凰鈴音もまた一夏達と雪合戦を心ゆくまで楽しんだ1人。そんな彼女は夜ティナ・ハミルトン達と一緒にゲームを楽しみ、寝るときにはすっかりヘトヘトになっていた。
少々身体が怠いのを気にして風邪薬を飲んだ彼女は午後10時に寝床についた。しかしそれから2時間後の午前0時、日付が変わった頃、彼女の部屋をノックする音が響いた…………
「あたしとティナはもう電気を消して寝てたのよ!」
「寝てたな。確かに寝てたな」
午前0時50分頃、すっかり皆寝静まった中、ベッドの上で横になりながら鈴は眼前で椅子に腰掛けているラウラとシャルロットに怒号を飛ばす。怒号を浴びた前者は笑いを堪え、後者は苦笑いを浮かべている。
「そこに!なんか知らないけど出来上がった陽気なアンタが!ドンドンドンってノックしてきて、何よって言ったら「寝てるのか?」って入ってきてそこに座ったと思ったら電気をつけてぇ!腹を割って話そうって言い出したんじゃないのよ!!」
要するに、寝ていた鈴のもとへラウラが乱入してきたわけである。
「じゃあイチから説明してあげるわよ、今日ここで何が起こったのかを。
あたしは今日アレよ、雪が積もった校庭を見ながら「みんなで雪合戦しない?」って言って陣頭指揮を執りながら雪合戦していたあの赤組大将よ。あの後雪合戦も終わってお風呂に入ってご飯を食べて、その後あたしはティナ達に誘われてゲームをしたのよ。そりゃあもう盛り上がったわよ。
そしてやっと寝れると決まったのが12時よ、あたしが寝ようと思ったの12時よ?いい?12時にあたしは布団に入って寝ようとしたのよ?すると現れたのがこのラウラなのよ!!
なんの気か知らないけどラウラが現れてぇ…あたしは別に何も思ってないのに、腹を割って話そうと!コイツはあたしの部屋に乱入してきたわけなのよ!」
「はははははは!!」
ラウラの笑い声の中、鈴のボヤきはますますヒートアップしていく。
「確かに色々思うところはあるし敵対もしたけど、少なくとも今のあたしには別にアンタに対してわだかまりも何も持ってないわよ。普通に仲が良いと思ってるしIS乗りとしても尊敬してるし頼りになる仲間よ。アンタと腹を割って話すことなんて何もない。
ところがラウラは腹を割って話そうと言ってあたしの部屋に居座って、時計見なさいよ12時52分よ。もうかれこれ1時間近く離れようとしないのよ。
それであたしは再三帰れって言ってるわけなの」
「ふふふふふふふふ…………」
「大事な友達へ向けてあたしはさっきから「帰れこのバカ!即刻帰れ!!」って罵声を浴びせてるにも関わらず帰らないのよ!」
鈴の目線は何故かビデオカメラを回しているシャルロットへと向けられる。
「そしてあたしは一縷の望みを懸けて、このラウラと同じ部屋に住んでるルームメイトのシャルロットに今電話をしたわけよ。ラウラが全然帰らないから連れて帰ってくれって言ったらそのシャルロットはなんて言ったと思う?
「そっかぁ鈴も大変だねぇ、分かったじゃあカメラ回そっか」て言ってぇ!それでシャルロットは今ビデオカメラを回しているわけなのよ!おかしいのよこの2人はぁ!!あたしは寝かしてって言ってるの!?分かる!?寝かせてって!言ってるの!!
明日ね、正確に言えば今日よラウラよく聞いて?今日あたしはISを使った朝の訓練の許可が下りてるの。そのためにあたしは少なくとも明日5時に、起きなくっちゃいけないのよ。この時点であたしの睡眠時間はあと4時間よ、もう1つ言っておくわあたしは風邪を引いてるの!」
鼻をズズッとかみながら鈴は笑っているラウラを睨みつける。
「あたしは今具合が悪いの熱があるの。なのにこのラウラは大爆笑しながらまだあたしと腹を割って話そうとしてるのよ!!」
鈴のボヤきも終わり、ここにきてようやくラウラの言い訳タイムがやってくる。
「私が言いたいのはだな、明日朝5時に起きなくてはいけないという確認にきたんだ」
「あーそうそうわかったわかったそうよねうん」
「明日朝5時だぞ、寝坊すると教官が怒るぞ」
「うんそうねそれならそうだって言ってくれればいいのよ、何もあたしと腹を割って話そうと息巻いて入ってこなくてもいいわけでしょう!?」
「明日5時起きだから決して寝過ごさないように言いにきたんだ」
「そうよ〜」
「そしたらだ。なんかお前が私とこう…腹を割って話そうと———」
「違うでしょそれは全く違うでしょ!?」
〜10分経過〜
「いい?ある女の子がよ?夜中の12時によ?明日朝5時に起きなきゃいけない子によ、その子は。そしたら12時になっちゃってて寝ようとしてるところに腹を割って話そうと言って入ってきた子が1時間居座ったのよ。
その子に「帰れ!!」と言ったことは別になんっっっっの不思議もない!」
「いやだからだな、凰が怒ってないという言葉を聞いたら私は———」
〜5分経過〜
「分かったわ。あ、あたしは明日5時に起きるのね?」
「5時起きだ」
「え?じゃあてことはもうあっ……あーもうあと4時間ね」
鈴が時計を確認すると、時刻はとっくのとうに午前1時を回っていた。
「これはまずいわね、これは申し訳ないわね」
「だから早く寝ろって言いにきたんだ」
「5時だから、アンタは早く寝なさいってことを12時から1時までのおよそ1時間語ってくれたのね?あ、うん。今やっと分かったわ」
