デモカキタカッタンダモン、シカタナイジャナイカ
「ごめん、それは訳あってまだないの」
「まだないの…?」
開口一番、鈴は谷本にそう詫びた。
状況を説明すると、近いうちにある簪の誕生日のために何か短編ドラマでもやろうという企画が持ち上がり、話し合いの結果、セシリアが監督で鈴が脚本を担当することとなった。
しかし誤算があった。想像以上に鈴が遅筆だったのだ。この日が台本締切日であるにも関わらず、まだ半分も書けていない有様なのである。
「例えばね癒子、めだかに空は飛べる?野球選手に水球をやれと言っているようなものよ」
よく分からない理論を言い始めた鈴に谷本を始めとした企画参加者から冷ややかな視線が浴びせられる。
「あたしは4番バッターのつもりで頑張ってきたけどね、それがいきなり水着を渡されてゴールを決めてこいって言われてもねぇ」
ちなみにそれぞれ役割が振られたのは1か月前である。谷本の表情にさすがに冗談が言える雰囲気じゃないと悟った鈴に焦りが生まれ始める。
「例えば、例えばだけど今月末までにはなんとか…」
「うーん…待って来月の頭かなぁ」
徐ろに立ち上がった鈴は床に膝を置き正座をする。
「もう少し!もう少し時間を頂戴!ガチで頭下げるから!そしてもう1つお願いが…!」
谷本らが破顔、鈴は恥を捨てて眉間を床につけて土下座をした。
「セシリアには黙っていてもらいたい!!」
ただでさえこういった遅れには一段と厳しく対処するセシリアにこんな不手際が知らされたら一大事である。何せ遅刻癖があるオルコット家の優秀な使用人がクビ一歩手前までいったという逸話があるほどだ。
2週間後、土下座で約束した2回目の締切日の放課後。鈴はセシリアがいないタイミングを狙って谷本達の前で正座をしていた。
「ごめんなさいとしか言いようがない…」
結局、台本は2週間前の進捗から僅かしか書けていなかった。
「体力の限界なの、何にも出てこないの」
鈴の頭の中はもはや空っぽ。谷本らも鈴を脚本に据えたことに若干後悔していた。
「明日には…明日にはなんとか読めるものを用意するから!」
「約束だよ?」
「絶対、絶対なんとかするから!」
この日はこれで終了。鈴は台本が書かれたノートを大事そうにしまって自室へ直行していった。しかし鈴は知らなかった、さすがの谷本達も不満の限界だったことを。
そして翌日、3回目の締切日。この日は鈴にプレッシャーをかけるべく、谷本の判断で彼女が今現在最も恐れるセシリアにも同席してもらうこととなった。
「……………」
放課後、セシリアを前にして鈴は絶望に染まり切った表情を浮かべて机に突っ伏する。
「いやぁ〜ドウシテコンナニカケナインダロウナァ〜」
瞬間、セシリアの表情が変わった。
「今、鈴さんの口から聞き捨てならない言葉が…開口一番驚くような言葉が出てきましたが……。鈴さん?どういうことですか?」
「」
(あ……笑ってる)
苦笑いで一応笑顔ではあるが、その目は全く笑っていない。クラスメート曰く、この状態のセシリアはマジで怒っていて、かなり恐いのだ。鈴がセシリアには黙っていてほしいと言っていたのもこれが理由である。
結局この日も台本が上がることはなく、台本の方は2週間前に谷本が事前に一夏に依頼し昨日書き上がったセカンドプランを採用することとなった。簪の誕生日までに短編ドラマは無事完成し、ドラマを見た子からの評価は良好で大成功を収めた。
そして鈴はこの後、クラスメートが見ている前でセシリアからこっぴどいお叱りを食らうこととなった。
簪の誕生日パーティーから暫くして、好評だった短編ドラマの第二段を制作する企画が持ち上がった。
第二段の監督と脚本はセシリアと一夏となり、一応ドラマ本編は完成した。
そして今回、新たにイメージソングも作ることになったのだが、イメージソングの作詞・作曲を担当するのは自ら名乗りを上げた鈴だった。ちなみにだが一応セカンドプランを本音に担当してもらうことになった。
しかし、台本の時と同じく鈴の遅筆は変わらず、案の定最初の締切日はとうに過ぎているのにも関わらず未だに難産から抜け出せていなかった。
