春休み、鈴とセシリアの元にインフィニット・ストライプスからモデルの依頼が届いた。撮影場所は福岡県博多は天神、5月号のメインに据えたいのだという。
その話を聞きつけたラウラとシャルロットが一緒に同行したいと連絡してきたので鈴がインフィニットストライプス副編集長の渚子に確認を取ったところ、同行オーケー、なんなら一緒に撮影に参加してほしいとの返事を貰った。
出発前、集合場所の東京駅にて、ラウラが不敵な笑みを浮かべて1枚のボードを取り出し鈴に1個のサイコロを渡した。
ボードには6つの選択肢が書かれており、ラウラ曰く
「何に乗って行くかはそのサイコロで決める」
ラウラに散々文句を言った鈴は渋々サイコロを投げた。サイコロの目は6と出た。
1と4の目が出れば新幹線で博多、2と5が出れば飛行機で福岡空港。言うなればこちらは当たりである。何故なら3と6には
【深夜バス はかた号】
と書かれていたからだ。
はかた号というのは、東京の新宿からその名の通り博多までを結ぶ深夜バスで、運行距離はおよそ1100キロ、所要時間は驚異の14時間越え。故に『キング・オブ・深夜バス』の異名を取る深夜バス界の風雲児である。
翌朝博多に着いた時には生まれて初めての深夜バスに打ちのめされたのか鈴とセシリアはまさに疲労困憊という様子だった。
逆にラウラとシャルロットは普段味わえない深夜バスを楽しみぐっすり寝たこともあって、比較的元気な状態で九州の地に足を踏み入れた。
それでも初めての九州ということもあり4人のテンションは上がり、撮影が始まるまでの間は散策などをして博多を満喫。撮影の方もバスで溜まった疲れを感じさせることなく無事に終わらせた。
夕方、博多駅前にて日帰りだということを惜しんでいる鈴の元にラウラが近寄る。嫌な予感を覚えた鈴に、案の定ラウラはサイコロを渡した。
さらにボードの選択肢も変わっており、それぞれ
【1.GOマイホーム 山陽・東海道新幹線で東京へ直行
2.なにわでんがな難波で1泊 新幹線で大阪
3.快適な空の旅を 福岡空港から飛行機で羽田
4.海の上で優雅に 新門司港からフェリーで東京
5.いっそ博多で泊まってしまおうか
6.キングオブ深夜バス はかた号復路編】
の6つが候補に挙がっていた————
「凄まじい6択できたけどさぁ…」
うんざりとした様子で鈴はボードに書かれた6択へ目を通す。
1は当初の予定通り新幹線で学園へ帰るパターンで、2〜6はラウラとシャルロットが決めたのだろう。大阪に寄り道するか、飛行機を使うか船を使うか、あるいはここで一泊するかだ。
「なんでまたコレを入れるわけ?」
しかし最後の6番目が気に入らない。鈴はボードの1番下に書かれた欄を叩きながらラウラを睨む。
「いや、ネタとして面白いから」
「アンタねぇ…」
つい昨日乗ったばかりのキングオブ深夜バス。撮影の時こそ疲れを感じさせない動きを見せたが実際身体は相当くたびれていた。14時間バスの座席に縛り付けられる経験などあるわけないので無理はない話である。
「危なっかしいわよ!言っとくけど普通にこういうの出るわよ!?」
「大丈夫だよ鈴、6を引かなければいいんだから」
シャルロットが柔和な笑みを浮かべる。
「…アンタ4出したら船首でラウラと一緒にタイタニックやってもらうからね」
「はっはっはっはっは」
ラウラが笑う。
「まぁとにかくだ凰。正直に言おう、我々が1番望んでいるのは2と5だ」
「あたしもよ。当たり前じゃない」
「すでに宿と旨い店はピックアップしてあるから楽しみにしていろよ」
「こういう時のラウラはホント頼りになるわね」
この場にいる全員博多か大阪での一泊を待ち望んでいる。そして、それを叶えてくれるか否かは鈴の一振りにかかっている。
「では、運命の一投、頼むぞ!水炊き食べるぞ!!」
「任せなさい!!」
後半はラウラの本音が出た気がした。
天国か、地獄か。運命のサイコロタイムが幕を開けた。
「何が出るかな何が出るかな?そりゃっ!」
鈴が高らかとサイコロを天へ向けて投げると、放物線を描いて落下していく。しかしそこへ予想外の横槍が入った。
「おっ!?」
「あっ!?」
なんとセシリアがボードを使ってサイコロを弾き飛ばしてしまったのだ。「つい…」と詫びを入れるセシリアを他所にラウラと鈴は地面へ落下したサイコロを確かめる。
