『こちらラビット4、所定位置へ到着』
『同じくラビット2、配置につきました』
『キャロル1、ただ今よりターゲットとの接触に図りますわ』
車の中に積まれた無線機から数人の声が聞こえる、その声はまだあどけない少女のそれだが、状況は至ってシリアスである。
「よし、これよりキャロル1はターゲットへ接触を図れ。他の者は暗号文が読まれるまでその場で待機だ」
所謂ロケバスと呼ばれる車の助手席で白銀の髪を靡かせた少女、ラウラ・ボーデヴィッヒは腕を組んでその時を待つ。
無線機から『ヤー』と返事が聞こえ、ラウラは静かに口角を釣り上げた。
ラウラの膝の上に乗せられた書類の束。その表紙にはこう書かれていた。
【凰鈴音に題する 拉致計画実行書】
作戦はこうだ。
今日、鈴はルームメイトのティナ・ハミルトンならびに数人の友人を連れ、中学時代の友人と遊ぶ約束をしている。この辺りは悪友である弾と数馬からしつこく「女の子紹介してくれ」とせがまれ、渋々数人ピックアップしたらしいがそれはどうでもいい。
ゲームセンターだったりで楽しんだ一向が次に向かったのはカラオケ。友人達に囲まれた密室という逃げ場のない空間から、彼女を連れ出すのが今回の計画である。
一向は14時にカラオケに入ったことは確認済み。作戦は、カラオケも盛り上がりを見せるであろうタイミングの14時51分、暗号文が書かれた用紙の到着を合図に決行される。
暗号文は次の通り
【アメフトには気をつけろ
キックオフがせまってる】
「じゃあ次誰歌う〜?」
「はい!御手洗数馬いきまーす!」
「おっしゃーいったれ数馬ァ!!」
鈴は久々に介する中学時代の友人達とカラオケで盛り上がっていた。IS学園の子とも仲良くやれているので今回の交流会は大成功といっていい。
しかし、鈴は知る由もなかった。キックオフは、すぐそこまで迫っていることに。
『こちらラビット1、各員所定位置への配置完了。いつでもやれます』
「よし。キャロル1、ターゲットへの接触を図れ」
『わかりましたわ』
14時51分 作戦決行
「いややっぱ数馬はオンチよね」
「何言ってんだよ歌は魂で歌うもんだろうが」
「出た数馬の屁理屈」
「そんなんだから上手くならねーんだって」
「うるせぇ!泣くぞ!」
『あはははははははははははは』
自身に迫ってきている魔の手のことなど全く知らない鈴は低得点を出した数馬をからかったりしてご満悦の様子。
その時、不意にドアが開き、1人の少女が入ってきた。
「じゃあ次はあたしの番ね。今度は自信ある曲を選ぶ………ってアレ?なんでセシリアがここにいんのよ?」
「ごきげんようですわ、鈴さん」
鈴は最初、自分達のいる部屋に入ってきた少女がセシリアだということに気づかなかった。
突然の金髪美少女登場に数馬を始めとした友人の盛り上がりっぷりはうなぎ上りの様相を呈している。
セシリアと面識がある弾は鈴に訊ねる。
「鈴、お前セシリアさんも連れてきたのか?」
「はぁ?知らないわよ、なんにも教えてないもの。で、何の用なの?」
セシリアは何も言わず、左手に持っていたプリントを鈴に手渡した。
「何?何?何を読めって…?セシリアが持ってきたけど…」
セシリアが右手に構えているビデオカメラが気になった鈴は手渡されたプリントに目を通す。
「えーっと?なになに…?