「もう何週間になるかな。延期、延期って…」
食堂のベンチシートで項垂れる鈴に谷本は呆れ果てる。最初と2回目の締切日からもう2週間も過ぎており、ドラマに入れられるか分からないところまで追い込まれていた。
さすがに焦りと不満のピークに達していた谷本達は現状を打破するため、ここでなりふり構わね裏技に打って出ることにした。
「今までずっと、セシリアさんには言わないで黙っててって言われてたけど…」
谷本が何を言いたいのか察し、鈴は頭を抱える。
「ずーっとずーっと言われてきたけどさ…」
セシリアの恐ろしさは前回の台本の際に身に染みて実感している。そんな彼女に少しでも作業の遅れがバレたら鈴の身は大変なことになるのは確実。
その実状を熟知する谷本達は、出来る限り鈴を庇い、ギリギリまでセシリアに内緒で作業を進めてきた。
しかし、この期に及んでまだ下手な言い訳を繰り返す鈴に不満が頂点に達し、堪忍袋の尾が切れた谷本はついに『あの手』を使うことを決めた。
「さすがにここまで待って出来ないと、頼るとこはそこしかないかなぁって」
「ちょっ…!ちょちょちょちょっ!?」
ポケットからスマホを取り出す谷本に、鈴は慌てて駆け寄る。
「ちょちょちょちょちょちょちょ!違う違う違う違う!!」
何が違うのか分からないが、とにかく鈴は谷本からスマホを奪い取ろうと必死に腕を伸ばす。このままだと確実に鈴は地獄を見る。
すでに谷本はセシリアへと連絡を入れようとしている。鈴は本気で焦りながら慌てふためく。
「違う違う違う待って待って!!あホラ財布財布財布財布!!あとアレだお金だ」
買収でもするつもりなのか、鞄の中から財布を取り出して残額を確認する。しかしこの時点で谷本達はセシリア側についていてそれ相応のギャラが支払われることが確定していることを鈴は知らない。
「うーん、留守電だねー」
谷本が肩を落とす。丁度放課後の訓練を行なっている時間帯だったことを思い出し鈴はホッと安堵した。
そこへ一連のやり取りを眺めていた箒が近寄り、谷本へこう声をかけた。
「留守電に入れてしまえばいいのではないか?」
「それもそうだね。箒さんナイス」
「ちょっ!?」
箒の助言を聞いた谷本は早速セシリアへ留守電を残していく。
「もしもしセシリア?訓練お疲れ様〜。実は鈴さんの件でちょっと相談があって———」
鈴はあたふたしながらスマホを取り出し、どこかへと電話をかけようとする。
「鈴、それは明らかに手遅れだと思うが…」
「もし時間があったら、後で電話を貰えたらと思います」
谷本がスマホを耳元から離す。これで時限爆弾はセットされたと言っていい。
「ちょっと待ってよ…今のが何か分かる?」
「なんだ?」
「デューク東郷への電話よ今のは!殺人依頼よ!?」
箒と谷本は思わず吹き出す。一方の鈴は突然の事態にパニックに陥っている。
「びっくりするすっごい裏技出すわね…!」
「凄いな…」
「鈴さんの件でお話しが…ありますって…」
そう遠からず訪れる絶望を前に鈴は頭を抱える。
「何がアレって今時LINEだチャットだじゃなくて留守電で残すとこよね……。これでもう癒子に電話きたら終わりよ。セシリア絶対キレるからもう」
箒も台本でのセシリアの様子を知っているため、「まぁな…」と頷く。
「何よこの憂鬱な週末は……」
箒も谷本もハハハと笑うが、内心ではしっかりと「自業自得だ」とツッコミを入れる。
「凄まじい最終手段に打って出たわね…」
「本気だってことだよ」
「鈴、心なしか顔少し白くなったか…?」
「あーあたし知らないわよ。数え歌になったって知らないから」
ふらふらと自分の机に戻った鈴はダラリと椅子へ崩れ落ちる。
「で、じゃ、じゃ、でじゃあちょっと待ってくれる?このままだとあたし完璧に怒られるから。え、何あたし、あたしまず何したらいい何からやればいい?何やれば怒られずに済むの?」
完全にパニック状態な鈴は空っぽになった頭をフル回転させながら状況を打開すべく箒達へ訊ねるが、今の鈴に失望の念を抱いている彼女達からしたら『早く曲を作るか素直に怒られろ』以外の答えを出すつもりは毛頭無い。