「おあぁ!!?」
「あっ……………」
上を向いたサイコロの目は6。つまり……
「深夜バス…………はかた号……」
頭が真っ白になったシャルロットがポツリと呟く。同じく呆然としているラウラとセシリア、そして目を見開いて尻餅をつく鈴。
「う、う…うう嘘でしょぉぉぉぉお!!?」
「嘘でしょ……」
鈴もセシリアも、まさか本当に出すとは思っていなかったラウラも状況が読み込めず呆然としたままサイコロを見る。しかし何度見てもサイコロの目は6、深夜バスはかた号復路編決定となってしまった。
「鈴さん……何か出てますけど…」
「鼻水出ちゃった……」
鈴は尻餅をついたまま鼻を拭う。
「ごめん。ごめん間違えた、間違えた間違えた、振り方間違えちゃった。ごめん、ほんとにごめんなさい……」
ようやく立ち上がったが、若干涙目になっているのが一層悲壮感を漂わせている。
「今からの…乗りますの…?バスに…?」
時計を確認したセシリアが声を震わせる。
「…すぐそこから見える博多バスターミナル18時40分発だから、あと1時間半ほどだな」
「うわぁ…………」
夕方5時、鈴はこの日一番の不機嫌顔を見せた。
18時40分。ついにその時がきてしまった。
鈴ら4人は既にシートに座っている。予約制であったが、たまたま空きがあった。完全個室のプレミアムシートの真後ろにある4つのシート、前からそれぞれラウラとシャルロット、セシリアと鈴という配置だ。
「重苦しいわね…」
「誰に怒られるわけでもなくヒソヒソ話しになってしまいますわね…」
「喋ってるのはあたし達だけよ」
「ラウラさんはここの4席を取れて喜んでいましたが…」
「取れなくてよかったのに…」
座席はほぼ満席。ラウラ曰く、偶然ここの4つを取ったグループがキャンセルをしたらしくそこを上手く突いて席を取れたのだと言う。余談だが鈴は乗車前「乗りたくないわねー」と口走っている。
「これでも前よりは格段にマシになったとバスターミナルで出会った酔っぱらったおじさまは言ってましたけど」
「わたくしと鈴さんにはキツいです」
「なんであの2人(ラウラとシャルロット)は平気なのかあたしには謎でしょうがない」
バスはすでに出発し、次のバス停へと向かっている。
「あとはどれだけ我々に休息を与えてくれるのかと…」
「もうそろそろ車内放送が入ると思うぞ。その段階で向こうはどういう作戦を立てているのか…」
「どういう管理体制であたし達を新宿まで護送してくれるのかしら、興味深いわね」
バスが信号に引っかかり止まる。鈴は運転席を見る。
「もし休憩を取らないようであるならあたしは運転手を首を締めるわ」
「こうガッと締めて休ませなさいよ!ってね」とジェスチャーを作る鈴に思わずラウラ達は吹き出す。近くに座っていた客もまた一連の会話を聞いていたのか笑いを堪えている。
「皆さまこんばんわ」
ここでアナウンスが入り、鈴とセシリアは何となく「こんばんわ」とお辞儀をする。
「数多くある移動手段の中から、はかた号をお選びいただきありがとうございます」
「ドウイタシマシテ」
「このバスは新宿行きでございます。お客様の休憩ですけど、山口県佐波川サービスエリアでの休憩となります」
鈴が口を開けて「おぉ」と唸る。
「なお佐波川を出発いたしますと消灯となります。次のお客様の休憩は明日の朝になります」
ここらで鈴の表情の雲行きが怪しくなってくる。文字に起こすなら「…!?」というリアクションだ。
「新東名高速道、静岡県静岡サービスエリア」
「静岡……………?」
「従いまして、佐波川を発車しましたら次の静岡までお客様一切休憩ございません」
「…………………」
ラウラがプクク…と口元を押さえながら鈴を見ると何やら顔を顰めて怒っていた。
「途中何度かバス停車いたしますが、これはお客様の休憩のためではございません。乗務員の交代ならびに車両点検のための停車でございます」
乗務員がアナウンスしてる間ずっと顔を顰めている鈴にラウラは苦笑いしながら「凰おさえろ…」と諫める。
「えーそれと恐れ入りますが、通路側に荷物を置いているお客様、通路側から荷物を引っ込めていただきますようお願いします」
「「!?」」