【アメフトには気をつけろ
キックオフがせまってる】…?」
書かれている文章の意味がわからない鈴は首を傾げる。もっと言えば手渡してきたセシリア以外全員同じリアクションをしている。
「これ何?なんでこれを読むわけ?」
セシリアも首を傾げる。
「何がなのよ!なんで今この場でこんな怪文書読ませるのよ!」
セシリアが取っている不可解な行動にボヤく鈴はまぁいいとプリントを置いて曲を選んでいく。
「じゃあ気を取り直していってみようかし何がなのよ何なのよアンタら!!!!」
「なになになになに鈴何やったのよ!?」
「知らないわよ何なのよ一体!」
鈴が突然こう叫び、ティナが困惑するのも無理はない。何しろいきなり軍服を着込んだドイツ軍特殊部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の一団がドアを開け放って入ってきたのだから。
ちなみにこの時、セシリアはラウラへとライブ配信を行なっており、その映像を見てラウラは車の中で「はははっ」とほくそ笑んでいた。
「何してんのよアンタらホントに!なんであたしを持ち上げてんの!?なんであたしがこんなこと実況してんのよ!?」
隊員に持ち上げられた鈴(とついで感覚で連行されていくティナ)はされるがままにカラオケルームから出され、店の外へと連れて行かれてしまう。
店の外からも鈴の叫び声が聞こえ、あまりに突然の出来事にぽかんと呆然としている弾達にセシリアは苦笑いを浮かべる。
「皆さまには大変なお騒がせとご迷惑をおかけしましたわ。インフィニット・ストライプス誌の仕事のため、あの2人は連行いたしました」
「あっははははははははは!!わはははははははははは!」
鈴とティナの元に、心当たりがありすぎる高笑いが響く。
「コラ!そこの助手席のやつ!コラァ!あははじゃないってんでしょ!!」
口調が変わるぐらいに喚く鈴はティナ共々後部座席に押し込まれる。
「あっはっはっはっはっはっはっは!」
「待ちなさいよコラァ!出てきなさいよムカつくのよ!」
ドアが閉められてもなお鈴は喚き、ラウラは高笑いをする。巻き込まれたティナは頭が真っ白になっているのか視線を右往左往させている。
「アホじゃないの?」
「凰」
「なにが」
「仕事だ」
「うるさいわ!!!!」
助手席にいるラウラへキレている鈴だが、運転席で笑っている渚子のことには気付いていた。ラウラの言う『仕事』がインフィニットストライプス関係であることも何となく察することができた。
「む、隣にいるのは2組のティナ・ハミルトンではないか?」
ラウラが鈴の隣にいるティナに気付く。
「そうよあたしのルームメイトよ」
鈴の横で呆然としているティナはいつもの活発さが嘘のように身を縮こませていた。
「あの、私関係ない…」
「いや、済まないがもう成り行きだから一緒に行くぞ」
「はぁ!?成り行きもクソもないわよ!」
「え?え?え?え?え?」
あまりの急展開に頭がついていけないティナは困惑しきっている。
「あ、待てハミルトン!もう閉めたから!」
ラウラの制止を無視したティナはドアを開けて外へと出ようとするが、待機していた隊員によって無理矢理車内に押し戻される。
「アンタ達あたしのルームメイトに何してんのよ!」
しかし鈴とティナの抵抗虚しくドアは無情に閉められる。
「凰、凰」
「なに?」
「もう、観念しろ」
「いや……観念してじゃないわよ…」
「まぁまぁまぁまぁ行こうではないか」
「仕事たって何するのよぉ!」
「これから楽しい仕事が始まるぞ?嬉しいだろ〜」
「うるさいわよ!!」
段々事態を飲み込み始めてきた鈴と対照的にティナはまだ呆然しきっている。
「びっくりしたか?」
ラウラがニヤける。
「はぁ?」
「ふふ、びっくりしただろう」
「びっくりしたじゃないわよ!大体ね!カラオケからここまで長いのよ!」
鈴が喚いていると、仕掛け人として動いていたセシリアが戻ってきた。
「皆さまお疲れ様ですわ」
「おう、お疲れ様」