「そうだ。そこを心配していたんだ、明日5時にはアリーナにいないと、もしも仮に約束の5時に遅れて———」
〜40分経過〜
「…もう、話すことはないか?」
「そうね。大分教えてくれたおかげでね」
心なしか鈴の顔には疲れの色が見えている。
「では頑張れよ」
「勿論よ、そのためにもあと3時間たっぷり寝てやるんだから」
とてもたっぷりとではない皮肉を吐きながら鈴は布団を首下まで羽織る。
ラウラとシャルロットも「おやすみ」と言い、電気を消して部屋を退出していった。
〜深夜2時半〜
「あれ?どうしたの…………?」
「ぷくくくくくく……」
電気がパッと点く。ティナが頭まで布団を被り鈴が目を開けると、そこには自室へ戻っていったはずのラウラとシャルロットが含み笑いを浮かべながら立っていた。
「あっ、鍵持ってっちゃった?」
「スマン、凰の部屋の鍵と我々の部屋の鍵を間違えて持っていってしまった」
「あーそれはダメよぉドジねぇラウラも」
「いやー全くだハハハ」
〜5分経過〜
「帰りなさいよ!!」
「帰りなさいよじゃないだろう!!」
喧嘩勃発。
「だから凰の部屋の鍵と我々の…」
「嘘ついたって無駄な———」
〜10分経過〜
「トランプでもあればねー、楽しくやれるんだけど」
「そうだなぁ。トランプがあればなぁ」
一瞬で仲直りした鈴とラウラ。すると鈴は何かを思いついたように呟いた。
「…セシリア何してんのかな」
「あ…」
「ちょっと腹を割って話したいかなぁなんて」
〜深夜2時50分〜
「凰すまない、さっきセシリアと話したいと言っていたから連れてきた」
鈴が重たい瞼を擦り目を開くと、ラウラとシャルロットに連れられてきたセシリアが眠たそうに立っていた。
〜5分経過〜
「まぁセシリアとこうして話せる機会なんて早々ないからね」
「わたくしも鈴さんと中々こうやってお話が出来ることはありませんわ」
〜更に5分経過〜
「セシリアの話はまだいいにしてもだ、さっき鈴言ってただろう?寝られないと…」
「あっはっはっはっはっはっはっは……!」
ラウラの手に握られているケースを見て鈴は大爆笑して布団に突っ伏する。それは先程鈴が言っていたトランプだった。
「ホラ、持ってきてやったぞトランプ」
ちなみにこのトランプ、一夏の部屋から拝借したものである。
〜10分経過〜
「トランプしようってあたしが言い始めたんだから」
鈴はセシリアと2人でババ抜きに興じていた。
〜さらに10分経過〜
ババ抜きも終わったところで、鈴がポツリと一言本音を漏らす。
「寝よっか」
「寝るか……」
「セシリアごめんね、なんか急に起こしたりして」
「そうですわね…折角寝ていたのに。ラウラさんがノックしてきて何の用なのかと」
セシリアも退室しようかとしていた時、再びあの話題がぶり返してくる。
「凰が私に言いたいことがあるからと腹を割っ「腹を割って話そうって言ってるわけ」
ラウラの台詞を遮るように鈴が割り込む。
「セシリアねぇ、ラウラがあたしの部屋にきたの12時よ」
「あははは…」
セシリアは苦笑するしかなかった。
〜5分経過〜
「腹を割って話すことなんかないわよ、話はもう終わってるのよ。出ていきなさいよ!」
「はっはっはっはっはっは」
鈴が吼え、ラウラが笑う。板挟みになっているセシリアは縮み込むばかりだ。
「鈴さん、トランプはいいのですか?」
「トランプなんかやりたくないわよこんな夜中に!!」
鈴の怒りのボルテージが沸々と上がっていくのを感じ取ったラウラはさすがにマズいと退散の準備を始める。
「凰すまない、さすがにやりすぎた。我々も帰るぞ」
「そうよホントに帰って、2時間しかないから睡眠時間。箒もごめんね起こしちゃって」
「シャルロットが訪ねてきた時は何事かと思ったぞ」
セシリアと同じく叩き起こされた箒は呆れ果てながら鈴達を見やる。
「ところで鈴よ、何か不満があると聞いたのだが…」
「あのね違うのよ箒、聞いてあのねぇそういえばねぇ、12時よラウラが部屋の扉を叩いたのは!だからおかしいの、ちょっと後で千冬さん辺りに言い聞かせてもらった方がいいと思うの」
「それはそれとして、やはり不満があるのなら全部言ってしまった方がいいのでは」
しかし鈴は箒の言葉に大袈裟なくらいに首を横に振る。
「いやいやいやいやないないないない。あたしはみんなが大好きだし朝寒い中5時に起きて訓練するのにも何の不満もないの。何も問題ないの問題ナシ!問 題 ナ シ !」
深夜テンションのせいかどこか吹っ切れた鈴は止まるところを知らずに語り続ける。
「なんか色々スッキリした気がする。問題ナシ、オールクリア、ノープロブレムよ」
「凰…顔が問題ありの顔になっているが…」
「何が?全然問題ないわよ?あたしはこうなったらとことんアンタのおふざけに付き合う構えよ」
瞬間、ヒュッとラウラが息を吸い込む音が聞こえた。しかしその次に浮かべたのは不敵な微笑みだった。
「……言ったな?」
「あ、ちょっと待って今のタンマ待ってタンマ!」
「では、おやすみなさいだ。2時間たっぷり寝て良い夢見ろよ?」
「待ってその顔やめなさいって!ちょっとぉ!!」
鈴の叫びは閉められた扉によって遮られ、ラウラ達は各々自室へと戻っていった。時刻にして午前3時の出来事であった——