ぶっちゃけこの台詞を言わせたいがために書いた感はある
3年生になったIS学園最後の夏。この時期になると大半の生徒は進路が決まっており、ひと段落ついて友達と最後に長い夏休みを満喫しようと遊びに出かける子も多い。
かく言う代表候補生も例外ではなく、セシリア・鈴・シャルロット・ラウラの4人はどこかに旅行でも行こうと話を進めていた。
しかしそこで待ったをかけたのはドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。一夏や箒、更識姉妹など日本に住んでいる友達と違い外国籍の彼女達は卒業すれば離れ離れ。代表候補生、ゆくゆくは国家代表になるであろう4人が一同に会する機会が減るのは目に見えていた。
「ただ旅行するのではなく、一生忘れられない旅にしたい」
そう宣言し、ラウラが鞄から取り出したのは写真が印刷されたはがき、所謂『絵ハガキ』と呼ばれるものだった。それも大量に。
困惑する3人に対しラウラが行なった説明曰く、まずこの大量の絵ハガキの中からランダムで1枚を引き、その絵ハガキに描かれた場所に行くというもの。例えば東京タワーが描かれていたら東京タワーに、首里城が描かれていたら首里城に、という具合だ。
完全に某伝説のバラエティ番組のパクリ、そうでなくてもユーチューバーが企画しそうな案だったが、普通に面白そうだと意外にも受け入れられた。
そうと決まれば善は急げ。元々近いうちに旅行に行く手筈は進めていたため翌日から絵ハガキの旅はスタート。
ちなみにこの旅をするに当たってラウラは事前にセシリアに協力を仰ぎ、セシリアと共に旅行を計画、日本全国から集めた絵ハガキは実に1000枚以上、1ヶ月間悩みに悩んで選りすぐりの50枚をピックアップしていた。
第1回のセレクト、鈴が引いたのは茨城県潮来の十二橋を行く娘船頭さんが描かれた絵ハガキ。
思っていたより地味、それもだいぶ近場なのが出たせいでトーンダウンしていた4人だが、結果的に普段乗る機会がない屋形船のクルージングに満足した。
そして第2回のセレクト、鈴に代わってセシリアが引くことになったところから、今回のお話しは始まる———
「皆さん、お望みの場所はありますの?」
「僕はやっぱり温泉かな」
少々ヘトヘト気味なシャルロットが答える。
「あるのよね?この50枚の中に」
「無論だ。特に鈴、今から行って1番丁度いいのがある。博多の中洲の夜景だ」
「良いじゃないそういうの待ってるのよ」
ラウラとて意地悪ではない。ちゃんと旅を楽しみたいと思っている以上当たりは多く入っている。とはいえやはりネタ的なのやハズレ枠もある。セシリアはとある1枚の絵ハガキのことを頭に思い浮かべる。
「アレもあるのですよね?」
「何がだ?」
「………IS学園」
実は何故かは分からないがラウラが取り寄せた絵ハガキの中にはIS学園の風景を写したのも数枚あり、そのうちの1枚がこの中に紛れ込んでいるのをセシリアは知っていた。
「抜いたでしょうね?出たらその時点でこの旅終わりよ?いやその感じだと入ってるわね」
明後日の方向を向き口笛を吹くラウラに鈴は溜め息をつく。
「セシリア大丈夫、自信ある?」
「自信ですか?今更自信があると思いますの?」
そう言いながらセシリアは絵ハガキの束を探っていく。当然のことだが全て裏返されているため、文字通り勘を頼りに引き当てないといけない。
「これは少しツルツルしていますわね。これにしますわ」
「いい?大丈夫?」
「えぇ。わたくしが選んだのはこちらです」
絵ハガキの束からツルツルしているという理由で選んだ1枚を引き抜く。問題は表に描かれた風景、さてその風景はというと———
「「あっはっはっはっは!!!!!!」」
「ゔゔ〜〜〜…!」
「ははは…」
ラウラとシャルロットは腹を抱えて爆笑。鈴は唸りながら頭を抱え、引いた本人は乾いた笑みを見せるしかなかった。
そう。お察しの通り、セシリアが引いたのはまさかのIS学園が描かれた絵ハガキ。最凶のジョーカーを『ツルツルしている』という理由で選んだ結果がコレである。
「これ………これ、どこ?」
「これは…………日本ではありませんわね」
爆笑から抜け出し、何とか言葉を絞り出そうとしたシャルロットと精一杯のボケをかましたセシリア。
「もう私頭の中真っ白なんだが?」
「どっ…どうするのよこれから。真っ白になってる場合じゃないわよ!?大変なことになったわよ!?」
「まさか本当に引くなんて思わないだろう!?」
「大体なんでこんなの入れておくのよ!そんな真っ白になるくらいなら!引く人がいるんだってここに!ツルツルしてるんだって、ツルツルしてるからって引いちゃったんだから!」
肩を叩かれたセシリアは死んだ魚のような目で苦笑するしかなかった。
「で、マジでどうすんのこっから。こうなることは考えてはいたんでしょ?」
数分言い争ったのち、一旦落ち着いて仕切り直そうと鈴が切り出す。
「わたくし思ったのですが、
鈴はその発言に耳を疑う。
「ゑ?それは何…?行くってこと?」