『お疲れ様です!』
車に乗り込んだセシリアへ黒うさぎ隊は総出で敬礼する。
「さぁ、行きますわよ」
「行こう行こう」
勿論、鈴もティナもこれからどこへ行くのかは知らない。
「見事な働きだったぞクラリッサ。これは報酬だ。受け取ってくれ」
ラウラは窓を開け、クラリッサにポチ袋を渡す。中身はメンバー全員に当てた報酬金と渚子のコネで手に入れたクラリッサが行きたいと言っていたイベントのチケットだ。
「はっ!ありがとうございます隊長!」
「私からの礼だ。慰安旅行、楽しんでこい」
「わたくしからもお礼申し上げますわ。皆さんありがとうございました」
「いや、ありがとうございましたうるさい!こら黒うさぎ!!」
黒うさぎ隊隊員に見送られながら、車は出発していった。
カラオケ店から出発して10分。鈴はすっかりいつもの調子を取り戻していたが、鈴とセシリアに左右を囲まれているティナは気が気でないのか落ち着かない。
「だって怪我したもんあたし」
「はははははははははは!」
「どこですの?肘ですか?」
「そうそう肘痛くってさぁ。やっぱ拉致と言われるならどっか1つは怪我しないと!いやぁ〜拉致してくれたわねぇ〜」
快活に笑う鈴とラウラ。
「凰分からなかっただろう?」
「分かんなかったわねぇ〜【アメフトには気を付けろ】って言われてもさ何かと思っちゃってさぁ」
からからと笑う鈴の横でようやくティナがポツリと呟く。
「荷物置きっぱなしなんだけど…」
若干怒っているティナの言葉に車内は笑いに包まれる。セシリアが気休めに「大丈夫ですわ」と声をかける。
「あたしもすっかり油断してたわね」
「え?鈴知らなかったの?」
「知らないわよ」
鈴はキッパリと言い切る。
「あたしはねぇ〜アイツらの制服を見てピンときたわね。あ、これはひょっとしてって」
「もうそこで気付いていたのか」
「運ばれてる途中で(ははーん、ラウラの仕業ね)と」
鈴の独白にラウラとセシリアは笑うのをやめれず破顔していく。
「すごいわよねぇ、カラオケ店出て前の信号渡るところだから、50メートル離れたところから笑い声が聞こえてくるもの」
「はははははは!」と鈴は大口を開けて高笑いの真似をする。
「いやでもある意味真相が分かってホッとしたわよ」
安堵の表情を見せる鈴の言葉の意味を察してラウラは苦笑いを浮かべる。
「なるほど、本当の事件かと思ったわけか」
「そうそう」と、鈴は頷いたところでラウラが話を戻して言う。
「よし、では今から向かうぞ。仕事は始まってるぞ、大変だぞ」
「帰してよ」
「あははははは!そりゃ、だよねぇ〜」
ぼやくティナに鈴が同情するがその顔は笑っている。
「私面白いこと喋れないわよ…?」
「アンタばかねぇそんなこと心配する必要なんにもないのよ?面白いこと言わなきゃなんて考える必要ないの」
「そうなの?」
ティナがそう聞くと、助手席にいるラウラが言う。
「そうだぞハミルトン。喋らなくても大丈夫だから」
「黙ってればいいの?」
「黙っていればいいさ。ちゃんとソレは用意してある」
「ティナさんの役割はちゃんとありますわ。無意味に連れていくわけではないのでご安心を」
「そ…そうなの?」
ソレが何かも知らない以上、ティナは一体なんの仕事をさせられるのか不安が消えることなく頷くだけ。隣で微笑むセシリアが甘い言葉を囁く悪魔にも見える。
すると誰かの携帯が鳴る。どうやら鈴のらしくポケットから携帯を取り出す。
「あ、ちょっと待って電話きたわ」
「きっと鈴さんといた人達からですわね」
「心配かけちゃったからさ〜」
おちゃらけた調子で鈴は電話に出る。
「あ、もしもし?あのね弾あたし拉致されたから!!」
『ははははははははは!!!!』
今頃電話の向こうで心配している弾達はずっこけていることだろう。車は高速に乗り何処かへと向かっていった—————
そしてこの事件がティナ・ハミルトンにとって人生のターニングポイントとなり、のちに母国アメリカで一躍スター女優へのし上がることとなったのは、また別の話。