという事もあるだろうが、混乱した頭をフル回転させたしのぶはおよそ数秒で最悪の予想を叩き出した。だが、燐はそんなことをする人ではないので即座に否定する。事情があると信じたかったからだ。

 

「姉さん……昨日、何があったの?」

 

 しのぶは顔を赤くし、目に少し涙を溜め、震える声で姉にそう問うた。しかし未だ頭が覚醒途中なのかカナエはしのぶの異変に気付かないまま、ホワホワと笑顔で返事をする。

 

「うふふっ、色々あったのよ。やっぱり燐くんは、凄かったわ」

 

「(色々って何? 何が凄かったの?)」

 

「しのぶも見てよ、燐くんの寝顔、真剣な表情が一変して子どもみたいな顔をしてて可愛いわ〜♪」

 

「姉さん!ちゃんと説明してよ!」

 

「シー!だめよしのぶ、そんなに大声出したら」

 

「……う、ぅん」

カナエは止めるが既に遅く、燐は目を覚ます。

 

「…… ふぁぁぁ、朝か?」

燐は目元を擦りながら周りを確認する。周りにはしのぶとカナエの姿が確認できた。

 

「…ほら〜、起きちゃった」

 

 

「………」

 

しかし目を覚ました燐は、夜中のことを思い出し座ったまま一瞬にして壁まで後退りする。燐は冷や汗がどんどん流れてくる。

 

「お、おはようございます」

燐はとりあえず朝の挨拶をするのであった。

 

「うふふ、おはよう燐くん、ぐっすり眠れたみたいね」

 

「あっ、ああ、しのぶもおはよう」

 

「おはようございます。燐さん、よろしければ昨夜何があったのか説明できますか?少しでも嘘を言うようであれば」

しのぶは笑顔で追求するが、目が笑っていない。何故か真剣をいつのまにか持っている。右手で刀の柄を握り、シャリンと刀身の半分だけ抜く。そして……。

 

「斬り刻みますよ?」

 

「は、はい。(どうする、下手に誤解を生むような言い方をすれば、俺はしのぶに殺されかねない)」

 

今のしのぶの威圧は誰か殺せそうなほどすごい。下手に嘘をつけば本当に殺されかねない。あれは状況が状況で仕方なかったとはいえ責任は俺にもある。

 

「カァーッ!カァァ――――ッ! 桐生 燐!準備ガデキシダイ、西ヘトムカエ! ムカウノダー!」

 

俺の鎹鴉・白、この白い鎹鴉の助け舟が出て助かった。

 

「しのぶ、すまない。俺は準備が出来次第すぐに出立する。説明は朝食の時で構わないか?」

 

「はぁぁぁぁぁぁ、わかりました。ですが!説明はきっちりとしてもらいますからね!」

 

しのぶは刀を鞘にしまうと、先程の威圧感は消え去った。燐はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうぞ」

 

「……すまない、ありがとう」

 

 現在しのぶと俺は、当然の如く気まずい雰囲気になっている。

 

 あの後、事情説明を行った結果、しのぶは納得してくれた。だが、それでも俺が胡蝶姉妹の寝る部屋で快眠していた事実は変わらない。

 

俺はしのぶから受け取ったご飯を受け取り、チラリと彼女の顔を見る。

 

 しのぶは石のように固まった無表情だったが、ほんの少し顔と耳が赤くなっている。

 

「……その、ごめんなさい。迷惑をかけしてしまって」

 

「しのぶが謝ることじゃない。俺が無闇にお前の手を握らなかったらあんな事にはならなかった。責任は俺にもある」

 

「それでも、本当にごめんなさい」

 

「俺の方こそ、すまない」

 

「二人ともそこまで!もう過ぎたことを言っても仕方がないわ。冷めないうちに食べましょう」

 

「そうだな……」

 

「うん、わかった」

二人は箸を動かし黙々とご飯を口に運ぶ。

 

俺は昨夜見た夢の内容のことを考えていた。カグラと云う鬼の女性の瞳のことである。

父さんは右眼だけだったのに対し、カグラは両眼とも変わった形だった。それもさらに別の形に変化させた。かつて父さんに、眼について聞いたことはあるけど話してくれなかった。今となっては知る術もない。

 

「そうだ!聞いてよしのぶ!燐くん、歌を歌うのが凄く上手なのよ!」

 

「……おい、やめてくれ」

 

「え、燐さんが?歌を?」

 

「そうよ、しのぶを落ち着かせたのも燐くんが歌ったからなの。私、思わず見惚れちゃった!」

 

「そうだったんだ(だからあの時、陽だまりような温かさを感じたのね)」

 

「燐くん!また歌ってくれないかしら?しのぶにも聞かせたいわ!」

 

「断る」

 

「え〜…….燐君の歌凄くいいのに」

 

「申し訳ないが、そう簡単に聞かせていいようなものじゃない。あの時はやむえなかっただけだ」

燐さんはなんだか少し怒っているように見えた。

 

「ね、姉さん、燐さん嫌がってるでしょ、あまりしつこいとよくないわよ」

 

「そ、そうね!ご、ごめんなさい、燐くん」

 

ついきつい感じに言ってしまった。俺は二人に世話になっている立場なのに、ましてや母さんの歌を聞きたいと言ってくれた人がいるんだ。

 

……仕方ない。

 