「えぇ、これはあくまで中継地点の1つということで………」
鈴は「マジかぁ…」と空を仰いだ。それはつまり旅は続行することを意味していた。
「いやいやいやいや恥ずかしい!恥ずかしいってそれは!さすがに学園には戻れない!あれだけ勇んでいったのに日帰りはあまりにもあんまりよ!?みんな思い込んでるからねあたし達が次帰ってくるのは数日後だって!」
鈴のマシンガントークに笑いが止まらない3人。ひとしきり愚痴を吐き終えたのを確認し、ラウラが「…さて」と呟く。
「決まったな。帰るぞ、学園に」
「えっ…!?はぇ……っ!?」
「いや違うな、学園行くぞ」
「そんなバカな…………………」
こうして一旦引き返すことになった4人はバスや電車を乗り継いでIS学園に向かう。余談だが車中で鈴は無表情のまま座席に座っていた。
「帰ってきたな」
「帰ってきちゃったわね…」
夜、朝意気揚々と出発したはずのIS学園の正門前に4人は舞い戻っていた。苦笑を浮かべる表情には疲労感が漂っている。
「いや帰ってきたわけじゃないわね。これはあくまで旅行中、そうでしょ?」
「そうだな、鈴の言う通りだ」
「じゃあ早く宿探そっか。僕もうヘトヘトだよ」
「シャルロットの言う通りよホテルの方取らないと。そしてこの辺の名物を晩ご飯に」
「名物といえば本島の方に旨いラーメン店があると聞いたぞ。モノレールで1本だ」
「いいじゃないの〜」
晩ご飯はアレにしようか宿はどうしようかやいのやいのと語り合う3人を尻目に、ラウラは会話を遮るように咳払いをする。
「いいかよく聞け。このまま黙って寮に戻るぞ」
分かっていた。分かっていた展開だが、それでも笑わずにはいられなかった4人は全員破顔した。
「一時解散だ!明日も朝は早いぞ」
「いやー自信がない。明日も来れる自信ないわ」
弱気な姿勢を示す鈴に「何をいう」とラウラは絵はがきの束を見せる。
「まだまだ厳選された50枚の絵はがきがあるんだぞ」
「じゃあまず部屋に戻ったらもう1度再考することを薦めるわ。やるからねセシリアは?マジで」
「本当にお願いします。横浜とか江ノ島は無しにしてくださいな」
「明日も日帰りとか嫌だからね?鎌倉の大仏とかもNGだから」
「無論だ。私としても企画倒れはごめんなのでな」
話が纏まり、はぁと溜め息をついたセシリア達は学生寮へと向かった。
「おはよう諸君。今日もいい天気だな」
「おはようございます…」
朝6時、IS学園学生寮入口。昨日と同じ時刻同じ場所に鈴、セシリア、シャルロット、ラウラは集結していた。ラウラはシャキッと元気一杯だが他3人には明らかな疲労が見え隠れしていた。
「あの、出発する前にさ、昨日帰ってきてからあたしが体験した話していい?」
「唐突ですわね。何かあったのですか?」
昨日は学生寮に戻ってからは各々部屋に戻っていった。シャルロットとラウラは同室ゆえに共に行動していたがセシリアと鈴は1人で部屋に戻ったという。
「部屋に戻る途中さ、千冬さんにあったのよ。廊下でバッタリと」
学生寮の管理人も兼任している千冬が寮内の見回りを行なっていることは4人の間では日常茶飯事だ。
このことを知らずに夜中友達の部屋に遊びに行った新入生が、廊下の角から不意に現れた見回り中の千冬と出会ったという恐怖体験が今でも語り継がれている。
「千冬さんびっくりしててさ。『なんだもう帰ってきたのか?数日いないんじゃなかったのか?』って。それであたしは説明するわけよ、色々理由があってこうこうこういうことがあったから戻ってきたんです」
「そのあとなんて言われたと思う?」と前置きし、鈴は昨夜千冬に言われた台詞を言ってみせる。
「あはははははははははは!!!!!」
ブリュンヒルデ。戦乙女。鬼軍曹。敬愛すべき教官。IS学園教師として厳格な千冬からは到底考えられないパワーワードに全員爆笑、言われた鈴本人もその時のことを思い出して笑うが込み上げていた。
「『なんとかならんのかそれくらい。おかしなヤツらだな』って言われたわよ」
「確かにそれは織斑先生が正論ですわね…」
「誰が聞いたってそうよ、4人で仲良く旅をしてさ、別に誰からもインチキを責められるわけでもない。これを引いたから戻ってきたんですって。『全てが分からん』」
千冬に言われたトドメの一言がまたツボに入り笑みが止まらない4人。
「名言ですわね…。それぐらいインチキできんのか」
「みんな思ってる直接言われはしなかったけどティナもきっとそう感じてるわよ。実はあの時学園が写ってるやつ引いちゃったんだけどそれだと旅にならないから改めてもう1回引いたのよ、でも全然いいわけじゃん」
「誰も気にしてないよね僕らがこんなことやってるの」
シャルロットの正直すぎる言葉にそれを言っちゃあおしまいだろ。という返しが頭を駆け巡ったが、今更言ったところで何にもならないので押し黙る。
「あ、そうそうセシリア」
絵はがきをぴらぴらと揺らしながら、鈴はセシリアへ視線を移す。
「はい?」
「もう引かないでね」
「えっ?」
一瞬だけ面食らった表情を浮かべたが、すぐに察して苦笑するセシリアであった。