鈴とセシリアは慌てて自分の席の間に置いてある袋へ目を向ける。ちなみにだが、他に通路に荷物を置いている客はいない。
「人が通る時に通れません。足で蹴飛ばす場合もございますので——」
明らかに自分達のことだと気付いた鈴は反射的に袋を引っ掴む。完全に怒った鈴は袋がガサガサ音が出るのを気にならないほどにくしゃくしゃに握る。まさに激おこプンプン丸という表現が的を得ていた。
「面白くなってきたじゃないの」
その後、バスは最初の休憩地点である佐波川サービスエリアを出発。しばらくすると消灯時間となり、カーテンを閉められたところで4人はゆっくりと瞼を閉じた。
「どこ見たんだ今……」
翌朝、静岡サービスエリアにて。ラウラは鈴とセシリア、特にセシリアの変わり果てた姿に絶句していた。
4人の中で1番最後に目覚めたラウラが後部座席の鈴とセシリアの方を向くと、コテンパンにやられた鈴が掛け布団に包まっていた。
「おはようございます……」
もはや廃人と呼ぶにふさわしいセシリアが力なく立っていた。なにせラウラが声をかけるまでセシリアは虚ろな眼差しで遠くの何かを見つめていたのだから。
「セシリアお前少し…老けたか…?」
「かもしれませんわね…」
鈴とシャルロットが吹き出す。セシリアの目の下にはうっすらと隈が見え、心なしか肌も荒れている気がする。
「イギリスのお嬢様なのよセシリアは。それがこんな…」
「往路ではもう少し元気だったんだけどね…」
完全にやられたセシリアの容姿を眺めながら鈴は息を飲む。シャルロットも昨日の朝のことを思い出しているが、彼女も呂律がちょっぴり怪しい。
セシリアは重苦しい溜め息を吐き出す。
「あのですね…これは言っておきますけど作り話ではごさいませんわ…。わたくし昨日の夜夢を見ました」
鈴が爆笑し、ラウラも笑いながらセシリアに問いかける。
「なんの夢を見たんだ…?」
「何と言ったらいいのでしょうか…お尻のお肉が取れる夢ですわ」
『あっはっはっはっはっはっはっは!!!』
とんでもない内容に全員大口開けて腹を抱えて爆笑の渦を起こす。
「どういう夢なのさそれ…あはははは…」
「本当なんです…痛いんです…」
「尻の肉が…取れる…はっはっはっはっは」
「まごうことなき事実ですわ…ははは…」
3人が爆笑する間もセシリアは自身がバスの中で見た夢の内容を解説する。
「こんな大きな塊で、もうぼろんぼろん取れていって」
「はっはっはっはっはっはっは…!!」
「ダメだよセシリア座りすぎだよ…」
シャルロットが労るようにセシリアの肩を叩くと「うぅ…」と泣き顔になる。
「あたしもねぇ、寝れなかったからもう座るところを枕にしてさ。足入れるところあるでしょ?あそこに身体全部埋めてこうやって寝てたわよ」
身振り手振りで説明していく鈴に「すごいですわね…」とセシリアが若干引いている。
「さながらハムスターのようにね」
「僕もその光景見たよ。深夜の2時3時頃」
「見たでしょ?あたし気づいたもの(あ、シャルロットが見てる)って」
シャルロット曰く、本当に座るところを枕にして身体を丸めて寝ていたのだとか。
「なんでそうなったんだ…」
「もう座って寝れないもん。でも1時間でやめたわ、それ以上やったら身体壊れるから」
確かにさっきからちょいちょい鈴は背伸びをして背中を正している。そうこうしているうちに休憩時間も終わり、バスに戻らなくてはならなくなった。
「身体バキバキなところ悪いが…そろそろバスの方に」
「あーーーー戻りたくないわねーー」
「あと3時間ぐらいだから頑張ろうよ」
憂鬱なままバスに向かう鈴を元気づけようと後ろからシャルロットが声をかけるが、鈴はキッとシャルロットを睨みつけた。
「その3時間がキツいんだっての!」
その後はかた号は途中渋滞に巻き込まれ、定刻より70分遅れでやっと新宿に着いたのはまた別の話。なお新宿に着いた時には鈴も完全にやられてセシリアと同じく廃人と化していたことをここに記しておこう。
鈴「」
セシリア「」
箒「2、3日見ないうちに随分とまたやつれたな……」
ラ「軍の訓練と比べれば、あのシートに14時間縛られることなど大したことはない」
シ「僕は疲れ以上に終始ずっとワクワクドキドキだったから…」
一「お前ら逞しすぎじゃね?」