「……カナエ」

 

少しきつくいいすぎたと思った燐は、カナエを手招きする。カナエが燐に恐る恐る近づくと、

 

「許せ、カナエ…また今度、聞かせてやる」

 

右手の人差し指でカナエの額を小突く。父さんの受け売りだ。父さんは約束を守る人だから、俺は「許せ」の一言で諦めることしかできなかった。父さんの顔はその時、穏やかだった記憶がある。

 

カナエは、今まで見たことのない燐の穏やかな表情に驚いている。こんな燐の表情を、カナエは知らない。だが、何をどう言っていいのかも分からない。戸惑ながらも、カナエはただ一言。

 

「………約束……だからね。」

 

「ああ、約束だ。」

 

「…………」

しのぶはその行為に昨日の事を思い出し無意識に自分の手を額に触れる。  

 

「(なんだろう、この気持ち?燐さんのあの顔を見ると、鼓動が早くなる感じがする)」

しのぶは初めての感覚に考え込む。しのぶがこの気持ちに気がつくのはまだ少し先のことだ。

 

「そうだ、しのぶ。今、毒はどのくらい完成してる?」

 

「えっ、あっ、はい。今検証の必要な毒は三個あります」

 

「三個か、よし。その毒、俺が使って実験しても構わないか?」

 

「え?燐さんが?別に構いませんけど、なんで私の作った毒を」

 

「最終選別にぶっつけ本番で行かせるわけにもいかないからな。しのぶはまだ鬼殺隊じゃないから任務に同行させるわけにもいかない。何が起こるかわからないからな。だから俺が毒の効果を確かめてしのぶに報告するって訳だ」

 

しのぶは腕を組み考え込む。しばらく考え込み、しのぶは組んでいた腕を解く。

 

「わかりました。毒の検証、お願いしてもいいですか」

 

「ああ、任せろ。結果は鴉に書いた文を渡して知らせる」

 

「はい、それでお願いします。それから、二人も早く食べてくださいね。私、準備してきますから」

しのぶはいつのまにか食事を食べ終え、部屋から退室する。現在俺とカナエは二人の状態だ。

 

「燐くん、ありがとう」

 

「ん、いきなりどうした?カナエ」

 

「あなたが蝶屋敷に滞在して数週間だけど、しのぶ、少しずつだけどよく笑うようになったの。いつも硬い表情をしてたから姉として心配だったけど、燐くんがきてからは少しずつ、少しずつだけど、変わり始めてる。」

 

「確かにそうだな、俺が最初に来た時は警戒心も強かったし、訳のわからないことも言ってて、言葉もきつかったからな。でも、心の底から笑ったしのぶ、可愛いからな」

 

「うふふっ、そうでしょ!しのぶはとっても可愛いもの〜!」

 

「ふっ、さて、俺も準備するか。夜までには目的地に向かわないと」

燐は立ち上がり退室しようとするが、

 

「…ぐっ!」

 

突然胸に痛みを感じ右手を床につき、左手で胸を押さえる。その様子にカナエは燐に駆け寄る。

 

「燐くん⁉︎どうしたの!大丈……えっ?」

カナエは肩を上げながら息をしていた燐の両眼を見て言葉が続かなかった。リンの瞳は赤く、瞳孔の周りには輪ができ、その上に黒の勾玉模様が三つあり、髪の色も少し白く変化していた。

しかし、それはすぐに消え、元の瞳と髪に戻った。

 

「はぁっ…はぁっ、すまない、大丈夫だ」

 

「………」

 

「カナエ?」

 

「燐くん、その…さっき、髪色と瞳の形が」

 

「え?」

 

「燐くん、今回の任務、やめた方が…」

 

「……大丈夫だ。これくらいどうってことない」

燐は何ごともなかったように立ち上がり、準備をする為、部屋から退室する。しかしカナエは先程の燐の変化が気になった。

 

「(燐くんの変化、あれは一体なんなの?髪の色もそうだけど、あの眼、普通じゃない何かを感じた……)」

 

 

出立前、白色の羽織を着て、日輪刀を腰に差し、しのぶから藤の花の毒を受け取った。胡蝶姉妹は、燐を見送る為、蝶屋敷の前まで出てきた。

 

「わざわざ見送りなんて悪いな」

 

「私達が好きでやっているだけです。それとこれ、私達が作ったおにぎりです。任務の時に食べてください」

しのぶは風呂敷を燐に手渡した。

 

「すまない、助かる。」

 

「燐くん、本当に大丈夫?無理してるんじゃ…」

 

「さっきも言ったが、大丈夫だ。任務に支障はない。俺はそろそろ行く。二人とも、またな」

 

燐はその場から駆け出し振り向く事なく目的地に向かう。背が見えなくなるとカナエはしのぶに声をかける。

 

「しのぶ、どうしておにぎりを私達で作ったって言ったの?しのぶが作ったって言えばよかったじゃない」

 

「………………だって、はずかしかったから」

頬を赤くしたしのぶの言葉にカナエは胸をキュンとさせた。

 

「あ〜〜〜〜もう、しのぶにこんな顔させるなんて!燐くんに妬いちゃうわ♪」

 

「…やめて姉さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし胡蝶姉妹はこの時知る由もなかった、燐が瀕死状態で蝶屋敷に運ばれる事になると。


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