「いやもうどうしよ…親通して話した方がいいんじゃないかしら」
ぷっ、と箒がつい吹き出す。
「親を通すな…」
「正式に謝るならそっちの方が早いんじゃないかなー。そうしたらセシリアも怒るに怒れないと思うし」
追い込まれるあまり支離滅裂なことを口走ったおよそ15分後、ついに谷本のスマホに着信が入った。
「鳴った!」
教室にいる全員の注目が谷本へと向けられる。鈴がガタッと立ち上がる。
「着信見せて!えっ誰!誰!?」
「セシリア・オルコット」
凰鈴音、地獄行き確定。
「あ、もしもしセシリア?お疲れ〜」
電話に出る谷本の横であっち行ったりこっち行ったり、カバンを頭の上に乗せて悶える鈴に箒や相川が苦笑いを浮かべる。
「鈴が壊れた…」
「鈴さん壊れちゃったよ…」
鈴が壊れて迷走し続ける間も谷本はセシリアへ事の一部始終の報告を続ける。
「えーとね、実は鈴さんのことでちょっと話したことがあるんだけど」
『話したいこと、ですか?わたくしに?』
「イメージソングの件でさ。今までその、セシリアには黙っていてほしいって言われてきてて」
『あぁ……』
詳細に伝えられていく一部始終を前に焦るばかりの鈴が突っ伏し土下座をする。その様を箒が笑い交じりで「最上級の土下座だな…」と憐む。その姿はまさしく悪事がバレた時の子供のそれである。
「言わないでほしいと、セシリアにはあまり相談をしないできたんだけど————」
『そうでしたか。谷本さん達には多大なご迷惑をおかけしましたわ。本来であればわたくしが直接そちらへ出向かなければならないのですが————』
数分後、報告を終えた谷本はすっかり青ざめた鈴の姿を見て苦笑する。
「電話終えたよ」
「うん……」
「言伝があるんだけど、聞く…?」
「うん……」
鈴は力なく頷く。
「来週の火曜日までに曲が上がらなかったら…えーと、そのまま伝えるね
覚 悟 し と け
だってさ」
「ははははははははは!!」
笑いながら崩れ落ちる鈴、それを見てまた笑う箒と谷本達。これはまごうことなき事実で谷本は一切嘘をついていない。何せ
『鈴さんにはそうですわね…覚悟しとけ、と伝えておいてください』
と電話口で言われた谷本は背筋が震え上がるほど恐い思いをしたのだから。
「短くとも重みのある言葉だな…」
「短かったけど言伝でした」
「それを聞いてこの世界に残った者はいないという…あの言葉、覚悟しとけ…!」
しかしセシリアがキレるのも無理はない話だろう。前回の台本の件から何も学ばず作詞作曲に立候補し、案の定締切を守らず遅れに遅れ、挙句下手な言い訳を今日まで繰り返していたとついさっき聞かされたのだから。
もしもセシリアと同じ立場だった自分も怒ると谷本は確信を持って言えるほど、ここまでの鈴は擁護できない有様なのだ。
「あーもうダメだぁ。あたしの人生は今ここで終わるのよぉ…」
この日はカンペキに凹んだ鈴。そして谷本は確信した、あぁこれは火曜にも間に合わないな、と。
案の定火曜日に間に合わなかった鈴の曲は当然不採用。またしてもセカンドプランでお願いしておいた本音が作詞作曲した曲が使われることとなった。なお曲は面白かった。
ここからは谷本達がのちに鈴から直接聞いた話である。
台本の時と同じように鈴は再びお叱りをもらうことになったのだが、鈴の土下座を「今はそんな形式美は必要ありません」と一蹴したセシリアは『締切厳守』と書かれた誓約書を手渡した。
さらに誓約書への印鑑を拒否したセシリアは鈴へ指印をしろと要求。指印を押そうとした鈴だったが、ただの朱肉に付けた指印に怒りが収まらなかったセシリアはニコッと笑みを浮かべながらこう言ったという。
「当然、血印で押してくれますわよね?」
この言葉に心底震え上がった鈴は言われるがままに右手親指に針を刺し、血を滲ませた血印を押してやっと許されたらしい。
多少誇張はあるだろうが、鈴の様子から見てほぼ間違いないと察したクラスメート達は暫くセシリアには逆らえなかったという。